姫の護衛は地底人《ケガレビト》 真・女神転生オタクくんサマナー外伝 作:気力♪
『雨』というものがある。
空気中の水分がほこりなどを核に固まり、水滴として空より落ちる現象だ。
かつてのトウキョウにはなかった、『天候』の一つ。
空を知らないケガレビトには、理解できなかったことの一つ。
「…………」
「ごめん遅くなった。あれ、ジエンくん?」
車にてリオが迎えに来る。
己は空から降ってくる水をぼんやりと見ていて、接近に気付くのに少し遅れた。
「ジエンくん、雨宿りくらいしてなって」
「……雨宿り、とは?」
「雨の当たらない所で休憩すること」
「ほら」と促されて学舎の方を見る。そこには屋根のある場所でスマホを見ている若者がいた。
当然といえば当然だ。降ってくるのは空中にできた水滴なので屋根のある場所に行けば問題はないのだ。
「ジエンくん?」
「ああ、今行く。車による移動だな」
「試験で疲れたみたいだね。気疲れって奴はあるんだし」
リオの車へと足を進める。車には屋根が付いており、前面がガラス状になっているため雨によって車内が濡れることはない。
車内の温度を調整しやすくするためのものだと思っていだが、本命は雨などを防ぐためだったのだろう。
車に乗って雨の日の人々を見る。
「リオ、あれは何だ?」
「傘だよ。雨を防ぐ為の道具、水を弾く素材の布とかビニールとか」
「雨が傘を突き破ることはないのか?」
「流石にないかな。頑丈なのもそうだし、水滴って大して重くないから」
雨は、随分と身近なものだったようだ。情報で知っていたものとは桁が違いすぎて驚き戸惑っていた己を恥じる。
「すっごく疲れてるみたいだね、何か変わったことでもあった?」
「変わったのかは分からない。だが、得難い経験はさせて貰った。左前殿という方が試験官だったのだが、相当な使い手でな」
「……へぇ、やり合ったんだ*1」
「ああ。己の手持ち悪魔の脆弱さが明白となった。耐性はクイーンメイブのもの以外頼れぬし、物理は全通しなのでな」
「ま、物理に耐性持っていても貫通付きが飛んでくるんだけどね。今の物理使いで貫通技持ってない奴は雑魚だけだし」
「うむ」
「故に己は、戦うための装備、戦力、そう言ったものを集めるべく今すぐに動こうと考えていた」
「……さぼりたくなっちゃった?」
「違……わないのかもしれない。どのように動くかという思考の全てが、雨で停止してしまったのだから」
己から、そんなぼうっとした声が出た
「……やっぱり、帰りたい?」
「帰るべき場所、というものをあまり持ったことはないのだ。だから帰りたいという感覚があまりわからない」
「なら、迷子になってる気分かな?」
「……近いと、思う」
迷子、確かにそうだ。
行く道の先が分からず、足掻いてももがいてもその場から進めない。そんな感覚。
「そういう時は、遊ぶのが1番いいよ。疲れで気分が落ち込んでるのが原因だから、リフレッシュするの」
「……なるほど。遊ぶのか」
「お姉さんが凄いアニメとか楽しい遊びとか教えちゃうよ?」
「感謝する」
その心が温かい。だが、気分があんまり乗り気にならない。
「ま、ちょっと待っててよ。先生の所寄って杏奈を拾っていかなきゃならないから」
「む、承知した。子を宿している方だったな」
「そうそう。どこの男に引っ掛けられたんだかね」
杏奈とは、リオの相棒だった者だ。広瀬杏奈というのがフルネームだが、広瀬というのは作った偽造戸籍の都合だとか。
今は、癒術を生業にしている者のところで妊娠初期の検査などを受けていたのだとか。
「ここが知り合いの癒術師のねぐらよ」
「普通の家屋に見えるな」
「実際そうらしいわ。腰を据えて設備整えると襲撃された時の被害が大きくなるから、色々工夫してるらしいの」
リオは車から降り、家屋のドアの横にあるボタンを押す。こちらに鳴る『ぴんぽーん』という音声から、呼び出しチャイムの類のようだと推測できる
ガチャリという音と共にドアが開く。目の前にいるのは、どこか懐かしい雰囲気のある女性だった。
「あれ、杏奈?」
「……今、ちょうど出ようとしていたので」
「あ、車の音とか聞いたんだ。先生は?」
「ゲームしていますね。テイオウイカ*2が強いのか弱いのかを実践の中で確かめようとしているのだとか」
「イカやってんねー。なら、邪魔しちゃ悪いか」
「ええ。お金はもう支払い終わったので、適当にしろと言われました」
「おけおけ。じゃ、車に乗ってよ。帰るよ」
「……帰る?」
「ウチの社員で私の相棒のアンタが、なんで帰るって言葉に疑問を持ってんのよ。拗ねるわよ?」
リオからのその全幅の信頼のある言葉と、杏奈のぼうっとした言葉に温度差がある。感情が表に出にくい性質なのだろうか?
