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蒼色の空想、夏めく季節
【表紙・挿絵:かみゆう】
終業式のある日の授業ほど、退屈なものはない。やや傾きかけた太陽が、木製の机に、淡い日射しの色を乗せていた。どこか褪せたカーテンが、天井にある六台の扇風機に、悠然となびいている。ときおり感じる冷風も、髪とともに頬のあたりを撫でていった。そのくすぐったさで、少し眠気が覚める。やっとのことで重い目蓋を持ち上げてみると、蛍光灯の灯りに反射して、扇風機の羽が色彩鮮やかに彩られていた。青と、オレンジと……薄紫、かな。
あたしが頬杖をついて寝かけていたのは、たぶんバレてない。さっき、机の足元にあるパイプみたいなのから滑り落ちそうになったのも、たぶんバレてない、はず。お願い。バレてないでください。なんかちょっとだけガタンって音がしたかもしれないけど、きっと幻聴。他の人たち気にしてないし。寝ぼけてる時ってこういうこと多いし。うん、バレてない。絶対にバレてない。自分を信じろ、空門蒼。
──そう心のなかで必死に祈っていると、先生が何かを喋っている声が聞こえた。黒板を上目に見る。あぁ、そっか。いま、一学期最後の現代文の授業だっけ。苦手ってわけじゃないんだけど、なんか眠くなっちゃうのよねぇ……。いっそのこと指名してくれれば、あたしの眠気も覚めるのかしら。欠伸を噛み殺しながら、そんなことを思う。
「……」
グラウンドの向こう、島がある方を呆然と眺めてみた。視界の端で、カーテンが揺れる。この授業が終わって、終業式とホームルームを済ませれば、明日からは夏休みだ。一学期終了までに出すべき課題は出したし、補習とか受けるほど成績は悪くなかったし、休み中、わざわざ島を出るなんてことはなさそう。……ない、はず。うん、ない……よね?
明日からは、羽依里が島に来る予定になっている。夏休みの間はずっと、加藤のおばーちゃん家に滞在するんだろう。お互いに離れて暮らしているから、たまに会うとはいえ、ずっと一緒にいられるのは素直に嬉しい。何をするとか何を話すとかは決めていないけど、想像するだけで、ちょっと楽しくなってきた。口元が緩みそうになるのを、手で隠す。誰にも分からない程度に、足を踊らせてみた。
羽依里と会うことになるのは、きっと、いつもの駄菓子屋だろう。あたしのバイト先で、島にいる皆の溜まり場。バイトがあろうとなかろうと、ここらへんに行けば、だいたい誰かがいる。そう思って、皆がやってくる。羽依里と二人だけになるのもいいけど、五、六人くらいの大人数で話すのも、案外、悪くない。一緒にいられるだけで楽しいし、男どもで馬鹿やってるのを見ているだけでも、楽しい。
駄菓子屋に集まる皆の姿を、想像してみる。……あ、今頃はまだ藍がバイトやってるかな。高校には残念ながら通えないけど、っていうか、そもそも高校入試すらも受けれていないけど、その代わり──リハビリついでに、駄菓子屋でバイトをしている。完全にあたしがいない時の代役だ。おばーちゃんのお漬物に満足してるうちは、まぁ、大丈夫かな。
そういえば羽依里って、おばーちゃんのお漬物、食べたことあったっけ? 一回くらいは、一緒にバイトとかしてみたい……かも。夏休みなんだし、どうせ暇なんだしさ。それで頑張った結果、現物支給のお漬物。なんでもいいからとにかく食べてほしいし、一緒に食べてみたい。そんなあたしの欲望。
駄菓子屋に来る人なんて、ほとんど顔馴染みだし。おばーちゃんがやろうがあたしがやろうが藍がやろうが羽依里がやろうが、ほとんど関係ないような気もする。暇つぶしにはちょうどいい、ってだけで。あのお漬物に飽きない限りは、うん、大丈夫。
「……はい、それじゃあ次、東元さん読んでね」
──先生の声を適当に聞き流しながら、空いた手で消しゴムをいじる。自分でもボーッとしてるのが分かるけど、だからといってやめられない。授業中の暇つぶしなんて、こんなものだ。終わるまであと二十分近くある。暇を持て余しすぎている。角が丸まったゴム部分を人差し指の先で触りながら、残す二十分の有意義な使い道を、模索することにした。
