だというのに……君はまだ、祈ること、嘆くことを、続けるというのかい?
トゥーレシアの魔力から産み出された真紅のビャクヤカスミの花園は、アンジェラ達がトゥーレシアと戦っている間にも神野区全体へと拡がり続けていた。建物を、道路を巻き込み侵食しながら、主の感情に共鳴してその領域は凄まじい勢いで拡がっていく。まるで、
花園の一群は、当然敵連合の潜伏地であったバーの近くも侵食していた。光と共に幾体かの脳無が現れ、ヒーローや警察、GUNがその対処に追われている最中のことだった。
……いや、ここは、他の場所よりも被害が大きいと言わざるを得ないだろう。脳無の出現もあったとはいえ、他の場所ではせいぜい花園の侵食で建物の倒壊や破損が発生したり、避難しようとした一般市民や一般市民を救助しようとしたヒーローがビャクヤカスミに足を取られて行動を抑制されたり等の被害しか発生していない。トゥーレシアの昂り荒ぶった感情と魔力が共鳴した結果拡がった花園は、しかし攻撃性を持つには至らなかった。
…………否、ある一点に攻撃性を集約させていた、の方が、結果としても、彼女達の意思としても、正しいのだ。
「っち、何だこの大量の巨大な荊棘は!?」
オールマイトが飛び去って一、二分ほどの時間が経過し、出現した脳無の半分ほどが制圧され、真紅のビャクヤカスミの花園が、全く予想もつかなかった事態に混乱の真っ只中にあったバーの周辺まで到達した、その時。
今まで無秩序にその頒図を拡大させるばかりだった花園から、幾本もの太い荊棘が勢いよく伸ばされた。荊棘の群れは周囲に及ぼす被害など度外視して、その巨躯からは想像もつかないほど物凄いスピードで、ある一点へと向かっていく。
その一点から吹き出した、荒々しいオレンジ色の炎。その炎は荊棘と激突するも、強大な魔力から産み出された荊棘を灼き尽くすことは出来ず、せいぜいその勢いを幾ばくか相殺することしか出来ない。
そもそも、その荊棘が本当は荊棘のかたちをした別の何かであることなど、魔力を感知する術を持たない彼らの知る所ではない。
その炎の主……エンデヴァーとバーの周囲を張っていた警察、GUN、そしてヒーロー達は、荊棘の処理に追われていた。荊棘が狙っているのはエンデヴァーだけであることは分かっているのだが、荊棘の群れは周囲の被害など度外視で暴れまわるのだ。その過程で、周囲の警察達や一般市民に被害が及ぶのは言うまでもなく、また、巻き添えをくらいかけた者が荊棘に対して攻撃を仕掛けると、荊棘の群れはその者も攻撃対象として狙いを定める。
そして、意図しているのかいないのか、荊棘の進路を妨害した脳無たちは……その脳味噌部分を貫かれ、何かを吸い出され、物すら言わぬ肉塊へと変えられた。皮肉なことに、荊棘の脅威が脳無という別の脅威を排したのだ。
バーの周囲は、真紅の花園と暴れまわる荊棘の群れで、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「っエンデヴァー! 何故そいつらは執拗に君を狙うんだ!?」
「そんなこと、俺が知るわけもないだろう!?」
エンデヴァーが荊棘の攻撃を捌きながら塚内警部に向かって叫んだその言葉は、正体不明の物体にたった一人明確な攻撃の対象とされているエンデヴァーとしては、なるほど、確かに真っ当な主張に他ならない。
しかし……今この場に限っては、その言葉を紡ぐべきではなかった。
「────────────────────―ッッッ!!!!!」
「……!?」
其れは、言葉にならない叫び。
怒り、憎悪、絶望、恐怖、嫉妬……いっそ激しいまでの、ありとあらゆる負の感情を凝縮したかのような、壊れた自我の断末魔から成る、不協和音としか取れぬ
人間の聴覚には不快な雑音にしか聞こえないその唄は、しかし、確かにその場に居る人間の自我を聴覚から犯し、甚ぶり、幻想的なまでに華蓮に、そして無慈悲なまでに一方的に、崩していく。
ある程度タフな精神性が担保されているヒーローや警察、GUNの面々ですら、その唄の前に動くことができなくなった。身体に力が、入らなくなった。
