ケナンジ・アベリーは勘がいい。
「異常ないな」
「はい」
ドミニコス隊は補給のためフロントへ移動していた。不正を正すのが仕事といっても常に戦うほど不正が蔓延っていてはたまったものではない。こうした暇な時間こそドミニコス隊が存在している意味である。
「あの…艦長がエースパイロットだったって噂、本当ですか?」
航海士が計器から目を離さずにケナンジに質問した。
「お前なぁ、仕事に集中しろよ。…ちなみに噂は本当だぞ」
「どうしてやめたんです?」
「知らんのか?昇進すると給料は上がるんだぞ。それに言いたかないが、この腹じゃね……」
ヴァナディース事変の現場にいたことは言わなかった。隠すつもりはないがわざわざ話すことでもない。
「……ん?レーダーに映ってるこれ、何だ?」
「民間の輸送船ですね。珍しいですね、こんなところに船なんて。どこに行くんだか」
普段と違うことというのは何かしら理由がある。多くの場合はたまたまという理由で一括りにされるが、ケナンジの勘はそう感じていなかった。
そういう時、ケナンジは勘を信じてみる。今は一刻を争う任務はないので多少上陸が遅れても隊員たちの愚痴の対象になるだけで済む。
針路を変更し、民間船のいる宙域へ向かった。
ドミニコス隊はエリートである。
様々な出自の優れた能力を持った者が集まる。個人としていくら強力でも集団には勝てない。優秀な者達はそれを理解しているので、連携を乱すことはない。
臨検を行う旨を艦内に伝えると場の空気が変わった。格納庫のメカニックたちは談笑をやめ、パイロットたちがぽつぽつと集まり始める。
「前方の輸送船、停船せよ。こちらはベネリットグループ、カテドラル所属、ドミニコス隊。航行の安全のため現在無作為の臨検を実施している。停船の上登録番号の開示を求む。繰り返す、直ちに停船せよ」
呼びかけへの反応はない。どうやら勘は当たっていたようだ。
「第1モビルスーツ小隊は出撃、臨検隊もだ」
命令のある頃には既に準備を終えている。ハインドリーシュトルムがカタパルトから射出された。
ドミニコス隊が輸送船に近づくと、輸送船後部のハッチが開きモビルクラフトが姿を現した。
旧式の機体を無理やり武装させているそれは、本来腕のあるべきところに銃がついていた。どうにか撃てるようになっているだけで、数も1機しかいない。
スラスター制御にもたつきながら飛び出してきてあらぬ方向に弾をばら撒いている。
第1モビルスーツ小隊のパイロット達は呆れた様子で回避する。
「アイツら正気かよ?正規の部隊に抵抗しようなんて自殺行為だぜ」
そんな無駄口を叩いていると通信にケナンジが割り込む。
「その通りだが本当に殺すなよ。あの程度なら武装解除できる。訓練通りやればいい」
「コピー」
敵機は動いてはいるが、直線的な動きを繰り返しているという方が正確だ。これではこちらを撃ってくるだけの移動標的にすぎない。アスティカシアのパイロット科の学生の方が何倍もいい動きをするだろう。
対してこちらは曲線的かつ三次元的に機動することで的を絞らせない。まともな射撃管制ソフトも積んでいないような民間機もどきでは追尾は不可能だ。
命令通りにライフルを狙撃するとバラバラになった部品が飛んでいった。武装を失った敵は逃げ帰ろうとするも、輸送船の方は待ってやる気は全くないようである。
当然逃げ切れるわけもなく、別働隊が進路を塞いでいる。銃口を向ければ諦めたように減速を始めた。臨検隊の乗ったシャトルが横付けされる。
臨検隊の報告によれば違法薬物の密輸船だったようだ。いつの時代も現実逃避したい輩が消えることはなく、地球で栽培したものを宇宙まで運ぶとかなりの身入りになるらしい。
わざわざ地球産を欲しがるのは犯人曰く「香りが違う」のだそうだ。地球の豊かな自然のろくでもない活用方法である。
「身元は分かったのか?」
「それが……主犯格以外は市民ナンバーもない貧困層です。今回の仕事も単発で、何を運ばされてるのかすら知らなかったみたいですね」
報告を聞いてケナンジはため息をついた。宇宙まで出てきたというのに人は度し難い生き物だ。どうやら暇な時間というのはドミニコス隊が享受するにはまだまだ贅沢品であるらしい。
本部への報告書作成のためケナンジは艦長室へ向かった。