姫の護衛は地底人《ケガレビト》 真・女神転生オタクくんサマナー外伝   作:気力♪

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嵐の前の日々のこと(おまけ2) ジムでの私語はお控えになって下さい!(儚い願い)

 

「どうして、ボクを助けてくれなかったの?」

「あなたのために、私は戦います」

「隊長のなめなら、私は死んで良かったんだよ?」

 

 覚えているだけの、末期の言葉が聞こえてくる。

 俺たちが地獄に引き摺り込み、俺たちが戦うことを強いて、その挙句強いた外道だけが生き残っている。

 

 寝る時も離せなかった銃を自らのこめかみに当て、引き金を引く。

 

 衝動的に行っていることで、もはや毎朝の習慣になっている愚かな行為だ。眠る時、銃にセーフティを付け忘れていれば死ぬことができる。

 

 それで楽になると理解しているのに、毎晩しっかりとセーフティを付ける小心者だから、未だに生き続けてしまっているのだろう。

 

「良い加減起きろ、まだ死ねんだろうが」

 

 ぼんやりとした意識を使命感で切り替えて、顔を洗いに洗面所に行く。

 

 そこには、死んだような面をしている継接ぎの男がいた。

 

「……笑え、お前は『ツギハギ』だ」

 

 ジエンのやつが俺を見る、「多くの戦いを経験したが、人としての優しさを忘れない戦士」の仮面を意識して被り直す。

 

 こういったとき、ツギハギで貼り付けられた皮膚というのは便利なものだ。どんなに血色が悪くても、元が悪ければ気付かれることはない。

 

 もっとも、見ている者など今はいないが。

 

「……飯にするか」

 

 テレビを付けてニュースを見る。

 偏向報道があるだのなんだのネットで言われているが、関心のなかったトピックに触れるにはテレビというのは侮れない。

 

 インターネットの広大な海から新しい情報を探す際、俺のようなロートルはとっかかりが必要だ。

 

「……芸能事務所の紹介のようだが、何人か見知った顔がいるな。レルムで見た顔か?」

 

 事務所の新人だ、という少女からは、カメラの前での緊張と不安の中で精一杯の笑顔を作っている。

 

 それは守るべき尊いものである。

 だが──見ていると、少し死にたくなる。

 

「どのツラを下げて、未来を守るなどと嘯いているのだろうな。俺は」

 

 かつての世界、ジエンと似た「天蓋のトウキョウ」でやっていたことを思い返す。

 

 ジエンのような、過去の戦士のイマージュを付与された子供達。日の光を知らず、生きる希望も知らないまま死んでいった少年兵達。

 

 彼らに死ねと命じ続けた外道が何故だか今も生きている。笑えない話だ。

 

 と、ぼんやりしながら飯を食っていると携帯にメッセージが入る。

 

『ツギハギ殿、布教であるぞー』

 と言葉が添えられて、ネットで配信されている動画の短い切り抜き動画。クリップというのだったか? そういうものが添えられていた。

 

「……知り合いの無職のやっているバンドらしいが、相変わらずどういう縁の結び方をしているんだアイツは」

 

 なんでも、異界巡りでの朝帰りしている際、川沿いのベンチでギターの練習をしている所に出くわしたらしい。

 

 追加のメッセージでは、イラついた顔で小指を立てている少女と、愉快な顔で笑っているジエンの面が印象的だった。

 

 小指を立てている勢いが、中指を立てている時のそれなのが気になるが、中指だとしても別に珍しい話ではない。

 

 ジエンは他人に『死ね』と思われることを平気でやるし、躊躇わない。今回のようなダル絡みとて、面倒に思う者からしたら『死ね』とチャットしてそれで終わる話だ。

 

「歳を重ねれば、こういう無茶な動きは少なくなるが……なるのか? こいつが?」

 

 どことなく、ジエンとは似たものを感じている。

 俺は奴ほど激動の少年期を過ごしているわけではないのだが、不思議と所作や趣味嗜好など、似通ったものがある。

 

