音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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家族などでは決してない

 その日の訓練やリハビリも終わり、夜もふけてきた時。寮の共同スペースのソファで、風呂上がりの女子陣がくつろぎながら駄弁っていた。

 

「ふへ〜、毎日毎日大変だぁ」

「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」

「とはいえ、仮免試験まで一週間も無いですわ」

「ヤオモモは、必殺技どう?」

「うーん……やりたいことはあるのですが……まだ身体が追いつかないので、少しでも“個性”を伸ばしておく必要がありますわ」

「梅雨ちゃんは?」

「私は蛙らしい技が完成しつつあるわ。きっと透ちゃんもびっくりよ」

「お茶子ちゃんは?」

「ウチは短時間なら自分を浮かせても酔わなくなってきたんよ。これなら職場体験で習った格闘術ももっと活かせる!」

 

 やはりというかなんというか、話題は仮免試験、ひいては必殺技に関わるものだ。皆、自分の必殺技の方向性が、少なくとも一つは定まってきたようで、後は身体や技術が構想に追いつくか、といった段階に入ってきている。

 

 アンジェラが牛乳を飲みながら友人達の必殺技開発報告を聞いていると、芦戸がアンジェラへと視線を向け口を開いた。

 

「そうだ、格闘術といえば……フーディルハイン! 昼のアレ、何だったの!?」

「昼……?」

「分からないとは言わせないよ! インフィニットさんとスパーリングしてた時のアレ! チョー怖かったんだけど!」

「……怖い?」

 

 芦戸の言葉に、それに対する女子陣の芦戸に同意するかのような反応に、アンジェラは首を傾げた。霊沌装束(フェクト・ミディル)のことを聞かれたのだと一瞬思っていたが、それと「怖い」という感想はどうにも結びつかない。単に自分の感性が周囲と噛み合っていないという可能性も考えたが、ソルフェジオに目をやっても『そっちじゃないかと』、と返されただけだった。

 

 アンジェラがいつまで経っても首を傾げたままなので、芦戸達はアンジェラと自分達との間にある認識の違いに気が付いたらしい。上手くそれを言葉に出来ない芦戸が頭を抱えていると、蛙吹が代わりに言葉に表した。

 

「アンジェラちゃんがインフィニットさんと戦ってた時の雰囲気が、いつもと違いすぎて私達には怖いものにも感じたのよ。もちろん、その体術や格闘術が凄いものだと関心もしたのだけれど……アンジェラちゃんとインフィニットさんが、殺気を放ち合っているように見えて」

 

 蛙吹の説明で、アンジェラはようやく芦戸が言いたかったことに気が付いた。アンジェラにとっては心地良いとすら感じるあの感覚が、傍から見たら恐怖を伴うものだ、ということだろう、と。

 

「あー……そういうことか……なんか、ごめん?」

「いや、見るって言ったのはこっちの方だし、謝る必要はないけど……」

「というか、普通に考えて病み上がりでまだ万全じゃないうえ、ただでさえ体格で不利なアンジェラちゃんがインフィニットさんと格闘で互角ってのも凄い通り越して怖いけどね……」

 

 葉隠の呆れたような物言いに、アンジェラは何処か遠くを見るような表情で口を開く。

 

「ま、オレ昔から身体動かすの好きだし、万全な状態でもソニックとシャドウからは一本も取れたこと無いし……

 

 でも、いつか絶対に勝ってやるけどな。

 

 だから、戦うことも嫌いじゃないし、寧ろ好きな方なんだ。戦ってる時に感じる緊張感とか特に。スリルは楽しんだもん勝ちだろ?」

「なるほど……アンジェラちゃんは殺気みたいなものすら楽しんでたんやね」

「そーいうこと。

 

 ……言っとくけど、アレは殺気ではないからな?」

 

 そう弁明するアンジェラに、麗日はどこか微笑ましそうな笑みを浮かべ、芦戸は安心したような表情をした。

 

 

 

 

 

 

 その後も世間話を続けていた女子陣だったが、不意にアンジェラが少し深刻そうな表情で口を開く。

 

「……ちょっと、お前らに聞きたいことがあるんだが」

「何なに、相談?」

「相談……何かお困り事ですか?」

「……ある意味……そうかな」

 

