私達はそうあれかしと作られた。
あの子はそれを認めず、それにばかり従おうとはしないだろうけど。
私は従う。
だから、私はヒーローを、
伝えることを伝え終えれば、後は話をするつもりがないようにしか見えないアンジェラに困惑しつつも、ナイトアイ達は麗日達に加勢していた。
治崎が化け物と戦っている理由も、壊理が身体から血肉を撒き散らす、情報はないが八斎會の一員と目される少女に心配そうな視線を向けている理由も、そもそも、黒い化け物が何なのかすら、分からないまま。
ただ、本能と理性がぐちゃぐちゃに混ざり合った果ての殺意に呑まれ、それでも理性でもって言葉を紡いでみせたアンジェラの言葉が嘘だとはとても思えず。混乱と疑念を胸に抱えたまま、彼らは黒い化け物……
出現していた
「ヒーロー……あれは、化け物なの。敵っていう人間じゃないの。拘束しただけじゃ無力化は出来ない。話が通じる相手でもない。だから、殺すしかない」
「殺すしか……どうして、そう言い切れるの?」
「組の皆、あいつらに殺された。おじいちゃんも、殺された」
鈍い光を宿したルビーの眼がヒーロー達を射貫く。
こんなにも幼い子供が、ここまで感情を感じさせないような表情が出来るものなのか。
事実を理解する時間もなく、そこに先入観が合わさって疑心暗鬼となり、何が正解なのかわからなくなっていった時。麗日が、覚悟を決めたような光をその眼に宿して言った。
「……リューキュウ、私達は、救けに来たんです。本当に救けを求めていたのは、壊理ちゃんだけじゃなかったってだけなんです。
別に、治崎を信じたってわけじゃないですけど……アンジェラちゃんのことを、私は、私達は信じているから」
攻撃を掻い潜りなんとか
別に、極道を信じたわけではない。
だが、麗日はアンジェラが、治崎やワプトに敵対心を持っていないことが分かっているから。
大切な友達で、信頼できる人だから。アンジェラのことを信じているだけだ。
そしてそれは、蛙吹と切島も同じ。
「……ナイトアイ、俺も、救けるためにヒーローになろうと思いました。事情も謎も、まずはあの化け物を倒してから聞けばいいんじゃないですか。今のままじゃ、聞くことさえままならない」
「ファット、俺も、ミリオに賛成です。まずは、眼の前の事態を解決しなきゃ……真実を確認することさえ、出来なくなる気がするんです」
通形と天喰が口々に告げた言葉に、プロヒーロー達は口を閉ざすことしか出来なくなる。
極めつけは、波動の無邪気な、しかし的を射た言葉。
「ねえリューキュウ、壊理ちゃん、治崎に怯えてるようには見えないの。それに、ボロボロな女の子のことを、とっても心配しているように見えるの。
……あの化け物は、人間じゃないんだよね。だったら、捕縛じゃなくて、駆除をした方がいいんじゃない?」
その時点で、ヒーロー達が治崎とワプトを責めることは出来なくなった。
本当は彼らも最初から分かっていたのだ。
だが、それを為していたのが「極道」だったから。
彼らが苦言を呈しようとしていた理由は、それだけだ。
先入観とは恐ろしい。本来は正しいことだと分かっていても、行っている人間が「普遍」に組み込まれないだけで、人間は無意識にそれが間違っていると決めつける。ここに至るまでに随分と精神を擦り減らし続けていたことも要因だろうから、一概に彼らが悪いと決めつけることは出来ないが。
だが、子供達が本当に正しい選択をした。
それに応えず、何がヒーロー……いや、大人だろうか。
「……そうだな」
彗星が駆け抜けたかと思うと、化け物達が黒い霞となって消え去った。アンジェラの使い魔達を除き、途中から防戦一方となっていたナイトアイ達は首を傾げるも、直後に彼らの近くに飛び降りて来たアンジェラが抱える者を見て、息を呑んだ。
「……っ、お姉ちゃん!!」
イレイザーヘッドの腕から抜け出して、壊理は一目散にアンジェラに……いや、アンジェラが抱えるワプトへと駆け寄って行った。
その身体は、今や辛うじてヒトの形だと分かるほど、ドロドロに崩れていた。絶えず血肉が零れ落ち、左目は完全に溶けてしまっている。全身から溢れ出る血は見ていてとても痛々しい。
アンジェラは地面から少しばかり離れた場所に人ひとり分の広さの魔法陣を展開すると、そこにワプトを寝かせた。装束や手に血が付くことなど、塵ほども気にもならなかった。
「がはっ……最期の……花火とばかりに……ちょっと……力入りすぎた……かな……」
