一応言っておきますが、この三人の間に恋愛的なあれそれはありません。ないったらないのです。
「よし、アンジェラ、今から出かけるぞ」
「え、今から?」
アンジェラが悪夢を見て自傷行為に走りかけた数日後。ダイニングで本を読んでいたアンジェラは、ソニックの突然の発言に首を傾げた。
「いや、それはいいんだけどさ……どこ行くの」
「んー、決めてないな」
「んな無責任な……」
アンジェラの口からついそんな言葉が漏れ出る。ソニックは結構思いつきで行動することが多い。今回もその類かとアンジェラは思った。ソニックは何食わぬ顔でスマホをいじっている。
「アンジェラ、どこ行きたい?」
「えっ?」
突然話を振られて、アンジェラは本を落としそうになってしまった。急にそんなことを言われても困る。
「えーっと………………アポトス?」
困惑していたからだろうか。アンジェラはこれまでに訪れた中で、もう一度行きたいと思っていた場所の名前を無意識の内に口に出していた。正確に言えば、アポトス名物のスペシャルチョコチップサンデーを食べたいだけだったりするが。
そして、そんなアンジェラの呟きを聞き逃すソニックではない。
「アポトスだな。早速シャドウに連絡取るわ」
「え? アイツ今日仕事じゃ……」
「上司脅して今日の午後から数日単位の有給もぎ取ってきたって連絡が入った」
「……何故上司脅したし」
アンジェラのことが心配だからだろ。
ソニックはその言葉は流石に飲み込んで、シャドウもたまには遊びたいんじゃないのか? と言って誤魔化した。
……どちらにしろ、シャドウが妙な風評被害を受けているのには変わりないのであった。
数時間後。
「マジで来ちゃったよ……」
アンジェラはソニックとシャドウ、そしてケテルと共にアポトスを訪れていた。シャドウが帰ってきてからすぐに出発したのだ。全速力で走ってきたので移動時間は5分もかかっていない。ここまでの流れがトントン拍子すぎて恐怖すら覚える。
そういえば、随分と前に3人で来たことがあるかな。
そんなことをふわふわと考えながら、アンジェラは白亜の港町を見渡した。ここは、いつ来ても変わりがない。
「アンジェラ、ほら」
ソニックはそう言っていつの間にやら買ってきたスペシャルチョコチップサンデーをアンジェラに手渡した。
「これ、お前好きだろ?」
「あ、ああ……ありがと」
確かにスペシャルチョコチップサンデーを食べたいとは思っていたが、好きだとは言ったことはない。アンジェラは困惑しながら受け取る。
「……オレ、いつこれ好きだって言ったっけ」
「言われてはないけど、前食べてた時にすっごく美味しそうな顔してたし」
「確かに、チリドッグを食べている時と似たような表情はしていたな」
「……そうだっけ?」
正直、食べている時の表情など意識したものでもないので覚えてなどいない。美味しかったことは確かに覚えているが、そんなに顔に出ていたのだろうか。
アンジェラはまぁいっか、と思いつつ、スプーンでサンデーを掬って口に入れる。チョコとバニラアイスの甘みとさくらんぼの酸味が口の中に広がる。アンジェラは、自分の口角が上がるのを感じていた。
「……美味しい」
「それだよ、そのポワポワした顔」
「……? あ、ケテル、食べるか?」
《食べる!》
ソルフェジオによるケテルの言葉の翻訳を聞くと、アンジェラはスプーンでサンデーを掬ってケテルに食べさせてやる。どこから食ってるのとかは気にしてはいけない。普通に口からだよ。口見えないけど。
アンジェラは自覚していないが、今の彼女はとても柔らかい表情をしている。まるで天使にも形容できそうな表情は、普段のクールさからはかけ離れているが、これはこれでまた違ったアンジェラの魅力を醸し出している。実際に、通りかかった人達は男女問わずアンジェラの方に視線が釘付けになっていた。
ただ、シャドウはあまりこの状況が面白くないらしい。アンジェラには絶妙に見えないようになっているが、多少なりとも顔を顰めている。そしてソニックは、そんなシャドウの様子に気が付いていた。
アンジェラがサンデーを食べ終わった頃を見計らって、シャドウがアンジェラの手を引く。
「アンジェラ、行くぞ」
「え、ちょ、シャドウ!」
「おーい、オレ達を置いてくなよー」
《まってー!!》
超絶棒読みでそんなことを言ったソニックと、そんなソニックの肩の上に乗ったケテルは、シャドウとシャドウに引っ張られていくアンジェラを追いかけていった。
……美男美女三人組は、そこに居ただけで物凄く目立っていた、ということは言っておこう。
シャドウがアンジェラを引っ張っていった先は、最近新たに見つかったという渓谷の遺跡であった。
石造りで円形。アンジェラの目線の先には大きな扉があり、鳥のような紋様と文字が彫られている。遺跡自体の大きさは小さいが、差し込む陽の光が壁に反射し、キラキラと輝いている。