 八百万の言葉にどことなく儚い表情と声で返したアンジェラに、麗日達は真剣な面持ちになる。アンジェラから相談を受けることなど滅多にない。まして、あんなことがあった直後だ。力になれるのであれば、友達として力を貸そうと彼女らは思っていた。

 

 そんな友人達の視線の中、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「……今の今まで知らなかったルーツの断片を知って、今までは興味ない、必要すらないって突っぱねてたそれを、今更になって知りたいって思うのは、お門違いだと思うか?」

 

 

 

 

 

 

 麗日達に、その言葉の意味の全てを理解することは出来なかった。

 

 アンジェラが記憶喪失であったことは皆知っている。恐らく、神野の一件絡みで何かがあり、自分にまつわる何かをアンジェラは知ったのだと、麗日達は直感的に理解した。

 そして彼女らの理解は、大きく外れているわけではない。アンジェラが自分にまつわることを神野絡みで知ったことは事実である。

 

「……一応、確認だけど……そのルーツっていうのが何を指すのか、話せる?」

 

 麗日の問いかけに、アンジェラは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。それが意味することは、「話せない」という、言外の否定。

 

「そっか……今まではいらないって思ってたそれが、ひっくり返るようなことがあったんだね」

「今でも必要だとは思ってないけどな……だけど、要りはしなくても、知りたいとは思うようなことがあったのは事実だ」

 

 アンジェラはそう言うと、俯向きながら牛乳を飲み干す。

 

 

 

 

 

 アンジェラは神野の一件があるまで、正確に言えばフォニイに記憶を戻されるまで、自分の失っていた記憶を、自分のルーツ、本当の親を、知りたいとすら思っていなかった。記憶を失くしたアンジェラを拾い、ここまで育て上げたのは兄であるソニックであり、記憶にすらない親では決して無い。それは覆しようのない事実であり、アンジェラの中で決して曲げられないことであった。

 

 しかし……アンジェラは知った。

 

 人の形すら失った母の絶望を、血の繋がった姉達がアンジェラのことを思っていたこと。記憶の喪失は、愛ゆえのものであったことを。

 

 アンジェラにとっての家族は、兄であるソニックとシャドウだ。それは、記憶を取り戻した今でも変わらない。血の繋がった姉達も、母も、家族だとは決して思っていない。それは、恐らくは曲がることはないのだ。母は人間としての自我を、アンジェラが生れる前に失っている。

 アンジェラは、母に母親らしいことを求めることは、生れた時から出来ないのだ。

 そんな人物を、家族だと思うことなど出来ない。

 

 

 

 ……それでも、決して母を家族と思うことなど出来ないのだと知っていても、知りたいと思ってしまうのだ。

 

 母が、どんな人物であったのか。

 ほんの短い平和な時を、どう生きていたのかを。

 

 

 それを、明瞭に語れる人物がすぐ近くに居るのだから、尚更。

 

 

「……好奇心ってのは、時に理不尽だよな……今までいらないって突っぱねて、今でもいらないって思ってるもんですら、時に知りたいって思っちまう。今更何をって、自分で自分に言いたくなる。

 

 でも…………それでも…………」

 

 アンジェラの心を苛むのは、自責の念。

 

 最初からどうしようもないなんてことは分かっている。最初から知りたいと思っていても、何も変わりはしなかったなんてことは、誰に言われずとも分かっている。

 

 しかし、母を知りたいと同時に思うのだ。

 

 今更、今更母を知りたいなど、と。

 

 

 

 

 

 

「別に、おかしなことじゃないんじゃないの? それって、今まで興味なかったことに興味が湧くようなきっかけがあったってことでしょ」

 

 アンジェラの問いに、真っ先に答えたのは耳郎だった。慰めるような口調ではない、断言するような口調が、その言葉が、霧がかっていたアンジェラの心に光を灯す。

 

「アンジェラさんのことですから、突っぱねていたのにも、それを今になって知りたいと思ったことにも、相応の理由がおありなのでしょう? であれば、その好奇心は誰かがケチを付けられるようなものでは無いかと」

 

 八百万の言葉は概ね正しい。アンジェラが血縁を求めていなかったのにも、母を今になって知りたいと思ったことにも、相応過ぎる理由がある。それを知ってなお、ケチを付けられるのだとしたら、それは相当な性悪か、アンジェラの苦悩を理解しようともしない輩だ。

