(かくいう自分達が一番壊れているのだとも、生まれた時から知っていた)
壁の隙間から漏れた閃光が麗日達の視界から失せると、治崎は“個性”を使って分厚い壁を取り除く。
その先にあっただだっ広い部屋は、先の何倍も広い、天井すらない大穴になっていた。
大穴の中央には、黒い液体を零しながら収縮を繰り返す、不定形の物体が浮かんでいた。この物体こそ、ワプトがレリーフの中に封じ込めていた、
「っ……無茶苦茶しやがって……けほっ」
咄嗟にソルフェジオが展開した防壁と
ふと、ワプトの方へと目をやる。アンジェラは手を貸しただけで、あの爆発を主体になって抑えたのはワプトだ。ソルフェジオが軽く試算した結果、少なくとも町一つは吹っ飛ばす規模だったという爆発の規模を限りなく小さくした。主体となったワプトへの負荷はアンジェラの比ではない。
……実際には、それだけで済む話ではなかったのだが。
「あ……ぁ…………」
「……ッ!」
ワプトを視界に入れた瞬間、アンジェラは息を呑み、即座にワプトを抱えて麗日達の元へと運び、そっと寝かせる。ワプトの姿を見た麗日達の顔色が悪くなった。特に、治崎と壊理の狼狽えようは、それはそれは酷いものだった。
「お姉……ちゃん……?」
「ワプト……お前、まさか……」
「……覚悟は、していた。いよいよ来たって、だけだ」
元々、治崎と壊理の“個性”で騙し騙し生きているようなものだった。一度始まれば、彼女らの身体は“個性”による干渉を受け付けなくなる。それは、腹がグズグズと崩れた時に、分かっていたことだった。
タイムリミットは近かった。それが、更に早まっただけだった。
ワプトの左目は爛れ落ち、全身からは出血が絶えない。点々と身体が溶け落ち、口から血反吐を吐き出している。
そう、
「お姉ちゃん……死んじゃ、駄目!!」
「っ、おい、どうにか出来ないのか! お前は、回避出来たんだろう!?」
治崎はアンジェラに縋り付く。本心から、ワプトのことを案じている顔だった。疑う余地もないほどに。
だが、そんなふうに縋り付かれても、アンジェラにはどうしようもない。様々な条件が複雑に絡み合った末の、本当の意味での奇跡を意図的に再現出来るのなら、最初から肉体の崩壊に怯える必要はない。
そもそも、あれはカオスエメラルドの力と親和性が高いアンジェラだからこそ、形となった奇跡なのだ。カオスエメラルドの器たり得ないワプトには、どう足掻いても出来ない手段である。それ以外にも、足りないものが多すぎる。ワプトの命が尽きるまでに、集まりようのないものが、多すぎる。
「……期待に添えなくて悪いが、出来るなら、とっくにしてる」
だから、アンジェラには、首を横に振って懺悔を告げることしか出来なかった。自分の本心と共に、否定を告げることしか。
「王様……お姉ちゃんは……お姉ちゃんはっ……!」
壊理は涙ながらにワプトの服を掴む。自身の手が血に汚れることも厭わずに。
「……まだ……まだ、終わってない……」
ワプトは鎌を杖代わりに、肉の欠片を落としながらなんとか立ち上がろうとする。その右目は、大切なものを幾度となくぐちゃぐちゃにした、あの黒い物体への殺意で溢れていた。黒い物体は緑色の液体のようなものを吸い取り終わったのか、緑の光と共に脈動を繰り返している。
まだ彼女は、戦おうとしている。この戦いの果てに、彼女に残されるものは何もないと、他の誰よりも分かっていながら。
「……痛く、ないんですか……怖くは、ないんですか……?」
言葉を失ってしまったクラスメイト達と先生の代わりに、麗日がワプトへ問いかける。普通に生きてきた人間であれば当たり前の、いや、彼女の死期が近いということを知っていた治崎と壊理でさえ、心の何処かで思っていたことだ。今のワプトの心境を僅かながらでも理解出来るのは、アンジェラだけだった。
ワプトは鎌を杖代わりになんとか立ち上がると、口を開く。
「……ヒーローにしては……おかしなことを……って、言いたいけど……そういうことじゃ、ないか…………
…………でも、さ…………やっと、やっと…………奴らに、直接牙を突き立てることが出来たんだ…………母から、全てを奪った奴らから、少しだけでも、奪い返すことが…………
ふふっ……ヒーローには、救えなかったという後悔を与え、天使からは、手駒を奪う……
私はヒーローと天使を、何度生まれ変わろうが、決して赦さない。
これは、お前達への復讐であり、あいつらへの復讐だ」
ごぽり。
血を吐き出し、とぽとぽと溶けた肉を腹から落とし、ワプトはそれでもしっかりとした足取りで黒い物体へ向かう。
その言葉は、治崎と壊理からワプトを止めまいと思わせるには、十分過ぎるほどの威力を持っていた。ワプトが本心からその言葉を発しているのが痛いほど伝わってくるのだから、尚更。
「おい、あれ……」
ふと、黒い物体へ目をやった切島が、物体を指差しながら口を開く。苦しげに脈動した物体は地面に落ち、黒い液体を撒き散らしながら分裂していく。分裂体は腕が肥大化した