「……この子は?」
「新人だよ」
「ジエンと申す者だ。戦うくらいしかできないが、戦う事には自信がある。まぁ、今は手持ちが半壊しているのだが」
「……失礼」
そんな一声と共に、己に手を当てて『パトラ』を使われた。
すると、もやもやした気持ちが一瞬にして吹き飛ぶ。いつもの感覚だ!
「何と⁉︎頭の中がスッキリしたぞ! 己は何かの状態異常を被弾していたのか⁉︎」
「違う、気圧の問題」
「……きあつ?」
「空気の重さとか、そういうの。気温とか水分量とか色々要因があって変化する奴で……あぁ、自律神経が乱れたのか」
「じりつしんけい?」
「……うん、雨の日みたいな空気がいつもと違う時は、体も少し変になるの」
「そうなのか! よくわからないが覚えておくぞ!」
「素直だ」
「素直だね」
杏奈を連れて車に乗る。妊婦だというが杏奈のお腹はまだ、大きくなってはいない。妊娠してから日が浅いのだろう。生まれるまでは10月と10日だったか?
「うむ! では帰るとしようか!」
「そうそう。ついでにお菓子とか買ってく?」
「お菓子⁉︎」
「あ、ジエンくんの目が変わった」
「可愛い子だね」
「お菓子といえば、食べるのにも悪魔交渉にも使える強力なアイテムだな! どれほどの価格なのだ? 己の給金で買える程度ならば補充しておきたいぞ!」
「はいはい」
そうしてウキウキとした心の動きのまま、杏奈とリオを見る。
平常心を取り繕っているようだ。リオは負い目があるようで、しかしそれを悟らせないように無理をしている。そう見える。
杏奈は、なんだか本当に生きているのか疑問に思うような状態だ。存在感がふわふわしているというか、地に足が付いていないような。妊婦となったことが原因だろうか?
驚くほどに心の動きが噛み合っていない。きっかけがあれば壊れてしまうような、そんな関係性に見えてしまった。
―――まぁ、まだ壊れていないのだしどうにでもなるだろう。
「時に、雨の日に体調が悪くなる、というのは個人差があるのか?」
「そうだね。リオは全然大丈夫だし、私は結構ダメな方。この子はどっちになるかな?」
杏奈がお腹をさすって言う。幸せそうな顔だ。
その顔は、かつての世界でよく見た顔だった。多くの大人たちがしていた顔。
「自身に『パトラ』はかけなくてよいのか? 雨で体調が悪くなるのだろう?」
「……うん、大丈夫」
「ならば良いか……」
車内でやる事でもなく、急ぎで調べなくてはならないわけでもない。それにそもそも思い過ごしの場合すらある。
というか、さっき癒者の所から来たのだから薬物はないだろう。うん。
スーパーマーケットというもはや恐怖を覚えるほどの物資量のお店から出て、数秒。
ようやく、真っ当な思考に戻って来れたようだ。己の暴走をさせないように掴んでいた杏奈の腕がありがたい。そうでなければ物資確保のためにあらゆることを始めただろうから。
「……帰って、来た?」
「うむ。スーパーに圧倒されてしまったぞ」
「びっくりしたんだ」
「びっくりしたのだ」
大変にびっくりした。こういった社会が守られているからこその施設は、己にとって衝撃が大きい。
あれほど多くの無事な菓子や食料があり、しかも日々輸送されて陳列されている。あの馬鹿げた流通量を回し続けることの難しさを考えるとほとほと頭が下がる。護衛依頼などがあるのなら積極的に受けてみよう。
「杏奈、ジエンくん、行くよー」
「手荷物を持とう! ……この袋は?」
「買い物袋忘れて来ちゃってさー。買っちゃった」
「これほど薄手かつ頑丈な袋がすぐに買えるとは、恐るべしスーパーマーケット!」
「ジエンくんってどこから来た子? アマゾンの樹海とか?」
「だいたい合ってるかなー」
リオの袋を受け取って代わりに持った己だが、なにやら奇妙なレッテルを貼られた気がする。トウキョウ生まれトウキョウ育ちだぞ己は。
ゆったりと、時間が過ぎていく。
楽しい楽しい、日常だった。
杏奈が帰って来た事で、研究所の部屋割りを改めて調整することとなった。このビルは3階部分が宿泊フロアとなっており、己は来客用の部屋を一つ使わせて貰っている。