 

「フーディルハイン、そういうのはややこしく考えすぎない方がいいんだよ。知りたいものは知りたい、もしそれが訳あって知れないことでも、せめて知れない理由は知りたい。これでいいでしょ?」

「それは単純に考え過ぎな気もするけど……アンジェラちゃんは頭いいし、そういうのちょっとややこしく考えすぎちゃうのかもね」

 

 芦戸と葉隠はそう言いながら、アンジェラの頭をわしゃわしゃと撫でる。アンジェラは「なにすんだよ」と口では言いつつも、抵抗しようとはしなかった。

 

「ケロ、アンジェラちゃん、もっとフラットに考えていいのよ。今まで知りたいと思わなかったことを知りたくなった。それにイチャモンを付けるような人はここには居ないわ」

「そうだよ、それに、アンジェラちゃんはそれに対して「申し訳ない」って思ってるんでしょ?」

 

 麗日はアンジェラの顔を覗き込みそう言った。アンジェラは少し考える素振りを見せると、俯向きながら頷く。

 

 そう、アンジェラがここまで苦悩している理由は、母への申し訳なさ。今まで突っぱねてたくせに、今も家族と見れないことは分かりきっているくせに、それでも、今更になって母を知りたいと思っていることに、アンジェラは負い目を感じている。その負い目が、アンジェラの心を蝕んでいるのだ。

 

 アンジェラは、麗日達にこの感情を罰するか、認めてほしかった。そのどちらかが欲しかった。そうすれば、少なくとも心に巣食ったモヤモヤした何かは失くなるだろうから。

 

 麗日は少しでもアンジェラの心に取り憑いているであろうモヤモヤを晴らそうと、笑顔で言った。

 

「それなら、尚更アンジェラちゃんの気持ちにケチをつけようなんて人はここには居ないよ。っていうか、寧ろそんな人が居たらウチがやっつけたる!」

 

 麗日の言葉に、アンジェラは自分が考えすぎていたのか、と気が付いた。飲み干した牛乳のパックをテーブルの上に置き、どこかスッキリとした表情で口を開いた。

 

「……ああ、ありがとう。おかげでようやく踏ん切りが付いた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、訓練が終了し、夕食を取った後。

 

 アンジェラは、寮から少し離れた場所にある小高い丘へ、松葉杖を一本つきながら歩みを進めていた。そこは、誰が植えたのか、はたまた元から自生しているのか、色とりどりのビャクヤカスミが咲き乱れる花園だった。

 

 その花園に座り込んでいる人物が居る。アンジェラが、スマホを通じてここに呼び出した。

 

「……オレは、母の怒りを、絶望を、憎悪を、客観的に知っている。

 だけど、母が束の間の平和を享受していた時のことは……ほんの断片の感情と情報しか知らないんだ。

 

 今更何をって、罵ってもらって構わない。寧ろ、お前にはそうする権利があるとすら思ってる。今も母を家族とは決して思えないオレを……蔑んだところで、それは正当だとも思う。

 

 だけど……それでも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぁ、教えてくれ、爆豪。

 

 オレの知らない、母のこと」

 

 トパーズの輝きが、花園に座り込んでいる影を射抜く。その影の主……爆豪は、ため息を一つ溢して立ち上がった。

 

「……蔑みやしねぇよ。どんな理由があろうと、それがどれだけアイツにとってもテメェにとってもどうしようもないことだったとしても、テメェにとってデクは、ただの一度たりとも母親らしいことをしてやれなかった上に、アイツの憎悪をテメェに無理矢理押し付けた、ある種最低な母親であることに変わりはねぇ。

 

 それでも……テメェは、知りたいのか?」

 

 爆豪の言葉に、アンジェラは頷いた。

 アンジェラが爆豪の言葉を、否定することもなかった。

 母が、緑谷出久が、母親としてはある種最低な部類であったことも含めて。

 

 それは、事実なのだ。緑谷出久に責任は一切無い。責任や贖罪を求めることすら果てしない間違いであるが、それでも、アンジェラに、アンジェラ達にとって緑谷出久が最低な母親であったということは、もはや覆しようのない事実でしかない。アンジェラはそれを、さらさら否定する気にはなれなかった。

 

