音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 何よりも軽くて。
 何よりも重かった。




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 その後。

 ナイトアイ達は一度撤収し、警察の主導で八斎會の屋敷の捜索と被害状況の確認が行われた。屋敷の中は血塗れだった。生存者は最初に外に飛び出してきた者たちを含め僅か数名だった。拳銃やナイフ、毒薬などを使って自殺をしている者も少なくなかった。肉体よりも先に、心が壊れてしまったのだろう。生存者達も、その殆どが正気を失っていた。

 

 そして、屋敷の隅から隅まで捜索は行われたが、八斎會が薬物を捌いていたという証拠が見つかることは、終ぞなかった。

 

 ヒーロー、警察側の身体的な被害はほぼ無いに等しいが、特に警察から深刻な心的外傷を負い、今の仕事を続けられなくなってしまった者が続出した。そういう意味では、ヒーロー、警察側も深刻な被害を受けたと言っても過言ではないだろう。

 

 治崎はというと、事情聴取のために暫く警察に身柄を置くこととなった。だが、治崎が何かをしていたという証拠は無い上に彼も被害者であるということを加味して現時点では敵扱いはされず、何らかの罪が出てきても内容によっては情状酌量されたり、無罪になる可能性も十分にあるとのことだ。

 

 そして、壊理は………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……壊理を、雄英で?」

「ああ、壊理ちゃんたっての望みだ。正確には、お前と一緒に居たいらしい。あの子の精神状態を鑑みても受け入れた方がいいと、担当医さんのお墨付きが出た」

 

 相澤先生の話によると、壊理は病院の先生達に対して酷く拒絶の意を示したのだという。既に父親も祖父も亡く、母親にも捨てられ、姉のように慕っていたヒトも先程逝った。壊理の心は酷く傷付いている。他人を信用しようとしないほどに。

 

 対話に応じようともしない壊理に困り果てた医者先生が、壊理に何か望みはないかと聞いてみたところ、酷く遠慮がちに『……王様と、一緒に居たい。他はいらない』と言ったそうだ。壊理の言う王様が=アンジェラと繋がったのは、壊理から王様とやらの特徴を聞き、それがアンジェラと見事なまでに合致したからだという。

 

「それに、あの子の“個性”が今回の件の発端となった可能性があるそうだ。もしそうなら、養護施設に預けるのは却って危険が増す可能性がある。最終決定は職員会議を通してからにはなるが……悪いようにはならないとは、言っておく」

 

 病院で検査を受けたアンジェラに、相澤先生は告げた。検査の結果は特に異常なしと太鼓判を押された。それは他のクラスメイト達やナイトアイ達も同様らしい。

 

「……そうですか」

 

 アンジェラは、無茶を通したせいかぐったりと眠っているケテルを腕に抱き締めながら相槌を打つ。その可能性が低いと思っていたからこその反応だった。

 

 相澤先生はアンジェラにかけるべき言葉を見つけることが出来ず、アンジェラも自分から口を開こうとはせず。今回の1件でヒーロー側で死者はおろか重傷者すら出なかったにも関わらず、二人の間には通夜のような沈黙が流れていた。

 

 二人の足は同じ方向に向きながらも、互いに言葉を発しようとすることはしない。カツカツ、と、病院の廊下を歩く音だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 

「……相澤先生……アンジェラちゃん……」

 

 そのまま二人の脚が向かった先では、制服姿の麗日達が一つのテーブルを囲んでいた。三人は先の事件で受けた精神的な負荷が抜け切っていないのか、どこか呆然と天井を見つめていた。

 

「…………私達…………何も、してない………………何も…………出来なかった」

 

 麗日は無力感のまま呟く。声色に後悔を滲ませて、身に過ぎる無力感のままに。

 

「…………救け、られなかった」

 

 蛙吹と切島も、顔を伏せる。彼女らの脳裏に、壊理の狂ったような慟哭が繰り返し過ぎる。「何も為せなかった」という事実が、麗日達の心に絡み付いていく。相澤先生でさえ、麗日達にかける言葉を見つけられずに逡巡を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………それは……なんとも「傲慢」、だな」

「……っえ?」

 

