次の日の夜、補習の穴が埋まったアンジェラ達は寮に戻ると、クラスメイト達から役割決めの話し合いの途中経過を聞いた。音楽はニューレイヴ系のクラブロック、耳郎がベース、八百万がキーボード、そして、爆豪がドラムを担当する、と決まったらしい。耳郎は言わずもがな、幼い頃からピアノを嗜んでいた八百万がキーボードというのはなんとなくしっくりくるが。
「……爆豪君がドラムっていうのは、なんていうか」
「意外!」
「なんか文句あっか!?」
爆豪がキレ気味に発した言葉に麗日達は首を横に振る。意外なだけで文句があるわけでは決して無いのである。
「それで、肝心のボーカルは誰が担当するの?」
「いや、まだ決まってなくて……ウチとしては、是非フーディルハインを推薦したいところなんだけど」
「……え、オレ?」
突然話が飛んできた。アンジェラは思わず素っ頓狂な声を出す。
「だって、フーディルハイン歌凄く上手いから……魂を震わせる歌声、っていうのかな、アレ」
「んな、流石にそれは買いかぶり過ぎだっての。それだったら、耳郎も歌上手いじゃねぇか」
「いやいや」
「いやいや」
お互いがお互いに譲り合って一向に決まりそうになくなってきた。そんな中、ボーカルをやりたいらしい切島と峰田と青山が主張を始めるが、切島は上手いといえば上手かったがジャンル違い、峰田はがなってるだけ、青山は裏声と、とてもライブでボーカルを任せられるような感じではなかった。
と、葉隠が何かを思いついたように声を上げる。
「それだったらさ、アンジェラちゃんと耳郎ちゃんのダブルボーカル、っていうのはどうかな!」
「ダブルボーカル?」
「とりあえず、ふたりとも歌ってみて歌ってみて! 二人の歌、どっちもすっごくカッコいいし!」
「……どうする、耳郎?」
「うーん……分かったよ」
そんなこんなで、アンジェラと耳郎が順番に軽く歌って見せることになった。まずは耳郎だが、歌いたいと主張をしていた三人を打ちのめすほどの歌を披露してみせた。耳が幸せだと観客に思わせるようなハスキーボイスで、夢と希望について歌い紡ぐ耳郎の声は、口が裂けても素人のものとは言えない。
そして、耳郎に続いてアンジェラが歌を披露する。アンジェラは少し気恥ずかしそうにマイクを耳郎から受け取った。
「……耳郎の後とか、やりにくいことこの上ないなぁ」
「いいからいいから! フーディルハインの歌の上手さはウチが保証する!」
「そうかい。
すぅ……「In the white light, we're praying for the lost
For our grief, for our pain
To the white light we're praying for the lost
So we try to find solace, empty hands together」」
儚く魂の髄をも揺らす幼い声が、喪失と祈りの夜明けを歌い上げる。クラスメイト達は声を出すことはおろか、呼吸すら忘れてアンジェラの歌に聞き惚れた。筆舌に尽くし難い感情を湧き上がらせるような歌声がその場を支配するかのような錯覚に囚われる。空色の美しい髪が一呼吸毎に揺れ、まるで天女の衣のようだ。
「「In the white light, we're going down this road
For our hope, for our fate
To the white light, we're going down this road
My journey has to go on with you」」
終わりなき旅路で歌を締め括ると、アンジェラはトパーズの瞳を開く。クラスメイト達はあまりの歌声に言葉を失い、何をするでもなく、その場に立ち尽くしていた。心臓の鼓動がやけに煩く聞こえる。その場を支配していた歌声が、残響となって脳内に響くような錯覚は、しかし決して気の所為などではないと、麗日達は自信をもって言えた。
「……これ、は……」
「上手い、なんて次元の話じゃねぇ……打ちのめされた」
「感想が出てこない……言葉にすることすら烏滸がましいって、このことを言うのかぁ」
「こりゃ、満場一致で決定だな! 歌は耳郎とフーディルハインのダブルボーカルだ!」
決まってしまった。アンジェラは麗日に困惑の視線を向けるが、麗日は「当然だ」と言わんばかりのいい笑顔でサムズアップした。
「まぁ……決まったなら決まったでいいんだけどさ。オレ、ダンスもやりたい」
「確かに、フーディルハインってダンスも上手い……って、あれ? 「も」ってことは、まさか、歌いながら踊る気?」
「そうだけど」
なんでもないようにアンジェラはこくり、と首を傾げる。芦戸と耳郎はいやいや、と首を横に振ろうとして、アンジェラの超人的な身体能力とちょっとやそっとじゃ息すら切れない無尽蔵の体力を思い出し、アンジェラなら可能かと思い直した。