アンジェラはグロテスクなアカイロの瞳のまま、しかし今度は完全な理性でもって、麒麟のような姿に変化した物体へと殺意を向けた。
「……あれは……」
「……まさか、アレが、あんな形で役に立つなんてね……捨てるわけにもいかないから、置いといてただけなんだけど……」
黒い物体が吸い出していたのは、ワプトの部屋にあった脈動する肉の塊……に、詰め込まれていた緑色の液体。ワプトが、醜く諦め悪く、生にしがみついて抗い続けたことの証。
身体が崩れかける度に、ワプトは治崎と、最近では壊理の“個性”で肉体を一度壊して修復、あるいは巻き戻していた。だが、既に崩れた場所には効果がなく、ワプトの身体から分離した肉塊となった。そしてその肉塊は、時間が経つと、母体を無視した量の緑色の液体になった。
その液体は、ワプトは触れても大丈夫だったが、人間にとっては毒でしかない。ワプトは自身の血肉の一部を使って液体を決して通さないタンクを作り、その中に液体……コギトを封じ込めた。ワプトはコギトの泉から生れた存在。コギトを生み出すことが出来ても、何らおかしなことではない。意図して生み出すようなことが出来る訳でもないが。
「いくら常世の夜でも、コギトを直接取り込むと無事じゃ済まないのか……最期の最期に、いい事知れたな」
ぐちゃり、ぐちゃり。
腹から血肉を零しながら、ワプトはどこか嬉しそうに口を開く。
黒い物体は、それを餌とでも思い込んだのだろう。コギトはそれ単体で強大なエネルギーとなり得る。
だが、それを上手く使えるような方法は、ない。少なくとも、人間が人間である以上は、そんな方法、見つかりはしない。
取り込んだものが毒だと気が付いた頃にはもう遅い。
ワプトは少しずつ、しかし確実に人としての形をドロドロと失い続けている手でしっかりと鎌を握ると、その身体から血肉を撒き散らしながら構える。
「……おい、あんた。事情は分からんが、その身体じゃ……」
「…………死に方すら、ヒーローは選ばせてくれないのか。それはそれは、酷く残酷な、正義だことで……
そういうのは単なる善意の押し付けでしかないと、言われないと気付けないのかな」
ワプトの蔑みの視線が、一切の容赦もなく麗日達を射貫く。
麗日はクラスメイト達とお互いに顔を見合わせると、崩れかけていながら、それでも強い光を宿すワプトのルビーの瞳をじっと見つめて、口を開いた。
「……私は……私達は……」
八斎會の屋敷の地下から光の柱が立ち昇った時、ナイトアイ達はループする箇所を抜け、地下通路を先へ先へと進んでいた。精神を抉るような光景を極力認識しないようにして、進んでいた時にそれは起こった。
「うわっ、なんやなんや!?」
「振動……地震……?」
「いや、八斎會の“個性”か……?」
情報が足りず憶測が飛び交い、全員の意識が散り散りになってしまう。抉られないようにと意識はしていても、精神はガリガリと削れていたことも要因だろう。
転がっている血肉が、いつか自分が辿る姿かもしれないと一度思ってしまえば、人間の脆い心など、いとも簡単に砕け散る。そこに、強大な力を持つ存在の影が匂えば、普通の人間は簡単に、抗うことをやめてしまう。
「……もう、おしまいだ……」
がたん、と、一人の機動隊員がその場にしゃがみ込む。それを皮切りに、次々と機動隊員が諦めの言葉を口にする。行き場を失った迷子のように、つらつらと意味のない言葉の羅列を繰り返す。
仕事柄……というよりも、役割上比較的実戦慣れ、戦場慣れしているヒーロー達はともかく、役割上、現場に出てくることがどうしてもヒーローより少なくなってしまう警察達は、既に正気を失いかけている者が殆どだった。刑事はなんとか正気を保ってはいたが、それ以外の機動隊は、もはや動けるような状態ではない。
それをいち早く察知したナイトアイが、口を開く。
「皆さん、先に外に戻っていてください。ロックロック、彼らの護衛を」
「……分かった」
名指しされ、正気を失った機動隊を託されたロックロックは何処か不満げに、しかし、この役割の大事さはしっかり理解したように答え、正気を失った機動隊を連れて来た道を戻っていった。
この場に残ったのは、ナイトアイとリューキュウ、ファットガムと彼らの相棒達、そして、インターン生と刑事。
彼らはなんとか正気を保ちながら、先へ進む。
……機動隊が彼らに付いていかなかったのは、正解だろう。
恐らくは、彼らが先の光景を目にしたら、身体よりも先に心が死んでいただろう。そして、無惨に殺されるどころか、自ら命を捧げていたはずだ。
自分の理解を超えたものに直面した時。
人間は、本能的に恐怖する。
壊れかけの心に恐怖が伸し掛かれば、其れは儚く無情に崩れ壊れる。
心が死んだ肉の塊は、果たして人間と呼べるのだろうか。
ナイトアイ達が狂気に呑まれまいとなんとか進み、たどり着いた、その時。
グシャッ!
