彼の罪人を裁くための唄を。
彼の咎人を赦すための唄を。
その笑みがあなたに捧げられるというのなら、
私はこの場でその頸を撥ねましょう。
この光景を言葉で表すのなら、やはり地獄と言うのだろう。
炎が舞い、風は死に、草木など見る影もない。血潮が吹き荒ぶ。人々は逃げ失せ、最早命の価値などないも同然。命は意味もなく刈り取られ、何者とももはや分からぬ死体ばかりが転がっている。
ぐちゃり、ぐちゃり、
地獄のようなこの空間に、気持ちの悪い音が響く。
肉が避け、皮は剥がれ落ち、内臓は零れ落ちる。
それでも、少女はこの手を止めることはできない。
『…………ねぇ』
ぐちゃり、ぐちゃり、
その刃は、全てを終わらせる元凶となった彼女の元へ。何度も、何度も、振り下ろされた刃と、彼女のはらわたから零れ落ちる命。
『……のに』
どうしようもなく、信じていた。
信じていたのに、裏切られた、裏切ってしまった。
贖罪なんて、言うつもりはない。懺悔など、してもし足りない。終わらせる元凶になったのは彼女だけれど、そのトリガーを引いてしまったのは、
彼女を、狂わせてしまったのは、他でもない、少女自身なのだから。
『……弱い私で、ごめんなさい。あなたのことを、守れなくてごめんなさい。私は、許されないことをしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさい……』
せめて、この手で彼女を眠らせよう。
その思いと共に、金色の瞳の少女は刃を、振るう。
『大丈夫!? さっき、あっちの方で凄い爆発が………………
……ねぇ、それは……?』
『………………』
駆けてきた彼女は、その顔に絶望を湛えていた。
彼女は優しい。そしてこの地獄でも失わないような、強靭な自我を持っている。少女は、それがずっと羨ましくて、憧れて……
『頼みが、ある』
もう、自分はあなたのようにはなれないだろう。
だって、この手で親友を、殺してしまった。
あの哀れな偶像の思惑通りに動いてしまった、舞踏人形になってしまった。
『私を』
もう1つや2つ罪を重ねることなど、少女にとってはどうでもよかった。
ただそこに、救いを求めた。
最早、願うことすら許されなかったとしても。
『殺して』
迷いと共に振り下ろされた槍は、戦場には不釣り合いなほどに美しい鮮血の華を咲かせた。薔薇のような、棘のある麗しい紅の華だった。
ごうごう、ごうごうと、炎の燃ゆる音だけが響く。
全て、総てが灰燼に帰す。
斬り落とされた少女の首は、こちらを向いて、醜く生を受ける少女を嘲笑っていた。
「……ッ!!!!」
あまりにも気味が悪い夢に、最後に出てきた自分を嘲笑う狂気的な笑みに、アンジェラは飛び起きる。窓から見える景色は夜空。時計を確認すると、まだ午前3時だった。
「……っぁ」
手に残った、生暖かい感触を思い出して、アンジェラは腹の中の液体が逆流しそうな気持ち悪さを覚えた。ドロドロとした耐え難い吐き気に、アンジェラは思わず手で口を抑える。
そのまま這うようにして台所まで行くと、アンジェラはコップに水を入れて掻っ攫うように飲み干した。
「……うっ」
まだまだ気持ち悪さは身体から抜けないが、取り敢えず吐き気は収まった。アンジェラの手には、
「あ、あ…………っ」
無意識に身体が震える。寒くて、寒くて、たまらなくなっていく。まるで、氷の貼った泉に放り込まれているような錯覚を覚える。
あの悪夢の光景が頭いっぱいに広がって、息が詰まりそうだった。アンジェラは思わずその場に蹲ってしまう。
普段から、アンジェラはよく悪夢を見る。その内容は覚えていないことが多いが、ただ、苦しくて、痛いということは覚えている。
しかし、アンジェラは理解してしまった。
