エラン・ケレスの朝はとても遅い。
彼は本物である。学校に行くわけでもないので、遅くまで寝ていられる。彼の立場からして文句をいう人間も多くはない。
よだれを垂らして寝ているとベルメリアが訊ねてくる。
ベルメリア・ウィンストンの朝は早い。
朝は元から得意なほうである。最近は若い頃よりも眠りが浅くなったと思っている。
起床するとメールを確認し、簡単な朝食をとって仕事に取り掛かる。強化人士の調整という仕事が彼女の眠りを浅くしている一因であるかもしれない。
今日の予定には、強化人士へ伝える情報を得るためのエラン・ケレスとの面談が入っていた。
「エラン様、まだ寝ていらっしゃいますか?」
何度かブザーを鳴らすと心底機嫌が悪そうにエランは起きてくる。
「なんだよベルメリア。まだ眠いから帰れよ」
「面談、お忘れですか」
「別にこの前伝えた情報と何も変わってないだろ」
「規則ですので、どうか。お食事がまだでしたらその時でもかまいません」
「はぁ……分かったよ、準備するよ……」
ボサボサになっている頭をかきながら本物は部屋の奥に消えた。
1日を終えて、ベルメリアは仕事をまとめる。
ベルメリア・ウィンストンは仕事ができる。
ヴァナディース時代から手際の良さは評判だ。テストパイロットとして働くエルノラに対して、ベルメリアは裏方から組織を支えていた。
だが今ではその手際の良さは人を傷つける冷徹な仕事に利用されている。眉ひとつ動かさず強化人士の生体情報に目を通していく。
GUND技術に関わっていたい。その一心だけでここまで生きてきた。気づけば今の自分は理想とは真逆の行為に手を染めている。
別の道もあったのだろうか。エルノラ……プロスペラ・マーキュリーを探し出してシンセーに勤める道、あるいは気高く若い力に溢れるミオリネたちのように起業する道。
もういくら考えたところで遅い。現実としてベルメリアは人を騙し、傷つけ、かつての自分に蓋をした。もう後戻りなどできないのだ。
パソコンをシャットダウンすると、一本の電話がかかってきた。スレッタからだ。
「もしもし、ベルメリアさんですか?明日のことで相談したいことが……うぅ、私もよく分かってないんですけど、ミオリネさんが会社の技術には精通しておきなさいって……」
パイロットとして優秀なスレッタにもできないことはある。技術的な知識はメカニック科のニカや一度読んだら覚えてしまうミオリネには劣る。
「そうね。それじゃあ打ち合わせついでに復習してみましょうか」
電話越しに教師の真似事をしてみる。二度と叶わないと諦めかけていた理想が目の前にあった。
しかしもう汚れてしまったベルメリアにはその理想はただ眩しいだけの太陽でしかない。近づきすぎればいずれ焼きつくされてしまう。
だがそれでも心地よかった。今だけはもうしばらく木漏れ日を浴びながら夢を見ていたいと、そんな思いに駆られてしまう。
「ありがとうございました、ベルメリアさん!えっと、いつも頼りにしてます、です!それじゃあ、また明日!」
「えぇ、おやすみなさいスレッタ」
電話が切れる。
ベルメリア・ウィンストンには二つの顔がある。
子供たちに希望を与える顔と、子供たちから希望を奪っていく顔。どちらもGUNDという鎖に繋がれている。