肉を内側から切り裂く、鈍い音が響く。
黒い麒麟のような生き物が、苦しげに嘶く。
直後、麒麟のような生き物が、黒い液体に包まれた何かを吐き出した。麒麟のような生き物は、それを威嚇するように身体を振る。
吐き出された何かはナイトアイ達の近くに落ちると、風を纏い身体に纏わりついた黒い液体を弾き飛ばした。
「内側から、かなりの範囲を裂いたはず……それでも、まだ向かってくるか」
「なっ……フーディルハイン……!?」
ナイトアイの近くに落ちてきたものは、アンジェラだった。近くに居るのに、アンジェラはナイトアイ達の存在には気付いていない。アンジェラの視線は、麒麟のような生き物にのみ向いている。
ナイトアイは周囲を見渡す。
少しだけ離れた場所では、一年生のインターン生とイレイザーヘッド、アンジェラの使い魔達、そして、何故か治崎が共に黒い化け物の群れと戦っており、その主軸となっているのはそのいずれでもない、身体から血肉を撒き散らしながら、ドロドロの手に携えた鎌で黒い化け物達を切り裂いていく、ナイトアイも全く情報を持たない少女。
「……! 壊理ちゃん……!」
通形はイレイザーヘッドの腕に抱かれた壊理の姿を発見し、場違いとは分かっていながら安堵の息を吐いた。無事で良かった、と。
ナイトアイはアンジェラに現状を聞こうとするが、それより前にアンジェラが口を開く。
「いくら再生するとはいえ、痛みはあるはずなのに……いや、生まれながらの性、か。
……分かっちゃうん、だよなぁ」
「おい、フーディルハ……」
ナイトアイの呼びかけにも気付いた様子すら見せず、アンジェラは麒麟のような生き物……無理矢理実体を手に入れさせられた
だが、
「……ケテル、負担がかかるだろうが、いけるか?」
アンジェラは体内に宿ったケテルに語りかける。
《だいじょーぶ、がんばるよ!》
身体の内側から聞こえてきたのは、無邪気な声。アンジェラは無意識に笑みを零すと、
「フーディルハイン……何が、どうなっている……」
「…………ナイトアイ」
刃の広い槍のような形になったソルフェジオを手に取ったアンジェラは、ようやっとナイトアイ達を認識し、振り向いた。
その瞳を、アカイロに染め上げたまま。
それは、本能に満ちた食欲ではなく、本能と理性がせめぎ合い、混ざり合った果ての、猟奇的な殺意の現れだった。
「丁度よかった、麗日達に加勢してやってください。あいつもそろそろ限界だ」
「おい、質問に……」
「簡潔に言うと、化け物退治中です。あと、八斎會は元々被害者側でした」
「はっ……? それは、どういうこと……」
「詳しくは壊理と先生から聞いてください。もう本当に時間が無いんで」
ナイトアイ達はアンジェラを呼び止めようとするも、アンジェラはこれ以上は時間が惜しいとばかりに飛び出す。
「いくぞ……メリッサ」
アンジェラはソルフェジオを握る手に力を込めると、背に魔法陣を展開させ、無詠唱で
だが、その程度のダメージでは、
「……まずは、脚から潰す」
アンジェラはソルフェジオの切っ先を
なれば、アンジェラが放つ魔法は。
「
ソルフェジオの切っ先から、空色の広範囲砲撃が放たれる。二重に強化されたそれは、周囲の雑魚どもも巻き込んで
アンジェラはソルフェジオの刃に
「……見えた!」
麒麟のようなその身体の頭部に、それを感じた。アンジェラは即座にソルフェジオを振るい、
だが、想像以上に硬い。奴もここが弱点であるということは分かっているのか、他の部位よりも遥かに硬い。かといって悠長に砲撃を撃とうと魔力を収束させていては、脚部の再生が追いついてしまい、逆にやられてしまうだろう。
そう、砲撃を撃てるのが、アンジェラ一人なら。
「っワプト、手ぇ貸せ!!」
「おーよ!」
その身体から肉を撒き散らしながら、ワプトは上空に魔法陣を展開し陣取ったアンジェラの隣に赴き、アンジェラが差し出してきた右手を取った。アンジェラは自身の前面に巨大な魔法陣を展開し、魔力を収束させる。
「
彗星のような空色の砲撃が、
フロンティアのアプデ情報見ました。
多分、ストーリーに手を加える可能性が高いと悟りました。まる。