救い出す、なんてカッコつけたことを言うつもりはない。
ただ、自分のやりたいように。
そうさ、いつも通りだ。
「────────────!!」
もはや人間の聴覚では音として聞き取ることすら出来ない偽王の叫びが大気を振動させる。偽王の周囲を旋回していた二体の巨大な異形の眼なき視線が、金色の光を纏い空を舞う三人を捉え、定まった形を持たないその肉体を震わせる。産み出され持たされた本能のままそれらが標的と選んだのは、偽王にとって最大の障害になるであろう強大な魔力の塊。
小型の空を舞う異形を従え、二体の強大な異形は目覚めたばかりの偽王のまどろみを邪魔する者は許さぬとばかりに、ぐにゃり、と身体の一部を歪ませ、アンジェラに狙いを定めて、飛ばした。なかなかの速度で放たれたそれは、躱すことが困難なほどの密度を持っている、母体の質量を無視した何とも形容出来ぬ物体だった。
「……呪い、というには、些か自我が足りないな」
「流石だな、そんなことまで分かるのか」
「あれが何であるのか……君は、もう見当がついているのか?」
三人はそんなことを話しながら、亜光速以上のスピードを出して、異形が放ってきた物体を真正面から打ち破った。飛び散った物体はまるで絵の具のようにべちゃり、と地面に落ちる。
「あれは、禁忌中の禁忌だ。決して手を出してはいけない禁術……にも関わらず、発動させるのは実に簡単で、意図せぬままその引き金を引くことがザラにある。意図せぬまま、その引き金を引かされることも、な。
発動条件は様々あるが、一貫していることは、大きな力を術者に与える代わりに、その魂が術者の自我を飲み込み、よほど力のある術者でない限り魂の叛逆に抗うことなど出来ずに、術者の意志など関係なく暴れまわるということ。骸に宿り、その骸を動かしたこともあるそうだ。
ヒトはあれを……確か、「ソウル化」って呼ぶんだったかな」
あれは、かの「唄の魔法」をも上回る禁術。理論上は、アンジェラでも容易く発動させることは出来る。
……そう、発動させることは簡単なのだ。その点だけを見れば、何ら難しい魔術でもない。ある程度の力量がある術者には、そのためのトリガーが複数見えている。
其れが死神の微笑みであることを認識している術者がどれほどの割合であるのか、アンジェラには知る由もないのだが。
少なくとも、トゥーレシアはそのトリガーが地獄への片道切符であることは理解していたように見えた。そうでなければ、あんな言葉が飛び出すはずがない。
偽王……ソウル化したトゥーレシアは、自らの周囲に複数の魔法陣を展開する。トゥーレシアの魔力がソウル化する前よりも遥かに増幅されているのが、アンジェラには手に取るように分かった。
偽王のやろうとしていることを理解しているのかしていないのか、二体の巨大な異形は身体をうねらせて、周囲の小さな異形共は三人めがけて飛び掛かってくる。
「ここは任せていいか? オレは……」
「分かってる、あれはアンジェラが片付けるべきやつだろ?」
「……昔とは、逆になったな」
ソニックとシャドウはそう言うと、二体の巨大な異形めがけて亜光速のスピードで空を駆け抜け、それぞれ狙いを定めた異形をそのまま突き飛ばし、間髪入れずに連撃を入れた。その余波で小型の異形共の約半数は黒い霞となって消し飛び、もう半数もその殆どが風圧に負け吹き飛ばされ、一部は地面に叩きつけられる。
二人が厄介そうな異形共を引き付けてくれたおかげで、アンジェラは難無く偽王の元へと近付くことができた。生誕のまどろみを振り払ったであろう偽王は、その背に魔法陣を展開させ、アンジェラをめがけて黒ずんだ針のようなものを飛ばしてくる。
『マスター、あれは』
「分かってる」