 もっとも、おおよその事を好ましいと思う奴の幸せそうな頭と、同じように見えて他人に良く合わせて見せる顔を変えている器用さがあるため、「俺用に調整(チューニング)したジエン」と趣味が似通っているだけかもしれないが。

 

 

 ──などと考えていれば、朝食が無くなっていた。

 

 セプテントリオン来襲時期があと9日というタイムリミットが布告された現在であるが、実のところさしてやる事は多くない。

 

 というよりも、“出来ることが少ない”というのが正確な所だろう。

 

 一部の情報が早い者たちが先んじて予約したために邪教の館などの悪魔強化施設の予約は埋まっている。強化をする予定もないが。

 

 防具についても既存のものの流用で対策は完了してしまっているので、しなければならない事もない。

 

「……これは確かに、新入社員に今のうちに『有給を使え』と宣うわけだ」

 

 そんな状況の整理をしつつ装備を整え立ち上がる

 

 

 ──ところで思うのだが

 

「ジエンの奴が俺の気持ちが沈むタイミングでメッセージを飛ばせるのはどういうカラクリをしてるのやら。俺もフジワラの奴にに覗かれてでもいたりするか?」

 

 単純に「たまたま」と切り捨てるには多すぎるが、証拠もないので黙しておく。

 

 そうして俺は、支度を終えて外に出る。

 

 幼い頃は毎日見えていた、空のある世界へと。

 


 

「ずえど様ー、ちゃんと休めてっか?」

「問題ないよグラツィエ。特に疲れるような仕事もないしね」

 

 ドアを開けて、オレが起きているのを確認したグラツィエが声をかけてくる。彼女は昨日休みのローテーションであり、今会社に出社してきたところなのだろう。

 ゆっくり休めたようで顔色は良い。

 

「……あんな、一週間ずーっと睡眠取ってなかったよな? 寝なくても死なないからって寝ないのはダメっすよ?」

「そうは言うけどね。キリギリスのクソどうでもいいような掲示板にこそ重要な情報の断片があるものだから、眠る時間は最低限にせざるを得ないんだよ」

「そうなんか?」

「そういった大事な決断に必要な情報があるものだから、ね」

「普通に掲示板見るの好きなだけだとおもってたべ……」

「もちろんそれもあるかな。様々な価値観の有力者が雑談をしているものだからね。覗いているだけでも楽しいものだよ」

 

「それと、眠っていない訳じゃないんだ。掲示板を確認しながら秒間隔の睡眠を繰り返しているからね。この世界で論文を見つけることはできなかったけど、記憶の定着に必要なレム睡眠に関しては充分行えている」

「けど、のんれむ睡眠? とかそういうのもあるんじゃなかったか?」

「アレは脳を休ませるための機能だからね。回復魔法やスキルで脳疲労の回復を行えば、さほど必要なものじゃないんだ」

 

 この短期睡眠と回復魔法で休息を取るやり方は、普通の生活リズムの生き方をしていたなら精神的疲労の方が大きくなり休息の効率は悪くなってしまう。かつての世界のグラツィエは規則正しい生活をしていたものだから、訓練を受けた後でもなかなか上手く休めていなかったのを覚えている。

 

 目の前のグラツィエも規則正しい生活リズムを心掛けているタイプなのは変わらないため、休養に使えるとは思えないタチなのだろう。

 

「まぁ、この睡眠方法をジエンも行っていたと聞けば、さすがの僕も効果には疑問を持つけどね」

「え、ジエンくんそんな健康に悪い寝方してんだべか? どうりでちっこいワケだ」

「本当にね。アレも子供な訳だから。ちゃんと寝てちゃんと食べて、マトモに育って欲しいものだよ」

 

 そう口に出したが、そうなるとはカケラも思えてはいない。

 

 ジエンのアホは、死ぬ寸前の命の輝きを常時放ち続けているタイプの怪生物だ。根本となる命の量は限られているのだから、いずれ燃え尽きて果てるだろう。

 

