死すら生温い地獄を自我もなくただ揺蕩った先には、何もない。
死を望むことだけが救いだった。
それでも、今日も死ぬことは赦されない。
望むことすら、もはや赦されてはいなかった。
報道のヘリが撃墜されたと最初に理解したのは、ヘリに乗っていた、今や物言わぬ肉塊と化したマスコミだろう。
攻撃された様子はなかった。
ただ一瞬、翡翠色の膜のようなものが、ヘリに乗っていた彼らの眼前に迫ったように見えた。それは、翡翠色の膜とは言いつつほぼほぼ透明で、少なくとも、ヘリを破壊できるようなものには到底見えなかった。実際に、膜にヘリが激突した瞬間は、誰も何の違和感も感じなかった。
そして、カメラマンは少しの違和感を抱えながら再びカメラを地上に向けようとし、リポーターもまた、自らの仕事、今、神野区で一体何が起こっているのか、そこで戦うヒーローの様子を市民に伝えようとした。
……しかし、彼らが再び仕事をすることは、叶わなかった。
突如として、爆発音が響き渡った。
ヘリが爆発した、音だった。
その音は、神野の現場よりもお茶の間の方に広く響き渡ったのだろう。
空に投げ出された時点では辛うじて息があったリポーターは、その生の最後の最後に気が付いた。
……否、気付かされた。
魂に、刻み込まれたのだ。
あの翡翠色の膜を放った、両足のない翡翠色の髪の少女。
彼女の怒りが向けられるのは、
そして、自分達は、決して赦されることはないのだと。
その魂が消滅するまで、永遠に、何度輪廻を巡ろうと、
その罪咎が消えることはないのだと。
最後に、彼らのカメラに映り、世間様に晒されたのは、
空に投げ出されたリポーターの首が、翡翠色の光の糸のようなものに捩じ切られ、血潮を空中にぶち撒けるという光景だった。
「
だけどそれは……僕の役目じゃない」
月光が照らす瓦礫の山の上に、悍ましいまでに美しく咲き誇った真紅の花畑の上で、戦いの幕が上がる。
「邪魔するならまずは君たちからだ、ふふ、こりゃ殺す気で行かなきゃ殺されるのは、こっちかもね!」
先陣を切ったのは、赤黒い液体を撒き散らし、ボコボコとその右腕を刃へと変形させた、トゥーレシアだった。脚がない代わりに浮遊の魔法で移動する彼女の速度は、一般のヒーローには速すぎるだろうが、アンジェラ達には別段速くは見えない。
だが、その刃の右腕から発生している翡翠色の靄のようなもの、アンジェラの左腕の切断面や、ベストジーニストの腹部に纏わり付いているものと同質のものであろうそれに、アンジェラ達は警戒心を強める。
「ボスが先陣を切るのか? ハッ、好都合なこった!」
その刃が向けられた先にはソニックの姿。しかし、刃が自分に向けられていると認識した瞬間、ソニックはその場から姿を消した。しかし、トゥーレシアは全くと言っていいほど驚いた様子は見せず、右腕を虚空へ向かって振り上げた。
「おっと!」
否、虚空ではない。そこには姿を消していた、正確に言えば認識することすら困難なスピードでトゥーレシアの死角に移動していた、ソニックの姿があった。トゥーレシアは、まるでソニックがそこにやって来ることを分かっていたかのように迷いなく刃の右腕を振り上げたのだ。幸い、その化け物じみた反射神経で刃の直撃を危なげなく回避したソニックだったが、トゥーレシアが腕を振るう際に一切ソニックの方を見ていなかったことにも、気が付いた。
「未来予知でも使えるのか? さっきはそんな様子、一切見せていなかったが」
「あはは、どうだろうねぇ。今はそれよりも……周りを気にしたほうがいいんじゃない?」
主の意思に呼応するかのように、マリオネット共が荊棘の脚を伸ばして、滑るようにして器用に地面を移動し散開した。その中の、冒涜的な武器を携えたマリオネットの一体は、焦点の一切合わない瞳で、一度トゥーレシアから距離を取ろうとしたソニックに向かってそれを振るう。着地の寸前を狙われたからか、一度は紙一重のところで身体捩って回避したソニックだったが、連続で振るわれた一閃には反応こそすれ、その時には既に切っ先が眼前に迫っていた。
「
切っ先が彼の肌に触れる直前に、マリオネットに空色の魔力弾が襲いかかる。マリオネットの腹部に風穴が開き、マリオネットは腸部分の欠片を撒き散らしながら弾き飛ばされた。言わずもがな、アンジェラが放ったものだ。
リミッターが外れた状態で放たれたそれは、普段のアンジェラの魔法とは隔絶した威力を持つ。魔力由来の成分で構成されたマリオネットであるとはいえ、
