されど死人に口はなし。
アンジェラがコーラを買いにその場を離れた後。
麗日達の間には、沈黙が走っていた。皆、自分の中で考えるだけで精一杯だった。自分の信じていたものを狂気と共に否定され、何を信じればいいのか分からなくなって。アンジェラの言葉で、後悔しないように、を信じれば良いのだと理性では分かることが出来ても、どうにも今度は感情が追いつかない。
彼女の狂気は、子供はおろか、人間が受け止めるにはあまりにも、重すぎる。
「……相澤先生、一つ、いいですか」
ようやっとの思いで言葉をひねり出したのは、麗日だった。
「アンジェラちゃんは……あの、ワプトと呼ばれていた人と、どういう関係なんですか。先生は知っていると……その人は言っていた。“個性”も、その人はアンジェラちゃんと似ているように感じました。
先生……それは、私達が聞いていいことなのか。それだけでも、教えてください」
「…………」
予想は出来ていた。
相澤先生も、確証を得ているわけじゃなければ、アンジェラ本人に確認したわけでもない。そんな時間など、取れなかった。
だが、ある種の確信を持っている。
その確信が正しいのであれば、彼の答えは決まっていた。
「聞いていいのかと問われたら、答えは否だ」
「……何故かは、教えてもらってもいいかしら?」
「理由は二つ……一つ、その情報はある種の機密扱いだ。少なくとも、今の状況が変わらない限り、教えることは出来ない。
そして、もう一つは……今のお前達がそれを聞けば、心が壊れかねない。それだけ重いんだ。傷心した今のお前達に聞かせて良いものじゃない。これは、担任教師としての判断だ」
相澤先生はそこまで言うと口を閉ざした。
先の言葉に嘘はないが、一つ、彼は理由を隠していた。
彼の口から言えるわけがない。
言ってはいけないのだと、本能が叫ぶ。
それを口にする権利を持つのは、アンジェラだけなのだと。
「……分かりました。なら、私もこれ以上は聞きません。今は。
その代わり、教えてもらった時に……思いっきり、文句を言ってやりますよ」
麗日は不器用な笑みを浮かべる。それは、笑みになりきれていない笑みだった。
「そうね……」
「…………ああ」
蛙吹と切島も、麗日に同意を示す。
相澤先生は、遠回しにアンジェラの秘密を知っているのだと肯定した。それが、相澤先生なりの最大限の譲歩であることも、麗日達はなんとなく悟っていた。
なら、自分たちは今まで通り、彼女の友達として振る舞おう。
自分たちはまだ、ヒーローのひよっこでしかない。それを知ることが出来る程の立場にはない。ただ、彼女の友達であるというだけ。
彼女になにか秘密があるのだと、教えてもらえたことが例外なだけだ。
そう、自分たちの中で納得をつけた。
そんな生徒たちに、相澤先生は呆れたように一言呟く。
「……ああ、是非、そうしてやってくれ」
一連の身体検査やカウンセリング、警察での事情聴取や各事務所での手続きなどを経て、アンジェラ達が雄英高校に帰って来られたのは次の日の夜だった。
「なんだか……久しぶりに帰ってきた感じがするね」
しみじみと、麗日は言った。実際に寮を離れていた時間は二日足らずのはずなのに、あまりにも短時間に濃密な出来事が詰め込まれていたせいだろう。
四人は寮の扉を開く。
すると。
「帰ってきた……奴らが帰ってきた!!」
「皆心配してましたのよ」
「ニュース見たぞおい!」
「ホントホント!」
「大変だったな!?」
「大丈夫だったかよ!?」
「お騒がせさんたち☆」
クラスメイト達の熱烈な歓迎がアンジェラ達を迎えた。皆、ニュースを見てアンジェラ達のことを心配してくれていたようだ。砂藤はお手製ガトーショコラをアンジェラ達に差し出してきた。
クラスメイト達がわいのわいのとアンジェラ達の無事を喜んでいると、飯田が手を挙げ口を開いた。
「皆! 心配だったのは分かるが、四人共心身共に疲れが溜まっているはずだ。級友だというのなら、彼らを労って静かに休ませてあげるべきだ!」
