姫の護衛は地底人《ケガレビト》 真・女神転生オタクくんサマナー外伝 作:気力♪
ここは、技研ビルの地下1階。
異界技術により拡張された空間は、それなりの広さを誇るトレーニングスペースだ。
技研の昼の仕事にて、秘伝書に記されている武術魔術を実行するためのスペースとして作られたものだが、ここ最近はあまり使われていないらしい。
技研の主、ゴドー殿は現在レベル低下中であり、来たるセプテントリオン対策にレベルを少しでも戻さんとMAG稼ぎを行なっている。あと、ここ最近出費の多かった技研の懐事情を補填するためもあるか。
であれば使うのはリオが主になるのだが、リオは武術魔術の
「技の骨子、術の描き方、その技術が最終的に何を目的にしているのか、みたいな特有の部分だけ調整して、物理法則、異界法則に乗ってる部分は共通項として使いまわしてるのよ。純度100%の使い手なら共通項部分もさらに細かく技に合わせていくんだけど、技研の目的はマイナー武術魔術を閲覧できる形で残すことがから95%くらいで十分なのよね」
などと言ってるが、マイナー武術やらは廃れる理由があって廃れたものである。
『朧一閃』とかの命中不安技が奥義となってる割に安定させて命中させる方策が精神論な秘伝書とか、乱打系の技を使いこなすために速度だけを高め続けた結果一発の威力がゴミカスすぎて使い物にならなくなる修行法とか、その辺だ
そんな技術も『そのままの形』が残ってる状態で未来に連れて行こうとする。そんな技研の活動を己は気に入っていたりする。
閑話休題
肝心な事は、現在この地下トレーニングスペースを使用する者がいないと言う事。
なので、わりと『遊び』に寄っている取り組みでも邪魔という邪魔はないだろうという事だ。
「VRゴーグル動作確認チェック……画面リフレッシュレート144Hz、正常値。応答正常、問題なし」
どでかく邪魔なゴーグルを付け、目線を振り回す。それに合わせて映し出される映像は変化していくが、やはり描画更新に1/144秒かかるのは遅すぎる。これでは目隠ししている状態とさして変わりはないだろう。
「サウンドチェック……音量修正-0.148。応答速度正常。音声情報問題なし」
VRゴーグルにくっ付けたヘッドセットに、正常に音声が届いていることを確認。こちらのビットレートは512KB/sと、戦場での最低限の音については再現できている。
主にこちらの情報を頼りにしているので、チェックはいつも通り正確に行なっておく。
「トラッカー位置判定チェック。2番を2.385ミリZ軸にマイナス、3番を1.938ミリX軸にプラス」
両手の甲、両肩、両膝あたりにセットしたマーカーの動きを確認する。
四方に設置したカメラよりマーカーの位置を判定し、己の『当たり判定』に間違いがないかを設定する。
戦闘速度で動いても、カメラ範囲内であれば問題なく判定できてくれている。まぁ誤差は生まれるのだがそこは妥協だ。別段完璧なものが必要な場面ではない。
「対『人修羅』訓練プログラムVer0.4258、ループモードにて起動」
VRゴーグルに映し出されている簡素な画面が切り替わり、ワイヤーフレームだけの簡素な空間が見えてくる。
「3、2、1……訓練スタート」
そして、開始のブザーが鳴ると同時に四方八方から『攻撃』が放たれ始めた。
これを回避しつつ、両手に持っている拳銃型コントローラーで撃ち返してターゲットを全て破壊すること。それがこのプログラムのクリア条件だ。
己の動けるエリアは5メートル四方に高さ3メートルまで。狭いと言えば狭いのだが、一呼吸も使わずに動ける範囲としてはこのあたりが1番無理がない。高さ制限については普通に天井だ。
──まず開始と同時に発生した『アースクエイク*1』の攻撃範囲を、発生時の音と地面に流れるエネルギーが示す光量から概算。
最小の高さで跳躍して逃れつつ空中に跳ぶであろうタイミングで置かれるように放たれた『マハジオダイン*2』を知覚する。
天空から雷が雨あられと落ちるその魔法だが、実のところ雷が発生してから身体に着弾するまでの時間はゼロではない。
空中で重心をずらして足先を地面に引っ掛け、本来の着地タイミング寄り一瞬早く身体を動かして雷の間に滑り込む。
そして右手の銃を使い『アースクエイク』、『マハジオダイン』使用者のターゲットに反撃。
