『お主は、その力に疑問を持ったことはないのか?』
いつものように、けしかけられたエッグマンのロボットを蹴散らした後唐突に振られた話に、アンジェラは困惑と呆れをその瞳に含ませて、エッグマンを睨み付けた。
『……どういう意味だよ』
『どういうもなにも、そのままの意味じゃ。ブラック彗星の件で唐突に目覚めたその力、リミッターがなければ扱うことすらままならないようじゃの』
一体、どこからそんな情報を仕入れて来たのか……否、これも所謂、「腐れ縁の勘」、というやつなのだろうか。
はたまた、世界征服などという
なんにせよ、図星を突かれたアンジェラは、不機嫌を一切隠すことなく溜息をついた。
『さあ、使えるようになったもんは使えるようになった。
……少なくとも今は、それで十分だと思うけどな』
『行き当たりばったりじゃのう。まあ、分からないことが多い内は、それでいいのかもしれんがの』
『…………………………結局、何が言いたいんだよ』
じっと、アンジェラはエッグマンを見据えた。
返ってくるであろう言葉の予想はついている。伊達に付き合いは長くはない。
しかし、いや、だからこそ、アンジェラは聞き返した。
別に、深い意味はない。
ただ、確証が欲しかった。
『生まれ持った力には、善悪問わず何らかの意味があるものじゃからな』
『……肝心なことは、言わねえんだな』
別に、宿敵にそれを望むわけではないけれど。
欲しい答えのスレスレを通り、しかし肝心なところには何一つとして触れはしないエッグマンの物言いに、アンジェラは怒るでも呆れるでもなく、ただただそう呟いた。
『儂が言わずとも、お前さんなら既に答えにたどり着いておるのじゃろう?』
質問の体を借りた断言に、アンジェラは曖昧な顔で『どうだかな』、とだけ返した。
アンジェラのその態度が、遠回しの肯定であることは、当然の如く宿敵には見抜かれていたし、アンジェラ自身もそれを承知していた。
答えなんて、最初から分かり切っている。
なれど、口にはしないだけだ。
迷子でもあるまいし、と、アンジェラは苦笑いした。
「あはははっ、そうやって母の名前を聞いたのは、初めてかもなぁ!!」
突然、空を切り裂くように、周囲に響き渡った幼い笑い声の主は、トゥーレシアだった。その笑い声に呼応するかのように、トゥーレシアに纏わり付いていた高密度の魔力が何かのカタチを成していくのに、同じ力を持つアンジェラだけが気付くことを赦されていた。
「冥土の土産にいい思いしたよ、それだけは礼を言ってもいいかもなぁ、
「冥土の土産……? まるで、自分が今から死ぬような物言いだな?」
「そうだよ? 僕は今から死ぬ」
まるで、世間話をするかのようなトーンで放たれた言葉は、その場の全員に、アンジェラにさえ、困惑を与えた。トゥーレシアは、そんな周囲の様子など全く気にせず再び言葉を発する。
「僕は今から死ぬ、それはもう、避けようのない、どうしようもない運命さ。天使の定めた運命だなんて御免だけど、これだけは、これだけはどうしても受け入れざるを得ない。僕らが生き延びるだなんて、それこそ奇跡でも起きない限り無理だし、僕は奇跡には縋らないと決めた」
「まるで、生きることには執着がないような物言いだな」
シャドウが出した言葉は皮肉でも何でもなく、ただの単純な、トゥーレシアの言葉を聞いた感想だった。
「奇跡に縋らない」と言えば聞こえがいいが、言ってしまえば自分の命には価値がないのだと、いつ死んだとてどうでもいいのだと自嘲しているのと同じ事。
「だって、僕らは本来は
そして、シャドウの言葉がまさに的を射ていると、トゥーレシアは遠回しに肯定した。