杏奈の部屋は戦闘員として敵に即応できる位置にある。だが妊婦にそれは不味いという事で、そのあたりを修正しようというコトだった。
「うむ! 家財の交換は終わったぞ!」
「COMPがあるとこういう引越し楽だよねー」
そして、簡単に終わる。棚とかそのあたりをデータとしてしまって交換するだけなのだから。
「と、配置は同じようにしたが、問題はないか? どこか転んでしまいそうな箇所はあるか?」
「……大丈夫、かな?」
「まぁ、覚醒者が転んだ程度でダメージ受ける事はないしね」
「では、己はこれより杏奈の部屋であった所を使わせてもらう。襲撃の際はリオと共に対応するので任せてくれ」
「……頼もしい。けど、大丈夫? 辛くない?」
「当然だ! 己が身を挺して仲間を守るのは男の誉れと信じているとも!」
「子供に守られることは大人の恥でもあるから、頑張り過ぎないでねー」
「……む、そうか」
と、ぐだっとした会話を続けると、ある一つのメモリーカードが目に入った。SDカードという奴だろう。
「……杏奈、メモリーを裸で置いておくのは危なくないか?」
「別に大したもの入ってないし、良いよ」
「そうなの、か?」
「そう。そのメモリーは3dsに使えなかった奴。あれって32Gまでしか使えないの*3」
「え、これ新品?」
「どこかで使っていた記憶はある。中のデータは、……何だっけ?」
「確認しても?」
「いいよ。写真とかだろうし」
そして、メモリーカードをスマホで読み取る。だが、中のデータはタイトル以外読み取れなかった。ファイルネームが日付のようなのでおそらく何かの記録や日記のようなものだが、文字を表示することができない。文字化けしてしまっている。
「……何一つ読み取れぬ」
「暗号化って奴?」
「……うん、思い出した。ちょっと昔に書いてた日記。使ってたアプリが特殊だったから文字コードが変なんだ」
「なるほど、本当に日記であったか。女性の秘を探るような真似となり、申し訳なかった」
「いいよ、許可したの私だし」
「まぁ、いいじゃん。失くしても困らなさそうだけど、失くさないようにねー」
「うん」
そうして、杏奈の部屋から出る。
新しい己の部屋につき、スマホからデータで家具を出す。もともと大したものがなかったこともあって、これだけで部屋は終わりだ。充電ケーブル、予習プリント、鉛筆の残骸、たったこれだけ。
「ジエンくん、終わった?」
「うむ! 問題はなかったぞ!」
「……じゃあ、ちょっと話して良い?」
「構わぬ! リオは少し無理をしているのが分かったからな! 愚痴の相手程度には己でもなれるだろうよ!」
「杏奈、ちょっと変だったよね」
「そうだろうか?」
「ハピルマって程酷くなかったけど、常に幸せそうだった。アナライズでは異常なし、根拠は私の勘だけでさ……前に、勘だけで変なこと言って大喧嘩になったんだよね」
「喧嘩とは?」
「どう考えてもおかしいじゃん。」
「リオは、杏奈との喧嘩を恐れているのか?」
「まぁねぇ……大切な、友人だからね」
「その想いがあれば問題はなかろう。真心は伝わるものだ」
「そうかな」
「その通りだ! それに、時間はいくらでもある! リオも世界も、己が守って未来に繋ぐのでな!」
「……言うねぇ」
リオの笑顔が、楽しそうだった。
「ありがとう」という言葉がある。だがどう考えても礼を言うのは己の方だ。
己がこの文明圏で社会的な生活を送ることができるのは、リオからの指導があるからだ。意図的に情報を噛み砕いて、己に伝えてくれていた。
それについて感謝しているつもりではあった。しかしそれではまだ足りないと気がついた。
杏奈殿の件でも、戦闘でも、なんでも力になりたいと思う。
「ジエンくん?」
「うむ!」
「……まだまだビビってるから、もう少し私を守ってね」
「ああ! だが死ぬ時は死ぬものだ。なるべく早くする事を勧めるぞ!」
すると、窓の外に一つの奇妙な色が見えた。
多色の、何かだ。
「あ、エンジェルラダーじゃん」
「えんじぇるらだぁ?」
「雲の切れ間から太陽光が梯子みたいに伸びていくことだよ。綺麗でしょ」
「うむ! 誠に美しいな!」
よく知らないが、このエンジェルラダーはきっと吉兆を示すものだろう。己の未来は明るいぞ!