「フーディルハインがそうしたいのならいいんだけどさ……負担大きくない? 大丈夫?」
「踊りながら歌うくらい大した負担にならないさ。耳郎だってベース弾きながら歌うだろ? 寧ろ、歌う時はもう一つ何かを関連付けてやってた方が歌詞とかを間違わなくて済むんだ」
「な、なるほど?」
アンジェラにとって、歌いながら踊るくらいは大した運動にもならない。というか、アンジェラが歌う時は大抵手やら身体を動かしていたりするので、実はただ歌うよりもダンスしながら歌う方がアンジェラにとってはやりやすかったりするのだ。
その後、他の役割も立て続けに決め、使用楽曲を含め全てが決定したのは深夜一時を過ぎた頃だった。
翌日。放課後からは各々、文化祭の練習をしている。アンジェラはバンド隊とダンス隊の練習に半々で加わることになり、今はバンド隊と一緒だ。
「参考になるかは分からないんだけどさ。オレ、実は前にバンドしてたんだよ。ソニック達と一緒にな」
「え、そうなの!? じゃあ、昨日そう言ってくれればよかったのに」
「あー、オレ、楽器はあんまし出来ねぇのよ」
「……バンドやってたんだよね?」
「見れば分かる」
アンジェラはそう言うと、スマホでテイルスに録画してもらったライブの動画を流し、耳郎達に見せる。ソニックとアンジェラ、そしてベクター達カオティクスと共にやったライブの映像だ。ハイテンポなユーロビートがアンジェラ達の手によって奏でられているが、耳郎達が着目したのはそこではない。動画の中で、ヘッドセットを身に着けたアンジェラが操作する機械に目がいっていた。
「ええっと……一応聞くけど、フーディルハイン、お前の役割って……」
「DJ兼サブボーカル」
動画の中のアンジェラは、ベース兼メインボーカルのソニックに合わせるようにサブボーカルとして声を上げながら、迷いない手付きでDJ台を操作している。曲と曲の繋ぎ目にサウンドエフェクトやパーカッションを滑り込ませ、違和感なく次の曲に移行させていた。
「なるほど……だから、楽器はあまり出来ない、って言ってたんだ」
「お前ら、DJ使うつもり最初からなさそうだったし、別にいっかなって。一応シンセは使えないことないけど、昔からピアノやってたっていう八百万の方が適任だろうし。
あと踊りたかったし」
「そっちがメインの理由だよね?」
「うん」
「ところで、ソニックさんはともかく、この人たち誰?」
「カオティクスっつー地元の探偵団。バンドはこいつらと組んでる。あくまで趣味程度のもんだけどな」
その後、耳郎達はいくつかアンジェラ達のライブの映像を見た。耳郎達にはいい刺激になったようで、動画を見ながらあーでもないこーでもないと相談を繰り返している。
「そうですわ、アンジェラさん、この動画、クラス全体で共有してもかまいませんか?」
「別にいいけど……演出隊はともかく、ダンス隊はあまり参考にならないんじゃ……」
「いや、良いアイデアだよヤオモモ! きっといい刺激になる!」
アンジェラはあまりピンとこなかったようだが、耳郎が言うならそうなのだろうと動画データをクラスメイト達に送った。
バンド隊との歌い合わせの後、ダンス隊に合流したと同時にアンジェラが麗日達に詰め寄られたのは、また別の話である。
文化祭までのおよそ一月の間、放課後は殆どが文化祭の練習に充てられることになる。特段大きなトラブルもなく順調に練習を重ねて訪れたある日の教室でのこと。
「フーディルハイン、オブシディアス貸して!」
「まずは理由を述べてくれ」
何の脈絡もなく眼の前で手を合わせてアンジェラに頼み込んできた芦戸に、アンジェラは困惑気味にそう言った。
「ええっと、演出隊からの提案で、フロア全体に青山が行き渡るようにしたいんだけどさ」
「青山が行き渡るって何だよ」
「そんな大掛かりな装置もないし、人力で動かせるパワー担当が欲しいんだって。砂藤だと時間制限があって危ないってことで、フーディルハインのオブシディアスを借りられたらって思って……」
「なるほど、理解した」
確かに、オブシディアスはパワー特化型の使い魔だ。青山一人を運ぶくらいなら大したことではない。
それ自体は大したことではないが、アンジェラにはある懸念があった。そして、それを払拭するための方法も、既に思いついている。
「僕、ステージ序盤でダンサーからミラーボールに変身するんだ。僕のためにある職☆是非、協力して欲しい」
「あー、いいけど、ちょっと調整に時間をくれ」
「うん、ありがとね、フーディルハイン!」
「メルシィ!」
そんなこんなで、青山にオブシディアスを貸し出すことが決まり、アンジェラは急ピッチで調整に取り掛かった。一日二日では調整が終わらないと青山に伝えると、「早いに越したことはないけど、それよりも調整とやらを完璧に済ませてほしい。タイミングの練習なら地面に立ってでも出来るさ☆」と言われた。元気なやつだな、とアンジェラは思った。
