仮免試験に向けての特訓の日々が過ぎていく。
体育館γは1日中使えるというわけではない。B組もA組と同じ日に仮免試験を受けるから、当然といえば当然のことだ。日によって1日中使えたり、途中でB組と交代したりするらしい。体育館γが使えない時間は、他のトレーニング室や運動場などで“個性”伸ばしや出来るものは各自で必殺技の考案から完成までを行っている。また、各々コスチュームの改良を行っている者も多く、クラスメイト達のコスチュームにも変化が見られた。
アンジェラはというと、魔法の修練に重きを置くことにした。というか、そうせざるを得なかった。魔法で作り出した補助具を長時間使用していると、歩行機能そのものの回復を阻害してしまうことが分かったからだ。補助具は音速のスピードに耐えられるほど頑丈には出来ておらず、補助具を用いて発揮できる身体能力は元のものとは程遠い。一応、ある工夫をすれば蹴り技を使えないことはないのだが、常に脚に重石が乗ったような感覚が付き纏い、普段よりも格段に動きは鈍くなる。
だが、慣らしはしておかないと仮免試験本番で逆に動きが鈍くなってしまうという問題が発生する。そうなってしまえば本末転倒だ。
そんなわけで、アンジェラは
ちなみに、補助具は
そして、時は流れて圧縮訓練五日目。この日は午前中はA組が、午後はB組が体育館γを使う日だ。アンジェラは、午前中の訓練で一度に複数種類の射撃魔法を使う訓練をしていた。また、新たな射撃魔法や属性魔法の練習も行っている。砲撃魔法はこんな狭い場所でぶっ放したら危ないので、基本グラウンドで練習するようにしている。
途中、爆豪が新たに習得した
「爆豪少年、すまなかった」
「気ぃつけろや、オールマイト!」
爆豪がどこかイラつきながら発した言葉は、しかし正論と言わざるを得ないものであった。オールマイトは既にヒーローを引退し、守られる側になっているのだから。
オールマイトの無事を確認したアンジェラは、再び射撃魔法の練習をしようと魔法陣を展開し魔力を込める。
「そこまでだ、A組! 今日は午後からB組がここを使わせてもらう予定だ!」
と、その瞬間、ブラドキング先生の声が入口から響き渡る。その方向を確認すると、ブラドキング先生に率いられたB組の面々と目があった。アンジェラはもうそんな時間かと魔法陣を消してスマホを確認したが、まだ十分弱は交代の時間まで残っていた。
「イレイザー、さっさと退くがいい」
「まだ十分弱ある。時間の使い方がなってないな、ブラド」
教師間で何か対抗意識のようなものでもあるのだろうか、妙に張り合っているように見える。
「ねぇ知ってる? 仮免試験って半数が落ちるんだって。君ら全員落ちてよ!」
ドストレートに感情をぶつけて高笑いをする物間。半数が落ちる=雄英の半分が落ちるというわけではないはずなのだが、物間にそんなことは関係ないらしい。いっそ清々しいというか、物間らしいというか。
「しかし、彼の意見はもっともだ。同じ試験を受ける以上俺達は蠱毒……潰し合う運命にある」
物間の言葉に常闇が一定の共感を見せる。確かに物間の言葉は致命的に間違っているわけではない。席が一定数しかないのであれば、奪い合わなければならない。
「だからA組とB組は、別会場で申し込みしてあるぞ」
「ヒーロー資格試験は毎年6月9月に、全国三箇所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避けるため、どの学校でも時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになっている」
高校だって商売だ。顧客となる生徒が入ってこなければ仕事にならない。そして、その生徒がどうやって入る高校を決めるか、ヒーロー科の場合、その大きな基準の一つが「資格が取れるか」どうかだ。確かに、潰し合いが発生してしまえば資格が取れる生徒の総数が減ってしまう。このセオリーは、それを避けるためのものなのだろう。
相澤先生とブラドキング先生の説明を受けた物間は、明らかにホッと安堵の息を吐き、口を開いた。
「直接手を下せないのが残念だ! アハハハ……!」
「「ホッ」っつったな」
「病名のある精神状態なんじゃないかな」
明らかに安堵した様子なのにも関わらず、煽りはする物間。情緒が不安定過ぎて心配になるレベルだ。
