音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 ああ、ヒーローというものは不可解だ。

 人間は人間以外の何者にも成れないというのに、

 人間が人間である以上、間違いなど腐る程犯すというのに。

 それでも、ヒーローは間違うことを許されない。
 後で取り返したとしても、それが間違っていなかったとしても、外野から間違いだと思われれば、それは間違いになってしまう。


 ああ、なんて不自由な生き物だろう。

 雁字搦めの正義とやらは、本当に正義なのだろうか。





 そして彼らは、人間には決して手出し出来ないようなものに直面したその時に、まだヒーローを出来るのだろうか。






 そうじゃなければ、





 赦さない。



やくそく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピシャリ、ピシャリと赤い液体を跳ねさせながら、赤で彩られた通路を走る。

 

 心がガラガラと、音を立てて崩れていくのを感じながら、それでも、ヒーローとして救けるために、麗日達は走り続けていた。

 

「どこもかしこも真っ赤……ほんと一体、何があったんでしょうか?」

「分からん、ナイトアイ達と逸れてしまったことも含めて、イレギュラーなことが起こりすぎている」

「アンジェラちゃん……大丈夫かしら……」

「梅雨ちゃん、フーディルハインなら大丈夫だぜ、きっと。そう信じよう」

「……ええ、そうね」

 

 走る足は止めぬまま、彼らは少しでも己の心を誤魔化すために会話を繰り広げる。それはある意味当然のことだ。異常な空間で異常な事態に陥って、それでもある程度の心の平静を保とうとしたがゆえの、本能的な行動だ。少しでも平静を保っていなければ、彼らの心は容易く崩れ去る。どんなに心を強く持っていても、彼らが人間である以上、心の強さには必ず限界がある。

 

 彼らはただひたすらに、走る。

 迷いも、恐怖も、狂気すらも、振り切るように。

 

 

 

 

 

 ……そうして、走り続けること暫く。周囲の景色が彼らの精神を抉り続けること以外は特に何の障害もなく……それどころか、誰とすれ違うこともなく、麗日達は目的地へと近付くことが出来た。

 

 そう、いっそ恐ろしいほどに、順調に。

 

「……ヒーローや警察に人員を回すことができないほど、八斎會は疲弊してるってことなのか?」

「相澤先生……?」

「いや……それだけじゃない、入口で構成員が言った、「化け物が出た」という言葉……

 

 

 

 

 

 ………………まさか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒーロー……醜い現代病の患者、か。

 ま、居るかどうかも定かじゃない「神」を狂信する奴らよりかは、数段マシかもな」

 

 カツ、カツ、と、誰かがゆっくりと近付いてくる音が周囲に響く。麗日達は、ここに来てようやくお出まししたらしい八斎會の構成員か、と、いつ戦闘になってもいいように構えた。

 

「警戒されてるな……当然か。お前達にとって俺達は……敵予備軍、だもんなぁ」

「っ、お前は……!」

 

 麗日達の前に姿を現したのは、ペストマスクの男。見間違えるはずがない、死穢八斎會の若頭。

 

「治崎……!」

 

 ヒーロー達がこの事案に関する大ボスと踏んでいた男、治崎だった。

 

 麗日達は最大限に警戒を強める。まさか、こんなところで出くわすとは思っていなかったが、元より八斎會と事を構えるつもりだった。自分の娘を銃弾にして売り捌くような男に、かける情けはない。

 

「……ああ、ヒーローが四人。どうやってここまで辿り着いたんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………なるほど、分かった」

 

 ……だが、彼らの予想に反して、治崎は麗日達に攻撃を仕掛けようとすることはなかった。それどころか、スマホを取り出してどこかへ電話をかける始末。麗日達は予想外も予想外の事態に、思わず状況を忘れてポカン、となってしまう。

 

「まあ、信じてくれるとは微塵も思わないが、敢えて言わせてもらう。

 

 そっちから仕掛けてこないのなら、俺はお前達と戦うつもりはない。

 そもそも、俺は壊理を虐待していないし、“個性”を壊す銃弾もばら撒いていない」

「……はっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもね、事の始まりは壊理の“個性”に纏わる情報が……奴らに渡ってしまったことだった。

 

 ま、どこから情報が漏れたかはもう分かってるんだけど……壊理の母親さ」

 

 白のナイトが彼らのキングを追い詰めた黒のルークを弾き飛ばす。お互いに、手駒は残り少ない。

 

「壊理はね、治崎の子供じゃなくて、この八斎會の組長の孫娘なんだ。母親が組長の娘で、ごく普通の父親と駆け落ちしていって組長とは絶縁状態だった。壊理が産まれたばっかの頃は上手くやってたらしいよ。

 

 ただ……壊理は、ほどなくして母親に捨てられた」

 

 黒のナイトを動かす黒鉄の義手が、少しの間動きを止めた。手駒の動きをどうするか長考しているのか、あるいは、別の何かか。

 

 トパーズの輝きが鈍く怒りを宿して揺らめいたことから、ワプトにはアンジェラの内心が手に取るように分かった。語る口を止めぬまま、ワプトは白のポーンを弾く。

 