 その言葉は、誰の予想にも無いものだった。声色こそおどけたようなものだったが、その発言をかましたアンジェラの顔は真剣そのもので。麗日は目を丸くして、アンジェラのトパーズの瞳を覗き込む。

 

「どういう……こと?」

「…………あいつは、「ヒーロー」に救われることなんぞ、望んじゃいなかった。オレには、そうとしか見えなかった。他の奴らについてどう思ってたのかは知らないが、少なくともワプトは、自分自身がヒーローに救われることそのものを…………「屈辱」としか、思わなかったろうさ。

 それはお前らも、なんとなく察してるだろ? それを分かっていながら「救けられなかった」は……傲慢だ」

 

 麗日達の脳裏に、どこまでもヒーローを憎みその心を抉ろうとする狂った笑い声が反響する。その笑い声は、なるほど、確かにヒーローに救われることを望んでいるとは、口が裂けても言えないようなもので。

 

「厳しい話になるが…………求めてもいないのに押し付けられる「救いの手」は、差し伸べられた相手を追い詰めるだけになることもある。勿論、本当に救いになることもあるし、あそこまで極端なのは滅多に無いが…………救いの手がその相手を大小問わずに傷つけるってのは、特段珍しい話じゃない。その後の対応とかによっても色々と変わりはするけど……とにかく、救いだと自分では思っていたそれは、相手に望まれていない時点で「傲慢」に成り下る」

 

 トパーズの瞳が鈍く輝く。麗日はもはや、乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

「傲慢……か。そうだよね、望まれていないのに、自分勝手に都合や自分の考えを押し付けて……

 

 

 

 ……ねえ、アンジェラちゃん。それでも救けたいって思うことは、悪いことなのかな?」

 

 迷子だ。自分の憧れが見えなくなった迷子の声だ。

 幼子の狂った嗤いは(のろ)いとなって子どもたちを縛り付ける。

 

 救いを求めるような視線が向けられて、幼子は少し考える素振りを見せ口を開いた。

 

 

 

 

「……そうだな、個人的に傲慢だって自覚は持つべきだと思うが…………

 

 ……別に、悪いことじゃないんじゃないか?」

 

 迷子にかけるような声で、幼子は語る。

 

「あいつが「救われたくない」と思ったように、お前らは「救いたい」と思った。あいつにとっては、ヒーローに救われないことこそが救いだった。

 

 そうやって考えが対立して、あいつが押し通した。ただ、それだけさ。そこに正しい間違いは関係ない。お互いが後悔しないようにって動いた結果だ。

 …………残酷な話だけどな」

「………………後悔……しない、ように…………」

 

 迷子にとっては残酷極まりない話で。しかし、それは現実に起こった話で。

 

 ただただ、受け入れるしかなかった。受け入れなければ、先に進めないような気がした。

 

「それでも救けたいというのなら、救われたくないと願う人の心を踏み躙らなきゃならない。救われたくなかったのに、と糾弾される覚悟は必要だ。なんで一緒に死なせてくれなかったの、救われたくなんかなかったのに、って。

 

 ……本当に、世界ってのは矛盾だらけだな」

 

 呆れたように、アンジェラは笑みを浮かべた。

 常人が救わなくては、と思うような立場にあっても、人によっては救いなど必要としない者も存在する。そんな者たちにとっては、救いこそが煩わしいものである可能性もある。

 

 救うということは、ある意味、自分の考えを押し付けているのと同じことなのだと。嫌でも、自覚させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでも、救けたい」

「俺も、守りたい」

「ケロ……そうね。例え傲慢だったとしても、救けたい」

 

 麗日達が受けたショックは一日二日でどうにか出来るものでは決してない。だが、三人は曲がりはしなかった。自分の夢、憧れを、手放そうとはしなかった。

 そんな友人たちに、アンジェラは薄い笑みを浮かべて言う。

 

「なら、それを貫き通せ。傲慢だってことは頭の片隅にでも入れながら、それでも譲れないというのなら。あとはとことん、突っ走るしかないんだから」

 

 トパーズの瞳が輝く。

 麗日達はまだどこか暗い顔のまま、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フーディルハイン、ちょっといいか」

 

