悪魔や堕天使が暮らす冥界で最も高い山とされる『神の砦(ディヴァイン・フォートレス)』は、悠久の時を経ても何一つ変わらず下を見下ろす。山の斜面に鬱蒼と生い茂る高山植物はその山と見事に調和しており、正しく神の名を冠するに相応しいものであるかに見える。
だが、その山の実態はあの『禍の団(カオス・ブリゲード)』によってその名前から最も遠いものとなった。
『禍の団』が結成されてから間もない頃、旧魔王派のトップであるシャルバ・ベルゼブブ、クルゼレイ・アスモデウス、カテレア・レヴィアタンの3人は人工神器や合成獣を開発するために一ヶ所に定住できる軍事拠点を欲していた。だが、そのような大規模な拠点を造るには「神の子を見張る者」などの敵対組織に感づかれてしまう問題がある。
皆が諦めかけていたその時、カテレア・レヴィアタンは一つのアイデアを提案した。
「『神の砦(ディヴァイン・フォートレス)』の中に私たちの新たなる世界を構築するのよ!」
この突拍子もない案は即座に実行される。山はくり抜かれ、表面は建設のカモフラージュに使われた。そして内部には何重もの防御システムの下に『禍の団』の総本部や研究所、ありとあらゆる神器や兵器、聖杯が入れられた大金庫が置かれる事となった。
どこの陣営も、まさかこのような大胆不敵な方法で拠点を造るとは夢にも思わず、気付いた時はすでに遅すぎた。
世界最高峰の山は世界最強の要塞へと生まれ変わった。
その要塞に付けられた名前は至ってシンプルだ。
神に反逆するもの、そして『禍の団』の望む混乱。
『バベル(BABEL)』。
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『バベル』の防御システムの凄まじさは想像を絶するものだ。その警戒はCIA本部より厳しい。
要塞全体を覆う特殊金属は、たとえ頭上から水爆が落ちてきても耐えられるような設計が施されている。要塞の周りには無数の地雷が仕掛けられ、何重もの電気柵と赤外線センサーが24時間体制で動き続ける。
レーダーは要塞の周囲数十㎞の全天をカバーしており、その範囲に入ったものはたとえ雀1羽であっても感知可能だ。発見した場合は即座に上級堕天使や悪魔、そして訓練された多数のワイバーンが殲滅にあたる。地上からは無数のサーチライトが照らされ、夜であっても空は昼間のように明るい。
その最深部に位置する執務室の椅子に、『禍の団』トップの1人、カテレア・レヴィアタンは退屈そうに座っていた。カテレアにとって、変わり映えのしない世界は死ぬほどつまらなかった。
神が死んだ今、この世は一刻も早く私達によって変革されるべきなのよ。そして、私が世界のトップに座る……
サーゼクスは良い魔王だったが、「最高」ではなかった。そして、私は「最高」だ。
カテレアは「最高」が好きだった。頂、ベスト、至高。何でもよかった。兎に角1番こそが全てだった。
当然でしょう?地球とかいう矮小な星で最も高い山はエベレストであることは誰でも知っている。でも、2番目に高い山を知っている者はほとんどいない。
そんなカテレアにとって、セラフォルーにレヴィアタン、すなわち魔王の座を奪われたのは何よりの屈辱だった。オーフィスという自分の力を上回る者がいたこともだ。その時から、カテレアはこんな世界を破壊して再構築してやると誓ったのだ。
そのことについてこう言った中級悪魔がいた。「世界は甘くない」。
カテレアはその者を即座に吹き飛ばした。
その通りよ。あなたに言われなくても分かっている。
でもね、世界は賢くもないのよ。
この私を認めなかったんだから。
思い出すだけで腹が立つ。世界を変革し、あのセラフォルーとオーフィスを惨めに地面に這いつくばらせた後はどうしてやろうか。あっさり殺すのはあまりにも勿体ない。そうね、まずは奴らの……
だがその時、カテレアの思考は執務室のドアを開けるノックに中断された。忌々しいわね。コバンザメのごとく私にすり寄ることしかできない下種な者たちが。
カテレアは不機嫌な声で「誰?」と言った。
「中級堕天使のダスティヒです」男の声だ。
「入りなさい」
ダスティヒがおずおずと入ってくる。
カテレアはダスティヒが嫌いだった。あの男はこの私より背が高い。それが忌々しかったので、カテレアはダスティヒに「跪け」と命令した。ダスティヒは素直に従った。
「要件は何?」
「はい、堕天使達に『アザゼル様は』…」
「何故あんな奴に『様』をつける必要があるの」
「申し訳ありません。『アザゼルは他勢力との戦争を望んでいて、そのために強力な神器を必要としている』という偽の情報を掴ませ、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』を奪わせてから、堕天使達を殺害して神器を我らの物にするという計画ですが……」
「早く言いなさい」
「……失敗しました」
カテレアは目の前のダスティヒを吹き飛ばしたくなる衝動を懸命に抑えた。何年も待たせて、結局そんな結末になるなど、やはり下賤な者たちは当てにならない。
いや、生きとし生ける物全てが信用ならない……信じられるのは自分だけだ。その為に、『バベル』の警備はほぼ全てを機械化しているのだ。機械は決して裏切らない。
「堕天使達は上級悪魔のリアス・グレモリーに目を付けられて交戦に入り敗北し、首謀者のレイナーレは死亡。神器を持つアーシア・アルジェントはグレモリー家の眷属になった模様です」
「それから?」
「はい?」
「やるべきことがあるでしょう」
「恐れながら意見を申し上げますと、再びアーシアを狙うことはグレモリー家、ひいては悪魔そのものと戦争をしなければならない可能性があるので利益が乏しいと思われますが」
「生き残った堕天使達はどうするの」
「あのような下級堕天使達など、放置しても構わないでしょう」
「何を言っているの!」
カテレアは怒りの限界になって立ち上がった。ダスティヒは恐ろしさで顔がこわばっていた。
「生き残った者たちが堕天使上層部に事実を報告し、私たちの計画が露見する恐れがあるのよ。何故そこまで頭が回らないの!」
「申し訳ありません」
「早急に始末しなさい。迅速、そして今すぐに。どうするかはあなたに任せるわ。もし出来なければ、あなたの首はないものと思いなさい」
「了解しました」
ダスティヒは怯えた表情で頷き、カテレアの執務室から去った。
ダスティヒが出ていった後に、カテレアはずっと考えていた。堕天使達のことを。レイナーレという女のことを。
カテレアはレイナーレを見たことがなかったが、彼女をこの世の誰よりも嫌悪していた。あの女は唾棄すべき存在だ。ダスティヒの聞くところによると、こともあろうか奴は自分のことを「至高の堕天使」と名乗っていたのだ。
冗談じゃない!!
カテレアは怒りで身を焦がしそうになった。
「至高」は私だけで十分なのよ。
奴は、レイナーレだけはただ始末するだけでは済ましておけない……あいつ等にはこの世界で最も辛い、想像を絶するような苦痛を与えて殺さなければならない……たとえそれが、レイナーレの部下であっても。
あの堕天使達の断末魔を想像するのは、さぞかし楽しいだろう。
カテレアはダスティヒを呼び戻して命じた。とっても嬉しそうな顔をしながら。
「残りの堕天使達を