続いて、剣士のマネキンが右後方3メートル地点に発生。『デスバウンド*3』を放つ。
デスバウンドの仕様は全体に物理属性1〜5回の攻撃のものであり、今回は4本の剣戟として発生した。
一手目は、右膝より少し低い高さから切り上げる軌道、二手目は右肩より袈裟斬りに入る軌道、三手目は腰よりそのまま横一線の軌道で、四手目は
『デスバウンド』が振られてから己に命中するまでに1/144秒かかっていないため、VRゴーグルのリフレッシュレートの関係で見えない斬撃となってしまわけだった。
とはいえ、今回のデスバウンドの振り方は同方向から連続で斬撃波が発生するタイプ。一振りで4つ5つの斬撃波を産むタイプで、風切り音が聞こえたためおおよその位置と軌道は理解できる。
波に逆らわない方向に動き2手目までの斬撃範囲から逃れ、3手目の水平斬りを姿勢を低くし潜って抜け、そのまま跳んで見えない4本目を回避する。
1/144秒が経過して次の映像が表示される。4本目の斬撃波は想定より5ミリ高い位置にあったため、格好をつけて1ミリ避けとかやっていたらずんばらりんとなったであろう。
剣を振った瞬間から動いていないことは見えていたのでノールックで射撃
しかし、その死体を影にして突っ込んでくる足音が一つ。踏み込みの強さからして長物、鋭さから槍系の武器。
目線を動かして確認してみれば、そこには空中の己の心臓にまっすぐ貫くであろう『イノセントタック*4』の予備動作があった。
──踏み込んだ瞬間から己に着弾するまで1/144秒もかからない。まぁ無理である。空中だし。
反撃として『槍使い』のターゲット来るであろう位置に銃を放ち弾丸を置いておくが、訓練シミュレーションの設定では死体になっても攻撃は残る設定のであえなく命中。
3秒28。いまのところの平均タイムだ。
そして、己が着地する直前に訓練プログラムが再起動。間髪入れず2回目が実行される。
今度は地面を這うように広がるタイプの『マハラギダイン*5』から入ってくるようだ。
大きめに二歩跳んで火炎の範囲から逃れつつ、銃撃を行う。
続いて己を包み込むように氷結の攻撃エリアが発生。『マハブフダイン*6』の撃ち方の一つで、周囲を先に凍らせて中心の敵の回避を難しくする狙い方だ。副次効果として普段の氷より内側の温度が低くなるため気持ち『凍結』が通りやすくなるという俗説がある。己は測定誤差だと思う。
深く踏み込み火炎から逃れるために動いた速度を殺し、180度切り返して『マハブフダイン』の範囲より最短経路で脱出する。
しかし、その向こうには『銃』を持ったマネキンが発生。『刹那五月雨撃ち*7』を己の正面から放ってきた。
銃弾の軌道は当然見えない。今回は相対速度の関係で1/144秒の描画限界が無くても変わらない気もするが、それは無視。
発射にほど近いタイミングの動作は見えていたので、銃口の位置と次弾に備えた予備動作は理解できた。
二発目までの安全圏は右前方低い位置であったため、身体を縮めて転がり込み、そのまま反撃。
三発目はワンチャン直撃喰らうと思っていたので、撃たれなかったというのは運がよかったというものだ。日頃の行いである。
姿勢を立て直しつつ、進行ルートを90度鋭角に切り替えつつ、銃使いに反撃。
そして、直前まで己の進行ルート上に『絶対零度*8』の一発目が着弾。殺し損ねた『マハブフダイン』の奴だろう。
『絶対零度』は2〜5回技。発生は視認できなかったため5回想定。
一発目の被害エリア半径を倍にしたエリアをダメージエリアと想定し走り抜ける。そして、『マハブフダイン』と『絶対零度』の二発の着弾位置より敵の位置を計算。視認し、銃撃を行う
そこで、訓練エリア全体がダメージエリアとなる『
──地母の晩餐*9──
地面にエネルギーラインが見え始めてから大地全てが吹き飛ぶまでの時間はおよそ1.7秒*10。
その威力は、余波だけで聖華学園の結界を吹き飛ばした理外のもの。アースクエイクと同系統の技であるなら、発動しエネルギーを地面に流し込んだ時点で攻撃の発生は確定する。
今回も、訓練失敗であった。
──この訓練プログラムのクリア条件は、LV90クラスの雑兵の猛攻を掻い潜りながら『地母の晩餐』を用いる『人修羅』に対して銃撃を行う事。
『しんけいだん*11』や『まふうじのたま*12』などの耐性無視でのバステ弾丸、銃撃属性が通る場合に限るが、その他様々なバッドステータス弾丸を叩き込む事。