オブシディアスの調整が終わったのは、それから丁度4日後のことだった。
日曜のダンス練習。
ミスコンがどうのこうのと騒いでいる峰田と休憩中にも関わらずそれに巻き込まれている切島達を横目に、アンジェラ達ガールズダンサーズは峰田ご所望のハーレムパートの段取りを確認していた。
「峰田、油売ってないで練習するよ!」
「峰田君の見せ場なんやから!」
女子陣での段取りチェックが終わると、芦戸と麗日が峰田を呼んだ。ミスコンやおもらしがどうのこうのと憤慨していたはずの峰田は、一転してどこか満足そうな笑みを浮かべる。
「まずは見本を見せてくれよ、オイラのハーレムダンサーズ。まずは全体像を把握しねーとな」
「……内容自体はマトモなはずなのに、言い方一つでむかつくのは何でだ……」
中心に来る者が全体像を把握しなければならない、という理屈自体は、いたって自然でマトモなものである。それを理解しているアンジェラは一つため息をつくと、所定の位置についた。
「じゃあ見ててよ?」
芦戸の号令でアンジェラ達は踊り始める。峰田を中心に円を書くように分散し、中央に来る峰田を崇拝するかのように手を上げ、峰田を引き立たせる可愛らしいダンスだ。切島達は「いいじゃん」と声を上げたが、峰田は何が気に食わないのか、不服そうに声を上げた。
「まだまだ甘い! ハーレムだぞ? もっとハーレムっぽい振り付けにしろよ!」
「ハーレムっぽい振り付け?」
今のでも十分ハーレムっぽいとアンジェラ達は思うのだが、峰田の頭の中にはこれ以上のものがあるらしい。絶対ろくなもんじゃないと思いながら、アンジェラは峰田の声に耳を傾ける。
「全員オイラに惚れてる感じでうねうねと身体をこすりつけるような振り付けだよ! もちろん本番の衣装はきわどいスケスケだ! ようし、オイラが今から見本を……」
「キモいわ」
血走った眼でうねうねと迫ってくる峰田に、アンジェラは魔力を纏わせた回し蹴りをお見舞いする。宙に浮いた峰田に魔法陣を向け、無言で砲撃を食らわせ撃墜するアンジェラの顔は、どこまでも虚無だった。
「もう! 隙あらばだね!」
「エロばっか考えてるなら、ハーレムパート削っちゃうよ!?」
「モウニドトエロイコトハカンガエマセン」
「棒読みの見本!」
麗日が棒読みな峰田に吹き出す中、アンジェラはどこまでも冷たい瞳で峰田を睨みつける。大学時代に結構な頻度で自分や友人たちがセクハラ被害に遭ったり遭いかけたりしていた彼女は、人一倍峰田のするようなセクハラに嫌悪感を抱いていた。
「峰田、せめてその妄想を口にするな外に出すな。妄想は妄想のままにしておけば、オレたちが怒ることもお前が怒られることもない。
わ か っ た な ?」
「ハイ、ワカリマシタ」
峰田は思わず正座する。アンジェラの背後に白い化け物が見えた気がしたと、後に切島達は語った。
夜。練習を終え、共同スペースでくつろいでいたアンジェラ達に、八百万が実家からの仕送りだという幻の紅茶「ゴールドティップスインペリアル」をご馳走してくれた。いつも八百万が淹れてくれる紅茶も中々いい香りをしているが、今回の紅茶はいつも以上にいい香りがする。
ソファに腰掛け、動画でもつまみにお茶を飲もうかとスマホを操作していると、間違えて謎の動画をタップしてしまった。せっかくなので見てみると、それは紅茶の動画だった。
「紅茶の動画? タイムリー!」
八百万からもらった紅茶を片手に、麗日がソファの後ろからアンジェラのスマホを覗き見る。だが、その動画は十数秒程度の短さで、その上動画タイトルに「犯行予告」と書かれている。
「……」
「有名な人? 評価の割合エグいけど……」
「いや……噂を聞いたことがある程度だ。迷惑動画で一部じゃ有名な敵らしいぜ。やってることは小物のソレらしいけど」
そう言うアンジェラの表情は、しかし何かを懸念しているかのようなものだった。この時期に「社会全体に警鐘を鳴らす」となれば、真っ先に思い浮かぶ標的は……
その考えが正しければ。
芽は、早めに摘んでおくに限るだろう。
アンジェラはそう考えながら、紅茶を口に含んだ。
PLLLLL……
「……はい……ああ、お前か。で、こんな時間に一体何の用……
……ああ、あの。なんだかんだ捕まってないっていう。知ってるぜ。どうやら優秀なハッカーがついてるらしい。警察の目を何度も欺いてるんだと。
……愚問だ、楽勝よ。送り先はGUNでいいんだよな?
ああ、ああ……んで、お前が頼むってことは、それなりの理由でも?
……はっはっは! そりゃ、学生にとっては重大な理由だわな!」
『御託はいい。頼まれてくれるな? 彩芽』
「その言い方、頼むじゃなくて命令じゃねぇか!
……了解したぜ、お姫サマ」