「どの学校でも……か。そうだよな、普通にスルーしてたけど、他校と合格を奪い合うんだ」
「そして、一年の時点で仮免取るのは全国でも少数派だ。つまり、君たちより訓練期間の長い者……未知の“個性”を持ち、洗練してきた者達が集うわけだ。試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないようにな」
相澤先生の言葉にクラスメイト達が威勢よく返事をする中、アンジェラは相澤先生の言い回しの一部にどうにも引っ掛かりを覚えていた。
A組の体育館γの使用時間が終わり、昼食を取った後からは各々“個性”伸ばしや必殺技の開発を行うことになっている。先日まではクラスメイト達はこういう時間、もっとバラけた場所で自主トレをしていたのだが、この日はA組の全員がグラウンドに集まっていた。こういう団体行動をあまり取ろうとしない爆豪でさえグラウンドに来ている。A組がここに集まることがわかっていたのか、相澤先生もここに居る。
彼らはトレーニングをするでもなく、グラウンドのある一点を眺めていた。その表情から読み取れるのは感嘆か、はたまた畏怖か。少なくとも、ただならぬ感情であることは間違いないだろう。
A組の面々が固唾を呑みながら見守る先からは、断続的に衝撃波が吹き荒れ、打撃音が響き渡っている。
「……あの人達が格闘だけで勝負すると……決着、中々つかないんですよねぇ」
言葉を失ったA組の面々にそう補足するのはガジェットだ。彼にとっては見慣れた光景なのか、A組の面々と違い狼狽えたような様子はない。
相澤先生を含むA組の面々を大いに混乱させ、同時に感嘆させている光景の正体というのが、これだ。
ブゥン、という風切り音と共に振り下ろされた踵落としを、インフィニットが両腕で受け止める。包帯のようなものに包まれたブーツと腕がぶつかり合い、一歩遅れて衝撃波が発生し、空色の花弁のような光が散らばった。
「……軽いな」
包帯のようなものに包まれた脚をインフィニットに振り下ろした人物……アンジェラは、しかし、予想以上の手応えのなさに思わず歯噛みをする。蹴りを叩き込む瞬間にのみ脚を防御魔法で包み込むことで、補助具が壊れることを防いでいるが、それで元々あった重石が乗っているような感覚が消えるわけではなく、寧ろ防御魔法を瞬間的に併用しなければならないため、余計に神経を使う。だが、常に防御魔法を足に纏おうとすると、ただでさえ鈍くなっている動きが更に鈍くなってしまうのだ。そうなれば、動きに支障が出る。それでは本末転倒だ。
「わぁってんだよ、んなことはッ!」
苛つきを滲ませた声と共にインフィニットの腕を蹴って跳び上がり、少し離れた場所に着地したアンジェラは、しかしその顔に隠しきれぬ笑みを湛えている。
どちらともなく踏み込み距離を詰め、先に拳を突き出したのはアンジェラの方だった。青い手甲に覆われた、風切り音を鳴らしながら迫る右の拳。風を纏ったそれを、インフィニットは左腕で受け止め、返しとばかりに拳を撃ち込むも、その一撃はアンジェラの左腕の義手で防がれる。拳と義手がぶつかり、ガキィン、という音と共に火花が散った。
「普段よりもキレが無いんじゃないか?」
「言ってろ」
衝突していた拳と義手が離れ、間髪入れずにアンジェラは右脚で回し蹴りを仕掛ける。A組の面々にして見れば、風切り音を伴い放たれたそれは十全に速すぎるものだったが、インフィニットとガジェットに言わせてみれば、いつものアンジェラの蹴りよりも軽く読み易い。
回し蹴りを最小限の動きで躱したインフィニットは、即座に返しの蹴りを繰り出す。アンジェラはそれを知覚するよりも前にバク宙で回避し、少し離れた場所に滑るように着地した。
「オイオイ、病み上がりに加える手心もねぇのかよ?」
「お前相手に手心など必要無いだろう。大体、そんなものを用意したらキレるのはどっちなんだか」
「まぁな」
二人の間にピリピリとした空気が漂う。殺気でも放ち合っているのかと勘違いするかのようなそれは、二人の攻防を見守るA組の面々にとっては恐怖を抱かせ、しかし当の本人達にとっては心地良いものであった。ガジェットは慣れたものなのか、特段変わった様子はない。
まるで、狩るべき獲物を眼の前にしたかのような獰猛な笑みを滲ませて、アンジェラとインフィニットは再びどちらともなく駆け出し、拳を撃ち出した。