現状『人修羅』相手に時間を稼ぐ手段はこれ以外に存在しない。バステ通るのかは知らぬのだけれども。
一体の人修羅は『召喚』により出てから即座に三連射を行った*13。もう一体の人修羅も相殺を起こす際に特別なチャージ行動を行ってはいなかった。
特別な条件なく乱射可能な『強攻撃』
それが、聖華学園を壊滅させた筈の『地母の晩餐』の正体と、己は踏んでいる。
──『スキル発動より先んじて発見し銃撃を行う』という最低限の行動を行えなかったため訓練失敗。実戦であれば無駄死にだ。
タイムは5秒62。3.9秒時点での警戒が抜けていた己のミスであるため記録には警戒漏れとして記載。
ループモードのため即座に次のプログラムが開始。意識を切り替え次に備える。
──こんな訓練をしていても、実際に『アレ』と逢えば己が死ぬのは変わらない。
だとしても、『備えない』という事だけは選ぶ気になれなかった。
『負けた』という結果を見なかった事にして、次もまた見知らぬ誰かに助けてもらうことを祈って、『強くなればいい』という
そんなもの、誰が『生きている』だなどと言えようか。
だから、己は己のできる『努力』をしている。
そうしていると、VRゴーグルのバッテリーアラートが鳴り始めた。
メニューを操作し現在時刻を確認。
午前3時47分。
開始から2時間と45分。それなりに長いこと続けていたようだったが、朝の準備をするには微妙な時間だ。
しかし、VRゴーグルが電池切れになってしまっては努力のしようもない。残念ながら、今日はここまでのようだ。
「訓練終了。スコアをシートに出力」
本日の訓練データが問題なく記録できたことを確認してから、VRゴーグルとヘッドセットを外し肉眼で周囲を見る。
おおむね、変化という変化はない。
床に運動靴のゴムが焼けた跡がいくらか付いたこと、汗やらが多少飛んでしまった場所があること、そして寝ぼけ気味の顔でタブレットを操作して漫画か何かを読んでいる『事務員』殿が増えたくらいだ。
──いや普通に変化あったな。ド級に見落としていた。
「おはよう! ……でいいのか事務員殿」
「私的にはこんばんはなんだよジエンくん。まだ深夜3時なんだから」
「眠っていなかったのか?」
「セプテン周りの申請で記載漏れがあってねー。ほら、病院の方の自治体に出す奴」
「杏奈の病院近場で防衛配置にしたいという話だったな」
「技研って実働できるチームが2つあるから他所に派遣もできちゃうって話。まぁ初期配置だけなんだけど」
「行きたいと駄々を捏ねていたリオ本人が病院の方行けないあたりが笑い話よな」
「あれ、ゴドーさんも地味に行きたがっててバチバチやってたの爆笑もんだよね」
「ゴドー殿本当に愉快な性格しているよな。リオに負けず劣らず」
「ゴドーさんって大人のフリをするために口数減らしてるだけだからね。根っこは姫と大差ないよ」
「親子であるのだなー」
なお、病院にどちらが行くのかについての決定には技研内での争いとは関係はない。
ゴドー殿のチームは人間が多いため、悪魔をばら撒くリオのチーム(原因は主に己)と違い病院内で戦闘が起きた場合にもシームレスに転戦できる。そういう役割分担だった。
「で、さっきまでやってたのってナサくんに教えて貰って作ったってVRシミュレーターだよね。調子はどんな感じ?」
「全くダメだな。画面更新が遅いだとか言い訳はできそうなものだが、刻むべきステップを二段ほど飛び越えている感覚がある」
そう言って、今日までの訓練スコアを見せる。
本日の『前菜』での生存時間平均は多少伸びで4秒強。『メイン』である『地母の晩餐』発動潰しについては、発動前視認まで行けたのが2回のみ。なお、視認できていない中で1回ヒットできたものの、マグレ当たりを記録するのは違うのでノーカウントとしている。
残りの1142回については、視認すらできずに発動を許したという散々な結果だった。
「休憩挟まないでやったからじゃない?」
「いや、むしろ疲れていなければ訓練にならん類であろうが。準備万端体調万全の状態であれば普通に
いちおう、今の大言壮語には根拠がある。
3点以上からの観測データを基にした連続攻撃によっての『アシストアタック』は、下準備こそ必要だが
神だろうが魔王だろうが、動き始めの呼吸ができなければ動くことはできない。そういう机上の空論からの技であり、人外ハンターの秘奥だった。
