その後、麗日と蛙吹、切島もインターン先が決まり、3人が公欠になることがある学校生活を送って数日が経過した頃。
アンジェラがインターンへ行こうと寮の玄関の扉を開けると、そこには切島の姿があった。
「おっフーディルハイン、おはよう! お前も今日インターン行くんだ、奇遇だな」
「ああ、コスチュームはいらないって言われたが……」
アンジェラの言葉を遮るように、再び玄関の扉が開かれる。
「あれ? おはよう、二人共今日?」
「ああ」
「偶然ね、私達もよ」
そこには、二人で同じインターン先でインターンを行っている麗日と蛙吹の姿が。アンジェラは奇遇なこともあるもんだと思いながら、四人で駅に向かっていった。
だが、全員が同じ改札を通った時点で、アンジェラはこれがただの奇遇なことだとは思えなかった。
「ん? 全員こっち? 切島関西じゃなかったっけ?」
「なんか、集合場所がいつもと違くてさ」
「私達もそうなの」
その後も、全員が同じ電車に乗り、同じ駅で降りた。駅から向かう方向も同じ、曲がる角も同じ、ナイトアイ事務所への道筋だ。事務所の前にビッグ3もお揃いで、指定された会議室へと入ると、そこには各インターン先のヒーローや相澤先生、グラントリノ、それ以外にも沢山のヒーローが集まっていた。アンジェラが状況をいまいち掴めず困惑していると、ナイトアイが声を上げる。
「あなた方に提供していただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか、知り得た情報の共有とともに、協議を行わせていただきます」
アンジェラはこの時ようやく、状況を理解した。これは、八斎會に関する会議の時間なのだと。
促されるまま全員が席につくと、バブルガールのたどたどしい声で会議が始まった。
「えー、それでは始めてまいります。我々ナイトアイ事務所は、約2週間ほど前から、死穢八斎會という指定敵団体について、独自調査を進めて……います!」
そのきっかけは、レザボアドッグスと名乗る強盗団の事故。治崎ら八斎會が巻き込まれたが、死傷者は0。しかも、レザボアドッグスらは持病すらも綺麗に治っていた。治崎の“個性”によるものと考えられるが、怪我人なしの敵逮捕となったため、八斎會が罪に問われることはなかった。だが、盗まれた金だけはきれいに燃えてなくなっていた。警察は事件性無しという結論を出したが、これがナイトアイ事務所が死穢八斎會を本格マークすることとなったきっかけである。
バブルガールの言葉を引き継ぎ、ナイトアイ事務所のもう一人の相棒、センチピーダーが説明を始める。
「私、センチピーダーがナイトアイの指示の下、追跡調査を進めておりました。調べた所、死穢八斎會はここ一年の間に全国の組織外の人間や同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大、金集めを目的に動いているものと見ています。
そして調査開始からすぐに、敵連合の一人、分倍河原仁、敵名トゥワイスと接触。尾行を警戒され、追跡はかないませんでしたが、警察に協力していただき、組織間で何らかの争いがあったことを確認」
「連合が関わる話ならということで、俺や塚内にも声がかかったんだ」
「その塚内さんは?」
「他で目撃情報があってな、そっちへ行ってる」
グラントリノがここに居るのは、連合が関わるかもしれない案件だったかららしい。アンジェラはなんとなく納得した。
「えー、このような過程があり、HNで皆さんに協力を求めたわけで……」
「そこ、飛ばしていいよ」
「うん」
HNとはヒーローネットワーク、プロ免許を持った人だけが使えるネットワークサービスのことである。全国のヒーローの活動報告が見れたり、便利な“個性”のヒーローに協力を申請したりできるのだと、麗日と蛙吹に波動が説明した。その結果、話が止まった。
そのことに思うことがあるのか、アンジェラの隣に座っている褐色肌のヒーローがふてぶてしく口を開く。
「雄英生とはいえガキがこの場に居るのはどうなんだ? 話が進まねぇや。本題の企みに辿り着く頃にゃ日が暮れてるぜ」
「抜かせ! この二人はスーパー重要参考人やぞ!」
褐色肌のヒーローの言い草に腹を立たせたのか、丸くて存在感のあるヒーローが立ち上がって切島と天喰を指して言った。切島はいまいちピンときていないようで首を傾げている。天喰はノリがキツいと零していた。このヒーローが、切島のインターン先のようだ。