飯田の言葉は概ね正しい。事件のショックはまだ抜け切っておらず、手続きが相次いだこともあって疲労も溜まっていることは事実である。
そんな中、麗日達に目を配ると、アンジェラが口を開いた。
「飯田、ありがとな。
でも……心配なら心配だって、はっきり言ってくれる方がいい」
「……じゃあ、いいかい。
とっっても心配だったんだぞ!! 俺はもう!! 君達がもう!!!」
飯田に肩を掴まれ、思いっきりシェイクされるアンジェラ。どうやら、とてつもなく心配していたようだ。瀬呂に「おめぇがいっちゃん激しい」とツッコミを入れられていた。
その後、砂藤の作ったガトーショコラと八百万が「心が安らぎますの!」と淹れたラベンダーのハーブティーで夜の静かなティータイムが催され、それが終わると飯田達の計らいで、アンジェラ達インターン組は早めに部屋に戻り、それぞれが一人の時間を噛み締めた。
その日の深夜、他のクラスメイト達が寝静まった頃。
アンジェラは自室の学習机に腰掛け、ウエストバッグから箱のようなものを取り出してコトリ、と置いた。八斎會の屋敷で、壊理がワプトに手渡したものだ。
箱を開けると、中に入っていたのは一本の白いナイフと一つのUSBメモリ。ナイフは柄の部分にひし形のくぼみがある以外に変わった所はない。USBメモリも同様に、見た目は普通のものだ。
ナイフを机に置き、デスクトップを起動させUSBメモリを差し込む。画面に表示されたのは、いくつかのファイル。そのうちのテキストファイルの一つ、シンプルに「記録001」と名付けられたそれを、アンジェラはおもむろにクリックした。
『人間の記憶を魔法で操作することが可能なのであれば、壊れた人間の自我を魔法を使って治すことも可能なのではないかと色々試してみたが、不可能であるという結論に達した。魔法では、人体における自我を構成する根幹の部分には手を出せないからだ。一度完全に自我を壊した者を魔法で治そうとしても、当人の行動パターンを真似ただけの生きた人形になるだけ。同様の理由で、一度何らかの干渉による改変を受けた自我を魔法で元に戻すことも不可能である。
……であれば、奴らの持つ「自我操作技術」は、一体何由来のものなのだろうか。妹達の自我を弄り回したあの忌まわしい技術……魔法由来でないことはハッキリしたが。それ以外に心当たりがあるとすれば…………
……………………考えられる可能性は二つ。
一つは、単純に自我に干渉する技術を奴らが保有している可能性。古代文明には自我を丸々写し取り記録する技術があると聞くし、その可能性も捨てきれない。
もう一つは…………
…………なんとも、胸糞悪い話だが。
こちらの方が、可能性が高いだろう。
母が、私達にそうしたように。
奴らも、妹達にそうしたのだ』
ワプトが綴ったと思われるそれは、記録と日記の両方の側面があるように見えた。表情を一つも変えぬまま。アンジェラは他のファイルを開き、そこにワプトが残した記録を読み漁る。
『自我の移植自体は魔法でも可能である。かなり特殊なケースにはなるが、私は実際にそれを為したことがある。ただ、あの時は十全な設備や術式が無かったがために自我を抜き取った方の肉体は魂なき抜け殻に成り果ててしまった上に、深刻な影響も残されてしまった。おまけに、彼女の還るべき肉体は、既に…………
全く、事前に人間には戻れなくなるとあれだけ警告したのに。あの場で朽ちるだけなら、肉体を捨てるというリスクを背負おうとも外に出たいという気持ちは分からなくはないが、一体彼女の何がそうさせたのだろう。
……ああ、それらを承知の上で引き受けた私も私か。あの場所では正気な人間の方が変人だったということを、うっかり忘れていた。
今の私に出来るのは、いつか彼女らに届くことを願って「本体」を完成させることか。起動しているかも定かではないが、生きているうちに後一度くらいは会えるかな。