最後に斬れ落ちた少女の首は、確かに自分を見て、嘲笑っていた。アンジェラの総てを嘲笑し、呪っていた。
その嘲笑は理解できないものへの恐怖と混ざってアンジェラの心に深く深く突き刺さる。
涙は、出ない。
「っ……」
気が付けば、アンジェラは右手で手近にあった鋭利な刃物……包丁を手に取っていた。
何故こんな行動をしたのかは、分からない。少しでも、楽になりたかったのかもしれない。普段から見る悪夢に、無意識の内に心を蝕まれていたのかもしれない。
アンジェラが、包丁を左腕に突き立てようとした、その時。
「っ、何してるんだ!!」
ソニックが、アンジェラの右手を掴み上げた。包丁はカラン、と音を立てて床に落ちる。
「……ぁ」
「間に合った……ったく、ヒヤヒヤさせやがって……」
ソニックは心底安心したような表情でアンジェラの手を放す。シャドウは、地面に落ちた包丁をアンジェラの手が届かないような場所に置く。その間、アンジェラはただひたすらに呆然としていた。
「……」
「どうした……何か、あったのか?」
シャドウが普段よりも数段柔らかい声で言う。本気でアンジェラのことを心配しているのだ。アンジェラが悪夢を見ることはそれなりにあったが、今までは現実感こそあれあそこまではっきりとはしていなかったし、ましてや自傷行為に走ろうとするまで精神が抉られることはなかった。
アンジェラは虚ろな目を二人に向ける。そこには、普段の余裕の欠片すらなかった。
「ぅ……」
「……」
ソニックは、アンジェラを拾ってきた当初のことを思い出す。あのときの、何かに怯えているような表情。今のアンジェラの表情は、その時の表情と酷似していた。
シャドウはアンジェラに水の入ったコップを手渡す。アンジェラはそれを受け取り、一気に飲み干した。少しだけ気分が落ち着いたのか、アンジェラは細々と語りだす。
「……夢を、見た。誰かを、僕を、殺して…その感覚が、手から離れなくて………っ!!」
「無理に話そうとしなくていい……」
「う……」
また震えだしたアンジェラの背中をソニックが擦る。緊張の糸が解けたのか、アンジェラはスイッチが切れたかのように眠ってしまった。
「……僕が、無理に聞こうとしたから……」
「そんなことはないさ、シャドウ」
アンジェラを追い込んでしまったと落ち込むシャドウに、アンジェラを抱きかかえたソニックが言う。
「アンジェラのことが心配だっただけだろ? お前が言ってなければオレが言っていただろうし。アンジェラは変に溜め込むからなぁ。お前もだけど」
「……余計なお世話だ」
「無茶しやすい妹と無愛想な弟を持つと、一番上の兄ってのは大変なもんで」
「……」
「アンジェラなら大丈夫さ。もし目が覚めてまだ落ち込んだままでも、好きなところにでも連れ出してやればまた元気になるって」
ソニックのあっけらかんとした物言いに、シャドウは溜息を吐きたくなった。それと同時に、ソニックの意見に共感もした。確かにアンジェラは根っからのアウトドア派で、色んな景色を見るのが好きだ。心が傷付いてしまったときに、好きなことを思いっきりするのはいいリフレッシュになる。
無愛想は余計だが、こういうときソニックは「一番上の兄」なのだと、思い知らされる。
「だからシャドウもしばらく有給取っとけよ」
「……ああ」
「あと、しばらくは3人で寝るから」
「ああ……って、は?」
ソニックからの思わぬ爆弾発言に、シャドウは思わず聞き返す。ソニックはあっけらかんとした表情のままだ。
「だってこのままアンジェラを一人で寝かせる訳にはいかないだろ」
「いやそうだが……!」
「シャドウもアンジェラのことが心配なんだろ? だったら一緒に寝てやれよ」
「うっ……」
