「……はい、今日のリハビリはここまでにしておこうかね。随分と回復が早いもんだ。あと数日もすれば、松葉杖は一本減らしてよさそうさね」
「はい、ありがとうございました」
圧縮訓練の後、アンジェラはリカバリーガールの指導の元、歩行リハビリを行っていた。途中、どこか遠くはない場所から二回くらい爆発音が聞こえたような気がしたが、気の所為だと思いたい。
今日の分のリハビリも終わり、アンジェラは松葉杖を手に寮への道を歩く。こうやってゆっくりと景色を眺めながら歩くのもたまには悪くないと思ったアンジェラだったが、それ以上に早く自由に駆け回れるようになりたかった。リハビリは根気が大事だと分かっているので、仕方ないかと肩を落とす。
『マスター、明日の訓練はどうしましょう?』
「なー、どうしよっかなぁ。魔法の練習にはなるだろうけど、何に注力すべきか……」
そんな会話をソルフェジオとしながら寮に戻ると、クラスメイト達が共同スペースに集まっていた。どうやら、爆豪以外の全員が居るようで、女子陣が男子陣に何かを提案しようとした丁度そのところに、アンジェラが帰ってきたらしい。
「何してんだ?」
「あ、アンジェラちゃんお帰り!」
「ちょうどアンジェラちゃんも帰ってきたし、提案なんだけど!」
「お部屋披露大会しませんか?」
芦戸がそう提案した瞬間、ソファに座っていた男子達が固まってしまった。突然過ぎて固まることしか出来なかったのだろうか。
そんなこんなで、唐突に始まった部屋探訪。最初の標的となったのは、男子棟二階に住む常闇だった。
「フン、下らん……」
部屋の近くまでやって来られて、最後の抵抗とばかりに扉の前に立ち部屋に入られないようにしていた常闇を押し退けて、芦戸と葉隠は常闇の部屋に踏み入る。
「「黒っ、怖!」」
常闇の部屋は一言で言えば真っ暗だった。髑髏の装飾とか剣とかが置いてある。ここまで暗いのはダークシャドウへの配慮もあるのだろうが、常闇自身の趣味でもあるのだろう。
「このキーホルダー、俺中学の時買ってたな」
「男子ってこういうの好きなんね」
「出ていけ……」
「まーまー、目には悪そうだけど、オレは普通にカッコイイと思うぜ? イカしてるな!」
「……それくらいにしてくれ……」
常闇が本当に出て行ってほしそうな顔をしていたので、次の部屋を探訪することにした一行。
次の部屋は常闇の隣の青山の部屋。
彼の部屋を一言で言うのなら、
『眩しい!!』
そう、眩しかった。物理的に。
そして何故か設置されたミラーボール。何故自室にミラーボールなぞ飾っているのだろうか。
「ノンノン! 眩しいじゃなくて、ま・ば・ゆ」
「思ってた通りだ」
「想定の範疇を出ない」
アンジェラは、青山はどうやってこの部屋で生活するつもりなのだろうと5秒くらい思った。
「楽しくなってきたぞ〜、あと二階の人は……」
麗日が振り向くと、そこには何だか禍々しいオーラを背負った峰田の姿が。顔も大分怪しい上に荒い息まで吐いている。
「入れよ……スゲェの見せてやんよ……」
「やだ」
アンジェラはまるでゴミを見るかのような目でそう吐き捨て、そそくさとその場を後にした。
「……入れよ……なぁ……」
男子棟3階。
尾白の部屋は普通だった。普通過ぎてコメントに困るほどだった。皆普通としか言わないので、尾白は苦笑いで、
「……言うこと無いならいいんだよ……」
としか言えなかった。哀れ尾白。
飯田の部屋には難しそうな本がズラーッと並んだ本棚と、メガネが大量に置かれた棚があった。飯田曰く「激しい訓練での破損を想定してだな……」とのことだが、それにしてもメガネを野ざらしはナンセンスではなかろうか。アンジェラはもうちょっといいメガネの保管方法あっただろと思った。