「取り敢えず、初対面の方も多い思いますんで、ファットガムです、よろしくね」
「「丸くて可愛い」」
「おっ、飴やろなぁ!」
ノリがいわゆる大阪のおばちゃんのようだ。麗日と蛙吹にファットガムは飴を渡していた。
ファットガムは違法薬物に詳しいヒーローとして、ナイトアイから協力を要請されたらしい。昔はそういうのをゴリゴリに潰していたのだとか。
だが、そんなファットガムでさえ知らない種類の弾が、先日の烈怒頼雄斗……切島のデビュー戦の時、天喰に撃ち込まれた。それは、“個性”を壊すクスリだった。
「ええっ!? 環、大丈夫なんだろ!?」
「ああ、寝たら回復したよ。見てくれ、この立派な牛の蹄」
「朝食は牛丼かな?」
天喰は食べたものを再現するという“個性”の持ち主だ。右手が立派な牛の蹄になっていることから見ても、今は自然治癒で元通りになっていることが分かるが、撃ち込まれた直後は“個性”が発動出来なかったらしい。病院で見てもらったら、“個性”因子が傷付いていたとのこと。相澤先生の抹消とは違い、その銃弾は“個性”因子を傷付け、“個性”を使えなくするクスリであった。
「その撃ち込まれた物の解析は?」
「それが環の身体は他に異常ナシ、ただただ“個性”だけが攻撃された。撃った連中はだんまり、銃はバラバラ、弾も撃ったきりしか所持してなかった。
……ただ、切島君が身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入ったっちゅうわけや」
「……うおっ、俺っすか! びっくりした、急に来た!」
突然話を振られた切島は驚愕する。自分がそんな重要なことをしたと理解した、というわけではなく、話が難しくて何言っているのかよく分かっていないようだ。だが、切島がかなりの手柄を上げているのは事実だろう。
「そしてその中身を調べた結果、むっちゃ気色悪いもんが出てきた。
……人の血ぃや細胞が入っとった」
つまり、その効果は“個性”によるもの。“個性”を破壊する“個性”でも持った人間が居るのだろうか、と、アンジェラは至極冷静に考えた。
それを気味が悪いと、アンジェラはどうしても思えなかった。
人を生きたまま人ではない姿に作り替え、その自我を殺してなお、舞台装置として生かし続ける狂気を知ってしまったら、人間の細胞を銃弾にしているくらい、狂気でも何でも無い。
……その思考に辿り着いてしまったアンジェラは、その胸に抱いた感情を仮面で覆い隠しながら、内心で苦笑する。
普通の人なら嫌悪を感じるだろう、そして恐らくだが、その銃弾に使われた細胞の持ち主は壊理だ。
それが事実なら、邪悪なことだとは思う。許してはならない行いだとも思う。
だが、アンジェラは、壊理と治崎の間に感じた違和感を差し引いても、どうしても、どう足掻いても、それが狂気であると認識することは、出来なかった。
……これが、自分が人間でないことの証明でなくて、何だというのだろうか。
その間にも、会議は進む。最近多発している組織的犯行の多くが、八斎會に繋げようと思えば繋がるらしい。八斎會をどうにか黒にしたくてこじつけているようにも感じる。だが、治崎の“個性”「オーバーホール」……対象を一度分解し治す“個性”と、出生届のない壊理という娘が発見され、その時彼女には手足に夥しく包帯が巻かれていたとなれば……その後に予想できることは、一つだろう。最初は理解出来ていなかった麗日達も、褐色肌のヒーローの、無慈悲なほど分かりやすい解説にようやく状況を理解した。
つまり、治崎は娘……壊理の身体を銃弾にして捌いているのでは、ということである。
現段階では性能としてあまりに半端、八斎會が薬物を捌いていた証拠もないが、もしそれが試作品で、弾の完成品が完全に“個性”を破壊するものであれば……悪事のアイデアが幾らでも湧いてくる。これにはアンジェラも心から同意する。
「想像しただけで腸煮えくり返る……今すぐガサ入れじゃあ!!」
「……けっ、こいつらが子供保護してりゃ一発解決だったんじゃねぇの?」
褐色肌のヒーローが、責めるようにアンジェラと通形に視線を向けて言
う。確かに、ここまでの状況を聞けば、壊理を保護すべきだったと言われるのも無理はない。
だが、アンジェラはどうにも違和感を感じていた。まるで、根本からなにかが間違っているような感覚だ。言語化が果てしなく難しく、思考がそっちへと引っ張られて反応を返すことすら出来ない。