……あっ、今年の夏休みは、羽依里の地元の方とか行ってみたいかも。わざわざ島に来てもらっといてあれだけど、思いついちゃったものはしょうがない。藍も一緒に……いや、一緒にしていいの……? 藍はそこらへん、空気を読んでくれそうではあるけど。結局、羽依里の考え次第になるのかな……。
二人だけで行くか、藍も一緒に行くか、どっちを選ぶかと言われたら、あたしは──うーん、どっちだろ……。いや、これは流石に、ムードっていうものがあるわけで。あたしのキラキラ乙女心が積極的に二人きりを推してきている。仕方ないわよね。これでもお年頃の乙女だしね。うん、たぶんそう。別に実姉が邪魔とかそういうのじゃない。たぶん。
「はい、ありがとう。じゃあ空門さん、次ね」
っていうか、羽依里の地元に行くってことは、きっと羽依里の家にも行ける、ってこと、だよね。どういうふうに紹介されちゃうんだろ……? 島の友達? いや、今まで散々やっといて友達はないでしょ……。だったら、彼女? これはちょっと攻めすぎ、かな。羽依里にだったら攻められてもいいけど……、じゃなかった。鎮まれ、あたしの煩悩。
「空門さーん、読んでくださーい」
そういえば昨日、ごみ捨て場のところに巨乳ものと妹もののエロ本が捨ててあったわね……。誰のものだか詮索する趣味はないけど、取り敢えずこっそり拾ってきちゃったやつ。藍とかにバレてないかな……。あんなの捨てるなんてもったいない。……羽依里もあぁいうの、読んだりするのかな。お年頃の男の子ってみんな、そういうケダモノで……。
「空門さーんっ。読んでくださーい」
「へっ!? あっ、はっ、はいっ!」
「取り敢えず、五十九ページの六行目からね」
「あっ、はい……。えっと……」
呼ばれていたことに気付けなかった。教科書のページをめくる指先が、少しだけおぼつかない。顔が一気に熱くなるのを感じながら、小さく深呼吸をして文章を読み上げる。いきなり指名された時のドキドキ感、めちゃくちゃ心臓に悪いわね……いや、これは話を聞いてなかったあたしが悪いんだけど。
兎にも角にも、立たせて読ませるタイプの先生じゃなくてよかった。そんなの耐えらんない。さすがに何人かは、こっちのことを見てたけど……。公開処刑になるのと比べたら、ぜんぜん我慢できる。
「『
文章を追ううちに、気になる単語が目に留まる。それが何なのかを把握した時には、もう遅かった。無心で読めればよかったのに、そういうわけにはいかない。だって、一回でも意識しちゃったら、こんなの読めるわけないでしょ……! なんで現代文の教科書にこんな卑猥な単語があるのよ……!?
「えっと、えっと……。マン……ックス、フェ、ラ……ごほっごほっ! マン、ゴー……ミッ……クス、フラ、ペチー……ノ……、マンゴーミックスフラペチーノを一つ、お願いしますっ……!」
「はーい、そこまでね。ありがとう」
先生からのストップが入って、音読はあたしの後ろの席に回される。どうせならもっと早く止めてほしかった。そもそも、健全な少年少女の授業に『マンゴーミックスフラペチーノ』はおかしい。文部省、本当に信じらんないんだけど……。それに先生も先生よね。あたしにあんな卑猥な言葉を言わせるなんて……。 世が世ならセクハラ行動よ……。
さすがに授業中だから、溜息は吐けない。その代わりに心の中で、めちゃくちゃ重い溜息を吐いた。酸欠になるくらい吐いた。心の中でやったはずなのに本当に苦しくなってきて、思わず深呼吸する。そこそこ自慢の胸が上下した。藍の方が少し大きいけど。のみきの方がかなり大きいけど。自慢。うん。そんなお胸の奥で、心拍数は最高潮だった。おのれマンゴーミックスフラペチーノと文部省と先生。