──まぁ、己は使っていた死人の技をパクっただけなので由来とかは又聞きでしか知らないのだけれども。
「意識高くでビビるね……それで、寝ないでやったコソ練はもう切り上げ?」
「うむ。コイツの電池切れのせいで、残念ながら本日も成果なしだ」
「セプテンまで時間が無いのに馬鹿なことをしたものだよ」と肩をすくめつつ片付けを始める。
「手伝うよー」と『事務員』殿も動いてくれており、素直にありがたい。まぁ己一人でやった方が早いのだけれども。
「けど、意外だったかも」
「む? 意外とな?」
「ジエンくんって、そんな死ぬような努力はあんまりしない子だと思ってたんだよね」
「私と同じで『終わってる』人だから」
『事務員』殿の言葉に、一瞬迷う。
「それ、言って良かった奴なのか?」
「良いんじゃない? 私たちだけだし」
『事務員』殿の言う『終わっている』という言葉を、己は『余生を生きている者』と訳するだろう。
人生全てを燃やし尽くすような『使命』を乗り越えて、なのになぜか命が続いてしまっている者。
漂流者にも多いように見えるが、それの多くは『敗北者』だ。世界や、大切な誰かを守れず逃げた者たち。だから後悔があり、だから今を変えようと努力することができている。
しかし、己はそうではない。
結果的にはフジワラ意外守ろうとした者たちは全員死んでいるから当てはまりそうだが、気持ち的には違うのだ。
己は己自身の人生全てを捨てた勝負に勝ち、その先で何故か生き延びている。
今も、どこかでそのように思っている。
「……『事務員』殿の事情というのは、聞いて良いものか?」
「多分、よくある話だよ」
「娘を『産まれてくる悪魔』から守るために、人格とか名前とか、価値のありそうな全てを使って悪魔に『仮面』を被せたんだ。ハリポタの『愛の魔法』みたいにね」
「……あいの魔法?」
「あそっか、ジエンくんハリポタ未履修か」
「金曜ロードショーでたまに流れている続きものの映画であろう? しっかり見たことはなかったな」
「面白いから見たほうがいいよ。キリギリスでも共通認識になってる作品の一つだしね」
「まぁ若干MADネタが混じってるから見ただけで伝わらないかもだけど」と『事務員』殿は言う。初見の皆皆の感想やファンアートから生まれ出たミームの数々はキリギリスで多く使われており、内容理解の邪魔をしてくる仇敵である。
理解すればそのミームを使っている者が何を面白いと感じ、どう考えていたのかが透けて見えるので大事な奴なのだが、今の初見たる
「ハリポタは分からんが、母体を用いて悪魔に肉を与える術の類に巻き込まれていたのだと理解した。その悪魔に枷を嵌めるために存在全てを使ったのだと言うことも。──大変だったろうに、命が無事でなによりだ……と、言われるのは辛いだろうか?」
「二十年以上前の話だから割と平気かな」
カラッとして口調で語るが、その瞳の中には空虚さが見えている。普段振る舞いで隠している、『事務員』殿の根の方だろう。
「……二十年でも、『終わっている』というのは無くならんのか」
「無くならなかったよ」と『事務員』殿は常と変わらぬ声色でのたまう。
「新しい趣味に出会えば変わるかも? とか、恩人のゴドーさんの手助けをすれば変わるかも? とか」
「ちんちくりんからヘンテコ低身長に成長した『姫』を見てれば変わるかも? とか、底辺からガッツ一つで幸せに爆進してる杏奈を見てれば変わるかも? とか」
「いろいろやったけど、やっぱり私の人生のハイライトはあの日に娘たちを守れた事なんだ」
「今が無駄とは思ってないけれど、あの日に死んでも後悔はなかったと思う」
『事務員』殿の気持ちはよく分かる。
バーンアウトとか、燃え尽き症候群とか呼ばれている、己も感じてしまっている感覚であった。
「……己も、己の命はシェルターが
「……ごめん、本気ではなかった? ジエンくん目の前の事に全力投球してたよね? 毎日その日に死んでも『悔いはない』みたいに」
「え、己割とゆるゆるやっているのだけれど」
己がそう言うと、『事務員』殿は「200%のやる気を出せる人が120%でやる気ないって言ってる話……?」と頭を悩ませていた。
いや、『終わってる』とか同類扱いしていたのはどうしたよ。『ジエンくんは違うよね』と途中で論を曲げる気だったのだろうか?