上鳴の部屋はゴチャゴチャしていてチャラかった。手当たり次第に気になったものを集めたような印象だ。
口田の部屋にはウサギが居た。
「……ていうかよ、釈然としねぇ」
「ああ、奇遇だね。俺もしないんだ……釈然」
「そうだな」
「僕も☆」
今まで言われっぱなしだった面々が不満を溢し始めた。それに便乗するかのように、峰田が口を開く。
「男子だけが言われっぱなしってのは変だよなぁ……お部屋披露大会っつったよなぁ……なら当然! 女子の部屋も見て決めるべきじゃねぇのか!? 誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主か……全体で決めるべきなんじゃねぇのか!!?」
峰田の提案そのものは、もっともらしいものだった。納得せざるを得なかった。
ただ、提案したのが峰田であるという時点で……峰田がマトモなことを考えていないということは、なんとなく分かる。
「いいじゃん!」
「……え?」
だが、その思考を読み取れなかったらしい芦戸は、峰田の提案を受け入れてしまった。
「えーっとじゃあ、誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主か、部屋王を決めるってことで!」
「部屋王?」
「別に決めなくていいけどさ……」
そんなこんなで、部屋王なるものを決めることになってしまった。
ちなみに爆豪は既に寝たらしい。
男子棟4階。寝ている爆豪を除く切島と障子の部屋を見ることになる。
「どーでもいいけど、多分女子には分かんねぇぞ」
そう言いながら切島は自室の扉を開く。
「この漢らしさは!」
その部屋には、大漁旗、サンドバッグ等などの、所謂「漢」を感じるようなグッズで溢れていた。漢らしさに拘っている切島らしい部屋だ。
ただ、女子受けは悪い。
「うん」
「彼氏にやって欲しくない部屋ランキング2位くらいにありそう」
「アツいね、アツくるしい!」
「中々いいんじゃないか? 大漁旗だけは意味分かんないけど」
「……ホラな」
麗日とアンジェラにはそこそこ好印象だったようだが、それ以外の女子陣への受けはすこぶる悪い。
現実を突きつけられて、切島は若干涙目になった。
「何も面白いものは無いぞ」と前置きされて見せてもらった障子の部屋には、小さな机と布団以外何も無かった。曰く、障子はミニマリストで幼い頃からあまり物欲が無かったそうだが、これはソレで済ませていいものなのだろうか。ここまで物欲が無い、否、産まれないような幼少期となると、本当に、奇跡的な確立で産まれながらに無欲だっただけなのか、或いは……
アンジェラはある可能性に思い至ったが、なんとかそれを表に出さないようにポーカーフェイスを貼り付けて、「こういうのに限ってドスケベなんだぜ」とか言いながら布団を漁る峰田に魔力弾をぶつけて
男子棟5階に住んでいるのは瀬呂、轟、砂藤だ。
瀬呂の部屋はアジアンテイストでハンモックまである。意外にこういうインテリアに拘るタイプだったようだ。センスもかなり高い。これは得点高そうだなとアンジェラは思った。
次は轟の部屋だ。「ねみぃ」と言いながら開けられたその扉の先は……
「「和室だ!?」」
「造りが違くね!?」
なんと、畳に襖と、完全な和室だった。襖はともかく、畳なぞどうやって持ってきた……もとい、敷いたのだろうか。
「実家が日本家屋だからよ、フローリングは落ち着かねぇ」
「理由はいいわ!」
「この短期間で即リフォームってどうやったんだお前!?」
峰田のごもっともなツッコミに対する轟の返答は、
「頑張った」
である。何をどう頑張ったらこうなるのか、アンジェラは真剣に気になった。