「……お姉ちゃん……」
「………………ごめんね。辛い目に、合わせてばっかで……壊理、王様のこと、お願いね……」
「……うん」
崩れ行く身体に、全身から走る激痛。それでもワプトは、声を振り絞る。刻々と零れ落ち、終わりゆく自らの命を、なんとか繋ぎ止めながら。傍らで壊理が零す涙に濡れることすら、彼女は気にもならなかった。
「ワプト…………これでもう、俺には何も残らなくなる…………」
「……悪いなぁ、とは……思ってるよ…………でも、八斎會が消えた今、私にはこの世界への未練なんか……無い」
「……………………そうか」
治崎は、それ以上かける言葉が見つからないとばかりに口を閉ざした。
悟ったのだ、彼女が生きることを、もう望んでいないことを。
「……愚か者共、こっちも誘導してのこととはいえ……被害者でしかない私達を…………追い詰めていくのは……楽しかったかい?」
ワプトの視線が呆然と立ち尽くすナイトアイ達に向けられる。
どうしようもないほどの怒りと、身を焦がす程の嫌悪と、溢れんばかりの失望が籠もった視線だ。
「あははっ……いい気味だ……愚か者共…………貴様らは、何一つとして救えなかった…………八斎會も……壊理も………………私も。
……忘れていたとか……知らなかったとかじゃない…………思わないようにしてた、んだろう? 思い込んで……それを、全く疑いすら……しなかったんだろう? そうじゃなきゃ…………少なくとも、八斎會の組員の半分は……極道になったりしていない………………。
ヒーローが…………敵だと定義する者の中には……本当に、自分のことしか考えていない奴も居る……それは、事実だ……。
だけどね……愚か者共…………それは、稀なことだ。敵とされた者達には……世間一般の「普遍」から……弾き出されたり……「普遍」に染まった者に…………傷付けられたりした者も多い………………ヒーローやそれを支持する愚か者が…………勝手に決めた、息苦しい「普遍」に……ね。
弾き出された者達は……まるで…………生きていることが罪だと言わんばかりの扱いを受ける…………何も、していなくとも…………それが例え、生まれ持った性だったとしても…………貴様らは……理解しようとすら、しない。しようとした果てに理解できなかったのならまだしも、理解することそのものを…………貴様らは、ずっと放棄し続けている。
……「普遍」に染まらない者は……生きていることさえ、悪いことなのか?
ヒーローは、「普遍」に染まらない者は……救けない、のか?
「普遍」に染まらない奴らだから…………それだけで……確証もないことを……事実と、決めつけるのか?
壊理がここに居るってだけで……私達を、「悪」と、決めつけるのか?
別に、怪しむなとは言わないけどさ……確たる証が一切ないのに……完全に「事実」と決めつけるのは……私達のことを……「敵」だと決めつけるのは…………あんまり、じゃないか?」
言葉は刃。
ワプトは今、ナイトアイ達に刃を振りかざしている。
一つ一つの言葉が、明確な憎悪と殺意を持って紡がれる。
その事実こそがナイトアイ達の心を傷付けると分かっているからこそ、ワプトは刃を振りかざすことを止めはしない。
アンジェラは、一切止めようとしなかった。
ワプトの言葉に心が動くようなことも、なかった。
「…………それ、は………………」
ナイトアイは反論しようとした。
だが、出来なかった。
最初から、八斎會がクロだと決めつけていたから。
アンジェラと通形から聞いた話を加味した上だとはいえ、その最たる理由は、「八斎會が極道だから」。
確たる証がないという自覚はあったが、それでも、八斎會がクロだと、決めつけていた。
それこそ、証拠も何もない思い込みで。
そういうふうに誘導したのはワプトの方だが、それでも、いや、だからこそ、ワプトは心底軽蔑したかのような声で、振りかざし続ける。極論だということは分かっていながら、ヒーローへの激しい憎悪をもって。振りかざすことを、止めはしない。
こうしてヒーロー達がここに来たことこそが、全ての答えだ。
挙げ句の果てに、ヒーロー達は何も成していないのだ。全ての業を背負うのは、何時だって、まだ十にも満たない幼子で。
ああ、なんて、笑える話だろうか。
くだらない話だろうか。
惨めな話だろうか。
「気付け、自覚しろ、理解しろ。
愚か者共、貴様らがここに来た理由こそ、答えであり、心理であり…………
…………世界でもっともふざけた、事実だ」