だが、曲げる前の論が正解だったのだから致し方あるまい。
「一応補足というか、目の前の出来事を対しては全力で当たっていたつもりだぞ。手を抜いた覚えはない」
「それは知ってる。本当に知ってる」
「己が『余生』としていたのはその前段階だ。何日後に誰を倒すから、どれほどの速度で強くなりどんな仲魔を集め、どんな味方を引き込むか。そういった『未来の絵』を詳細に描いていなかった事にある」
優先順位を立て、殺しやすい順に敵味方を殺しながら、シェルターの防衛に割く資源リソースを確保し、かつ人外ハンター商会から排斥されない程度に功績を立て、シェルターの人員が飢えない程度の食糧を生産する。
と、それなりに『次』にやるべき事が多かったため、最短経路で、最短効率で『敵を殺せる己』を作り出す必要があった。
これは己の才能に依るモノも大いにあると思うが、漠然と『強くなる』だと口にしてガムシャラに戦っているこの世界の皆より強くなる速度ば早かったように思う。
──いや、『より早い』はないな。『同じくらい』としておこう。餌にした悪魔たちこの世界ほど強くはなかったし。
「加えて言うなら、この世界の皆の言う『地獄』というのを楽観視していたのもあったな。己が多少足を突っ込んでいるのもあったが、皆どこか『勝てる戦い』の口調であったから、人間は元来神や悪魔に手も足も出ず無為に死ぬだけの存在であることを忘れてしまっていた」
皆に『大丈夫』と言葉と背中で示し続けてくれていた薬師丸殿をはじめとした先生方。
この世界で揉まれ続け、強い力と意思を見せていた樹パイセンたちその他アズサ殿など『強さ』という面でなら己自身以上に信を置ける皆々が
──纏めて塵のように死ぬ現実があった。
気まぐれに現れたもう一人の『人修羅』が己たちに味方をしたから皆はまだ生きている。
……誰が助けを呼んだでもなく、誰が知っている訳でもなかった。ただの流れ者が居なかったら、その流れ者が気まぐれを起こさなかったら終わっていたのだ。
己が生きた日常が。
それでどうして、ヘラヘラと笑っていられようか。を今までと同じやり方で漠然と『強くなればなんとかなる』だと自分を騙して何になるのだろうか?