「……なら、教えてやるよ。俺の知る限りのデク……緑谷出久、アンジェラ・フーディルハインを生んだ母親のこと。

 

 その代わり……あー、なんだ、今度、組手付き合ってくれねぇか」

「別にいいけど……そんなんでいいのか?」

「うっせぇ、俺がいいっつってんだからいいんだよ」

 

 爆豪が吐き捨てた言葉に、アンジェラはそういうものなのか、と苦笑した。

 

 

 

 

 

 

「俺はデクのことを、「何も出来ねぇやつ」だと思ってた。オールマイトに憧れて、ヒーローになりてぇって言い続けてて、でも、無個性で雑魚で出来損ないで、そのくせ泣き虫で……なのに、俺より弱えくせに、俺を心配なんかして……

 

 そして……狂気じみたものを感じてた」

「……狂気?」

 

 花園に腰掛けたアンジェラは、爆豪の言葉の意味を理解出来ずに首を傾げた。同じく花園に座り込んでいる爆豪は、何処か遠くを見やるかのように星空をその眼に映していた。

 

「アイツは……デクは、頭がイカれてた。これは確認だが……デクの自我が死んだ最後の引き金になったのは、デクが自分の絶望を娘に継がせてしまったことへの自責……なんだよな」

「……ああ、それ以前にされたことへの憎悪や絶望が積層していたことも大きな要因だが……最後のトリガーになったのは、母の自分で自分を赦せないという、自罰だ」

「そうか……その心が憎悪に呑まれてもなお、娘とはいえ他人を思いやって、それで……やっぱり、デクはイカれてる。心のどこかで自分を勘定に入れてねぇんだ、アイツは。ババアに言われなきゃ、俺もアイツを虐めてたかもしれねぇ」

 

 アンジェラは、ただただ黙って爆豪の話を聞いていた。爆豪が母を、緑谷出久を守っていたとはいえ、うっとおしくも思っていたことは知っていた。だが、爆豪から緑谷出久へ「イカれてる」という感想が出てくることは、完全に予想外だった。

 

「最初の戦闘訓練……俺はお前に「デクに似た何か」を感じた。今にして思えば、それはお前がデクの娘だったがゆえのものなのかもな」

「……オレは、そんなに母に似てるのか?」

 

 アンジェラは、純粋な疑問を爆豪に投げかけた。傍から見れば、どこか祈っているようにも見えるだろう。彼女が求める答えを爆豪が出すとは思えないが、それでも、聞かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや…………そこまで似てねぇ。強いて言えば、目に若干面影があるくらいだ」

 

 爆豪の返答に、アンジェラは思わず目を見開く。

 予想外だった。似ている、と言われると思って身構えていた。

 爆豪の言葉からは、慰めやお世辞など一切感じない。

 

 ……彼の中では、事実なのだろう。

 

 緑谷出久とアンジェラ・フーディルハインが、似ていないということは。

 

「……そっか…………そっか」

 

 その言葉が、どれほどアンジェラにとって救いとなったか、爆豪には分からないだろう。分かる必要もないと、アンジェラは思っていた。

 

 それでも、アンジェラが零した一筋の涙に思う所があったのか、爆豪は口を開く。

 

「俺は……事実がどうあれ、今更お前の父親になろうだなんて言うつもりは無ぇ。俺の中でのお前は、クラスメイトで、ナンバーワンになるために越えるべき壁だってのは変わらねぇ。

 

 だけど……もし、デク関連で俺に力になれることがあるのだとしたら、言ってくれ。その時は手を貸す、俺自身の為にも」

「……なんだ、それ。責任感ってやつか? 似合わねぇな」

「けっ、言ってろ」

 

 素っ気ない態度はいつもの爆豪と何ら変わりないもので、その眼差しにほんの少し、ほんの少しだけ、アンジェラを案ずる感情が含まれていることを何となく悟ったアンジェラは、ポロポロと涙を零しながら、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




言っておきます。アンジェラさんに恋愛させるとしても、爆豪は相手にはなりません。設定上、それやると近親相姦になっちゃうから…まあ、それがなんだって話ですが、私の中でこの二人の恋愛はちょっと解釈違いでして。やっぱないかなと。

フロンティアのアプデまだかなー。アプデの内容によっては、この作品のストーリーにも手を加えにゃ…
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