願うことも、諦めることも赦されないって、一体どんな絶望なんだろうか。
人としての総てを
いや、価値など望むべくもないのだろう。
結局、其れはありもしない「神」への狂信でしかないのだから。
…………アンジェラに、偶発的に宿ってしまった正義の灯火、ワン・フォー・オール。
膨大な量の魔力と規格外の身体能力を持つ彼女に後天的に宿った“個性”は、カオスエメラルドの力を受けても耐えう得る頑強さと、“個性”という枠組みにおいては力を持たぬ彼女の身体にわりとすんなりと馴染んだ。逆に、“個性”の方が魔力に染められて、その性質を変化させてしまった。
魔力のせいで今までとは比べ物にならないほどに他者には明け渡せない力になってしまったのは事実だが、魔力の件を差し引いても、アンジェラの身体能力は規格外もいいところであり、その身体能力が凝縮されたワン・フォー・オールなど、もうどれだけ鍛えた人間であっても、適合することは不可能だろう。
きっかけは巻き込まれ事故とはいえ、オールマイトのヒーロー引退を条件にアンジェラがワン・フォー・オールの本懐であるオール・フォー・ワン討伐に手を貸すことを約束したこともあり、ワン・フォー・オールのオリジン、ワン・フォー・オールに宿った死柄木与一の魂は、アンジェラ・フーディルハインが最後のワン・フォー・オール継承者になるだろうと思っていた。寧ろ、そうなるべきとさえ思っていた。これ以上力が凝縮されたところで、行き着く果ては不幸だけ。なれば、いっそのこと、これ以上の継承者は不要とさえ、彼は思っていた。巻き込まれただけの少女には、申し訳ないとも思っていたようだが、今更彼らにはどうすることも出来ない。
ワン・フォー・オールに宿っていた歴代達の魂は、知る由もなかった。
誰も、誰一人として、悪くはないのだ。
オールマイトがアンジェラを後継者に相応しいと、無意識に思っていたことも、ちょうどその時にアンジェラが完全な善意でオールマイトの傷を治療していたことも、その時はまだ力が足りずに意識がぼんやりとし過ぎていて、オールマイトが無意識で思ったことを彼の本意と受け取り、アンジェラに力を明け渡して移動してしまった歴代達も、
誰も、悪くなどない。
全ては善意と無意識の巡り巡った空回りと、度重なった多大なる不運が引き起こした、取り返しのつかない事故。誰に責任を求めることも間違いであり筋違いな、強いて言うなら、その決定的なきっかけを作った敵連合が悪いと言うべき、事故。
……いや、幸運だったのかもしれない。
皮肉なことに、其の事実はワン・フォー・オールがアンジェラで完遂されることを完全に決定付けた。其れを、もはや覆しようがない事実に塗り固めた。これ以上の継承が、不幸しか産み出さないという事実を完璧なまでに決定させた。
いずれにせよ、アンジェラにワン・フォー・オールが渡ってしまったことで、渡すことが本質なはずのワン・フォー・オールがもう決して人に渡せない力になってしまったのは、紛れもない事実。
そして、それはアンジェラにワン・フォー・オールが渡ったその瞬間から、もう決して変えようのない事実として、そこに君臨していた。
もし、アンジェラがオールマイトからワン・フォー・オールの事実を聞いたあの時にワン・フォー・オールを返そうとしていれば、オールマイトは人としての総てを失った怪物へと成り果てていただろう。
いや、怪物に成り果てるだけであれば、まだマシなのかもしれない。
歴代は、アンジェラ本人でさえ、その時は、否、今になるまで、知る由もなかったのだ。
アンジェラ・フーディルハインという少女が、そもそも人間でさえなかったことなんて。
そして、その力の完遂のされ方も、誰にも予想など出来るわけがなかった。
ソルフェジオの先端に展開された魔法陣から、空色の魔力弾の軍勢が発射され、マリオネット共へと襲い掛かった。花園を焼き尽くさんばかりの勢いのそれは、マリオネット共の躰と脚代わりの荊棘を的確に撃ち抜き、灼き尽くし、一瞬で灰燼に帰す。
しかし、一部のマリオネット共には掠りもしなかった。狙いが外れたことも理由の一つだが、魔力弾が当たらなかったマリオネット共はその殆どが冒涜的な武器を携えた踊り子達。彼女らはその手に携えた武器でアンジェラが放った魔力弾を弾いていたのだ。その数は、武器を携えていないマリオネットを含めて六体ほど。
そして、トゥーレシアがミミックと呼んでいた四足歩行の生物と形容することもはばかられるナニカは、その巨体を利用し主たるトゥーレシアを庇っていた。その身体を構成するパーツが何箇所も抉り取られ、弾き飛ばされたが、真紅のビャクヤカスミの花弁とマリオネットの残滓を取り込み、思わず耳を塞ぎたくなるような冒涜的な音と共にその傷を癒やした。