「アンジェラもその方が喜ぶだろうな〜?」
「…………わかった」
「シャドウってツンデレだよな」
「余計なことを言うな……!」
そう言うシャドウの顔は真っ赤になっている。その様子を見て、ソニックは心底楽しそうにニヤニヤ笑っていた。
「……ん…………っ!!?」
日が昇った頃。
夢も見ることのない深い眠りについていたアンジェラが目を覚ますと、眼の前にソニックの顔があった。
「え……ちょ……は?」
驚いて飛び起きるアンジェラ。訳が分からず混乱していると、後ろから声が聞こえてくる。そちらを向いてみると、そこにはこちらをじっと見ているシャドウが居た。部屋の隅っこにある猫用ベッドには、グッスリと眠っているケテルが居る。
「……え?」
「おはよう」
「ふぁぁぁ……あ、アンジェラ。Good morning……」
「……あ、ぉぅ……?」
あまりの驚きに脳がキャパオーバーを起こしてしまったのか、ソニックとシャドウの挨拶にも微妙な返事しかできないアンジェラ。
それもこれも、ソニックとシャドウの顔面偏差値が高すぎてアンジェラが悶絶しているからである。
別に恋に発展したりはしない。アンジェラにとってソニックとシャドウは兄である。が、それとこれとは話が別だ。
「う、顔面偏差値の暴力だ……」
「え、何て?」
「……いや、なんでもない……」
「……本当か?」
「……………………本当だっての」
普段なら軽く返してそれで終わりなのに、今日はやけに疑ってくるソニック。アンジェラは何故だろうと思って、思い至ってしまった。
あの、
「ッ……!」
「アンジェラっ!」
アンジェラは震えだした。ソニックはアンジェラが少しでも安心出来るように抱きしめて背中を擦ってやる。
「大丈夫、ここにはオレとケテルと、心配症なのにツンデレでそれを表に出せないシャドウしか居ないから」
「おい、その長い枕詞は必要だったか……!?」
「事実だろ」
ソニックとシャドウがいつも通りの言い争いをする。アンジェラは無意識に笑みを浮かべていた。
「お、やーっと笑った。アンジェラはやっぱり笑ってた方が可愛いな」
「かわっ……! おま、軽率にそういうこと言うのマジでやめろ……!」
「何でだ? 笑ってた方がいいに決まってるじゃん」
「それはそうだがなぁ……!」
「……落ち込んでいるよりはいい」
「シャドウまで……! お前普段止める側だろ! 止めろよ!」
「今回ばかりは意見が一致した」
シャドウにまでそう言われてしまい、アンジェラはもう言葉が出てこなくなった。
「……心配なんだ、君のことが」
「……!」
深夜のことで心配をかけてしまった。そのことが、アンジェラに重くのしかかる。
「っ……ごめ」
「謝る必要はない」
反射的に謝ろうとしたアンジェラをシャドウは制止する。アンジェラがそのことに驚いていると、シャドウは普段からは想像もつかないような穏やかな笑顔でアンジェラの頭を撫でた。
「僕も君の兄をやらせてもらっているんだ……心配くらいはさせてくれ」
「う……」
「そもそも君は、悪い意味で頼るということを知らなすぎる。君が強いことは知っているが、それとこれとは別の話だ」
「……う」
「シャドウの言うとおりだぜ、アンジェラ。アンジェラは辛いこととか溜め込みすぎなんだよ。もっとオレたちのことを頼れって」
「…………はぃ」
アンジェラは二人の兄の優しさに触れ、むず痒いやら、照れくさいやらでつい顔をそむけてしまう。アンジェラも大概素直じゃない。
「……もっかい寝る」
だから、こうやって誤魔化すことしかできなかった。
「ん、いいのか?」
「まだ朝早いし……それに」
今なら、良い夢を見ることが出来そうなんだ。
そう語るアンジェラは、月のような微笑みを湛えていた。