闇の中、一人の翼を生やした女が地に堕ちてもがいていた。女の背中に翼があることは驚くべきことではない。この世界ではありふれたものなのだから……
女は堕天使なのだ。
直前の戦闘で右の羽を失った彼女はあまりにも非力であり、無力だったが、女は泣かなかった。気力だけは残っていた。
当然だ。私は鋼のような精神の持ち主なんだ。それに、どうしても確かめたいことがある。
皆は、「あのお方」は無事なのか?
女は立ち上がろうとした。
立てなかった。左足が歪な方向に折れ曲がっている……
だが、彼女の心は折れなかった。涙一つすら流さなかった。あの頃に比べれば、なんということはない。
カラワーナという地味な名を持ち、平均的な光力しかなく、ほぼ全てにおいて平均から抜きん出たものがない彼女を待っていたのは、平均を遥かに下回る半生だった。心の底から笑うことなど一度もなかった。一緒に話し合える友達もライバルもいない。
それはカラワーナが『神の子を見張る者《グリゴリ》』に入っても何ら変わることはなかった。毎日馬車馬のように働いたが、いい仕事は何一つ来ない。たまに来るのは上司からなすりつけられる始末書ぐらいだ。
同僚や友人は誰一人いない。「カラワーナ?もちろん知っているさ。あの陰気くさい名前の根暗女のことだろう。え、何処にそいつがいるかって?それは知らないな……」
ああ、またか。皆が私の罵詈雑言を言っている。だがもう慣れっこだ。
「よく聞こえなかったのかしら。私は貴方の感想じゃなくて、その女が何処にいるのかが知りたいんだけど」
珍しいな、何の用だろう。また始末書なのだろうか。この前の仕事はお世辞にもいい出来ではなかったからな。
「私は彼女をスカウトしに来たのよ」
なんだって?
カラワーナは即座に動いた。これが最初で最後のチャンスであると直感していた。何としても、なんとしてもいい印象を与えなければならない!
足音が聞こえる。挨拶する為に席を立つ……
足音が近付いて来る。顔に作り笑いを貼りつける……
待て!
よりにもよって何故、今日という日にこんな扇情的な格好をしてきたのだろう。おまけに私は美人だ。相手が男性ならともかく、女性なら逆効果にしかならない。
最後の角を曲がる音が響く……もうどうしようもない。
だが相手の姿を見た瞬間に、カラワーナは自分の心配が杞憂に終わったことを悟った。何故なら相手の女性は、自分より遥かに扇情的な格好をしていたからだ。そして美しかった。
それも、ただ美しいだけではない。この女性は私には無いものを持っている。どれだけ努力しても、決して手に入らないものだ……なんと言うのだろう?
可愛らしさ?ちがう。そんな低次元なものではない。
妖艶さか?いや、それを遥かに超えたものだ。
気品。
その気品ある女性は口を開いた。
「はじめまして。私の名はレイナーレよ。貴方がカラワーナよね?」
「はい、よろしくお願いします」
そして、レイナーレは言った。彼女にとっては何気ない言葉だったのだろうが、カラワーナにとっては今まで生きてきた中で最も嬉しい言葉を。
「素敵な名前じゃない」
カラワーナは生まれて始めて、心の底から本当の笑みを浮かべた……