とはいえ、羽依里のことを考えてて恥をかくの、我ながら馬鹿馬鹿しすぎるわよね……。こんなの誰にも言えない。言いたくもない。言うなら、せめて羽依里だけ。あー、また思い出して恥ずかしくなってきた……! なにがマンゴーミックスフラペチーノよ……。スターパックスのパクリじゃない……。
◇
──結局、無事に……いや、あたし的に無事とは言えないかもしれないけど、取り敢えず授業と終業式を終えて、下校になった。同じクラスの良一や天善と一緒に、先に港で適当にたむろしている。
しろはやのみきはホームルームが遅れているらしいから、そのうち合流という形だ。だから暇つぶし程度に、金属製の柵に寄りかかりながら、向こうに見える島を眺めている。淡い斜陽の日射しが、海面に
「そういや蒼、授業中に羽依里のこと考えてたろ」
柵に背中を預けながら、良一が言う。図星だと思われるのが恥ずかしくて、咄嗟にごまかした。その隣では、天善が海に向かって素振りをしている。
「かっ、考えてないわよ! 証拠を見せなさいよ証拠を! 証拠もなしに変な言いがかりを──」
「なら具体的に言おう。授業中のお前のにやけ顔は、俺たちに鷹原の話をする時と同じ顔だった」
「あーあーあー、うっさい! 黙れ! っていうかアンタたち、あたしの顔を観察するなっ! アンタは今すぐその素振りもやめろ! 暑苦しいのよっ!」
なにが『なら具体的に言おう』よ。具体的に言える時点でおかしいってのよ。っていうか、あたし、そんなに変な顔してたの……? にやけてるのは結構、抑えてたつもりだったんだけど。マジ……?
「なんだ、やけに蒼は元気だな」
「……のみきまで、そこ触れる?」
「思ったことを言ったまでだ」
待合室を抜けて、のみきとしろはが歩いてくる。ここで合流するのも、なんだか間が悪いわね……。今日のあたしはつくづくツイてない、のかもしれない。盛大な溜息を吐きながら、そっぽを向いた。意味がない行動なのは分かっているけど、反抗心だ。
案の定、それを無視して天善がのみきに説明する。こういう時だけしれっと素振りをやめるな。
「明日から夏休みだし、浮かれてるんだろう。具体的には鷹原と会えることが嬉しくて、だ」
「ちっ、違うから!」
「む……。嬉しくないのか?」
「いや、嬉しくないってことはなくて、むしろめちゃくちゃ嬉しいっていうか……それでもちょっとは恥ずかしいっていうか……。えへへ……」
そう、嬉しくないなんてことは有り得ない。めちゃくちゃ嬉しいというのが本音だ。ただそれを、面と向かって指摘されることがとてつもなく恥ずかしいだけであって、久々に羽依里に会うのも、それから夏休み中ずっと会えるのも、あたしにとっては楽しみなこと。きっと皆も、それは同じだろうけど。
自然と口元が緩んでくる。人差し指に髪を巻き付けて遊ばせながら、照れ隠しの笑みで誤魔化した。少しだけ早まる脈拍を自覚して、少しだけ、暑い。ときおり吹く潮風の心地良さが、肌に沁みる。
「授業中の蒼、まさにこういう顔してたぜ」
「なるほど。まぁ、いつものことだろう」
待ってのみき。いつものことってなに? そんな当たり前のように腕を組んで頷かれても困るんだけど。しろはに至っては相変わらずのノーリアクションだし。アンタ、本当に感情なさすぎ……。
「ごみ捨て場に落ちているエロ本を見つけた時も、こんな顔だ。にやにやしながら持ち帰っている。いつも放送塔の上から見ているんだがな、面白いぞ」
「あれは持ち帰ったとかそういうんじゃなくて子供の教育に悪影響だから一時的にあたしが預かってるだけで特に深い意味も煩悩もないから!!!」
「……今のは冗談のつもりで言ったんだが」
「あー、なんなのよもう今日はー!!!!!」
完全に厄日だ。神社でお祓いしてもらいたい。
◇
「──っていうか、羽依里が来るの?」
「あぁ。少し前に、蒼に宛てて手紙が送られてきていた。この件、しろはにも話したはずだが」
「……ごめん、忘れてた」
フェリーの外部デッキで海を眺めながら、のみきとしろはの話を、聞くともなく聞いていた。手すりに寄りかかって、小さく溜息を吐く。足元から伝わるエンジンの駆動音と、吹き抜けるような海風、白く泡を立てては消えていく波の音も相まって、あたしの溜息なんか、誰にも聞こえてはいないはずだ。
