カラワーナは嬉しかった。生まれて初めて、自分のことを見てくれる者に出会ったのだ。褒められたのも初めてだ。しかし、彼女のその気持ちは長くは続かなかった。
「貴方には何か得意な物はあるかしら?」
まずい。何か返事をしなければならない。私にも何か自慢できるものがある筈だ……考えろ。
―――何一つ見つからない。
「いいえ」
カラワーナはとてつもなく惨めな気持ちになった。
「そんなことないでしょう。高い光力を出せたりするんじゃないの?」
「全く」
「じゃあ知恵を出せたりは?聡明そうな顔をしてるわよ」
「一つも」
レイナーレは辛そうな表情を浮かべていた。カラワーナは今すぐ死んでしまいたかった。
この話は断ろう。自分は何の才能もない、文字通りの無能なのだ。これ以上いても恥をさらすだけじゃないか。
だが断りの言葉を考える必要はなかった。彼女には誰にも負けないものがあったのだ。そして、それに気付かせたのはやはりレイナーレだった。
「汗くらい出したことはあるでしょう?」
「はい!」カラワーナの耳に、自分がそう返事する声が聞こえた。人生に2度目の、そして日に2度目の真実の微笑みを見せて。
その日のその時から、カラワーナはレイナーレに仕えることになった。
しかし、カラワーナの周りは何も変わらなかった。相も変わらず周囲は冷たい目線を向け、さらに冷たい言葉をかけてくる。
だが、カラワーナは変わった。もう私は一人じゃない。レイナーレ様がいる。そして、新しい仲間も。
堕天使ドーナシーク。
カラワーナより先にレイナーレの部下となっていた古株の男だ。それまでは様々な組織を転々としてきたらしい。レイナーレ達の中で誰よりも年をとっており、そして誰よりも物事をよく知っていた。酒を酌み交わしているときに、カラワーナは彼から様々なことを教わったものだ。
人間界の知識。数々の神器の詳しい性能。
そしてあの世界に混沌をもたらすテロリスト達の巣窟、「禍の団」のことも。ドーナシークは「禍の団」に関わったことのある数少ない一人だった。
しかし、そんなドーナシークも、自分自身とレイナーレの過去だけは絶対に教えなかった。カラワーナはそれを深くは聞かなかったし、自らの過去も言わなかった。罪を犯して天使の地位を剥奪された堕天使にとって、過去は忌まわしいものでしかない……
しばらくすると、その中にミッテルトが加わった。
彼女はゴスロリ服を着た少女で、光力も魔力も、そしてオツムも無かった。オマケに最初は言葉すら話せなかった。カラワーナはどんな酷い事をされたのかは分からなかったが、
ミッテルトは生まれて直ぐに親に見捨てられたのだ。社会からも、世界からも。それでも、レイナーレ達は見捨てなかった。
ミッテルトはレイナーレを他の誰よりも慕っていたのだから。
それだけで十分だろう。
カラワーナにとって、4人で過ごした日々は楽しかった。酒を飲み交わしている時はもっと楽しかった。ミッテルトがボケて、カラワーナとドーナシークが突っ込み、そしてレイナーレがそれを見て笑っている……カラワーナはこの夢がずっと続くことを願った。
だが、夢はいつか醒める。
その日、レイナーレは泣いていた。部下たちには「絶対に泣いては駄目よ、常に前を見て生きなさい」と言っていたにもかかわらず。だが、つらい事があったから泣いていたわけではない。自己嫌悪の涙だった。
ミッテルトが仲間になってから長い時がたつが、彼女たちを取り巻く状況はますます酷くなっていく。もはや誰にも相手をされない。陰口すら言われない。
もう何もなかった。そして、レイナーレは皆を幸せにさせることができない自分が許せなかった。
もはやカラワーナ達から愛想を尽かされるのも時間の問題ね。でも、私はありとあらゆる手立てを尽くした。毎日、死に物狂いで働いた。10年、20年、30年、40年、50年、60年……そして今月の終わりが70年目。
それでも、何も変わらない。出世する道はもう無くなったのよ……
嗚呼、せめて私に力があれば!!!!
その時、レイナーレは思い出した。「神の子を見張る者
おまけにその娘は皆から蔑まれている。奪ったとしても誰も気にしないだろう。
私がその神器を奪えば、偉大なるアザゼル様だって、きっと、きっと……
神様が私達を導いてくださったのね!!