「原因は、壊理の“個性”だった。なんでも、壊理に触れようとした父親が消えちゃったんだって。母親は壊理のことを「呪われた子」だなんだと罵り……最後には捨てていった。それを、組長が引き取ったのさ」

「……私が、お父さんを殺しちゃったから……お母さんは……」

「おっと、壊理、前にも言ったでしょ? 君は悪くない。“個性”の使い方が分からないなんて、小さな子供にとっては極々当たり前のことだよ。ましてやそれが、母方でも父方でもない、全く未知の力なんだったら尚更」

 

 病的なまでに白い手で壊理の頭を撫でながら、ワプトは白のポーンを動かして黒のポーンを蹂躙する。カタン、と音を立てて置かれたのは、黒のナイト。

 

「ただ……愛する夫を失った母親は、壊理のことを酷く憎んでいた。その気持ち自体はわからなくはない。まぁ、たった4歳余りの子供にそのまま向けていいような感情ではないとも思ったけど。

 

 ……捨てただけじゃあ、その憎悪が収まらなかったんだろうねぇ。

 あの女は、どこから繋がったのかは知らないけど、天使の教会に壊理の“個性”の情報を渡したんだ。見てたのかなぁ、壊理が父親を「巻き戻す」とこ」

「巻き戻し……そうか、“個性”を壊すって、正確に言えば「人間を“個性”が発現する前の状態に戻す」、ってことか」

「そゆこと。

 何かに縋りたい気持ちは分からないでもないけれど、あの女は縋るものを果てしなく間違えた。自分で間違えて、後からそれに気付いたところでもう遅かった。

 次に会った時……あの女は、既に人としての知性を失っていたよ。奴らが信仰と呼ぶ狂気に、心が耐えられなかったんだろうね。

 

 理を壊すほどの力が奴らに知れた。しかもそれが表じゃなくて裏社会で匿われてるとなれば、格好の餌だ。ただ、八斎會が裏社会でそれなりに力のある方だったのが幸いしたのかな」

 

 勝負はついた。黒の駒に追い詰められた白のキング。白の駒が彼らの王を次の一手で救い出す方法は、ない。

 

「「八斎會を見逃す代わりに定期的に壊理の血液を寄越せ」……だってさ。その“個性”を壊す弾は、天使の教会が作って裏社会に流したものだよ」

「血を渡して良いって言ったのは私なの……そうじゃないと、おじいちゃんが……皆が……」

 

 幼いルビーの瞳が不安気に揺らめく。元よりワプトを疑うつもりはないが、アンジェラは先程から一度も、彼女らから嘘を感じなかった。

 

「……必要分のサンプルを集め終わったのかどうなのかは知らないけれど、奴らは突然、常世の夜を放った。確かにアレなら、警察にもヒーローにも足がつかないまま、八斎會を皆殺しに出来る。要は、八斎會はもう用済みってこと。

 

 奴らが何かを仕掛けてくるって占いの魔術で見て、私達は壊理にヒーローや警察を呼んでもらおうとした。こっちから言ってもどうせヒーローや警察は疑うだけだから、自分達からこっちに来るよう仕向けた、ってわけ。

 

 ……君の言う通り、博打も博打さ。それに関しては、返す言葉もないよ。ただ、賭けた結果、君が来てくれた。その直前に常世の夜も放たれたけど。想定よりも早かったんだよね……どっちも。

 

 にしても、強いねぇ。負けたのは久々だ」

「別に、特別強いわけじゃない」

 

 モノクロの盤上を興味深そうに眺める2対のルビーの瞳。ワプトが指を鳴らすと、モノクロの遊戯盤と手駒達は瞬く間に金色の粒子になって霧散した。

 

「いやぁ、見事なゲームだった。勝者にはなにかボーナスがなくっちゃね。

 

 例えば…………」

 

 ワプトが次いで何かを口にしようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PLLL……

 

 無機質な着信音が、部屋に響いた。

 

「……ああ、私のか。ちょっと待ってて……

 

 ……ふーん、そんな人間が居たんだ

 

 …………!」

 

 ワプトは通話状態のまま、こめかみに手を置いて「はぁ〜……」とため息をついた。

 

 それとほぼ同時に、アンジェラは「何か」が動き出した気配を感じる。今の今まで大人しくしていたその「何か」が、突如として活動を再開したような、そんな「流れ」のようなものを肌で感じた。

 

 そして、その何かが一体何であるのかも、アンジェラは理解していた。

 

「……タイミング悪っ……」

「……一応聞こう、何が?」

「分かってるくせに」

「状況のすり合わせは大事だぜ。

 

 それに……他人事じゃないし」

「……そうだね、君は、ねじれ曲がった末に、そういう性を持ってしまったんだもんね。

 

 ……意趣返ししてやろうぜ、運命とやらに」

 