「……おそらくだが、この世界の皆にも現実逃避が混ざっていたのだ。そんな事も見えずに『この世界で頑張れば生き残れる』と思考停止をしていた事。それ自体が己が『終わっていた』事の証左だな」
現実逃避が混ざっていたというのは、それもまた少し違うかもしれない。口に出して見たが違和感があった。
「辛い事ばっかりだけど、今は楽しく話そう!」という皆の心意気の上っ面だけを見て、「皆が楽しくしている」と読み取ってしまった。それが真実なのかもしれない。
「それで、VR訓練?」
「うむ。未だ未来は描けんが、過去の対策を戦う皆に共有することはできる。最前線レベルの集中砲火に晒されながら敵の大技の出だしに対応できる手法。そういうのが有れば己含む雑兵の命を
「ま、刻むべき段が見えていないので、散々な結果であるのだけれどね」
「正直私には、十分『未来の絵』とか描けてるように見えてるんだけどねぇ……」
事務員殿は、そう言っている。誤魔化しからでなく、本心から。
「今の己で十分『未来を描けている』と見えてしまうのは『教育』というのの悪しき面だと推測している。この世界で、あるいは恵まれた環境の世界で真っ当に学生をした者たちは、『夢』をあまり見ないからな」
「……なんか意識高い系教育論めいた話になってない?」
「なってるからあんまり他言できないのよなー」
自分の感情を言語化するとネットの掃き溜めに『この世界はクソだ!』と叫んでいる皆々の何一つ変わらないワケである。とても悲しい。
まぁそれはそれ。今は夢の話だ。
「たとえば、『腹一杯ご飯を食べたい』と言う思い。これは己の地元とかの終わってる世界では『夢』であるが、この世界ではそうではない。普通に、手に届く話だ」
「そんな夢を見た者は、夢を叶える為の努力をする。仕事をしたり、飯を盗んだり、偉い人に媚びたりと色々な」
「いや、盗んだらだめじゃない?」
「夢を駄目の一言で抑えられる訳がなかろう」
「まぁ、それもそっか」
スモールステップというのだったか?
小さな目標を見て、それに必要な道を描き、それを実行するというプロセス。
近所のコンビニに歩いて行き、小遣いから温かい食べ物をお腹いっぱいになるまで買える現代では、磨かれにくくなっている技能だろう。
「で、そうやって小さな夢に全力を使う経験を持つことによって、『夢に命を賭ける』やり方を体得してくのだ。世界のルール、権力者の意思、神や悪魔の脅威、そういうのは夢を見ない理由にはならないから」
「まぁ、諦める理由にはなるがな」と一応の補足をする。夢を見て、その上で今の大切なものと見比べて大切なもののために諦めることを選択できる。己はそれも得難い勇気であると思う。
──だが
「この世界の戦士たちも、この世界の学生たちも、この世界の大人たちも、本気の夢を見ている者があまりにも少なすぎる」
「……キリギリスとか、夢を見てる人多いように思うけど」
事務員殿は言うが、キリギリスこそが『夢を諦めた者達』の巣窟であるように己は見ている。
世界に覇を唱える、とまではする必要はないにせよ声を上げて意見を伝播させることをまるでしていない。
ネットで声を上げて、行動を起こしている。それは素晴らしい事だと己も思う。
だが、世界を自分の望む方に進めたいなら、この『民主主義』の世界ではやり方が違うだろう。
己達を騙くらかすためのお為ごかしとしてなのかも知れないが、この国はそういうシステムの社会であるとなっている。
とまあ、そのように思想強めの言葉を発しては面倒ごとになるので黙っておく。別に今戦っている人々を悪し様に罵りたいとかそう言う話ではないのだし。
……だが、要らぬ言葉が流れ出てしまっている。
「己は、彼らが裏切られることを前提に置いておるように見えるのだ。大衆というか市民というか、個人として向き合わねばならない社会というものに」
「混沌の奇禍など最たるものだろう。敵となってしまったヤクザ者達、彼ら個人が何を思い、何を願っていたのかを『ヤクザは消毒よー』だとかで切り捨てている」
「敵であり殺す必要があった。それは変わらないだろう。己も相対すれば躊躇いなくやる。道を違えていたのだから、殺すのが最も楽で、最も後腐れなく、最適な手段だ」
「……その先に待つのは無人の荒野だと、知っているだろうにな」
相当、胸の内に澱んでいるモノがあったらしい。セーフゾーンとはいえ、口が滑ってトリプルアクセルかましていたのでは問題だ。
「──SNSとかで陰謀論の見過ぎだよ。現実的に無理なことは無理なんだから」