それとほぼ同じタイミングで、散開した武器を持たぬマリオネットの一群がガジェットとインフィニットに迫る。一瞬、それらがどうやって攻撃してくるのかと疑問を抱いた二人だったが、マリオネット共がその奥歯をガチガチと鳴らす音が耳に入ってきた。どうやら原始的に、二人の肉を噛みちぎるつもりのようだ。それこそまるで、獣のように。
ガジェットは迫ってきたマリオネットの一体を蹴るが、予想以上の耐久力でマリオネットはその場に留まる。それに戸惑うガジェットだったが、足に力を込めてその場で跳び上がるとほぼ反射的に腰のベルトからショットガンを取り出し、構える暇もなくマリオネットへ銃口を向け引き金を引いた。マリオネットの身体を貫き花園に着弾したそれは、しかしマリオネットの動きを止める要因にはなり得ない。
「腹に穴を空けたはずですが……」
「風穴を空ける程度では、こいつらは止められないようだな」
「そりゃそうさ、オレの使う魔法と同じものだとするなら、あれらは自らの意志を持たぬ、主の映したるマリオネット。主の意志が続くか、その身体が朽ち果てない限り、止まることはないはずだ」
回し蹴りで接近してきたマリオネットを遠くに弾き飛ばしながらインフィニットがぼやいた言葉に答えを与えたのは、アンジェラだ。同じ魔法を使うからこそ分かる、あのマリオネット共はトゥーレシアの魔力を受けて、本来のトゥーレシアの身体能力以上の力を持っていることを。そして、例え腸を抉り取られようが、心臓に風穴を空けられようが、頭が吹き飛ぼうが、その身体が動く限り、マリオネット共は踊り続ける。それも、観客を死へ誘う、狩りという名の原初の踊りだ。
そして、マリオネット共が真にその標的とするのは、オールマイトである。そのオールマイトは、先程から突き付けられた自らの罪咎に動揺し続け、本来の力を発揮することが出来ないでいた。衰退も加わったオールマイトには、マリオネット共を弾き飛ばすのが関の山だった。
「つまり、あの人形共は全部ぶっ壊しゃいいんだ、ろっ!!」
マリオネットの一体に向かって、ナックルズの拳が振り抜かれる。一点に力を集中し放たれたそれは、いともたやすくマリオネットの身体をいくつかの欠片に分解しながら弾き飛ばした。流石にここまでされるとマリオネットも動きを止める……かと思われていたが、マリオネットの足代わりとなっていた荊棘が身体の仇と言わんばかりに伸び、ナックルズに襲いかかる。
「っち、あの荊棘、脚じゃなかったのかよ!?」
「脚は脚でも、それ単独での攻撃も可能ってことだろ、
困惑の中でも的確に荊棘を回避して見せるナックルズの背後から、アンジェラが放った高温の白い魔力弾が飛び交い、瞬きの間に伸ばされた荊棘を焼き切った。流石にここまでされると動けなくなるのか、ナックルズが弾き飛ばしたマリオネットの欠片は砂となって消えた。
「あはは、人形が一体やられちゃったかぁ。なんって馬鹿力。
でも、お楽しみはまだまだこれから!」
トゥーレシアの号令と同時に、四足歩行の生物と言い切れないナニカが跳び上がる。花園を縦断するように空を駆け、シャドウの眼前に現れたそれは、前脚の爪を猫のように伸ばし、落下の勢いのまま振り下ろす。その巨体からは考えられないほどに、一連の動きは素早い。
「……フン、この程度か?」
しかし、彼にとってはその程度のスピードなど脅威にはなり得ない。最小限の動きで振り下ろされた爪を躱し、後隙だらけの横っ腹を蹴り抜いた。蹴り抜かれたナニカは腸を空中に撒き散らしながら吹き飛び、ただでさえ紅い花園を更に紅く染めていく。
「……?」
しかし、蹴り抜いた時の感覚にシャドウは違和感を覚える。「手応えがない」のだ。シャドウの力の強さを差し引いても、不自然なほどに、あの巨体を蹴り抜いたにしては軽すぎる。
「ミミック、君が壊れる未来を、僕は認めない」
「………………」
宙を舞い、腸を撒き散らしながら地面に着地したナニカ……ミミックと呼ばれたそれは、うめき声とも泣き声とも取れる不協和音を奏でる。すると、紅いビャクヤカスミの花弁と花園に転がっていたマリオネットの成れの果てたる砂がミミックの腸に吸い込まれていき、ボコボコと不快な音を立てながら腸が再生されていった。
「自己再生……いや、やはりこの花園に何かがあるのか?」
「どうする、焼くか?」
「いや」
兄達の思案を妹の声が遮る。アンジェラはそのトパーズの瞳を物理的に爛々と輝かせ、花園を睨み付けていた。
「恐らくだが、焼いても無駄だ。この花園はトゥーレシアの魔力の結晶、そもそも焼き払える保証はないし、仮に焼き払ってもトゥーレシアが魔力供給を止めない限りは咲き続ける」
「人形とあの生き物っぽい何かはどうだ?」
「生き物っぽい何かに関してはよく分からない。使い魔か何か……らしいけど。