群青色の海に、斜陽の視線が燦々と降り注ぐ。
──何かを考えているようで、何も考えていなかった。授業中の痴態を忘れるために、わざわざこうして大自然の感慨に耽っているのだ。母なる海はすべてを包み込んでくれるはず。おっぱいのように。今だけは水織先輩が恋しい。先輩のおっぱい……。
「……蒼」
「うん?」
声をかけられて、ふと振り返る。しろはだった。気がついたら、デッキ席には誰もいない。彼女が自分から話しかけてくるなんて珍しいな、と思いながら、そのまま先を促す。どこか伏し目がちな群青色の瞳は、右へ左へと
「蒼は羽依里のこと、どれくらい好きなの」
「どっ、どれくらい……って……」
予想していなかった問いかけに、思わず肩が跳ねる。気まずいとか、そういうのじゃない。あまりにも直球すぎる言い回しに、少し驚いただけだ。どう返事をしたらいいんだろう──と言葉に窮しているあたしを無視して、しろははさらに続ける。
「藍と羽依里だったら、どっちが好き?」
「さすがにそれは……選べない、かな」
「……だよね。それは分かってた」
「……?」
しろはの言いたいことが分からない。あたしがそのまま目を丸くしていると、彼女は小さく笑った。
「蒼はやっぱり、優しいね」
それはほとんど、着港を知らせる汽笛の音に掻き消されていた。言いたいことは言い終えたかのような態度で、しろははフェリーの乗降口へと向かっていく。二度目の汽笛が鳴った時、遠ざかりかけたその背中を追うように、あたしは慌てて駆け出した。
◇
港に到着して、適当に解散となった。あたしは駄菓子屋でバイトがあるから、その足で向かうつもりだ。ちょっとした路地に入ると、古風な雰囲気の家ばかりが軒を連ねている。表面が剥がれかけているシャッターや、雨風にさらされて変色している木造の家を横目に、これまた塗装の掠れている白線の上を踏みながら、埃臭いアスファルトの上を歩く。
それにしても、しろはは本当に何が言いたかったんだろう。藍と羽依里だったら、どっちが好きか……。いや、そんなの、選べるわけがない。優劣なんてない。藍は大切な姉妹だし、ようやく昔のように話すことができた、ずっとずっと大好きな人。
けれど羽依里も、それと同じくらい大好きだ。あの夏、あたしの隣に立っていてくれて、あたしと一緒に藍の七影蝶探しを手伝ってくれたのは、羽依里。藍の七影蝶を見つけることができたのも、実質、羽依里のおかげだ。眠ってしまったあたしを目覚めさせてくれたのも羽依里だし、そんな相手を藍と比べて上か下かなんて、やっぱり決められない。
……だからあたしは、優しい、のかぁ。うーん、やっぱりよく分からない。仮に優劣を付けていたとしたら、しろははあたしを幻滅したのだろうか。しろはに限って、そんなことはなさそうな気もする、けど……。うーん、やっぱりよく分からない。でも、選べなかったあたしの選択は、きっと最善。
そんなことを考えているうちに、駄菓子屋の見えるところまで来た。赤い自動販売機とアイスのショーケース、入口の前に置かれた木製のベンチが並んでいる。どこかの排水管から水が漏れているのか、焼けたアスファルトに染みができていた。ところどころ苔が張り付いているのは、そのせいだろう。
「くーださーいな」
別に、何か買いに来たわけじゃないくて、単なるバイトなんだけど。まぁ、癖みたいなものだ。
「あっ、蒼ちゃんおかえり」
店番をやっていたらしい藍が声をかけてくれる。いつものように、お決まりのエプロン姿だ。そんな藍はあたしをちょいちょいと手招きすると、お座敷の方に誘導していく。面白そうに笑っているのが不思議だ。奥で扇風機が首を振っているのが見える。
「あのね、蒼ちゃん」
「うん」
「羽依里さん、来てるよ」
「えっ、もう!?」