「全て私の責任だ。二人を責めないでいただきたい。知らなかったこととはいえ、二人共先を考えより確実に保護出来るように動いたのです。今この場で、一番悔しいのはこの二人です」
ナイトアイの擁護も、今のアンジェラには遠いように聞こえた。それだけ、アンジェラが思考に引っ張られているということなのだが。
ガタッ。
通形は居ても立っても居られなくなって、椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。
「今度こそ必ず壊理ちゃんを……保護する!」
「そう、それが私達の目的となります」
ナイトアイが通形の言葉を引き継ぎ、締めくくる。だが、その直後褐色肌のヒーローが疑問を口にした。
「ケッ、ガキが粋がるのもいいけどよ、推測通りだとして、若頭にとっちゃその子は隠しておきたかった「核」なんだろ? それが何らかのトラブルで外に出ちまってだ、あまつさえガキンチョヒーローに見られちまった。素直に本拠地に置いとくかを俺なら置かない。攻め入るにしても、その子が「いませんでした」じゃ話にならねぇぞ。どこにいるのか特定できてんのか?」
彼の言い分はもっともだ。そして、人の思考を突いたいい発発言だともアンジェラは思った。ナイトアイも問題はそこだと考えているようだ。何をどこまで計画しているのか不透明な以上、一度で確実に叩かなければ尾を引くのみ。
「そこで、八斎會と接点のある組織、グループ、及び八斎會の持つ土地、可能な限り洗い出しましリストアップしました。皆さんには各自その箇所を探っていただき、拠点となり得るポイントを絞っていただきたい」
スクリーンに表示されたリストと呼ばれたヒーローの活動地区がリンクしている。どうやら、土地勘のあるヒーローが選ばれているらしいとは、マイナーヒーローの一人が発した言葉だ。
その後も会議が進む中、相澤先生が挙手をしてナイトアイに質問をした。
「あのー、一ついいですか。どういう性能かは存じませんが、サー・ナイトアイ、未来を予知できるなら、俺達の行く末を見ればいいじゃないですか。このままでは少々、合理性に欠ける」
ナイトアイの“個性”は予知。条件は社外秘だが、未来を予知することが出来るそうだ。その“個性”をオールマイトに使ったことが、ナイトアイがオールマイトとケンカ別れをするきっかけになってしまったと、アンジェラはナイトアイ本人から聞いた。
相澤先生の言い分も分かるが、ナイトアイにはそれが出来ない理由があった。
まず前提として、ナイトアイの予知は発動後二十四時間のインターバルを挟む。一日一時間、一人しか見ることが出来ない。そして、フラッシュバックのように一コマ一コマが脳裏に映される。発動してから一時間、他人の生涯を記録したフィルムを見ることが出来るようなものだ。ただし、そのフィルムは全編人物の近くからの視点のもの。視えるのはあくまでも個人の行動と僅かな周辺環境。
それだけでも十分過ぎるほど色々分かるが、ナイトアイが他人の行く末を見ることが出来ないのは、
「……例えば……その人物に近い将来……死……ただ、無慈悲な死が待っていたら、どうします?」
そう、ナイトアイは恐れている。
自分が未来を視ることで、他人の未来を決定づけてしまうことを。
占いとは違い、それは未来を予知する力。回避できる確証はない。だからこそナイトアイは、自身の“個性”を行動の成功率を最大まで引き上げた後に勝利のダメ押しで使うものだと称した。
「……取り敢えずやりましょう。困ってる子が居る、これが最も重要よ」
静まり返ってしまった会議室に、リューキュウの声が響く。そう、違和感は拭えないにせよ、壊理が困っているというのは変わらないのだ。
「娘の居場所の特定、保護、可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力……よろしくお願いします」
ナイトアイはそう言うと、深々と頭を下げた。
その後、アンジェラ達インターン生はナイトアイ事務所の一角に集まっていた。アンジェラが麗日達の心配の視線にすら気が付かないほどに深々と思考の海に沈んでいると、相澤先生がこの場に現れた。
「通夜でもしてんのか?」
「ケロ、先生……」
「ああ、学外ではイレイザーヘッドで通せ。