アンジェラは左腕の義手に魔力を込める。その義手はソルフェジオを経由した精神リンクによって、まるで本物の左腕のように動かせるだけでなく、杖と同等の魔法の発動体も兼ねているらしい。義手を握り、円形に6つの三角形がついた形の魔法陣を展開させ、偽王に向けた。
「灼熱の飛龍、かの永劫を灼き尽くせ。
カオスエメラルドの力で拡大されたアンジェラの力は、
魔法陣から放たれた炎の龍は偽王が放った黒ずんだ針を灼き尽くし、そのまま偽王へと差し迫る。
しかし、そのまま仕留めさせてくれるほど、偽王は甘くはない。
偽王の背に展開されていた魔法陣から勢いよく波のような形をした水の塊が放たれ、
偽王が
「吹雪き凍て付け、絶対零度の白亜の中で。
魔法陣から放たれたのは、巨大な白い雪の玉。アンジェラはそれを、まるでサッカーボールにするかのように蹴り飛ばし、偽王の操る
「────────────────ー!!」
偽王は最上級魔法である
「っと、させるかっての!」
「大人しくしていろ……!」
しかし、異形共の動きはそれらを抑えているソニックとシャドウによって止められた。縦横無尽な彼らの動きに異形共がついてこれるわけもなく、小型の異形は為すすべもなく黒い霞となって消え失せ、巨大な二体の異形も二人の猛攻に耐えきれず、ソニックブームを散らしながらその身を花園に沈めその姿を消した。
アンジェラ達の動きを異形を使って阻止することが不可能であると悟ったらしい偽王は、宙に浮かぶ両の手を広げ、魔法陣を展開させ、そこから蒼色の炎の球を3つずつ放つ。クルクルと回転しながら迫ってきたそれをアンジェラは軽い身のこなしで躱した。しかし、炎の球には追尾性能があったらしく、しつこくアンジェラを追いかけ続けている。
なれば、とアンジェラは義手を炎の球の群れに向けた。
「
義手の先に展開された魔法陣から、空色の魔力光を纏った風が吹き荒び、炎球の群れを跡形もなく消し去り、その延長線上に居た偽王の眼に激突した。
炎球をかき消された偽王はその単眼を見開き、いくつも展開されていた魔法陣から黒い魔力弾を次々と放った。アンジェラ達はそれを軽々と躱すが、偽王の本命はそれではない。
偽王の両の手に魔力が収束されている。
それを察知したアンジェラは、ほぼ条件反射的に掌に魔法陣を展開し、魔法陣を通して幻夢の書を呼び出し空中に浮遊させた。幻夢の書はひとりでにページをパラパラと捲り、とあるページに行き着くとピタリ、と止まる。
すると、アンジェラの身体から空色の魔力光が溢れ出し、一箇所に集まっていく。収束された魔力光は、巨大な一対の麗人のような白い手へとその姿を変えた。偽王の手と同じような姿かたちをしているそれは、しかし偽王に仇なす者の両の手である。
偽王を鷲掴みにしている偽りの王冠が、キラリ、と光を放つと、偽王の眼前に五芒星形の防壁が現れた。一見するとただの防壁に見えるそれは、しかし実際には最上級の防御魔法、
無詠唱で何度か砲撃を偽王に向けて放ったアンジェラだったが、
「っ……咎人に鉄槌を、機械仕掛けの業苦を打ち砕け、
空色の魔力光に包まれて、巨大な金色の鎚がその姿を現し、白い両の手がそれを掴み取る。
しかし、スーパー化を切っ掛けとして発動する
本来必要な過程をカオスエメラルドという奇跡の宝珠の力ですっ飛ばして無理矢理発動し形にしているにすぎないその力は、本来の力と比べれば程遠く淡い。普通に使う分には気にもならないが、この状況に限って言えばそれは死活問題となる。
「アンジェラ、あのバリアを破壊する手立ては……ありはする、みたいだな」
「あるっちゃある。でも多分、魔力溜め込んでる間、オレめっちゃ狙われる」
「奴の攻撃は僕らが捌く。君は力の収束に集中しろ」
「……ああ、任せた!」
ソニックとシャドウの言葉に、アンジェラは頷いて、足元に巨大な魔法陣を展開し、
アンジェラがやろうとしていることを理解したのか、偽王はアンジェラ目掛けて、数えるのも億劫なほど大量の魔力弾を放った。