「だな。まぁ内心妙に思っていても口には出さんよう心がけているとも」
たとえば、己の口にした政治的努力によって事前に『混沌の奇禍』を防げたとする。
その場合、参加したヤクザ連中は死ぬことはなく、シェルターやらの避難民として参加して、ヤクザ連中が次の機会に蜂起する際に要らぬ犠牲を出す可能性がある。
だから、殺した方が理に適っている。
ヤクザ連中はセプテントリオン防衛に参加していない。どころか、防衛している者に横槍を入れてサバトやらの供物にする可能性がある。
だから、殺した方が理に適っている。
多くの切り捨てた方が良い理由があるのだろう。犯罪者だから、悪魔に、外道に堕ちた人間だからと。
──漂流したてでこの世界に夢を見ていた己たちは、「基本的人権」とかの文字に書いてある理想が実在すると夢に見ていた。人間というだけで、生きていて良いのだと。
いつか世界に根付いた人になれたのなら、法の下での平等で裁かれるのだと、夢に見ていた。
過ちを犯したのなら、法の下で裁きを受け償いを果たし切ればいつか許しが得られると。
そんなものは、どこにもないのだ。
法治国家という幻想も、法の下での平等という幻想も、この世界なら『勝てる』という幻想も、全て信じるに値しない虚言であると己は理解した。
──きっとそれは、普通に『社会』というものが残っている世界の皆には当たり前の事実であって、『社会』なんて言えるモノが無かった己だから特別に見えてしまっていた事。単なる、前提の違いで意図を読み取れなかったというだけだった。
己の中で、政治にも、戦士にも、幻想は無くなった。
だから、『生き残る』ために何をするべきかが理解できる。自分たちの陣営を『勝てる陣営』にするためにできる事をするのだ。
そして、レベル上限で強くなれぬ己は、自分自身を高めることでなく効率的に他の皆を強くするために動くのが最適である。
「まぁ、そんな意見を胸に動き始めた結果、『電波すぎ』とか『国家に夢をみるとか愚か者ですか?』とか『
「へぇ……ん?」
「どうしたのだ? 『事務員』殿」
「え、今の命削ってるような訓練も、今ジエンくんが叛逆ゲージ盛り盛り高めてるのも特に秘密にしてない話だったり?」
事務員殿が、奇妙な事を聞いてくる。
そもそも己一人のチカラでシミュレーター作成などできないのだから、話を通すのは基本ではないだろうか?
「当たり前であろう。データは多くと共有した方が得られる知見は多いのだぞ」
「リオとか知ってるワケ?」
「言わねばトレーニングフロア開かぬではないか。……いや、新作ゲームの時期は割と空いているか」
まぁ、リオ達に見せたトレーニング難易度から100段階は難易度を上にした状態でやってるから通した話とは違うかも知れないが、特に死ぬような事ではないのでノーカウントである。
「なんかこう……ヤケになって無理なトレーニングしてるのかなーとか不安に思ってたんだけど」
「いや、無理なトレーニングで強くなれるなんて幻想を信じれるほど子供ではないぞ己は。年若いからと舐めて貰っては困る」
「というか、己一人で生きているワケでないのだから、話は通すだろうに。普通に」
「ぐぅ」と妙な声を上げて『事務員』殿は項垂れた。色々と、己の訓練を見て思っていた事とは異なっていたのだろう。
「色々強すぎて同類扱いした自分が節穴に思えてきたよ」
「当たってると己も思う。だが、己が内心どう思っていようと行動には関係なくないか?」
「普通は関係あるんだって。モチベ下がってたらロクなパフォーマンス出ないから。人間そんなもんだから」
「……とすると、己が訓練のとっかかりを見つけられていないのは、己のモチベが死んでいるからというのも考えられるのか」
「ごめん、普通モチベ死んでる人は3時間ぶっ続けで飛んだり跳ねたりしないんだ」
またしても事務員殿が奇妙なことを言う。
行動を起こすこと、行動を続けることについてさしたる精神力は必要ない。
瞬間の中で何か新しいものを見出すために、瞬間の中により多くの情報を見続けるためにこそ精神力は必要なのだ。
一瞬をより細かく、一見をより詳細に、1から10を読み解き続けること。
それが、己にとってのモチベーションのある状態だ。
そう言う意味では、シミュレーターで成果が得られないのは己のモチベーションが原因であるとは十分に考えられるだろう。盲点だった。
「むぅ……『人修羅』を殺したいという熱はモチベーションとなっていると踏んだのだが、外れか」