……そもそも、何故こんな光景が広がっているか、という話をしよう。
とはいっても、難しい話ではない。昨日、アンジェラがインフィニットに、
と、起きたことだけを書き出せば単純で、アンジェラ達にとっては少し色が付いているだけでいつものことなのだが、それが起こった状況はいつもと違い、少しばかり複雑だった。
アンジェラがインフィニットにスパーリングを申し入れたのが、クラスメイト達が揃っていた寮の共同スペースだったのだ。ちなみに、インフィニットがA組の寮に居た理由は単純で、その時たまたま寮に居た相澤先生に、急ぎで渡す書類があったからである。
クラスメイト達、正確に言えばアンジェラとインフィニットが元々対等な練習相手であることを知らない男子陣は驚愕し、女子陣や相澤先生、更にはガジェットまでもを巻き込んであれやこれやと話が大きくなり、アンジェラとインフィニットのスパーリングを見物しよう、という話になってしまったのだ。普段は鎮め役であるはずの相澤先生ですら、「他人の戦いを見ることで得られるものもある」とこの話に乗ってきたのだから始末が悪い。
話の中心であるはずの自分たちが蚊帳の外になって勝手に話が進んでいく様に、インフィニットは軽くドン引きしたとかなんとか。
そして、軽々しい気持ちでアンジェラとインフィニットのスパーリングを目にした結果が……スパーリングをする二人の近くで固唾を呑むクラスメイト達、という図である。
「おいガジェット……あれ、止めなくていいのか?」
どうしようかという悩みを顔に滲ませて捕縛布を構えながら、相澤先生はガジェットにそう問いかける。格闘だけの戦いとはいえ、流石にヒートアップし過ぎではないか。傍目からは二人が殺し合いをしているようにも見える。
「大丈夫ですよ、いつものことなので。寧ろ、今は邪魔しない方がいいかと」
「……そうか」
相澤先生は捕縛布から手を放し、アンジェラに目をやる。
他所様には見せられないような恐ろしい表情をして、サマーソルトキックを繰り出すアンジェラは、しかし心からこの戦いを楽しんでいるように見える。久しぶりに思う存分身体を動かせるのが楽しいのも多分に含まれているだろうが。
彼女は、戦うことそのものを楽しんでいる。
ヒーローとしては多少いかがなものかと相澤先生は思いつつも、アンジェラはそもそも性根の部分からヒーローではないことを思い出し、何かを紡ぎかけた口を閉じた。
「アンジェラさん言ってましたよ。「戦いでも何でも、楽しんだもの勝ちだ」って」
「……単純……だが、真理を突いてるかもな」
「ややこしく考えすぎるのは有事の時だけでいいんですよ。普段からフルスロットルだと、いざって時に逆に動けなくなってしまうでしょう?」
「……そうだな」
アンジェラもインフィニットも、周りに目を向けられなくなっているように見えて、実際にはA組の面々に被害が及ばないように立ち回っている。闘争心が膨れ上がっても、理性を失っているわけではない。寧ろ、普段よりも冷静になっている節すら感じる。
節度をちゃんと守れるのなら、戦いを楽しむことも悪くないのかもしれない。インフィニット相手に万全でない状態で互角に渡り合えるのなら、アンジェラの本来の実力は……
ガジェット曰く、あの二人の勝率はほぼ五分五分で、若干アンジェラの方が高いらしい。
……アンジェラの調子が戻ったら、トレーニングがてら自分も相手してもらおうか。
相澤先生の顔に滲んだその考えに気が付いたのか、ガジェットは「トレーニングも、楽しんでやった方が効率がよくて合理的でしょう?」と告げた。
一回書きたかった、アンジェラさんとインフィニットが殺し合いみたいなスパーリングするトコ。
あの二人はこれが平常運転です。競い合うライバルとかではなく、単純な練習相手。傍から見たらそうは見えないけど。アンジェラさんは手を抜いてほしくないだけで、インフィニットも手を抜くつもりがないだけです。
ちなみに、霊沌装束は身体能力を向上させる効果はありません。防御力やらを強化する効果はありますが、身体能力は据え置きです。まぁ、防護服纏って身体能力向上ってよくよく考えたら意味分からないし、アンジェラさんの場合は身体能力向上させる意味無いし……元からヤバい身体能力してるし。