本当に…………笑えない話だ。
母は、全くもって無意味な憧れのせいで、果てのない絶望の中、その魂を囚われ続けているのだから。
本当に、笑える話で、笑えない話だ。
「この世界に、「ヒーロー」なんぞ存在しない。
存在出来るはずがない。
人間が、人間である限り、絶対に。
だって、もしこの世界にヒーローが存在していたのなら………………
私達は、生れることも、絶望することも、憎むことも、怒ることも、苦しむことも、死ぬことも、なかった。
ヒーローは……いつだって、本当の意味で救いを求める奴のことは…………救けちゃくれない。
それどころか……本当の意味で救いを求める奴のことは…………周囲に混ざって、蔑ろにし、嘲笑うのさ。お前らだってそうだから、ここに来たんだろう? 先生とお友達はどうやら、違うらしいけど……少なくとも…………お前らはそうだ。
…………そんな奴らの……どこが、「ヒーロー」だと言うんだい?」
「……………………」
心に棘を突き付けられ、穿たれて。ナイトアイは思わず膝をついた。
溶け出すような憎悪と絶望を存分に乗せて放たれた言葉は、彼らが信じていたものが全くの嘘偽りだと思わせるには十分だった。元々蝕まれていた心に振り下ろされた憎悪に満ちた言葉の刃は、人間の心に消えない傷を付けるには、十分過ぎた。そうしようと、ワプトは言葉を紡いでいるのだから。
母が望んだことではない。
妹達が望んだことでもない。
組の皆が望んだことでもない。
ただの、私怨だ。
ワプト自身の、憎悪だ。
「返す言葉もない……か。
はははっ! 傑作だなっ!! あんたらは認めたってわけだ!! あんたらは「ヒーロー」なんかじゃない!! どこまでも人間は「人間」でしかなく、「人間」にしか、なれない!!!
がはっ……ごほっ…………母が、救いを求めたヒーローってやつは、やっぱり、存在すらしていなかった!!!
母の絶望は、憎悪は、怒りは!!! やっぱり、正しかった!!!」
血反吐を吐き出しながら、狂ったように幼子は嗤う。どこまでも楽しそうに、ナイトアイ達の心を蝕んでいく。崩れ行き血液が吹き出す身体を意に介さず、幼子は嘲笑う。ヒーローを名乗る愚か者共を、心の底から。
ナイトアイ達に、言葉を返すことなど出来ない。
表面上で取り繕いたくても、出来ない。
だって、本心から、ワプトの言葉は真実だと、思ってしまっているのだから。反論することなど、出来なかった。
「どこまでもッ! この世界は、狂ってるッ!!」
べちゃり、べちゃり。
血肉が落ちる音が響く。
「愚か者共、時が経たない内に思い知ることになるだろう、今まで自分達がやってきた「人間同士の争い」は、単なるお遊びでしかなかったと!!
突きつけられた絶望は、お前らじゃあどうすることも出来ない!! 人間には、抗うことすら出来やしないッ!!!
せいぜい、その意味のないヒーロー精神とやらで抗って、抗って、抗って………………
そして、絶望しろ。
自分達が結局、「人間」でしかなかったという事実に。
そして、あくまでも人間として生き延びたいというのなら、せいぜい、あの子達の機嫌を損ねないことだな。
……なあに、難しい話じゃない。下手に利用しようとか、あの子達のことを、道具のように考えたりしなければいい。あの子達から、自由を奪わなければ、それでいい。
…………そうすれば、少なくとも、君は、友達のためには戦うんだろう?」
ルビーの瞳が射貫くのは、トパーズの瞳。アンジェラは少しばかり、ワプトの言葉の意味を考えるような素振りを見せて、頷いた。
「……ふふっ……あはっ……………………………………あはははは……
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
狂った笑い声が鼓膜を震わせ、心を抉る。
肉塊は黒い霞となって、血肉の一片さえも残さず霧散する。
今ここに、事件は終わりを告げた。
ヒーロー達が、何も成し遂げはしないままに。
その場には、本当の姉のように慕っていた者を亡くした壊理の、狂ったような慟哭だけが、徒に響いていた。
えきねこです、よろしくおねがいします。
ちょっと前からpixivでも活動を始めました。別の作品を投稿していますが、無関係ではない……かも?気になる方はどうぞ。
https://www.pixiv.net/users/50130813
これからも、この狂い壊れた御伽噺を、よろしくお願いします。