 それを理解していない奴ではないし、それが理解できない周りの連中でもない。だから、徐々に命を燃やす速度を減速させるように、日常に馴染ませる努力をしている、とは聞いている。

 

 善い人間だから善い人間に巡り合うのか

 善い人間になろうとしている者だから、善い人間であろうとしている者たちと巡り合っているのかは分からない。

 

 確実なことは、時間のかかるような面倒な人間性の修正に、じっくり付き合ってくれるような連中が彼の周りに存在しているという事だ。それは、素直に彼の掴み取った幸運であると思う。

 

 ──その環境下でも命を燃やす速度をカケラも緩める気配がないのが、奴が奴たる所以なのだが。

 

 まぁ、さして気にすることもないだろう。友人であるとはいえ、他人のことばかりにかまけられている立場でもない。

 

「ところでグラツィエ、キミはオレが休んでいるかを見に来ただけかい?」

「あ、そうだったべ。システィナさんから採用者リストに漏れがないか確認してほしいって貰ったべ。派遣仕事してくれる人たちの方だ」

「……それ、メッセージで良かったんじゃない?」

「寝てたんなら寝かせてやりたいって言ってたべ。(わたす)もそう思っとるよ」

 

「ずえど様、連絡あったらどんな時でも飛び起きちまうんだから」

「……気を遣わせてしまったね。ありがとうグラツィエ」

 

 そう言ってグラツィエの頭を撫でると、「はわ……」と赤面してしまう。

 そんな顔も可愛らしいと思う。そう思えるようになれた事も、少し嬉しい。

 

 僕の世界の彼女たちを焼いて殺した外道が、幸せを感じて良い道理はないと思う。けれど、感じていることそのものを否定はしない。今はそう決めている。

 

 そんなゆったりとした時間を過ごしていると、寝室のドアが大きく開かれた。

 

「今帰ったよ、我が君!」

「……声を抑えなさいプラド。まだ早朝も早い時間です」

「お帰り、プラド、サーペンタイン。大事はなかったかい?」

「もちろんだとも! 社員の皆の平均レベルは64まで上げられたよ。現在のGPなら69までならとんとん拍子でいけるとは聞いていたが、なかなかに驚きだね」

「あの女のレベルが平の戦闘員と離されていくのは、少し笑えますがね」

 

 プラドはいつものように意気揚々と成果を誇りつつ、「理論上69レベルまでなら余裕ですね」などという異世界、あるいは過去周回からやってきた者からすれば異常な理論が実現していることに驚きを示し、サーペンタインは「そんな環境下で低レベルで甘えているシスティナのなんと怠慢なことか」と嘲りを含ませながら、それはそれとして大事なく皆のレベル上げが完了したことに僅かな喜びの顔を見せていた。

 

「システィナ嬢は我ら一党の経営担当だ!私とサーペンタインのような戦士が戦い、彼女には銃後を守ってもらう。それが組織としての正しい在り方ではないか?」

「ですが、いざと言うときに王と並び立てないのでは、情けがないというものです」

「女性を戦場に出すということそのものが男の恥、だなんて思う人もいるんだけどね」

 

「おや? 我が君はそんな安い男ではないだろう?」

「戦場でこそ美しく咲く花もある、オレはそれを知っているだけだよ」

「でんも、システィナさんがレベルあんま上げんのはそれだけじゃねぇのでは?」

「ふむ?」

 

 ドタドタドタと廊下を走る音が聞こえたと思えば、またしても大きな音と共に扉が開かれる。

 

 そこには、精力剤を箱で持ちながら、魅惑的なランジェリーで身を飾っていたシスティナがいた。

 

ZEDΩ.(ジエド)様! 強く逞しくなった我が精鋭たちに遅れを取りたく無いのです。私にもお情けを頂けませんこと? そう、お情け(経験値)を! 