もう人間には二度と戻れないと承知の上で、導き手となってくれた名も知らぬ彼女に、最大の敬意を』
『この世界の八割が保有する特殊能力、“個性”。千手万別なこの力だが、どうやら共通して魔力と反発し合う性質を持っているらしい。“個性”の大元である“個性”因子と魔力は相性が悪いようだ。その上、“個性”因子を持つ者が総じて魔力への耐性が低いこともそれに拍車をかけている。
だが、研究と試算を重ねた結果、一定の条件が揃うと“個性”因子と魔力が体内で共存することが可能であるかもしれないということが分かった。魔力を帯びた自分の細胞と八斎會の組員からちょいと拝借した“個性”因子を接触させてみたところ、なんと、魔力が“個性”因子に作用し“個性”因子が変質したのだ。元の“個性”の形そのものは残しつつ、魔力に寄った性質へと変わったらしい。魔力が“個性”因子を侵食した、とでも言うべきだろうか。
これが人体レベルで可能なら……後から“個性”を付与出来る何かがあると仮定した場合、元々魔力を持つ者に“個性”を付与させれば、“個性”因子が魔力に侵食され、魔法と“個性”の双方を操ることが出来るかもしれない。
まぁ、机上の空論でしかないわけだが。
そこまで試したいとも思わない』
『試しておかなければならないこと、確かめておかなければならないことは色々あるが、そのための時間が少なすぎる。少しでも時間を稼ぐ方法が無いか手探りで探っていたところ、治崎の“個性”が「一度分解し治す“個性”」だと知り、ダメ元で使って欲しいと頼んでみた。
結果、私の肉体組織の劣化を、多少だが抑えることに成功した。一度分解し治すというプロセスが、肉体の劣化の進行を一時的に停止させる効果をもたらしたようだ。
だが、やはり完全とはいかない。回数を重ねるほどに、肉体の劣化を抑えることが出来なくなっている。壊理の巻き戻す“個性”も同様に、最初は一時的とはいえ高い効果があるが、回数を重ねるほど効き目が薄くなっていく。まるで、薬品に慣れた人体のように。
……結局、肉体の崩壊を食い止める方法は見つからなかった。
だが、今となってはもうその心配もいらない。
私が生き続ける理由も、あと少しで無くなる。
最後に、あの子に贈り物を用意しておこう。私のエゴのために。あの子が奴らを屠れる手助けを、少しでも残しておこう。あの子は生きることを望んだ。そのために、奴らを殺すだろうから。
ああ、早く、早く見つけて』
中には、説明もなしにただ術式を書きなぐっただけのファイルや、何らかの設計図らしき画像が何枚か入っただけのファイルも存在していた。それら全てに雑なナンバリングがされていたが、一つだけ、奇妙な名前のファイルがあった。いや、名前すら付けられていない。更新された日付が一番新しい、無名のファイル。
そのファイルを、アンジェラは開く。
『最初は、其れを人のものだと思っていた。
人間が、手を伸ばした果ての産物だと。
何の疑問を持つこともなく。
「其れ」を人間であると。
「其れ」を人間が操るものだと。
違う。
ただの思い込みだった。
最初から、疑問に思うべきだった。
今更、何を。
遅すぎる。
奴らは「王」を再現しようとした。
如何なる犠牲を払おうとも。
如何なる手段に手を染めようとも。
何の為に?
奴らは結局、「王」を自分たちの手で顕現させることは叶わなかった。
なのに。
奴らの手で作られたものに、都合好く「王」が宿るものなのか?
………………いや。
そうじゃない。
天使じゃない。
天使であって、天使じゃない。
……もはや、これは人間にどうこう出来るものじゃなくなった。
人間は結局、神の裁きを甘んじて受け入れることしか出来ない。
なれば。
私はもう、抗わない。
抗えない。
その権利は、ない。
明星を、見つけた』
ナイトアイが生存しました。
原作死亡キャラ生存タグを回収しました。まる。以上、解散。