後日、轟から畳を入手した経緯を聞いたアンジェラは、しかしどう頑張ったらフローリングを畳にリフォーム出来たのかはわからず、逆に謎が増える結果となり変に頭を抱えることとなるが、それは別のお話。
そして、男子最後は砂藤。オーブンがあったりすること以外は見た目は普通の部屋だ。
だが、その部屋から漂う香りは普通ではない。食欲をそそる甘い匂いがアンジェラ達の鼻を擽る。
「ああいけね、忘れてた! シフォンケーキ焼いてたんだ! 皆食うかと思ってよ。ホイップがあるともっと美味いんだが……食う?」
『食う〜!!』
「「模範的意外な一面かよ!?」」
そして唐突に始まるケーキの試食会。フォーク付きで一切れずつ渡されたシフォンケーキを各々口に運ぶ。
「あんまぁい、ふわふわ〜!」
「Oh,it's so delicious!」
「ボーノボーノ!」
「ケロ、とっても美味しいわ」
「瀬呂のギャップを軽く凌駕した!」
「素敵なご趣味をお持ちですのね砂藤さん。今度私の紅茶と合わせてみません?」
女子陣から大絶賛の嵐。砂藤はこんな反応されるとは思っていなかったようで、少し照れながら“個性”の訓練がてら作るのだと語った。これはケーキ屋だけで食べていけるレベルなのではとアンジェラは思った。
男子の部屋見せが終わり、次は女子の番だ。二階に住んでいる女子は居ないので、3階の耳郎からだ。
「恥ずいんだけど……」と耳郎が扉を開けた先の部屋には、アンジェラ達が思っていた以上に楽器が沢山あった。楽器だけでなく、棚にはCDや音楽関連の書籍が所狭しと並べられている。部屋に置かれた楽器はただ飾っているわけではなく、一通り弾けるらしい。
「女っ気のねぇ部屋だ」
「ノン淑女☆」
失礼極まりないことを口走った上鳴と青山は耳郎のイヤホンジャックを耳に突っ込まれ、爆音に身悶えていた。
次に訪れた葉隠の部屋は、ピンクが基調の可愛いが全面に押し出された部屋だった。ぬいぐるみやクッションなどがバランス良く配置されており、葉隠のセンスの良さを伺わせる。
正面突破で何やら匂いを嗅ごうとした峰田をアンジェラが松葉杖で殴ってから訪れた4階の芦戸の部屋は、葉隠とは別ベクトルの可愛いが全面に押し出された部屋だった。一言で纏めるのであればギャルっぽい、だろうか。
そして、次はアンジェラの部屋だ。特段隠しておくものも無いアンジェラは、一度右手の松葉杖を壁に立て掛け扉を開く。
空色のカーテンにヨーロピアンテイストなラグ、扉から見て右側に配置されたベッドのヘッドボードは大きめに作られており、そこにケテルの寝床である空色の猫用ベッドが置かれている。布団やまくらも空色を基調としたものである。
ベッドの逆側には、他のクラスメイトのものよりもかなり大きめの学習机が配置されており、そこには何冊かのノートが立て掛けられ、デスクトップと二つの写真立てが置いてある。学習机の手前には、本と資料が詰まったクリアファイルが収納された本棚があるが、飯田の部屋の本棚と比べると乱雑な印象を抱く。本そのものも大きさ、分厚さ、ジャンルも様々であり、難しそうな本から表紙からインパクトのある本まで揃っている。まるで小さな本屋のようだ。
「おおー、なんというか……」
「本多いなー。飯田も難しそうな本沢山持ってたけど、フーディルハインのは興味を惹かれるのもチラホラと……」
「荷解き手伝った時も、本の多さにびっくりしたんよ。しかも、コレ全部日本に来てから買った本なんだって」
「うっそ、マジで!? フーディルハインって案外活字中毒だったりするのか?」
「かもな。読書の時は実際に本を手にとって読みたい派だ。電子書籍はあんま読まねぇな」
「意外や意外……あ、写真がある!」
興味深そうにアンジェラの部屋を散策していた葉隠が、写真立てに食い付いた。