「……腹黒女めが」

 

 などとサーペンタインは言うが、オレが否定の振る舞いを示さないのを見て自らも戰装束を外せるように緩め出した。

 

「あ、そういう感じかい?」とプラドもそれに倣い、グラツィエは「はへー」と可愛らしい顔を見せていた。

 

 その後のことは、あまり多く語るものではないと思う。キリギリス掲示板風に言うならば、このあとたくさんS⚪︎Xした、となるのだから。

 

 ──ただ、あの精力剤そんなに美味しくないんだよなぁ……

 


 

 皆の相手を終え、僕は会社と提携している『シルバーマルチスポーツジム』へと赴く。

 

 各地のレルムにて出展している覚醒者向けスポーツジムであり、トン単位のトレーニング負荷をかけられるマシンが入っている優良企業だ。

 

 会員登録の際、表の世界で展開しているゴールドなスポーツジムの会員であると何故か割引が効いたりだとかの小細工があったりしたのだが、『混沌の奇禍』の後では「もうじき買収されるかも?」との噂が流れていたりする。

 

 ……ゴールドなジムの筆頭株主の息子がこの『シルバーマルチジム』の社長であるため経営が一本化すること以外特に変わりはないだろうが。

 強いて言えばこの世界の何らかの法律に触れるリスクがある程度だろうか? 

 

 エントランスにて会員証をタッチして奥に進み、着替えを行なって中に入る。

 

 僕はこの世界の“普通のジム“というものを知らないが、概ね一般的なジムとはかけ離れているように思う。

 なにせ、「ランニングデュエル・アクセラレーション!」などと叫びながら持ち込んだ大型パネルにて「遊戯王MD」を行なっているものがいたり、ジム天井から吊り下げられているディスプレイには【広告主:ク⚪︎ゲーRTAマシン3号】という広告者表示と共に奇妙奇天烈な挙動をしているゲームの解説付きプレイ動画が流れていたりと、自由と混沌が混ざった状態だ。

 案外、まっとうな企業ではできない突飛な新規アイデアの試験場としても試されているのかもしれない。

 

 あのディスプレイなど最たるものだ。この店内に限るが、推しの動画、推しの配信者、推しのゲームを布教することができるというシステムだった。これも一種の『投げ銭』というものであるのだろうか? 

 

 各所にある設備予約用タブレットや、専用アプリを入れたスマートフォンを使えば動画をキャンセルし、次の動画にスキップできる機能もあった筈だ。不快な動画が流れるようなら当たったら我慢せずにやってしまおう。10円かかるらしいが、惜しむ金額でもない。

 

「……おや?」

 

 などと思っていると、改造型フィットネスバイクの前で右往左往している男がいた。

 

「……どうやるんだったか?」と呟きスマホとマシンを見比べながら、あれこれタッチして操作をしようと試みているようだった。

 

 次のセプテントリオン対策としてスタミナを鍛えるためにここの狂った負荷の出るバイクトレーニングを行おうとしているのだろう。

 

「失礼、隣良いかい?」

「ああ、構わん」

「ここのバイクの設定は、まず会員証をここに当てないと動かないよ。改造バイク設計段階お遊びで高負荷設定をかけて怪我をした人が多かったらしい」

「……助かった」

「なに、大したことじゃないさ」

 

 機械に不得手だった『ツギハギの男性』にやり方を示すように会員証をタッチして、覚醒者用のメニューを操作する。彼もそれに倣い、設定メニューにまで辿り着けたようだ。

 

 ここのフィットネスバイクバイクは電磁石をもってホイールを押し留め負荷とする方式だ。電磁石の材料を異界由来の魔鉄鋼を混ぜたものにして強度を上げ、電圧量をアホのように上昇させることで高負荷を実現している。

 

 ジエンから聞いた話によると、こういった異界技術由来のマシンに使われる技術は『アップルシード』と呼ばれている論文達のものがベースになっていることが多いらしい。

 どこの誰が何の目的で技術を無償でばら撒いたのかは誰も知らない。

 が、5年もあれば生活の中で見えているものに使われることもそれなりにあるようだ。

 

 なにせ、商業使用の際に特許料のことを考えなくて良い。大国が各技術の特許を独占し、浄水器ひとつ作るのに異常に高い特許料や役員への贈賄を求められていた僕の地元(世界)のことを考えると安い方に流れる気持ちは良くわかるというものだ。