時間の経過こそ感じるが、遺跡全体の保存状態は存外良く、多少暴れたりしても当たりどころが悪くない限りは倒壊したりはしなさそうだ。
「……ほぁー……」
その、自然と古代が融合した美しさに、アンジェラは思わず息を吐く。
アンジェラはよく一人でふらっと古跡や遺跡、パワースポットなどを訪れることがあった。本人曰く、何となくスピリチュアル的な何かを感じる、らしい。それが魔法使い故なのか、はたまた本人のただの好みなのかはよくわからないが、アンジェラの部屋には旅行雑誌や論文などの書籍に混じってオカルト系や遺跡系の書籍が多数あったりする。オカルト界隈では有名な雑誌「ルー」を定期購読しているあたり、アンジェラは筋金入りのオカルトマニアだった。
ブラックドゥームやウィスプの時に特に反応がなかったのは、単純に宇宙人にはそこまで興味がないからだ。他のオカルトネタと違い、宇宙人は存在する可能性が高いからだとかなんとか。閑話休題。
「……シャドウ、よくこんな場所知ってたな」
ソニックは謎に関心を覚えた。
記憶喪失状態ですら、自然よりも機械に囲まれている方が落ち着くと言っていたシャドウは、こういうスピリチュアル系のものに興味がないと思っていた。
しかも、ここは最近発見されたばかりとはいえ、かなり入り組んだ場所にあり、人が集まっては来ないマイナーな遺跡だ。よっぽどの遺跡マニアか、事前に調べまくるタイプとか、アポトス近郊の遺跡に絞って調べたりした、とかではない限り、存在を知ることすらないだろうに……。
「……なんとなくだ」
「……! ほーん、I see……お前、調べたな?」
図星を突かれ、シャドウは押し黙ってしまう。そんな面白い状態のシャドウに、ソニックはニヤニヤしながらシャドウの耳元で言った。
「そっか〜、アンジェラに元気出してもらうためだな?」
「う……うるさい!」
「素直じゃないな〜。ひょっとして、遺跡に絞って調べてたのか?」
「っ……!」
「やっぱシャドウ、アンジェラのことがだ~いすきなんだなぁ」
ソニックはニヤニヤ笑いながらシャドウの頬をつつく。シャドウは鬱陶しそうにしつつも、ソニックの手を払おうとはしなかった。つくづく素直じゃないな、とソニックは苦笑いする。
アンジェラはそんなソニック達を後目に、遺跡のあちこちをふらふら見て回っている。こういうときのアンジェラは、集中しすぎて周囲の声が聞こえなくなる。
一通り周囲を見て回ったアンジェラは、遺跡の扉の前に立っていた。
「……?」
ふと、違和感を感じる。扉に彫り込まれた文字を見ていたときだ。
アンジェラは、妙な感覚に襲われていた。なんとなく、懐かしいような、この文字を、
アンジェラは、いつの間にか口を開いていた。
「……
無意識の内に口に出していたのは、扉に刻まれた薄汚れた文字列。それを、まるで唄でも唄うように読み上げた。
……と、突然、眼の前にある扉の紋様が碧く光り輝き、ゴゴゴ……と、大きな音を立てて、扉がひとりでに開いた。
「……………………は?」
アンジェラも、これには流石に素で驚いた。何気なく扉に刻まれた文字を読んだだけで、扉が開くなど誰が予想出来るだろうか。ソニックとシャドウもこの変化に気付き、アンジェラの元へ駆け寄ってくる。
「アンジェラ! 何があった!?」
「いや……なんか、扉に刻まれてる文字を読んだら、扉が開いた、としか……」
「……はい?」
本当にそうとしか言うしかない状況に、アンジェラは言葉に困った。誰か、この状況を形容できる人が居るのなら、教えてほしい。この状況を説明できる言葉を。
『…………』
ソルフェジオだって言葉に困ってるし。ソルフェジオが説明できないことを、どうやってアンジェラに説明しろというのか。
しかし、そんなことを思いつつも、アンジェラは、ある一つの抑えられそうもない感情に突き動かされていた。
「…………むっちゃ入ってみたい」
もう一度言おう。
アンジェラは、筋金入りのオカルトマニアである。
遺跡の内部は、思った以上に広かった。
石造りの広い円形の部屋と、そこに繋がる通路というシンプルな造りになっている。壁にはサッカーボールくらいの大きさの蒼色の宝石のようなものが均等にはめ込まれており、その宝石からは淡い光が漏れ出している。部屋の中央には正方形の台座があり、その上には何か古ぼけた本が安置されている。
アンジェラは、花に惹かれる蝶のように台座へと一直線に駆け寄った。そこにどんな感情があったのかは本人にすらわからない。ただ、
「……これは……」
その本が何なのかは分からない。でも、アンジェラは、その本を手に取っていた。そして、感じた。その本に蓄えられた、膨大な魔力を。
「アンジェラ、それは……?」
一人で先に進んでいたアンジェラに追いついたソニックが、本を手に取ったアンジェラに問う。アンジェラは、その質問に対する返答を持ってはいなかった。