 その後、病院内の適用な場所でコーラを買おうとしたアンジェラ。だが、そんな彼女を呼び止める声があった。アンジェラが声の方を見ると、そこに居たのはナイトアイだった。

 

「どうぞ。何か御用で?」

「ああ、用というほどじゃない。少し、聞きたいことがあってね」

 

 カシュッ

 炭酸の音が、その場の重苦しい空気を無視して軽快に響く。ナイトアイの意味ありげな視線が向けられる中、アンジェラは特に気にする様子もなくコーラを喉に流し込む。

 

 

 ナイトアイが口を開いたのは、少し時間が経ってからのことだった。

 

 

 

「……君は、一体誰の味方なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を言うのかと思ったら」

 

 疑いの眼を跳ね除けるトパーズの瞳。その瞳が言外に語る。

 どこまでも、ただただ、「くだらない」、と。トパーズの眼が鈍く輝く。

 

「誰の味方……ねぇ。それを決めるのはあんたらだって、分かっているはずでしょう」

 

 ナイトアイは返す言葉を見つけることが出来なかった。分かっているのだ。最初に会ってから彼女は一言も、「自分がヒーローの味方だ」なんて言っていない。アンジェラがその言葉を紡ぐ未来は、決して来ない。

 

 アンジェラは「自分や仲間達と敵対する者の敵」だ。

 世界全てが彼女の敵に回ったとしても、アンジェラは何も躊躇うことなく戦うだろう。ヒーローに手を貸しているのだって、ただ利害が一致したからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 もし、ヒーローが彼女に何らかの敵対行為を見せたのなら。

 ヒーロー達が彼女の大切なものに傷を付けようものなら。

 

 

 

 

 

 

 アンジェラは何を躊躇うこともなく、ヒーローにその刃を向けるだろう。

 

 

 

 

 

「まぁ、強いて言うのなら、「友達」の味方ですね」

 

 アンジェラが浮かべているのは、見る者を安心させるような朗らかな笑み。

 

 そのはずなのに。

 

 ナイトアイは、背筋が凍るような感覚に苛まれた。

 

 その笑みの裏側に隠された狂気に呑まれるような錯覚を、本能的な死をも連想させるような恐怖を覚えた。

 

「……そうか、なら、利害が一致している間は、よろしく頼むよ」

「ええ、せいぜい「仲良く」しましょう? 

 

 ……「お互い」が幸せな結末を迎えられるように、ね」

 

 アンジェラの言葉の真意が分からぬほど、ナイトアイは鈍感ではない。

 背筋に伝った寒気を隠すように、生返事をすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【事案104 聴取ログ001──3】

 

 [記録開始]

 

『……まだ何かあるのか? 話せることは全部話したと思うが……

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、あいつのことか。とはいっても、話せることは…………

 

 

 

 

 ………………なるほど、そういうことか。とは言っても、俺も詳しい訳じゃない。期待外れか。それはお気の毒だな。

 

 詳しい訳じゃないが…………一つ、忠告しておくことは出来る。

 

 

 

 

 

 あのガキを……権力を使って縛り上げようだなんて、考えないことだな。さもなくば、あんたらは死ぬ。

 

 ……ああ、俺はあいつのことを信用しているわけじゃない。というか、あいつのことを信用出来るわけないだろ。ある意味じゃあ、誰よりも信用ならん奴だ。ま、そっちが下手なことをしなければ、悪いようにはならないだろう。あんたらにとっての目の上のたん瘤は一つ、除去されるだろうさ。そこだけは信用していい。

 

 その時に生きているか死んでいるか、決めるのはそっちの方だ。

 せいぜい、あいつの琴線に触れないことだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なぁ、俺も一つ、聞いていいか。そっちばかり質問するってのは狡いだろう。

 

 

 ……じゃあ、聞くけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生れた時から狂うことを確約されている子供を、あんたは哀れだと思うか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうかい、健常者の理屈だな。

 

 

 

 

 

 

 その理屈が狂人に通じるとは、ゆめゆめ思わないことだ。

 せいぜい、その健常者の頭で考えておくんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……居るかどうかも定かじゃない「  」を狂信する奴ほど、信用ならない奴も居ないんだよ』

 

 [記録終了]

 

 

 

 

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