 

 負荷を最大値に設定しペダルを漕ぎ始める。

 

 隣の彼も、同時に漕ぎ始めたようだ。

 負荷は同じく最高負荷。通常モードフィットネスバイクの最高負荷より3000倍の電圧をかけているとの話だ。

 

 電力ロスもありそのまま3000倍の負荷となりはしないが、レベル50はなければ漕ぎだすことすら難しい負荷になっているらしい。

 

 お互いに、涼しい顔で漕ぎ始める。

 

 隣の彼はおそらくレベル70以上の猛者。彼の回転速度は現在60rpm程度。

 特に理由はないが、65rpmをキープできるように速度をすこし上げていく。

 

「……む?」

 

 すると、隣の彼はこちらを一瞬見て、速度を確認する。

 

 彼は特に悩むことなく漕ぐ速度を上昇させていった。見たかぎりでは、フィットネスバイクについてあまり詳しくないのだろう。

 

 僕が速度を上げたのを見て、「漕ぐ速度は上げるものなのか」と感じていたようだ。

 

 そのためか、回転速度は70rpmに上昇させていた。

 

 ──ので、僕はさらに速度を上げて75rpmまで上昇させる。

 

 どういう訳か、僕は彼を上回りたいと感じているようだ。マウントを取りたい。と感じているというのが正しいのかもしれない。

 

 どうしてそのように思うのかを言語化することはできていないが、感じたことを否定するつもりはなかった。

 

「……すまん、これは喧嘩を売られているのか?」

「特に害意がある訳じゃないんだ。ただ僕は負けるのがあまり好きでなくてね」

「面白い。では勝負と行こうか」

「随分乗り気だね。それなら勝負の方法は早い方の速度に合わせて、先に潰れた方の負け、としようか」

「だな。お互い手を抜く性質ではなさそうだ。速度を緩めて勝ったところで後味は悪かろう」

 

 ちらほらと、周いに人が集まり始める。

 それはバイクトレーニングをしようとした面々や、近くでトレーニングをしていた者達。

 

「合意と見てよろしいですね!」とレフェリーを気取り始める者まで現れた。

 

 誰だと問い掛けたい気持ちはあるが、このような流れになっているときに真面目な考えはあるだけ無駄だ。

 

 感じるままに、楽しんで勝負といこう

 


 

 ざわざわと、周囲の面々が話しているのが見える。

 

「自転車などしばらく乗っていなかったな」などと軽い気持ちでエアロバイクに乗った結果、なぜか隣の優男と勝負をする羽目になっている。

 

 正直、さして敵対する気はない。だが勝負を挑まれ受けたからには勝つのを目指すべきだろう。

 

 長時間最高パフォーマンスを発揮し続けるというのは、なかなかダレてしまうものだ。であれば、競争相手はいたほうが良い。

 

「嘘だろ、回転数200回転オーバーだぞ⁉︎最高負荷でだぞ⁉︎」

「最高負荷って5階建マンション飛び越えれるくらいの脚力が必要だったよな?」

「なんでこいつらそんな馬鹿みたいな負荷で馬鹿みたいな速度で2時間漕ぎ続けてんだ⁉︎」

「積んで来ている方々だ。良いですね」

 

 わーわーと俺と優男を褒める声が聞こえるが、正直に言って余裕はない。

 

 あの優男が馬鹿みたく速度を上げるものだから、『速』に長けてはいない俺は全力を出し続ける必要が出てしまった。

 

 競輪選手がラストスパートでペダルを漕ぐペースが200回転ほどらしく、おおよそ2時間も続けるべきペースではないだろう。

 

 多少だが、無理が出てきている。俺のツギハギの表情に出る事はないが。

 