だが、レイナーレはとんでもない思い違いをしていた。
この世界に神はいない。
レイナーレを導いたのは死神だ。
カラワーナはレイナーレからその話を聞かされた時に最初は難色を示したが、最終的には計画に乗ることになった。それを話すときのレイナーレの顔は、今までで見たことがないほど喜びに満ちあふれていた。自分が反対すれば、レイナーレ様は悲しむだろう。自分が仕事を断ろうとしたときのように。
カラワーナはそのような顔を二度と見たくなかった。
それでも、カラワーナは何としても止めるべきだった。その計画を話している時のレイナーレの顔は確かに笑っていた。だがその顔にもはや知性や気品はない。あるのは狂気だけだ。
そして、彼女たちの計画はリアス・グレモリーと兵藤一誠というイレギュラーによって破綻した。
カラワーナは立ち上がれなかった。おまけに空も飛べなかった。堕ちるところまで堕ちていた。
それでも、私は生きている。私なんかが生きているんだ。なら皆だって……何とかして探さなければ。
芋虫のように地面を這って進んでいく。しかし、とてつもなく強い精神の彼女は、涙だけは流さなかった。
また4人で1からやり直そう。いや、その前にレイナーレ様に謝らなければ。今回の失敗は完全に私のせいなのだ。レイナーレ様は許して下さるのだろうか?分からない。ドーナシークは?ミッテルトは?それも分からない……
彼らがいた木に戻った。あらん限りの声で呼びかける……
「ドーナシーク!ミッテルト!大丈夫か!」
返事はない。
「ドーナシーク、ミッテルト!何処にいるんだ!」
何一つ返ってこない……
カラワーナは周囲を探し始めた。そして、ついに見つけた。
彼女達の散らばった羽を。
答えは2つしかない。そうカラワーナは感じた。彼女達は消滅させられたか……もしくは彼女を、そしてレイナーレを見捨てたのだ。
それでもカラワーナは泣かなかった。レイナーレに「絶対に泣いては駄目よ」と言われていたことを決して忘れなかった。
よく見たら羽の数が少ないじゃないか。ということは、ミッテルト達は生きているんだ。そうだ、そうに決まっている……
ほんとうに?
彼女は強引にその不安を打ち消し、必死の形相でレイナーレが儀式をしていた教会に向かった。もしかしたらレイナーレ様も私を見捨てたのだろうか?まあ、それも致し方ないだろう。所詮私は、その程度の堕天使だったんだ。まず、教会の入り口に向かわなければ。
だが教会に入った直後に、カラワーナは見てしまった。何よりも見たくないものを。想像したくないものを。
レイナーレ様の羽だ。それも片方だけではない。両方だ。
カラワーナは想像していた。予測もしていた……ただ、覚悟が出来ていなかった。
どん底の状態のカラワーナを取り立てたレイナーレは、どんなときも部下への思いやりを失わなかったレイナーレは、そして、この世界で誰よりも美しかったレイナーレは
死んだ。
紅い髪の悪魔に吹き飛ばされて。
カラワーナは生まれて初めて哭いた。
この世界に神はいない。レイナーレ様もいなくなった。
待て。あれは何だ?
何人もの羽を生やした奴等が裏口から出ていく。勇んだ足取りで。
レイナーレ様ではない。
誰だ?
すぐに分かった。その中心にいる女は、あの紅い髪をしていたのだ。
リアス・グレモリーだ。
紅の髪の女が勝ち誇った声で何かを語っている。何を言っているのだろうか?
カラワーナは聞き耳を立てた。
「……してもお馬鹿な……だったわね」
全ては聞こえなかったが、何を言っているのかは分かった……奴等は私達のことを嘲笑っている!
カラワーナは震えた。怒りと悲しみの両方で。奴等の言うことは事実だ。私は大馬鹿だ。
彼女はその先の言葉はもう聞きたくなかった。だが先を急ごうとしたそのとき、耳に入ってしまった。
「まあその上司のレイナーレとやらも、あんな奴等とつるんでいたんだから、程度が低かったんでしょうね」
カラワーナの耳に、何かが切れる音がした。
いま、奴はなんと言った?奴は私を侮辱した。それはいい。
だがその後に、皆を、仲間を嘲笑ったのだ。ドーナシークを。ミッテルトを。
そして、レイナーレ様を。
カラワーナは悟った。
奴等は悪魔そのものだ。
カラワーナは思った。
奴等は屑だ。
カラワーナは誓った。
あの女を……『紅髪の滅殺姫(べにがみのルイン・プリンセス)』の異名を持つ悪魔を……
八つ裂きにしてやる。