ノレア・デュノクの朝は早い。
というよりはあまり眠れない。寝床は固いし、窓にはガラスもはまっていないし、ろくな環境ではない。
上半身を起こし、腕をぐーっと伸ばす。体の動きにつられて自然と欠伸が出た。寝床にしている教室を出て外に向かう。
朝のしっとりとした空気が肌に触れる。この辺りは地球の中でも最も荒廃した地域だが、裏を返せば人の手が入っていない、正確には手を引いたわけだが、自然が広がっている。
ノレア・デュノクは地球が好きだ。
同時に自分の生まれが憎い。
これほどまでに偉大な星に生まれながらも、人の作った枠組みの中で搾取され、差別され、抵抗を強いられる。叶うものなら普通に幸せに暮らしてみたい。だがそれは周囲の環境と自らの行いが許さない。一度闘争に踏み入れれば死ぬまでそれがつきまとう。
特別不幸だと思ったことはないが、だからといって幸福ではない。ただ生きているだけで憎しみが溜まっていくような毎日である。
足元を蟻の行列が過ぎ去っていく。遅れた1匹をノレアは足で踏み潰した。
しゃがみ込みメモ帳を開く。いつからか、死を予感させるものを描くのが趣味になった。
いつか自分もこんなふうにあっけなく殺されるのだろうか。その時この世に未練を残せるのだろうか。なんとなくそんなことを考えた。
ソフィ・プロネの朝は遅い。
夜中まで外の世界の動画を見たりゲームをしたりして過ごしている。加えてこのテロ組織の構成員としては最年少で眠りも深い。
もちろんガンダムの部品として調整されてきた彼女であるので起こされればすぐに目覚める。
「ソフィ、早く起きて。畑を手伝うって話だったでしょ」
目を開くとノレアがいた。腕を組んで呆れた様子でソフィを見下している。
「うゅ〜ん、もうちょっと寝てたいんだけど」
「駄目。ナジが待ってるから早く」
雇い主が待っているとあっては行かないわけにはいかない。仕方なくソフィは起き上がり伸びをして教室を出た。
ソフィもノレアもガンダムの部品に過ぎない。
データストームの負荷に耐えるよう調整され暴力性を植え付けられた。きっと大して長くは生きられないだろう。
二人にとってはそれが定められた運命であったので、それを変えようとは思わない。
畑に降りるとナジが野菜を収穫していた。
「ソフィ、ノレア、土を払って籠に入れてくれ」
ナジは二人を見ることもなく淡々と指示した。小走りに近づき、野菜を受け取る。
今の生活は案外楽しかった。ガンダムがどうとか身体検査がどうとかばかりだった派遣元の生活よりはよっぽど人間味がある。残された数少ない時間の中でこれだけ楽しい時間があればそこそこ充実していたと言えるのかもしれないとノレアは思った。ソフィは難しいことは分からないが、とりあえず土をいじるのが楽しいのは分かった。
2人から見てナジは自分達を道具として扱っているように思える。だが自分の道具として大事に扱ってくれている。この星には手駒のことを安い使い捨て爆弾ぐらいにしか思っていない悪党が大勢いるのだから、十分すぎるぐらいの待遇だ。
時々聞かせられるこの地域のこと、野菜の成長のこと、アーシアンが差別されるにいたった歴史のことなどは全て新鮮だった。時々こうして土を触らせてくれることも考えると、もしかしたら人間として扱おうとしているのではないかと思うこともある。
だがそんな馬鹿な期待はすぐに消える。もしそうならガンダムになんて乗せずここで腐らせておけばいいのだ。仮に人間と思っていたとしても、それならそれでナジがひどく矛盾した人間であることはソフィにもノレアにも分かった。
あるいは先が短い自分達に知識なんて無駄なものを教えるナジは、想像以上に残酷で悪趣味な奴かもしれない。そう考えると、もしかしたらガンダムのコックピットのなかでデータストームに蝕まれながら何も知らずに死んだ方が幸せな気もした。
だから今は、目の前にある楽しみだけを目一杯味わうことにした。自分を人間だと思い込める時間をもうちょっと楽しもう。
ソフィとノレアにはいつか幸福を見つけてほしいよ…