「優男の方はだいぶキツそうな面になってきてるが、ツギハギのおっさんの方はまだまだ余裕そうだぜ!」

「馬力の違いだな。高負荷でバイクを漕ぐ場合スピードを出すための脚力よりも、負荷を押し除け続けるパワーの方が重要になる。見た感じ、優男の方は『魔力』が高そうだが、『力』についてはそれほど高くはないだろう」

「速度的には同じくらいか? 特化させてるわけでも、明らかに苦手ってわけでもなさそうな身体だぜ」

「ついでに言えば体重もオッサンの方が重そうだ。パワーを産むための筋肉量ってのは馬鹿にならねぇ差になるぜ!デケェのはパワーなんだよ!」

「まぁ実際の競輪だと速度出すために重さは邪魔になるもんだが、今回は回転数勝負だからな」

「残念ですが、勝負は見えてきてますね」

 

 そう、周囲から敗者の頑張りを讃えるような声が聞こえてくるほど、場の空気が変わってきた時だった。

 

 隣の優男が、漕ぐスピードを明らかに上げてきてきた。

 

「230回転いったぞ! 馬鹿かよコイツ⁉︎」

 

 優男が、「ついて来れないなら構わないよ?」とでも言いたげな目線でこちらを見る。

 

「……上等だ」

 

 厳密にルールが決まっている訳ではない。しかし、回転数の大きい方に合わせるというのが取り決めだ。

 

 最後の足掻きとしての速度上昇。それを正面から上回ってこそ勝利といえよう。

 

「勝たせてもらう……ッ!」

「勝つのはオレさ!」

 

 ──そこからは、無心でペダルを漕ぎ続けた。

 

 ラストスパートか、あるいは負けたとしても回転数では勝っていた、などの言い訳作りのためかに思えた回転数230の勝負は──意外にもたった5分の後に決着が着くこととなった。

 

 ベキリと、オレの漕いでいるペダルが折れた音と共に。

 

「あ〜」と誰もが口に出す、締まりのない決着だった。

 


 

 スタッフを呼び、あれやこれやと後処理を終えた後、自販機にてスポーツドリンクを2つ買う。

 そして、片方を優男に放り投げ、奴はそれをキャッチする

 

「勝利の美酒、というにはいささかしまらないが、頂いたよ」

「スポーツドリンクの170円が敗北の対価とはな。ささやかすぎて笑うしかあるまい」

 

「だが、良いのか? マシンの修理代金を半分払うなど」

「どう考えてもオレとキミとの悪ノリの結果だろう? 自分の尻拭いもできない子供ではないつもりさ」

「酔狂な奴め」

 

「もちろん、キミのような面白い人と縁を繋ぎたいという気持ちもある。正直に言ってウチの会社にスカウトしたいくらいなんだ」

「あいにく今は会社勤めでな。間に合っている」

「それは残念」

 

 ニヤニヤと勝ち誇った顔が若干むかつくが、あれほど鍛えている奴で言動にも筋が通っている。頼れる戦士ではあるのだろう。

 

 この世界の頼れる戦士は往々にして変人しか存在しないので、頼れる人間かどうかは別の話になるのだが。

 

「そういえば名乗ってなかったね。オレはZEDΩ.(ジエド)。今モニターで流れてる会社の社長をやってるよ」

「社長……?」

 

 モニターを見れば人材研修、派遣を主としている会社らしい。「未経験者歓迎」という厄介そうなワードが見えるが、その後に続く研修プランの細かさを見るに本当に未経験者を歓迎している会社なのだろう。

 

「もっとも、派遣業は表のカバーだからまだ良い業績は出ていないんだけどね」

「貴様の会社も悪魔狩りで稼いだ金で会社を回しているクチか。税金対策と聞くが、そんなに重いのか?」

「なるべくマッカで処理してるから多少はマシな筈だけど、正直個人事業主としてやりくりしてた場合のことは考えたくないね」

「なるほど、どこもそういうものか」

「もっとも、悪魔業界が日の目を見たことで税制も変わってくるだろうからいつまで楽ができるかは微妙なところだけど」

 

 などと語るが、それは「眼前に見えている『滅び』をぶちのめす前提で動いている」というスタンスの表明だった。

 