 ワプトは仕方なし、と言わんばかりに点滴を抜いてベッドから降り立つ。長らく床に伏せていたせいで若干足元がふらついたものの、倒れることはなかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 壊理は心底不安そうに、ワプトに目をやる。その幼いルビーの輝きが心配の色に染まっていたのを見て、ワプトは穏やかな笑みを浮かべながら壊理の頭をそっと撫でた。

 

「壊理、私達は今から、おじいちゃん達を殺したやつにお返しに行ってくる」

「でもっ……あいつは、お姉ちゃんでも……」

「確かに、私じゃあ勝てない。治崎も、ここに来ているヒーロー達も、誰にもあいつを止めることすら出来ない。

 

 

 

 

 ……でもね、ここには、君が選んだ「王様」が居る」

「……!」

 

 壊理の瞳に光が宿る。決して差し込まないと思っていた光が、眼の前に照らし出されたような光だ。

 

「私は王様のサポートをしなきゃ。例え、認められていなくても、曲りなりにも「長女」なんだから。

 

 最期くらい、カッコつけさせてよ」

 

 其れは、確固たる決意。死すら厭わぬ狂気。アンジェラに、それをとやかく言うことなど出来ない。その資格は、とうの昔に捨て去った。

 

「……せめて、あいつをやっつけて……その後、少しくらいお話してよ……私、まだ伝えたいことが……それに、私……

 

「           」……!」

 

 壊理はその幼いルビーの瞳からポロポロと涙を零しながら、それでも笑顔でワプトに近寄る。本心を上手く隠せないまま、それでも、取り繕ってみせようという顔だ。

 

「ああ、約束だ」

「……うん、約束!」

 

 指切りは呪いの一種。

 ワプトが壊理にかけたのは、二人が前々からかけると約束していた呪い。

 

 

 

 角が折れ落ちてなくなった顔(・・・・・・・・・・・・・)を涙で腫らしながら、壊理は精一杯に笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヒーロー共には、この世界の本質が見えていない。その甘ったれた正義感とやらで立ち向かえるのは、せいぜい人間だけだ」

「何が言いたい、治崎……」

 

 相澤先生は捕縛布を構えながら、どこかへと歩みを進める治崎を一定の距離を保ちながら追いかける。麗日達も、治崎に対する警戒を怠ったりはしない。極道の若頭に対する態度と思えば、決して間違いなどではない。

 

「近い将来、人間同士でヒーローだの敵だのとやっていたのが、お遊びだったと思えるようになる。人間が人間である以上、もはやその流れに抗うことは出来ない。

 

 ……これは言わば、その予兆だ」

「八斎會はそんなことを企んでいる、ってこと……?」

「……今の話の流れでどうしてそうなる。俺達もその被害者だ。親父は宿願を果たせぬまま、孫娘を庇って逝った。八斎會の組員も、数え切れないほど死んだ。

 

 あいつからそういう話は聞いていたが……あれは、人間にどうこう出来るようなものじゃない」

 

 治崎がそう話していると、突然、壁にヒビが入る。麗日達が警戒していると、治崎が急に立ち止まった。

 

「自分の理解が及ばぬものを、人間は本能的に避ける傾向にある。親父はそんなふうに世間からはみ出した奴らに、居場所を作ってくれた。俺も、あいつも、壊理も、そんな親父に救われた。

 

 

 

 

 ……ヒーロー、向き合う時だ」

 

 ピシリ、ピシリと、瞬く間にひび割れが大きくなっていく。空間全体にヒビが入り、崩れていく。隠されていた真実が、少しずつその姿を現すように。

 

「理解出来ないような恐怖に、真正面から対峙した時。

 

 その時お前らは、まだ「ヒーロー」を名乗れるか? 

 

 

 

 狂気を振りまく幼子を、罵倒せずにいられるか? 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その覚悟とやらを、せいぜい示してみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相澤先生がどういう意味だと治崎に聞き返そうとした、その時。

 

 ビシャンッ! と大きな音を立てて、壁が、地下通路が、いや、空間そのものが崩れる。形成されていた「囲い」が解除され、地下通路が本来の姿を現した。

 

「あっぶなあ、ギリギリセーフッ!」

 

 その「囲い」の向こうから、壁が崩れるのとほぼ同時に壊理を抱えたワプトが滑り込んできた。ここまで相当走ってきたのだろうか、彼女の息は荒い。

 

「お姉ちゃん……大丈夫?」

「平気……こんなところでへばってはいられないもん。

 

 しっかし……理性を簡単に失うほどの強い衝動だとは思ってたけど、ありゃ理性を失うというより……完全に別物じゃん」

 

「あやうく巻き込まれかけた」と悪態をつくワプトの視線は、崩れた壁の向こうに向いている。彼女が抱える女の子が保護対象の壊理だということは分かっていた麗日達は、それでも、目を離すことが出来なかった。

 

「……あれって…………まさか…………」

 

 ここに居るヒーローの中で、麗日だけが知っていた。

 その眼前に広がる光景を、前に一度だけ、その目に焼き付けたことがあったから。

 

 

 だから、彼女がどれだけその決して抗えぬ本能に迷い、苦しんできたかも、知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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