いやしかし……今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがな」
相澤先生の発言に今更何で、と納得できない切島達が口を挟むも、相澤先生の「敵連合が関わってくる可能性があると聞かされたろう、話は変わってくる」という発言に切島達も反論出来ずに黙り込んでしまった。
「……フーディルハイン、会議の時から何か考え込んでるようだが……どうした?」
相澤先生がアンジェラと目線を合わせて放った言葉に、アンジェラはようやっと視線を上げた。
「……なんか、違和感があるというか……言葉にするのが難しいんですけど……それに、壊理の態度も、虐待を受けている子供にしてはおかしかった気が……うーん…………でも、やっぱりパズルのピースが足りないというか……もどかしいというか………………
……それに、あいつオレに対して「絶対来てね」って言ってきて……でも……う────ん…………」
「アンジェラちゃん……」
再び考え込んでしまったアンジェラの頭を、相澤先生はポンポンと撫でた。まるで、落ち着かせるように。
「フーディルハイン、そういうのは気にしなさすぎるのも問題だが、気にしすぎるのもまた問題だ。事実がどうあれ、本人に直接確かめるのが一番合理的だろう」
「相澤先生……」
「俺はお前を止めるつもりはない。会議で出た憶測が事実だとしても、違う事実があったとしても、恐らくだが、お前はそれを確かめなきゃならんだろう。あの子がお前に言ったという言葉は、そういう意味があってのものなのだと、俺は思う」
そう、何が真実であれ、確かめようと動かねば話は始まらない。
本当は壊理が何を望んでいるのかも、そうしなければ分からないままだ。
「ミリオ、顔を上げてくれ」
「ねえ、私知ってるの。ねえ通形、後悔して、落ち込んでも、仕方ないんだよ。知ってた?」
「……ああ」
落ち込む通形に、天喰と波動が励ましの声をかける。通形も顔を上げ、その眼に決意を宿した。
「兎にも角にも、まずは前、向いて行こう」
「はい!」
「相澤先生……」
「ここではイレイザーだ」
「俺、イレイザーヘッドに一生ついていきます!」
「一生はやめてくれ」
「すんません!」
「切島君、声デカイ……」
感動して大きな声を出した切島に、アンジェラは苦笑いをした。
少しだけ空気が軽くなった空間に、相澤先生は少し口を挟む。
「とはいってもだ。プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグ3と、明確な目的もあれば、調子戻り始めとはいえそれを補って余りある高い実力も持ち合わせているフーディルハインはともかく、蛙吹、麗日、切島、お前らは自分の意思でここに居るわけでもなければ、もし実際に参加したとしても役割は薄くなると思う。どうしたい?」
これは、麗日達への確認だ。もし麗日達がNGを出せば、相澤先生は麗日達が作戦に参加しないように取り計らってくれるだろう。
勢いよく立ち上がり口を開いた麗日を皮切りに、彼女らは自分たちの意思を示す。
「せっ……イレイザーヘッド! あんな話聞かされてもう、やめときましょとはいきません!」
「イレイザーがダメと言わないのなら、お力添えさせてほしいわ」
麗日と蛙吹の瞳には、確かな決意が宿っていた。そんな一年生を後押しするように、天喰が口を開く。
「会議に参加させている以上、ヒーロー達は一年生の実力を認めていると思う。現に、俺なんかよりも一年の方がよっぽど輝かしい」
「天喰君隙あらばだねぇ!」
隙あらばとは、隙あらば自分を卑下する、ということだろう。卑屈にも程があるのではと、アンジェラは一瞬思った。
「俺等の力が少しでもその子んためになるなら、やるぜ、イレイザーヘッド!」
クラスメイト達の、この作戦に自分から参加したいという意思表明を聞き、相澤先生は納得したように頷いた。
「分かってるならいい。今回はあくまで、壊理ちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。警察やナイトアイの見解では、敵連合と死穢八斎會は良好な協力関係にはなく、今回のガサ入れで、奴らも同じ場に居る可能性は低いと見ている。だが、万が一見当違いで連合にまで目的が及ぶ場合は、それまでだ」
『了解です!』
そして、夕日は落ちていく。
アンジェラの心の中に、違和感と疑問を残したまま。