「人外ハンター、ジエン……ね」
加速された時間の中で、漂流者の資料を見る。
名前は自分で付けたハンターネームだと言っていたが、『私』の知る本名と等しい。
彼が現れるのは主に『箱庭戦争』を始めとした、崩壊した世界での闘争が長く続いた時。なので現在の私ではその情報を詳しく参照することはできない。
私を基準にした場合の子世代、あるいは孫世代。その中で最も早く戦いに適応する天才だった。
「彼の元々居た世界、天蓋に覆われた世界自体は記憶にあるわね。冬優子やライドウ のような運命に導かれた者が公の力を使って天からの脅威とトウキョウを隔離するやり方。諸外国に追い詰められて核戦争が起きた時点でのプランの一つではあったけど、今回は出来そうにないのよね」
トウキョウを天蓋で覆って異界とする事。それほどの強力な儀式を行うためには公の力に加えてトウキョウそのものを素材にした巨人を作成する必要がある。
しかし、現在の異能者のレベルによって東京の地盤の硬さはかなりのものだ。物理的に隔離するほどの異界に落とすのはレベル120とかのとんでもない力が必要になるだろう。
「人が弱くなかったら起こせない現象。なのにこの子のレベルは60にまで到達した。周回数によるレベル上限仮説からの外れ値かしら? ライドウや鳴神悠のような」
入学テスト結果によると信じるに足る人間性をしていると書いている。高レベルになった原因は鍛え続けたからで、悪魔からのシンクロ現象はウィスパースキル《悪魔からの囁き》で身体を変容させられる程度。不快な状況に対して即座に悪魔の力に頼る傾向はあるが、それが良くない事であることも理解しており、COMPの機能なのでセーフティをかけられる知性がある。
また、私の微かな記憶でも、誰かのために戦える子であると言っている(それはそれとして何でも食べる癖は最後まで直らなかったけれども)
「まぁ、指導が付くのなら大丈夫でしょう。所詮レベル60程度なのだし……レベル60程度って何よ本当」
そうして、漂流者対策の部署に年少ドリフター社会適合のテストケースとして彼を登録する。
この地獄の最前線で心が安らかになることはないだろうし、きっと戦いに向かうだろうけれども、聖華学園で学ぶことにきっと意味があると信じて。
「……この、未来から強い子孫がやってくるのってドラゴンボールで見たわね。一緒に人造人間とかやって来てないかしら? もう倒されているかもしれないけれど」
あとがき
前回のアレ含めて3話にすればよかったかな?という少しの後悔。
アスキーアート導入は基本的に風景の為であり、ジエン君が見た未知への感覚を言語化するより楽しい気がしたからです。
ジエン君
雨を見たことで感じたノスタルジーはただの低気圧が理由。空から岩が振ってくるのには慣れているけど水が降るのは慣れていない。とてもびっくりしてる
リオさん
友人関係についてはヘタレている。
いろいろな本を読みこんでいるので知識はそれなりに深い。それでジエン君に尊敬の念で見られていることが気持ち良すぎてクセになりつつある。それはそれとして間違いを教えたくないのでこっそり勉強を始めた
杏奈さん
妊婦さん。ナニカサレタ空気はあるが、本人の認識にも身体にも問題は見つからなかった。
絶対にナニカあると知り合い全員が思っているが、そのナニカがわからないので警戒しかできてない。
要観察