 セプテントリオンの来襲で世界が滅びると見ているのであれば、税の事など気にする道理はない。

 

 良い戦士で、善い人間だ。

 

 そう思っていると、ディスプレイでCMが終わり、次の動画が流れ始める。

 どこの馬鹿がホモビデオの要素を入れた動画をこんな公共の場に流れるようにするのか、と不審に思っていたりもするが、概ね良い試みであるように思う。

 

 そんなとき、下に流れるテロップには【提供:元人外ハンター第8位】というジエンの奴が名前に困ったときに使うハンドルネームの一つが流れる

 

 嫌な予感がする。

 奴は周囲に溶け込むために潜めているが、あらゆるセンスは尖りまくっている大馬鹿だ。

 

今日は、誰でもできる簡単な戸籍ロンダリングについて解説するのだ!

 

「誰でもできてはいかんだろうが……」

「あー……あのスキームか……」

 

 優男は遠い目をしながら何を話すかを即座に理解していた。

 そして、即座にアプリを操作して、動画のスキップを行った。まぁ、そうなるか。

 

「かいつまんで話してくれ、ことによっては運営に削除依頼を出す」

「うん……漂流者受け入れの時にお国がやってた新規戸籍作成に相乗りする形で、犯罪歴やらのない綺麗な経歴にできる。という制度ハックだよ」

「うん……? なるほど、自分を漂流者と偽るのか」

「そういうこと。違法レルムやらに居座っていた連中は表の世界で働けるような状態じゃないからね。犯罪歴もついてることが多いし」

 

 免許証など異世界の身分証明書を作成するなど説得力を作るための下準備は必要になるらしいが、漂流者が世に出始めた段階ではそこそこの確率で通ってしまっていたらしい。すぐ対策されたという話だが。

 

「だが、犯罪歴があれば警察のデータベースに残るのではないか? 指紋が取られると聞いたことがある」

「……『同位体』とかいう異世界の別人って指紋まで一致することがあるんだよ。稀にではあるけど、100人に一人程度の割合でね」

 

「そういうわけで、異世界の別人です! って言い張って審査を潜り抜けて漂流者用の職安にありつこうってのがこのスキームなのさ。支援金だとかはこの世界に戸籍のある人間が連帯保証人しないといけないから難しいんだけど」

「なるほど。外道が身綺麗な振りをするためのものか」

「制度利用料金の返済義務だとか、データベースに生態情報の詳細が残るとか色々デメリットはあるんだけど、人生をやり直す機会って意味では有用に見えるのさ」

 

「まぁ今はもう役人連中には知れ渡っているから、霊的契約でガチガチに縛ってくるんだけどね」と補足をする優男ZEDΩ.(ジエド)。社長というのはやはり苦労が多いらしい。

 

 

「……ところで、何故知っていた?」

「アレに紹介された人材の何人かが使ってたスキームだったのさ。役所に詰められて大変だったよ本当に」

「採用する奴は選べ……」

「最悪なことにオレのところに紹介された連中の「やり直したい」って気持ち自体は本物でね。それを見て採用を決めたものだから切り捨てるのは道理に合わなかったのさ」

 

 そのようにぼやいていたが、その顔に後悔の色はなかった。迷惑は被ったが、後悔はないようだ。

 

「ちなみにこの話にはカスみたいな裏話があってね。なんでも毎朝東京を走って横断している学生がこのスキームの発案者だって話があるんだ」

「まさか……あのバカか?」

「そのバカだと僕は思ってる。というかあって欲しいと思ってるよ」

「それは何故だ?」

「ジエンじゃなかったら、ジエンみたいな奴がもう一人存在するってことになる。それこそ、『同位体』とかね」

 

 ジエンの『同位体』。考えたこともなかったが、存在していないことはないだろう。

 

 奴の役割といえば、荒廃した世にて、希望を切り開く若き戦士というあたりか? 