お座敷の向こうを指さして、藍は言う。一瞬なにかの冗談かと思ったけれど、違った。座布団の上であぐらを書きながら、羽依里がわざとらしく麦茶を飲んでいる。氷がグラスに当たって、カランコロンと涼やかな音を立てた。その傍らには、荷物を入れているらしいボストンバッグが置いてある。
「えっ、なんか……予定より一日早くない?」
「あー、まぁ、それなんだが……」
語尾を濁らせて、羽依里は一瞬だけ藍の方に目配せする。藍も藍で、無言のまま羽依里を
「……さっきの二つ前の便で、来ました」
「うん。なんで?」
「早く行きたかったから……」
「学校は? あたしだってさっき終わったのよ」
「仮病で休んだ。親には言ってある」
「まさかの親公認……」
羽依里に外堀を埋められた。気がする。
「あらかじめ藍には連絡しておいたんだ。それで、今日は蒼がバイトって聞いたから、待ってた」
そう言って、もう一度グラスに口をつける。麦茶を一気に飲み干して、氷の二個だけが残っていた。カラカラン、と鳴る音が、風鈴の音に似ている。
「良かったね、蒼ちゃん。羽依里さん来てくれて」
「うん……。ちょっとびっくりしたけど」
「でも、嬉しいだろ?」
「自分だって嬉しいくせに、よく言うじゃない」
笑い声が同時に響く。お互いに口元が緩みっぱなしだ。でも、見られているのは羽依里と藍だけだから、全然なんともない。この雰囲気も、どこか懐かしいような気がした。好きな人と久しぶりに話せるのは、やっぱり、嬉しい。嬉しいし、楽しい。
「あ、そうだ。実は、蒼に頼みたいことがある」
羽依里はそう言うと、ポケットから百円玉を取り出した。「かき氷、作ってくれないか?」
「いいけど……九九万九九〇〇円足りないわよ」
「藍が払ってくれるってさ」
「うん。私、蒼ちゃんになら払える」
「うん。いらない」
満面の笑みで丁重にお断りさせていただいた。姉から現金を貢がれるとか、ちょっと嫌だ。
さて、そんなこんなでお決まりの第二弾。
「イチゴ、メロン、レモン、ブルーハワイ、どれがいい? まぁ、あたしはもう分かってるけどさ」
「お約束だからな。じゃあ、ブルーハワイで」
「実はどれも同じ味なんだけどね」
そこまで言って、思わず笑ってしまった。ほとんどパターン化したはずの会話なのに、こうしてみると、とても面白いもののように感じてしまう。怪訝な顔をしている二人を無視して、あたしは続けた。
「練乳、特別にサービスしたげる」
「あぁ、ありがとう」
背中に降りかかる羽依里の言葉を聞きながら、かき氷を作るための準備に取りかかる。冷凍庫から氷を取り出して、かき氷器にセット。指先に伝わる冷たさが、それでもどこか心地よい。カップを指定の位置に置いてから、ハンドルを握る手に力を込めた。シャリシャリと、氷が削れる音がする。
その涼しさを耳に聞いているうちに、最後の一回しが空ぶった。よし、と呟いて、ブルーハワイのシロップをたっぷりかける。そして仕上げにサービスの練乳。スプーンストローも忘れずに。特に意味はないけど、青色で。理由はこれが良かったから。
早く食べてもらいたい、と、はやる気持ちを抑えながら、あたしは平静を装って二人の前に戻る。
「はい、かき氷。お待たせー」
「百円にしては、相変わらず量が多いな」
「でしょ? ありがたく食べるのよ」
カップとスプーンを羽依里に渡そうと手を伸ばす。指先が触れて、少しだけドキッとした。今のあたし、ひょっとしたら、そこそこ間抜けな顔をしているかもしれない。平静、平静……と平静を気取りながら、親指に付いた水滴を適当に拭う。けれど羽依里はそんなことも気にせずに、さっそく、一口目を頬張っていた。シャリ、という音がした。
「うん、やっぱりこれだな。氷が普通の氷じゃないみたいな感じがする。いいやつなのか?」
「おばーちゃんが言うには、普通の水道水だけど」
「……田舎の水道水は美味しいな!」
苦し紛れの作り笑顔。それもどこか、面白い。藍と顔を見合せながら、二人揃って小さく笑う。好きな人が何かをするだけでも、こんなに面白い。だから、あたしが授業中に羽依里のことを考えてしまっても、それはそれで、問題ないはず。好きな人のことを考えて楽しむのも、まぁ、一興、なのだろう。