「別に、他の姉妹が生を望むことを、否定しようとは思ってない。僕はもう、いつ死んでもどうだっていい。それだけだ。
……ナーディの考えと覚悟は、十全に理解した。それを示す方法が、中々にぶっ飛んでいるとは思ったけどね……全く、ただでさえ脆い躰なんだから、もう少し大事にしなきゃ……思わず、取り乱しちゃったじゃないか」
トゥーレシアは呆れたかのように、笑う。その表情は、物理的に壊れていることを除けば、人間のそれと同じだった。
彼女もまた、少女の形をした人ならざる人間の、なり損ない。下手な異形系“個性”の持ち主よりも人間に近い見た目を持ちながら、生物学的には、現存するどの生物にも……人間にすら当て嵌まらない、ナニカ。種としての彼女らを示す言葉は無い。生き物であるかどうかすら、定かではない。
彼女らが定めた自分達の呼び名は、「
英雄に見捨てられ、天使に犯されて、人としての時間を失った
少女たちに与えられた時間は人間よりも遥かに短く……されど、その与えられた時間は、普通の
「紅く、紅く、花は咲き誇り……そして、散りゆく」
周囲に充満したトゥーレシアの魔力が、翡翠色の魔力光となって視覚化される。鈍く輝くその光が、形を為すのに時間がかかることはなかった。
瓦礫の山を覆い隠すように、真紅のビャクヤカスミの花畑が現れる。まるで血に染められたカーペットのように広がり、瓦礫の山を、周囲のビルを侵食していく花畑から、ボコン、ボコンと、幾本もの腕が生え、まるでゾンビ映画のワンシーンのように、その身体を顕にした。
「……
そう、現れたのは、脚代わりに荊棘のようなものを生やした、トゥーレシアの映したるマリオネット達。ひと目見ただけではトゥーレシアの映しであると理解することすら困難なほどに歪んだ形をした、自らの意思など持たない悍ましく愛らしいお人形共。それが、パッと見、数十体ほど並べられている。何体かは、これまた悍ましく、その形を口にすることすらはばかられるような形の武器を手にしている。その武器について言えることと言えば、長大である、ということと、切っ先の部分に心臓のようなものが括り付けられ、柄には血管のようなものが巻き付いている、ということくらいだろう。
「あはは、おいで!」
主の声に共鳴するように、トゥーレシアが浮いている場所の真下に魔法陣が現れる。翡翠色の魔力光と真紅のビャクヤカスミの花弁が舞い散る中で魔法陣から出現したのは、体長3メートルほどの四足歩行の……見方によっては、生物にも見えるナニカ。
其れを生物と断言することが出来ないのは、単純に其れの見た目が原因である。
犬のような胴体と四本の脚を持ち、背中や尻尾のある場所などに、人間の手足が何本も突き刺さり、内蔵や血管のようなものが巻き付いた、ツギハギのナニカ。その顔はもはや生物とは呼べないような、首にくっついた四角形の物体になり果てており、不揃い、しかし鋭い牙が生えた、開きっぱなしの口と目される穴からは、絶えず赤い液体が流れ出ている。目と目される何かは一切瞬きなどすることはなく……いや、そもそも、瞬きが出来るような顔の造りをしていないのだろう。ドス黒い眼球のような物体が嵌め込まれており、その物体は絶えず脈動を続けている。
そんな悍ましい生物とは決して言い切れないナニカは、腹から捻り出したうめき声のような不協和音を奏でながら、血染めの花畑を踏み荒らしていた。
「……悪趣味ですね」
かつての凄惨な光景が頭の中に過るのか、ガジェットはいつになく低い声でそう吐き捨てた。トゥーレシアは心外だ、とでも言わんばかりの視線を向ける。
「これを悪趣味と言うのなら……君たちは、母を見た時にどういう反応をするのかな。
戸惑う? 喚く? 嘆く? 怒る? 壊れる? それとも、同情でもするのかな?