 

 俺の世界で似た役割といえば、袖木(ゆづき)友奈(ゆうな)だろうか? 特別際立った才能はなかったが、少年兵達の中で確かな存在感を放っていた。

 

 が、どうにも腑に落ちない。

 ジエンのやつの生き方というのは、柚木のそれと似つかないとなんとなく感じている。

 

「──そういえば、同位体というのは同じ年齢なんだろうか」

「なんだ唐突に。……別世界で大人をやっていたり、未来の娘がいたりするらしいからな。同位体というのも年齢が同じとは限らんだろうよ」

「これは恐ろしく失礼な話かもしれないんだが、一人ジエンの同位体に心当たりが生まれたかも知れないんだ。こう、微妙にズレた考えをしているな、という雰囲気がね」

「そいつはいったい何処のどいつだ?」

 

「ツギハギ、君さ」

 

一瞬、言葉が理解できていなかった。

 

「オレは、なんとなく君に負けたくないと感じていた。負けたら相当に煽ってきそうだな、という厄介な思い込みだよ」

 

「それを感じた理由は、君とジエンに似たものを感じていたからじゃないか、とね」

 

「まぁ、君ほどの男であるなら敵に回る心配もない。そういう意味でなら幸いだね」

「……言われた事はなかったな。オレとジエンが似ているなど」

「ま、彼は話す人によってそれとなく振る舞い方を変えている。君の在り方が彼にとっての理想だから君の真似をしていて、それをオレが似ていると感じているだけかもだ。さして間に受けないでくれ」

「親子などと言われるのであれば否定はするが、『同位体(異世界の別人)』というのなら特に否定はすまい。奴のしぶとさが俺にもあるという事になるからな」

「それはそうだね」

 

 そうしてひとしきり笑ったのち、身支度をして帰路に着く。

 

 多少鍛えられた事と、多少の縁ができたこと。

 有給休暇にて得られたものとしてはささやかなものだったが、気分は良い。

 

 たまには、こういう日も良いだろう。

 

 

 

 ──ひとつ。覚えていた噂話がある。

 

 異世界で生きていた『似た自分』、それを喰らう事で絶大な力を得ることができるという話。

 

 もし俺がジエンの奴と『同位体』であるならば、ジエンは俺を喰わずにいられるだろうか。

 

 俺は、ジエンを喰わずにいられるだろうか。

 

 それが一つ、気がかりになった。

 

 


 

あとがき!

 

1月中に投稿できたので月1投稿だな!ヨシ!(締切2日過ぎ)

 

本スレの方でありましたが、楽しい楽しい地獄へのお誘いがあったので準備してたりはあるんですが、それよりも積みゲー処理してて書き始めるのが遅れた感じですねー。

 

・ずえど様

ムードもへったくれもない状況から始まった5Pを精力剤の力で乗り越えたその先でフィットネスバイク地獄トレーニングをした系の人

 

違法レルムを通学路にしている系男子中学生からの人材紹介を受けて何人か採用したことがある。

後ろ暗い経歴のありそうな連中だったが、本気で「人生をやり直すための機会が欲しい」との意思を感じたことで採用を決意したことがある。

 

新たに加害者にならないこと、これまでの被害者に誠実な対応をすること、などを破ったら即座に首を切り(物理)責任を取るまでの決意だった。

 

かつてクズだったのだとしてもやり直せないことはないと信じている。彼自身がそうであったが故に。

 

・ツギハギさん

ジエンくんやフジワラちゃんの前では結構カッコつけてる系男性。内心はだいぶお労しいことになっているのだが、意識の切り替えが得意なので普通に接しているだけでは誰もそれに気付けない。

 

あるいは彼と長年共にいた戦友であれば気付けたのかもしれないが、この世界の『フジワラ』はシュバルツバースに死んでいる。

 

などの設定があるがそれはそれとして負けず嫌いなのでエアロバイク勝負には本気を出した。その結果ペダルを踏み壊して作戦負けしたので内心「次は負けん……ッ!」とギラギラしている。

 

元気じゃない内心も、元気な内心もある。

つまり普通の人であった。




注釈ゼロ……だと……?
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