「自分で自分のモチベーションがわからないことなんてないでしょうに」
「やらねばならぬ事と、やりたい事が一致していないのはよくある事ではないか?」
「まぁ、確かに」
「というか、『やらねばならぬ事』でも動いていれば楽しくなって『やりたい事』になるであろう」
「あ、桜井ゼミで言ってたヤツだ」
『とにかくやれ』という彼のゲームクリエイターの金言は多くの人の胸を貫き、PCの待ち受けにしている者もそれなりにいるのだとか。
リオもその一人である。
PCを点けるときにしなしなとひなびた症状になりながら「……ハイ」とするのがデスクワークの際のルーチンになっていたりする。
「さて、己は眠って明日に備えるが『事務員』殿はどうする?」
「流石に寝るかなー。ここで」
「寝袋や布団を出そうか?」
「じゃ、敷布団と毛布と低反発枕とシーツと掛け布団お願い」
「全部ではないか」
トレーニングルームのコンピュータに訓練用品をデータとして収納し、布団その他を取り出して放り投げる。
己の『技』をもってすれば、投げた布団をそのままベッドメイキングしたような状態で着弾させることは容易い。余ったシーツを敷布団の下にしまうのだけは不可能だが、そこは『事務員』殿に任せるとしよう。
「ホント、一家に一台欲しい便利さだね」
「もっと褒めてくれても良いぞ?」
「よっ、布団投げ名人! 吹っ飛んだ布団がロイヤルスイートになってるよ!」
適当な言葉で心なく褒めてくる『事務員』殿に手を振って、トレーニングルームより退出する。
あとはシャワーを浴びて眠ってから訓練レポートをまとめて一区切りだ。
「寝れば、気分も変わるだろうか」
ずっと思っていることがある。
邪魔なヤクザ者を排して、国という総体を守ろうとする日本という国と
邪魔な人間を排して、トウキョウという総体を守ろうとしていた己の地元のヤクザたちと
一体どこが、違うと言うのだろうか?
その邪悪に、その排斥に、理由があれば許されてしまうのだろうか?
そんな一銭にもならない事を考えながら眠りに就く。
今日は、いつもより多めに死ぬ夢を見る事になりそうだった。
あとがき
今回の話は『混沌の奇禍』からずっと書くか迷っていた話なのですが、書く事に決めたのはネタ切れが理由です。
仲魔にインタビューしよう! なトンチキも考えたのですが思ったより面白くならなかったので没に。悲しい
・叛逆ゲージ爆上げ中のヤバイ級反乱分子のジエンくん
ロクな法律のない環境からやってきたので、国が掲げているだけでそんなに守られてない気がしないでもない『基本的人権』とか『法の下での平等』とかに夢を見てしまっていた系少年。
また、『勝てない』戦いがこの世界ではあまりなかったこともあり、この世界の戦力を過大評価していた節もあった。
『勝てる世界』であれば「まぁヤクザものだしな」と断じて思考停止できていたが、『人修羅』に実力者たちが十把一絡げに殺されかけた事をきっかけに、『叛逆ゲージ』が盛り盛りと爆上げしつつある。
今回は排されたのはヤクザだったが、次は誰が排される? それを決めるのは民意か? 権力者の言葉か?
みたいな『国家に対する不審』と、それを是とし、『ヤクザだから』『敵だから』『ヤクザは皆殺しよー』とただただ排するだけの『キリギリス』という集団に対して不信感を覚えるようになった。
その結果が「何故世界を救うのだと胸を張れない?」という意見である。八つ当たりも良いところだった。
なお、集団の論理に対して不信感を覚えているだけで、個人に対しての評価は特に変わっていない。社会に対して90の信頼が80になった程度なので、特に『
ちなみに、こんな陰謀論めいた話をフレンドとのチャットでしたところ『春日部統士郎』って議員は推せるっすよ! との話を聞いたとか。
・名無しの『事務員』さん
技研のスタッフの一人の変な人。女性。
ジエンくんやリオさんたち戦闘チームと異なり100で事務仕事しかしていないので、そっちの方だけで通ってる話が通っていないことがたまにある。そういうことがあると数日間経費申請の際のチェックが異様に厳しくなるため技研の皆は注意して連絡が漏れないようにしている。(新入り連中以外)
自分の名前について認識出来ず、自分の過去についても燃やし切ったちめ伝聞でしか聞いていない。だが、その瞬間の感情だけを信じて『正しかった』と断言できた人。
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