いや、動けなくなる程度、まだマシだと言う他にないだろう。唄の範囲内に運悪く入ってしまい、自我を犯された一般市民など……もう、その結末を語ることすら、憚られるものだ。まともな末路を辿ることはなかったとだけ、語っておこう。
そして、その唄の最たる標的となったのは。
「ッッッッ────―!!!???」
荊棘の群れが執拗なまでに狙い続けていた、エンデヴァーであった。
何故自分が標的とされているかも分からないまま、紡がれる崩壊の旋律をその身に、その自我に受けたエンデヴァーは、呼吸をすることすら忘れてその場に蹲る。
聴覚からエンデヴァーの自我を抉り、引き裂いたのは、どこまでもどこまでも深い、絶望の唄。今更贖うことが許されぬ罪を、忘れることは決して赦さないと唄うその声は、明確にエンデヴァーにのみ向けられたもの。他のヒーローも警察やGUNも一般市民も、本来エンデヴァーにのみ向けられたそれの巻き添えを食っているに他ならない。
例え、罪咎を認識し、自責の念に駆られたとしても、もう遅い。
その罪は、もはや贖えぬ段階まで、とっくの昔に達している。
まるで、行き場を失った子供のようにガタガタと震えるエンデヴァーに、荊棘の群れが取り付き、その鋭い棘で肉を抉り、血を流させ、長く長く苦しみが続くように、その痛みが、苦しみが途切れぬように、荊棘の群れはエンデヴァーを追い詰める。簡単に楽になることすら、赦さないと言わんばかりに。
荊棘の群れは、まるで罪人の冠のようにエンデヴァーの頭に巻き付き、多くの市民やヒーローたちがただ花園の上で呆然とその光景を眺めることしか出来ない中で、
エンデヴァーの右腕を、捻り、裂き、もぎ取った。
真紅の花弁が夜風に揺れて舞う様は、まるで宙にぶち撒けられた血潮のよう。人としての正気が一切意味を成さないこの花園において、主たるのは審判者も兼ねる少女のかたちをしたヒトならざるもの。
そう、この花園では、人間の価値基準を持ち込むことそのものが間違いなのだ。たとえ、この花園の主たるトゥーレシアが従えるのが、冒涜的なマリオネット共と生物と呼ぶのも烏滸がましいナニカであっても、それをどうこう言う資格など、誰も持ち得ない。そんなものに、意味などない。
「ふふふ…………あっははははははははは!!!
僕らの生に意味がなかったとしても、今ここで意味を刻み込んでしまえばいい!! それが僕の、「役割」だ、意味だ、現実だ!!!
だから………………!!!」
花園の主が嘆き、笑い、狂い、舞い踊る。調子外れのステップと共にトゥーレシアの足元に翡翠色の魔法陣が展開され、武器を持たぬマリオネットはその奥歯をガチガチと鳴らし、武器を携えたマリオネット共は血液のような赤い液体を滴らせた武器を振るい、荊棘の脚を伸ばして、ソニック達めがけて動き出した
「本番はここからってか……」
「はっ、上等!」
先程までとは、明らかに様子が変わったトゥーレシア。しかしそれは彼らが怯む理由になど、なり得ない。トゥーレシアが狂っていることなど、とっくのとうに分かり切っている。
……彼女はもう、そうでもしなければ自分自身の心を保つことすら、出来ないのだということも。
「……」
花園に座り込んでいたアンジェラは、ガジェットに支えられながら、杖形態のソルフェジオをついて立ち上がる。身体はボロボロ、なれど、彼女の瞳に宿った決意の炎は、それを消える理由になどしない、させない。
今はただ、トゥーレシアがやろうとしていることが、とことん気に食わない。それだけだ。
「……無茶するな、とはもう言いませんけど……せめて、限界以上の無理だけは、しないでくださいよ」
「悪いけど、確約は出来ないな」
「でしょうね、言ってみただけです」
武器を携えた五体のマリオネット達は、それぞれが標的を定めて冒涜的な肉の塊としか呼べぬ武器を振るう。身の丈ほどもあるそれは、しかし風を凪ぐように軽々と振るわれ、的確にそれぞれの標的の頸をめがけて線を描く。少なくとも、切断系の武器には見えないそれだが、本能的な何かで、その一撃を喰らうと不味いことだけは分かった。