意味などないと知っていながら、壊れて狂う危険があると知っていながら、それでも、それでも感情を抱かずにはいられないのが………………「人間」だもん、ねぇ」
トゥーレシアは嘲笑と共に背負った魔法陣に魔力を込めたかと思うと、自らを中心に翡翠色の弾幕を放った。無差別に放たれたように見えるそれは、しかし、一発一発がその場に居る者達を狙った誘導弾である。見ただけでは威力は分からないが、当たればひとたまりもないことは素人目でも判別出来た。そんな誘導魔力弾の弾幕が、速度もさることながら凄まじい密度で迫る。
そんな状況にあって、アンジェラは右腕に構えた杖形態のソルフェジオを天へと掲げ、足元の魔法陣を更に光り輝かせた。
「……生ある死者に対する手向けには、あまりにも不釣り合いだと思わないか?」
「言い得て妙だな、アンジェラ。お前の中で、既にその人は死んでいるのか」
軽口を叩き合うソニックとアンジェラ。二人に、いや、彼らにとってはいつものこと。
……眼前の、これまでにないほどの冒涜的な光景の一切を、棚に上げるとするならば。
「いいや、生きてる。
……これ以上ないってほどに、最悪な形でな」
瞬間、ソルフェジオの先端に魔法陣が展開され、そこから空色の魔力弾が真上に向かって発射されたかと思うと、ある程度の高さまで飛ばされたそれは、まるで花火のような爆発を起こしてトゥーレシアが放った弾幕を尽く潰していった。トゥーレシアは予想外も予想外の結果に、思わず笑みを零す。
「……分かっているとは思うが、アンジェラ。その身体で肉弾戦が出来るとは思うな」
「……ああ」
シャドウの指摘にアンジェラは一拍置いてから相槌を打つ。彼女自身が一番良く分かっているのだ、その身体がいかに、ボロボロであるかなんて。
「まぁ、こっちは遠距離攻撃手段の半分以上をアンジェラに頼るしかないからな、適材適所、ってこういうことを言うんだろ?」
「……本当に、腕を治さなくていいんですか?」
「それは本当にいいんだ、ガジェットの“個性”でも、治そうとしても
「アンジェラって、変な所で頑固だよな」
「ナックルズだけには、言われたくない」
彼女達が紡ぐ会話の声色は、ここが戦場であることをついつい忘れるような、日常の会話を繰り広げているかのようなものだった。その異様さにオールマイトは一瞬戦慄して、言葉を忘れる。
「……色々と聞きたいことは山程あるが……」
「悪いな……だけど」
アンジェラの視線の先には、四足歩行の生物とは断定し難い何かの真上で楽しげに漂う、トゥーレシアの姿があった。真紅のビャクヤカスミの花畑は瞬きの間に広がり続け、悍ましく歪なトゥーレシアの映しも現れ続けている。
「ふふふ……今日は、本当に良い日だ。月が微笑み、紅い花が咲き誇る。
それは、どこまでも純真無垢で、狂気など微塵も感じないような笑顔だった。オールマイトを、平和の象徴をその手にかけようとしているはずなのに、悪意や邪悪さなどを一切感じることが出来なかった。
彼女は、トゥーレシアは世間一般に言う敵とは違う、彼女は「悪い事」をしようとしているのではない、純粋に、「オールマイトを殺そう」としているのだ。悪意などなく、ただ、それを為そうとしているだけなのだ。
だからこそ、トゥーレシアは止まらないし、力づくでないと止められない。
「君たちにはナーディが世話になったっていう計り知れない恩義があるけどさ……邪魔するのなら、容赦はしない。
例え、ナーディ自身であっても、ね」
「……その名前で呼ぶの、やめてくれないか?」
「あっと、君にはもう、新しい名前があったんだったね!」
トゥーレシアは笑う。其の笑みが一体何を意味するのかなど、アンジェラには分からない。それを理解するには、彼女はあまりにも狂気を理解しすぎてしまっていた。行き過ぎた狂気への理解がもたらすのは、一周回った不理解と、それでも、トゥーレシアを止めなくてはという確信だけ。
「さあ、
血塗れの花園の舞台の上で、トゥーレシアはどこまでも純真無垢に、笑った。
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