「ハァ、ハァ……大分、減らせたか?」
周囲を見渡しながら、アンジェラは肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返す。リミッターという名の栓が外れている状態でここまでの規模のことをしたのだ、アンジェラの身体に掛かる負担は相当なものだろう。現に今、アンジェラは酷い頭痛と目眩に耐えながらフラフラと、ギリギリのラインで立っているような状態だ。立っていることが、文字通り奇跡に近いのだ。
「ああ、十分だ、アンジェラは少し休んでろ」
「っ……いや、まだ……」
「……」
ふらり、と、ソニックの身体に倒れかけ、凭れ掛かりながらも、アンジェラの瞳には、決意の炎が一切消えることなく灯り続けていた。かなり頑固なところがあるのはわりといつものことだが、今回に限っては、ソニックですら、口を出すことも躊躇わずにはいられない。
アンジェラが失っていた記憶を取り戻したことは、先程からの彼女の言動から分かり切っている。というか、彼女自身が「記憶を取り戻した」と高らかに宣言してみせた。
アンジェラがアンジェラ・フーディルハインという名前を与えられる前、呼ばれていたらしき
……いや、それどころの話ではない。アンジェラが口にした、緑谷出久という名前を、トゥーレシアは母の名前だと言った。アンジェラも、それを否定しなかったどころか、肯定した。と言うよりも、それが母の名前だと先に言及したのはアンジェラだ。
これらが示すはただ一つ、アンジェラとトゥーレシアが、真に血の繋がった姉妹である、という事実。
そして、ソニックには、いや、彼らには、その事実の是非をアンジェラに問いかけたところで、肯定しか返ってこないのだろうという確信があった。肯定しか返さず、それ以上の部分にはこちらから踏み込まなければ、立ち入らせることもないのだと。ソニック達以外の人間であれば、例え
アンジェラの頑固な部分は、一体誰に似たがゆえのものなのだろうか、はたまた、アンジェラ自身が誰から受け継いだでもなく生まれ持った性質なのか、ソニックは以前から気になっていた。もしかしたら、その産みの母親から受け継いだものなのかもしれない。遺伝子レベルで受け継がれたものなのだとしたら、母とやらも相当な頑固者だったに違いない。
もう既に母とやら、もとい緑谷出久という少女は、その自我を失っているという話なので、それを確かめる術は彼らにはないのだが。
「…………それが、「責任感」から来るものなのだとしたら、気絶させてでも止めてやる」
長兄の、いつになく低い声。其れが、自身の身を、心を案じているからこその言葉だということが分かり切っているから、だからこそ、アンジェラは驚くこともなく、口を開いた。
「そんないい子ちゃんな理由じゃないさ。ただ………………
アンジェラの言葉からは、一切の嘘偽りを感じなかった。
実際に、アンジェラは嘘などついていない。つく理由がない。アンジェラは、気に食わないことは捻じ曲げないと気が済まない質だ。オールマイトに脅しを仕掛けた時と、デヴィット博士の“個性”増幅装置を破壊した時と、同じように。
「誰に強制されている、わけでもないか?」
「自分でそうあれかしと定めた。いつものことだよ」
朦朧とした、しかし明瞭な意識の中で、もう一人の兄に投げかけられた問いかけにアンジェラはハッキリとした声音でそう告げた。
そうだ、彼女は自分で決めた道をひたすらに突き進む、そういう質なのだ。周囲の言葉に決して耳を傾けないような意固地な面があるわけではないが、その根底はそれと似通ったものがある。
そして、彼女のそんな一面を、一番良く理解しているのは。
「…………わかった」
「おい、ソニック」
「ただし、アンジェラはこれ以上大規模な攻撃をしようとするな、支援に徹しろ……いいな?」
シャドウが何かを指摘しようとする前に、ソニックがアンジェラへと提示した折衷案。アンジェラは迷うことなく、何を言うでもなく、頷いた。
それが、最大限の譲歩であることを知っているから、何よりも、彼らの力を知っているから。だから彼女は、迷うことなどなく、背中を預けていられる。
「……はぁ、ガジェット、アンジェラを頼む」
「はい。しっかし……毎度毎度、無茶苦茶言いますね」
「いつものことっちゃいつものことだが……今回のは酷いな」
アンジェラの無茶苦茶はいつものこと。しかし、今回は輪をかけてそれが酷いと感じたナックルズとガジェットは、間違ってはいない。
間違ってはいない、が。