内一つはアンリーゼ大学の学祭で開かれたエクストリームギアのレースの時にソニックとシャドウと共に撮った写真、もう一つは、アンジェラとソニックとテイルスと、何やら赤紫色の空飛ぶ小さな熊のような生き物が映った写真だった。
「アンジェラちゃん、この写真は?」
「そっちは学祭の写真。こっちは……ソニックと友達と、ちょっと世界旅行に行った時の写真だよ」
「世界旅行!? すごーい!」
「ケロケロ、楽しそうな写真ね」
アンジェラの世界旅行という言葉は間違ってはいない。アンジェラもソニックも、結構楽しんでいたことも間違いなどでは決してない。それに比例するかの如く、結構大変だった(大体エッグマンのせい)わけだが、それすらも今となっては良い思い出だ。
だが、アンジェラがその写真を見る視線は、どことなく悲しそうだった。その視線が写真の中の赤紫色の生き物に向いていると思った麗日は、写真の中のその生き物を指さして、思い切ってアンジェラに聞いてみる。
「アンジェラちゃん、この子は?」
「ああ……旅先で出逢った、友達だよ」
アンジェラはそれ以上、口を開こうとはしなかった。麗日はなんとなく何があったのか予想したのか、それ以上の質問をしようとはしなかった。
麗日の予想は当たらずとも遠からず。彼は居なくなったわけではない。
ただ、長い眠りについているだけだ。目覚めた時には、あらゆるものが変わっているであろう長い眠りに。
彼は、せめて安らかに眠れているのだろうか。
せめて、幸せな夢を見ていてほしい。
アンジェラには、遠くからそう祈ることしか出来なかった。
少ししんみりとしてしまったが、気を取り直して次は麗日の部屋。生活感と少しのレトロ感を漂わせる部屋だった。ちゃぶ台の上の急須とその隣にある扇風機がいい味を出している。
5階に移動し蛙吹の部屋は、全体的に可愛いカエルのデザインが押し出されている部屋だった。蛙が“個性”な蛙吹らしい部屋だ。
そして最後は八百万。「見当違いをしてしまいまして……」と八百万が扉を開けると、そこにはお高そうなベッドがデデーンと設置されていた。ベッドが大き過ぎて部屋が狭くなってしまっている。
「私の使っていた家具……なのですが、まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」
つまり、部屋がもう少しは広いものだと思っていたらしい。お嬢様な八百万らしい理由だった。
爆豪を除くクラス全員の部屋見せが終わり、共同スペースに戻った一同。スムーズに投票も終わり、いよいよ開示の時である。開示するのは言い出しっぺの芦戸だ。
「それでは、爆豪を除いた第一回部屋王暫定1位の発表です!
得票数7票! 圧倒的独走単独首位を叩き出したその部屋は…………
砂藤力道!」
「はああああ!?」
まさか勝てるだなって思っていなかったのか、砂藤が一番驚いている。
「ちなみに全て女子票! 理由は、「ケーキ美味しかった〜」だそうです!」
「部屋は!?」
そして勝った理由も部屋は関係ないものであり、砂藤は思わずツッコミを入れた。直後に上鳴と峰田に「ヒーロー志望が贈賄してんじゃねぇ〜!」と絡まれていたが、なんだかんだ嬉しそうな砂藤であった。
圧縮訓練初日の夜に部屋王ねじ込みました。流石に入寮日のあの空気で部屋王はやらないだろと思った次第でございます。
そして唐突に明かされるアンジェラさんの活字中毒設定。アンジェラさん意外なことに読書が趣味の一つなんですよね。まぁ、あの人一応言語学者と史学者の端くれなので……。
アンジェラさんの部屋にあった写真のうち、一つは前にも作中に出てきた写真です。洸汰君に見せてたアレ。
そして、もう一つは…