人形……
アンジェラの視線の先は、トゥーレシアの映したるマリオネット共が這い出てきていた場所。今はもう、マリオネットの発生は収まっている。自身も同じ魔法を使えるからこそ知っている、それが、トゥーレシアの自我の限界であるのだと。
例え彼女らが人のカタチをした人ならざる何かであろうと、自我を持つ限りその自我には必ず限界がある。
しかし、いや、だからこそというべきか、
だからこそ、アンジェラは確信を持って言えた、トゥーレシアは、あれ以上マリオネットを創り出すことはないと。
「まず、あの人形さんたちをどうにかした方がいいんじゃないですか?」
「一体一体はそこまで強くないが、何せ数が多い。このままじゃジリ貧だぞ」
襲い来るマリオネット共を蹴り、殴り飛ばしながら、ガジェットとインフィニットは言う。魔力でもって作られたものは、そもそも物理攻撃があまり効果的ではない。それはアンジェラを通じて、彼らの知る所ではある。ミミックへの攻撃の手応えのなさの理由は不明だが、少なくともマリオネット共には通づる共通事項だ。あくまでも効きにくいだけで、物理攻撃が無効化されるわけではないので物理で押していくことも可能と言えば可能だが、如何せん数が多い。
「……ケテル、起きてるか?」
《………………》
アンジェラの呼びかけに、彼女のウエストバッグからケテルがふわふわと出てくる。しかし、彼の普段の元気の良さは、すっかり鳴りを潜めていた。
「……その状態で、カラーパワーでも使うつもりか?」
「使えねぇよ、リミッターが外れた状態で使ったら死ぬっての」
「じゃあ、どうして……?」
アンジェラは薄く笑みを浮かべ、ソルフェジオをケテルに差し出す。ケテルは迷いなく、ソルフェジオの中へと入っていった。ソルフェジオは光に包まれ、その先端に魔法陣が展開される。
「オレの身体が限界なんなら……ソルフェジオの方を強化してやればいい。ただまあ、結構無理矢理やってるし、狙いがブレる可能性が高いから、打ち漏らしたやつ頼むぜ」
「そういうことか、相変わらず無茶なことを考える」
シャドウの呆れたような声もそのまま受け止めて、アンジェラはソルフェジオを掲げ、その先端に魔法陣を展開させる。
トゥーレシアの憎悪も怒りも嘆きも悲しみも、彼女が抱く殺意の大本も、アンジェラには理解出来る、出来てしまう。アンジェラ自身がその狂気とも呼べる絶望の果てに産み出されたのだということを、思い出したのだから。
なれど、其れはアンジェラを「曲げる」には至らない、理解は出来ても、共感し同調するとは限らない。
アンジェラはトゥーレシアの知らぬ事を知っている。オールマイトがどれほどの地獄に自ら堕ち続けていたのかを、その覚悟の重さも、トゥーレシアの言う事が全て間違っているというわけではないが、ヒーローを囃し立て母が絶望の淵に落とされたのは、オールマイトよりも彼一人に凭れ掛かり続けたヒーローの上層部の責任であることを。
だから、アンジェラはオールマイトに罪咎があったとしても、もうとっくの昔に贖罪されたものだと思っている。命を、自らの幸せを賭し続けたことで、もう既に罪の対価は支払われている。
それで、トゥーレシアが、姉妹達が、ひいては母が、納得するとも思っていないが。
「オレはオールマイトが悪い、だなんて言うつもりはない。彼に責任がないとも言い切れないけれど、少なくとも、オールマイトが悪いとは口が裂けても言えないよ」
「……そう。だけど僕は、止まらないよ」
「ああ、知ってる」
魔力の奔流がアンジェラを包み込む。今まで栓をされて封じられていた魔力が、今は抑えられることなく、とめどなく溢れている。それを御しきれているのは、ソルフェジオのサポートとアンジェラ自身の決意によるもの。
魔力とは、“個性”以上に感情に左右されるものだ。術者がその胸に抱いた決意が固ければ、普段は操れない量の魔力であっても主の意志に従う。
今はただ、眼前の敵を滅しろと。
「
アンジェラの瞳が、確かな決意の光を灯して爛々と輝いた。
戦闘描写、大変だけど楽しい。致命的な破綻がないことを祈る。
タグに関して少々。主人公成り代わりタグにくっついていた(?)ですが、あれはアンジェラさんが「完全な緑谷出久の別人」とは決して言い切れないがゆえのものです。本人がどう思っていようが、アンジェラさんに「緑谷出久のクローンのようなもの」という一面がある事実が覆ることはありません。それは客観的な事実であり、決して無視することが出来ないものです。
アンケートを終了しました。ご協力頂いた方々、この場をお借りして御礼申し上げます。