「人形本体を壊しても、性懲りも無く脚代わりの荊棘が攻撃してくるんだよな?」
「フン、荊棘ごと、人形を破壊すればいいだけの話だろう」
「簡単に言うなぁ……ま、その通りなんだろうけどよ」
しかし、彼らにとっては、そうやって会話ができる猶予があるほどに、遅い。マリオネット共が、ひいてはトゥーレシアがどんな隠し玉を持っているか分からない以上、油断が出来るわけではないが。
四体のマリオネットによって振るわれた冒涜的な武器を軽々と躱し、ソニックは認識することすら困難なほどのスピードを乗せた回し蹴りでマリオネットの腹部を文字通り横向きに一刀両断し、シャドウはカオススピアを現出させ振るい、マリオネットを文字通り細切れにし、ナックルズは回避の勢いを利用した拳をマリオネットの腹部に叩き込み粉々に破壊し、すぐ近くに居たもう一体のマリオネットをそのままの勢いで脳天から叩き潰した。
しかし、それでも脚代わりの荊棘が暴れていたので、ソニックは
……が、その内上半身が残されたマリオネットは、なんと驚くことにそのままの状態で這いずり回り、武器を地面に叩きつけ、その衝撃波で跳び上がった。
「Hum……マジで、文字通り「壊し尽くさなきゃ」駄目、ってことか。その執念、逆に感心するぜ。
……いや、マリオネットに対して「執念」は、おかしな話か?」
そんなことをぼやきながら、ソニックは自身を狙い向かってきたマリオネットの武器を音速以上のスピードで蹴り落とし、マリオネットの胸部を蹴り抜いて粉々にし、残された頭部は、ソニックが何かをする前にアンジェラが放った魔力弾によって消し去られ、そのマリオネットは砂へと変わり消えた。
「……インフィニット、あの人形共はトゥーレシアの自我の欠片を与えられて操作されている」
「何が言いたい?」
「恐らくだが、「自我」に干渉する能力が有効である可能性が高い」
「そういうことか」
外野が聞いたら頭の上に? を大量発生させるだろう、本当に要点のみを抜き出した会話。しかし、それで意味が通じるのは、二人の間だけではなかった。
「っと!」
マリオネットのどれかが破壊される刹那の瞬間に、投擲でもしていたのだろうか。突如として空から落ちてきた冒涜的な武器を、誰かの頭にそれが突き刺さる前にガジェットは咄嗟に蹴り飛ばした。弾き飛ばされたそれは、回転しながら花園の地面へと転がり落ちる。
「助かった、ガジェット」
「……インフィニットさんにそうやってお礼を言われるのは、なんだかこそばゆいですね」
「俺は事実を言ったまでだ」
「はいはい」
適当にあしらったつもりが、何故か適当にあしらわれたようなちぐはぐな感覚を感じ取りながら、インフィニットは埋め込まれたチカラを解放させ、彼に向かって武器を振るい襲い掛かって来たマリオネットの動きを赤色のブロックの群れで封じる。赤色のブロックに封じ込められたマリオネットはブロックを破壊しようと携えた武器を叩きつけるが、上手く身体を動かせないのかその動きは先程までよりも機械的で、時折止まっているように見える。その隙を逃さず、インフィニットはブロックの群れでマリオネットを押し潰した。その場に実在するわけではなく、しかし受けた本人にとっては本物も同然なファントムルビーによる一撃は、自我の欠片を埋め込まれたマリオネットにとってもやはり本物同然のチカラだったようだ。押し潰されたマリオネットは荊棘の脚を残して風化し、荊棘の脚もファントムルビーのチカラに捕らわれて動くことが叶わない。
「それはっ……いや、どこで…………!!」
その様相を目に焼き付けていたトゥーレシアは、明らかに動揺した様子を見せる。インフィニットを一瞬だけ親の仇とばかりの視線で睨み付けたかと思うと、何を思ったのかその後すぐにその視線の色を変えた。
「……そっか、君も………………」
どこか慈悲深さをも感じるその眼が何を思ってその光を宿していたのか。
それを知るは、アンジェラただ一人だけだった。
トゥーレシアは首を振り、今度はオールマイトを睨み付ける。