人ならざるものの憎悪と絶望と狂気でかたち造られた、この真紅の舞台において、人間の価値基準とルールを持ち込むことそのものが間違いなのだということにも、彼らは気が付いていた。
立っていることですらもう限界だったのか、ソニックからガジェットへと預けられたアンジェラは、その瞬間に真紅の花園にどさり、と座り込む。
「よく、その状態で意識を保っていられるものだな」
そのことにとやかく言う者などここには存在しない。寧ろ、リミッターが壊れ、片腕を失っていながら今だに意識を保っていられることに呆れ混じりに驚愕の声を漏らす方が正常だろう。
その対象が、そもそも一般から逸脱した価値基準と精神性の持ち主なので、口を出すことそのものが意味を成さないのだが。
ただでさえ酷い頭痛と目眩に襲われて、おまけに片腕を失いその激痛もその身に受けて、それでもなおその瞳に決意の炎を灯している者を、常人などとは決して言えないのだから。
「……「仲間」、かぁ……母の絶望を知らなければ、僕も作れたのかなぁ」
ミミックの影に隠れていた花園の主は、ボコボコという不快な音を立てながらその右腕を鞭のような形状へと変化させる。その瞳に垣間見えたのは、どうあがいても自分には決して手に入れられないものへの、羨望。
だけど、もしも、を想像せずにはいられなかった。
それが、決して赦されないことだとは、分かっていたけれど。
「……だけど、もう、止まれない」
主の感情に、羨望と憎悪が混ざった複雑な感情に共鳴してか、マリオネット共が動き出す。武器を持つマリオネット共はその武器を掲げて、まるで、主たる審判者の少女のかたちをしたなにかを、崇め護るように。
「どれだけ愚かなことだと言われようと……母の絶望を、怒りを、憎悪を、決してなかったことにすることなんて出来ない、そんなこと、赦さない」
荊棘を滑らせて、審判の邪魔をするものは、例え主がその「感情の一部」を賭して守り通そうと、逃がそうとした末の妹であっても、赦さないとばかりにマリオネット共は踊り狂う。
其の審判の矢尻に立つ者であるオールマイトは、その拳を果たしてトゥーレシアに向けていいものなのかどうか、迷ってしまった。ヒーローとしては、平和の象徴としては、今すぐにトゥーレシアを捕らえるべきなのだということは分かり切っているはずなのに、自らの正義が巡り巡って一人の少女を絶望の底へと突き落としたという事実が、拳を握ろうとするオールマイトの思考回路を阻む。
それが覆しようのない事実であると肯定したのが、トゥーレシアではなくアンジェラであったから、尚更。
「……迷いがあるのなら、拳を握ろうとしないでいい。
「約束」、覚えているだろ。本当なら、もうこれ以上あんたが戦うことを、オレは許さない。そういう約束だったはずだぜ」
「ああ、覚えているよ……だけど、だけど………………」
オールマイトは揺れ動く。オール・フォー・ワンはトゥーレシアによって殺され、予想とは違う形であるとはいえ、もう当初の条件は満たされているとみなしていいだろう。なれば、これ以上オールマイトが戦うことは、ヒーローとして立つことは、「約束」に反する行為であるということは、分かっていた。
「…………ただ、オレもこんなんだし、結構な無茶言ってるって自覚はあるし、今に関してだけは例外ってことにしといてやるよ。
戦うも、戦わないも、あんた自身が決めな」
「ほーん、アンジェラがオールマイトと「約束」……ねぇ?」
「………………後で話す」
「絶対だぞ」
アンジェラがソニックに諌められている声を背景に、オールマイトは思案する。ヒーローとして、トゥーレシアを止めなくてはいけないという感情も事実ではある。敵の頭とはいえ、人を殺した彼女を放置することは出来ない。
しかし。
「フーディルハイン少女、君は前に、私の戦いにはこれっぽっちも自分のためがないと、そう言ったね」
「…………言いましたけど」
今の、自らの罪咎を嫌というほどに自覚させられたオールマイトが拳を握るのだとしたら、それは、
「最後の最後の戦いで、私が自分のためだけに拳を握ることを、君はどう思う?」
「いいんじゃないですか、最後くらい。
そっちの方が、人間らしくてよっぽど健康的だとオレは思いますけどね」
「健康的と来たか……フーディルハイン少女らしいね!」
他ならぬ、自分自身のためだろう。
「……なるほどのう、これが事実だとすると……………………
まぁ、貸し一つと考えるとするかのう。
決着をつける権利を持っているのは、あやつだけじゃ」
黄色の光を放つ宝珠を手に、火花が散る何処かの研究施設で、恰幅のいい老人がキーボードを操作していた。
オールマイトが自分自身のために拳を握る。最後くらい、別にいいんじゃないでしょうか。彼だって人間ですから。