……しかし、アンジェラの胸には、焦りの感情など、湧き上がりすらしなかった。
代わりにその胸に抱くのは、二人の兄への、絶対的な信頼。
盲目的とも云うだろう。
狂気的な執着だと云う者も居るだろう。
その感情が向けられる相手が相手であれば、恐怖されることもあっただろう。
それは、アンジェラ自身も理解している。
自分がその胸に抱く執着が、依存が、どれほど一般からかけ離れたものであるかなんて、言われなくとも分かっている。
だが、アンジェラはその感情を捨てるつもりなど、毛頭ない。
元より人間とは全く違う構造の精神だ。今更異常だなんだと言われようが、その全てがどうでもいい。価値を持たない問いに、意味など無いのだから。
黒い魔力弾の群れが、アンジェラ目掛けて押し寄せてくる。
それを前に、
ゴォォォ、と金色の風が吹き荒ぶ。本来であれば風の影響を受けないはずの魔力弾が、あまりの強風に煽られて一箇所に固まってしまう。偽王が何かをする前に、魔力弾の群れは金色の風とは違う方角から放たれた砲撃によって掻き消えた。
「────────────────ー!」
偽王が声にならない叫びを上げ、その両の手をアンジェラに向けて黒い砲撃を放つ。その砲撃がアンジェラに激突する前に、その場に割り込んできたのは金色の風。
「ソニック!」
「アンジェラはそっちに集中しろ、こっちは任せとけ……って!!」
アンジェラと砲撃の間に割り込み、砲撃を手で受け止めたソニックは、力づくで砲撃を偽王に向けて弾き返した。偽王の両の手の片割れが壊れ、力なく空中に留まる。
偽王は残されたもう片手をアンジェラに向けて魔力を収束させる。片手しかないからか、その収束はどこか覚束ない。
そして、その隙は、やすやすと逃されるはずがなかった。
「カオスブラストっ!!」
シャドウが放ったカオスエメラルドの力が、砲撃となって偽王の手に襲い掛かる。魔力を溜め込んでいたその手はカオスブラストの直撃を受け、溜め込んでいた魔力ごと大きな爆発を起こした。
「……これで……」
白い両の手が携える金色の槌が、空色に光り輝く。アンジェラが背負う金色のリングから、円形に6つの三角形がついた形の魔法陣が展開され、アンジェラの周囲から衝撃波と空色の魔力光が溢れ出す。
アンジェラはソニックブームを散らしながら空を駆け抜け、偽王の懐に近付き、偽王を護る
パリィィィィィンッ!!!
膨大な魔力を込められた金色の槌は、偽王の護りを粉々に破壊せしめる。その対価として金色の槌も同時に消え去ってしまったが、重要なのは
つまり、今の偽王に、アンジェラの攻撃を止めることは出来ない。
アンジェラは全身から魔力を集め、白い両の手へと注ぎ込んだ。
「彼方の虚言を真実に、現し世と絵空を繋ぐ剣をここに、
……偽りの王を切り裂き堕とす、夢幻異界の刃となれ!!
金色の槌の代わりに白の両の手が携えたのは、白刃の剣。アンジェラの両腕と同じ動きをするその両の手は、白刃の刃をしっかりと握り込み、振り上げて、
偽王を縦に、一刀両断した。
「────────────────ー!!!!!!」
偽王の断末魔が響き渡る。切り口から黒い液体のようなものが吹き出し、偽王の身体が崩れ去ってゆく。偽王の魔力から産み出されていた真紅の花園と、異形の怪物達もまた、黒い霞となって消えてゆく。
そして、偽王の力で切り離されていたこの空間もまた、偽王の支配下から解脱した。
今なら、アンジェラの力で書き換えることが出来る。
「っ、『彼方楽園の地に終焉を、永久に』…………!!」
1小節だけ刻まれた唄の力が、膨大なエネルギーとなって偽王に切り離されていた空間全体を包みこむ。その場の誰もが、あまりの眩しさにその眼を瞑った。
そして、光が晴れると…………
現世から切り離されていた神野区は、元の位置へと戻されていた。