「審判は、まだ終わらない……終わらせない……!!」
翡翠色の瞳からボロボロと涙を零しながら、鞭のようなかたちに変形させた右腕を、風切り音を立てながらしならせるトゥーレシアに呼応するかのように、武器を持たぬマリオネットがオールマイトの肉を噛み千切ろうと襲い掛かって来た。荊棘に巻き込まれて、真紅の花弁が周囲に舞い散る様は、審判者としての役目を果たそうとしながらも、しかしどこかで情を捨てきれない、ちぐはぐなトゥーレシア自身の心を写し取ったかのようだった。
「……恐らくだが、謝罪をすることも間違いなんだろう。君の言う審判は……贖うことすら、不可能なものなんだろう」
オールマイトはもう、眼の前で暴れ狂う少女を敵とは認識出来ずにいた。ヒーローが、光が眩すぎたがゆえに産まれてしまった、産まれながらに光の中では生きられない幼子を、ただの敵と断ずることなど、オールマイトには出来なかった。
「それでもね、私は私の生きてきた道を、平和の象徴としてひた走ってきた道を、後悔はしていないんだよ。その結果、君達と君達の母上を絶望の底に堕としてしまったのだとしても」
「ならっ……!」
荊棘を伸ばして走るマリオネットを、オールマイトはその拳で打ち砕く。ただの一言も、口から発することはなく。
「……死すればこの魂は、必ず罰を受けると約束しよう。
だから、今は自分のために戦わせてもらう、生きるために」
「っ、あああああああっ!!!!」
半狂乱状態になったトゥーレシアが、オールマイトに向かって鞭と化した右腕を振るう。ブゥン、という風切り音と共に右腕から放たれた風圧と、オールマイトが拳を振り抜き放った風圧が激突し、真紅の花園から花弁が舞い散った。
…………その花園に舞うは、花弁のみにあらず。
「っ!!?」
トゥーレシアは咄嗟に、右腕を背後に向かって振るう。
しかし、咄嗟だったからか、ミミックがトゥーレシアを庇うことも、トゥーレシアが其れを受け流し切ることも、出来なかった。
「っ…………!!」
突如としてトゥーレシアに襲い掛かったのは、空色の魔力弾。空色の魔力光を持つ者など、この中には一人しか居ない。
「トゥーレシア……」
どこか複雑そうな表情で、右手に携えたソルフェジオをトゥーレシアに向かって構えているのは、他ならぬアンジェラだった。ソルフェジオの先端には、魔法陣が展開されている。
「…………」
腹から不協和音を奏で主に仇なすものを威嚇するミミックを、トゥーレシアは鞭の形状から歪な腕の形に戻した右腕で諫める。そして、アンジェラが何かを言おうとした、その瞬間。
「っ、ナーディっ!!」
グサッ!!
「…………え?」
その場で其れを認識することができたのは、花園の主たるトゥーレシアだけだった。其れは、花園に落ちるまで感覚器官にも、魔力の揺れにも反応しないものだった。だから、反応出来たのも、トゥーレシアだけだった。それは、どこまでも仕方のないことだったのだ。
…………トゥーレシアは、狂信者への審判を、
しかし、最期の最期にトゥーレシアが選んだのは、審判者としての役割ではなく、「姉」としての、妹への情だったことは、間違いないだろう。
彼女は、母の絶望を知って産まれてきてしまったがゆえにヒーローを、人を憎悪していただけで、普通の、ただの、心優しい少女だったのだ。
アンジェラがぐらりと揺れた視界の中で辛うじて認識出来たのは、自分を真紅の花園に押し倒し、今までそこになかったはずの黒く巨大な針にその腹を貫かれ、口から血をボトボトと吐き出している、トゥーレシアの姿だった。
あ、エンデヴァーはまだ死んでません。右腕が取れただけだ大したことナイヨ。
ついでに言うと、この作品じゃまだあまり出番がない荼毘君に、私はささやかながらプレゼントをご用意しております。ある意味ファザコンな荼毘君は、きっと喜んでくださるでしょう。
その詳細は……まだ内緒です。
〜追記〜
活動報告で裏設定を語ってます。興味があればどうぞ。
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