───夢を見る。
かつて過ごした古びた家。風が吹けばそのまま飛ばされてしまいそうな、そんな壊れかけのボロ家。
かつて過ごしたありふれた平穏な日常。
今は決して手の届かないあの情景を。
捨てた先に掴んだ栄光に悔いはないけれど。
嗚呼、でも……と。
それでも、俺は───
届かぬ、あの星にこの手を伸ばし続けるだろう。
「───………あ?」
懐かしい夢を見た気がする。彼女と過ごした一人の男の夢だった気がする。
できれば、もう少し見ていたかったなと、いや、まだ大丈夫、開いた瞼をもう一度閉じれば黄金の草原に立つボロ家と彼女の姿がきっと────
ドゴォンッ!
閉じれなかった。喧しい騒音が、罵声が、奇声が、雄叫びが、やんややんやと響き渡る。
うざい、果てしなくウザい。イライラして半径100キロを更地にしてしまおうかと冗談半分で考える。半分は本気だと言うことを念押ししておく。
奥の仮眠室、扉は閉まってるとは言えあの馬鹿どもの声は防音室でさえ貫くほどに喧しい。
先ほどから聞こえるのは、だーはっははと高笑いする桜髪(断定)の特上のバカとそのバカに釣られ声を上げるパンイチの氷男(特定)そして、漢おおおおおと無意味に叫ぶ銀髪ゴリラ(察し)がメインだ。
それ以外にも野次馬多数、老若男女問わず年がら年中騒ぎ出す間抜けどもめ今すぐに殴ってやるよ。
《今日は偉くご機嫌斜めだな相棒?》
珍しく感情が昂ってる俺を気にしてか、俺の“中”にいる住居者が揶揄うような口調で声をかけてくる。
《いい夢を見てたのに邪魔されて腹立たしいのは分かるが、多めに見てやれよ?》
「…………」
そんなのわかってる。これはただの八つ当たりだと。最も古い友の一人に指摘されては流石に無視は出来なかった。はぁと息をこぼして気怠い体を起こし仮眠室を出るべく扉に向かうとき、次の住居者が声を出してきた。
《ケッ、ガキどもなんざ一発ガツンと躾ければ言う事聞かせられるだろうに》
最初の住居者と違いこっちの住者の口調はやや粗雑だ。相手を気遣う気配を微塵も感じさせない突き放した言い方に、思わず苦笑いが出る。
《そう言うな、ここは年長者の威厳を見せておくべきだと俺は思う》
《オマエはいつも甘い、ガキはつけ上がるとどこまでもつけ上がるぞ》
だが、だからと何やら2匹で扉の向こうにいる奴らの教育方針で揉めている。
最初の住居者はあくまで優しく諭してやるべきだと主張する。2匹目の住居者は厳しくすべきだと反論する。
なんだかんだで、面倒見のいい2匹なのだ。あとの住居者はどうだ?と声を送るが、返事の代わりにイビキが帰ってきたので諦める。
「二人とも、そこまで」
その一言で2匹の会話は止まった。どちらも正しく、正解がないのでこれ以上は無駄だと感じ扉の前に立つ。
扉の向こうは相変わらず喧しい、手で自分の顔に触れると無機質なそれでいて滑らかな硬い感触に問題ないなと安堵する。
腰には一本の刀を佩き、反対側には一丁の拳銃がホルスターに収められてる。
その身に纏うは紅蓮の外套、背丈があるためまるでマントの様にはためく脹脛にまで届く赤い衣を見に纏い、顔には狐のお面が装着され顔が見えない。
髪は黒く男ならではの短髪、だか、顔は見えない。声と体つきからして男、と言うか男。みんなで風呂に入ると男湯に入り、その時偶然その下半身にぶら下げた逸物を見た連中は口を揃えてアレは男の中の男だと畏敬の念を抱いたほどだ。
さぁ、いざ扉を開け放った。
ビチャ……………
「「「あっ」」」
《あっ》《ん?》
『『『あっ』』』
それはケーキだった。ショートケーキだったものだ。
だったと言うからにはそうでなくなった訳がある。
潰れたのだ。
どうして潰れたか、それは、ぶつかって潰れたからだ。
ではどうしてぶつかったのか、それは、暴れてる三人のバカどもが取っ組み合いになり、それを止めなかった野次馬共も何故か参加し、収拾が付かなくなった現場に受付嬢が運んでいたケーキに桜髪のバカがぶつかりバランスを崩した受付嬢の手から美しい放物線を描き宙を舞ったケーキが、この物語の主人公の顔(お面)に綺麗に当たり、服を台無しにしたのだ。
「……………」
《………》《…………》
「「「……………」」」
『『『……………』』』
誰も、口を開かなかった。誰も口を開かなかった。最も付き合いのある2匹でさえ口を固く閉じた。
そして、この結末を招いた主犯格三人はこの世の終わりのような顔で先ほどまでの騒ぎっぷりが嘘のように建物全体が静寂に満ちていた。
主犯格以外の皆はいそいそと片付けを始め建物の中央にある三人と、三人の視線の先にいる男から目を背けた。
あー、終わったなアイツら。
死んだなこりゃ。
短い付き合いだったぜ。
あ、あたし原稿の続きあるから。
俺は、女の子とデート約束が。
様々な理由で自分を守ろうとする薄情共々、だが、仕方ない。どれだけ恐ろしいことが三人に降りかかるのかわからない。とばっちりはゴメンだと言わんばかりに退散していく。
残ったのは、三人と、受付嬢、そして男だけ。
口を開いたのは受付嬢だった。
「あ、“イッセー”起きたのね? おはよう」
明るく見たものを幸せにするその笑顔にイッセーと呼ばれたお面の男は返事を返す。
「おはよう、“ミラ”」
ミラと呼ばれた受付嬢、長い銀髪は光沢を浴び、美しく整ったその容姿とプロポーションは世の男性を魅了してやまないだろう。
そんな彼女に笑顔を向けられた日にはどんな男であろうとも一瞬で恋に落ちてしまう、そんな絶世の美女の笑顔を軽く流し、イッセーはさん人のバカの前に立つ。
「覚悟は出来てるな?」
何をとは聞かない。と言うか聞けない。二度寝を邪魔され、剰え寝起きに顔面ケーキを喰らわせるような奴等に慈悲などない。
握る拳に尋常ならざる“魔力”を宿し、三人の怯えた顔を目掛け怒りの鉄拳を振り下ろした。
これは、
これは、遥か過去の物語の続きであり、決してあり得ない本来の道筋ではないもう一つの物語。
一人の英雄が辿り着いた妖精たちと友に刻む新たな英雄譚にして、過去にして現在、そして未来を探す物語。
ここは魔導士ギルド、
その日常風景である。