「さぁな……。持ってみた感じ、魔法関連の何かっぽいけど」
「こんなところに厳重に隠しておくくらい、重要なものなのかもしれないな」
シャドウの言葉に耳を傾けつつ、アンジェラはその本のページをペラペラと捲る。
その本は、扉に書かれていたものと同じ言語で書かれていた。そして、内容もアンジェラの予想通り、魔法に関するもの。流れ込んだ知識や、ソルフェジオに聞いたことにもない魔法に関する内容が、数え切れないほどのページに収められている。また、ソルフェジオが解析したところ、このページ一枚一枚の内部にも膨大な魔法に関するデータが宿っているようだ。
これはいわゆる『魔導書』というものらしい。それも、かなり高スペックな。
「それじゃあ、ここは魔法に関する遺跡ってことか?」
「……かもな。オレの知識には、魔法は宇宙のどこかにある文明のものだったってあったから、どっかから持ち込まれてきたとか、が一番可能性としては高いかな」
アンジェラはそう言いながら、本を閉じた。
一通りアポトス近郊を観光して回ったアンジェラ達は家に戻り、その翌日。
アンジェラは部屋にこもって、手に入れた魔導書の解析に勤しんでいた。
ソルフェジオとパソコンを繋げ、ソルフェジオに魔導書の内部システムに入り込んでもらい、データをパソコンに送ってもらっている。
「んー……しっかし、随分と古いデータっぽいな、コレ。解析は至難の業だぞ」
『しかし、必ず解析してみせます。我が主』
「ん、頼むわ」
そう言って笑うアンジェラの顔からは、もう悪夢によって苛まれた面影は消え失せ、普段の余裕が戻ってきていた。
数日後。食事と睡眠と運動以外の時間は解析に宛て、ついに古ぼけた魔導書の全てのデータの解析が終了した。
アンジェラがまず驚いたのは、その魔導書の膨大なデータ量だ。それなりにデータ量はあるとは予想していたが、まさか、内部データだけでテイルスお手性の大容量ハードディスクが3個も容量いっぱいになるとは。ちなみに、そのハードディスクの容量は、一つ辺り5テラである。
しかもそこに魔導書に書かれている文字のデータも入るから、結局ハードディスクは4個も使っている。テイルスには申し訳ないことをしたな、とアンジェラは少し反省した。
流石にこんな大容量のデータをソルフェジオに入れる訳にはいかないので、ソルフェジオが魔導書の設計データを元に、アンジェラ専用の魔導書の設計図を作ってくれた。
「それはいいんだけどさ……どうやって作るの、コレ」
『この魔導書をリサイクルします。殆どの機能が時間経過で死んでいたので、このままではこの魔導書は使えません。リサイクルする分には問題ないかと』
「足りない部品って指定されたものが、大抵電子機器用品なんですがそれは……」
『私の手で加工できます』
「アッハイ」
そんなやり取りがありつつ、アンジェラはソルフェジオに指定されたものを揃え、ソルフェジオの設計通りに魔導書を作成する。
「……魔導書って、こんなにお手軽に作れるもんなのか? 部品のことは置いといて」
『そこは、我が主には私が居ますから。私ほど、汎用性に長けた魔法の杖は存在しないと自負しております』
「……確かに。変形しまくるもんな、お前」
『それが私の能力です。私はミラーソード。ミラーソードは所有者の意志によって自在に形を変える鏡の剣です』
「へー」
『……杖形態で鈍器代わりにされるのはちょっと自分を見失いそうになるんですけど』
「Sorry,sorry.なんか、ソルフェジオの杖形態って殴りたくなるんだよな。鈍器っぽく見えるし」
『嬉しくないです』
「ごめんって」
完成した魔導書に、大元になった古い魔導書から抜き取って解析、復元したデータを入れる。残骸となった古い魔導書は、余った電子部品と組み合わせて、魔導演算補助装置の指輪にした。
魔導書には膨大な魔法のデータが入っているが、調べて発動させるまでに一々時間がかかる。ソルフェジオだけにその演算を全て行わせる訳にはいかないのだ。
これで、アンジェラ専用の魔導書の完成……と、言いたいところだが。
『我が主、この本に名前を』
「……名前?」
『名無しの魔導書など、悲しいでしょう』
どういう理屈だ?
アンジェラは純粋に疑問に思った。
それはそうと、名前か。アンジェラは少し考える素振りを見せる。
……とはいえ、もう実は決めていたりした。
「そうだな……『幻夢の書』、なんてどうだ?」
アンジェラにとって、魔法とはまさに幻夢が現実に具現化したもの。これ以外の名前はないと思っていた。
『素晴らしいです。流石我が主』
ソルフェジオは、満足気にそう言った。
アンジェラさん、魔導書(とついでに演算装置)を手に入れる。
……というわけで、アンジェラさんの装備強化回でした。
スペシャルチョコチップサンデー食べたい。