「これからもかき氷が食べたくなったら、あたしに言ってね。とびっきり美味しいの、作ってあげる」
「……毎日でもか?」
「えっ? まぁ、そうね……。毎日でもいいわよ」
「──っ、ごほっ、ごほっ!」
「え、なんでそこでむせるの?」
「蒼ちゃんのかき氷なら一年中いけますね……」とか呟いている藍も藍だけど、羽依里も羽依里だ。かき氷でむせる人なんて、初めて見るんだけど──と思いながらも、顔を上目に覗き込む。さすがにちょっと、心配になってきた。涙目になってるし。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
むせてもなお、涙目で食べ続けようとするその根性はどこから来るのかしらねぇ──と感心していると、羽依里は続けて食べた練乳混じりのブルーハワイかき氷で、またもや、むせた。もはや意味が分からない。かき氷ってそんなにむせる? そう心の中で首を傾げていると、不意に藍の声が聞こえた。
「あっ、蒼ちゃん危ない──」
「へっ? ──ひゃあああぁぁぁっ!!!!!」
◇
顔にかかったかき氷を手拭いで拭きながら、あたしは扇風機の風に吹かれていた。すぐ隣では、羽依里が仁王立ちになった藍に正座されている。
「羽依里さん、なぜ愛しい愛しい蒼ちゃんにかき氷をぶっかけるなどという禁忌を犯したのですか」
「だって、俺に毎日かき氷を作ってくれるって言われたから……。これはもうプロポーズだと……」
「……確かに。あれは完全にプロポーズです」
「あと、上目遣いがエロかったので……」
「……分かります。蒼ちゃんはエロいです」
うんうん、と二人で頷いている。エロちゃうわ。
「蒼ちゃん、心して聞いてほしい」
「……なに?」
「羽依里さんは悪くないよ。蒼ちゃんが可愛くてエロいのが悪いと思った。これは普遍の事実。羽依里さんにプロポーズして上目遣いで媚びるのは反則」
「あたしはそもそも羽依里にプロポーズもしてないし上目遣いで媚びてもないですー! それに可愛く……ないことはないかもしれないけど!! あたしはそもそも!!! エロじゃないです!!!!」
「いや、蒼は可愛いしエロいぞ」
「あーもー!!! 恥ずかしいから出てけ!!!」
今年の夏休みも、騒がしくなりそうな気がした。
皆様、お初にお目にかかります。小説家の雨宮彩織と申します。本作『白い眩しさ、瑠璃色の夏物語』をお読みいただきありがとうございました! 今回は個別ルート第一弾、空門蒼ちゃんでした。
この作品は、私と、イラストレーターのかみゆうさんによる合作となります。執筆を雨宮彩織が、表紙・挿絵をかみゆうさんが担当して制作しました。また同人サークル"Lapis Summer"としても活動しており、公式discordコミュニティも存在します。来年を目処に同人誌の発刊を目指しております!
https://discord.gg/vKcu6mTYcA
私やかみゆうさんから制作状況を発信する他、サマポケファンが集まって雑談をしたり、イラストやSSなど、二次創作作品を投稿するための場所も設けています。物書き・絵描きさんも大歓迎です!
目次で説明した通り、本作は『Summer Pockets REFLECTION BLUE』に登場する全ヒロインを対象に、それぞれに表紙・挿絵を付けて、IFの個別ルートとして描きます。原作クリアが前提となります。
一年ほどかけて、ゆっくりと更新していく予定です。制作状況は前述の公式discordコミュニティにて発信していきますので、ぜひご参加ください! 新しいサマポケファンの方と話せることを楽しみにしています! お気軽に来てくれると嬉しいです。
次回は空門藍ちゃんとなります。更新時期は未定となりますが、公式Twitter・discord等で発信しております。今後とも応援してください! 評価や感想など、お待ちしております。軽率にどうぞ!