人工的な明かりが少なく、澄んだ空気も相まって満天に輝く星空の下。何の偶然かはたまた必然か。まさかこんな離島で知り合いに会うとは、お互い思っていなかった。
「お前の独断ね……エッグマンにちゃんとその事伝えてるのか?」
「……暫く出かける、とだけ」
「行き先や目的は言ってない、と。前から思ってたけどさ、セージって言葉足らずなとこあるよな」
「必要だと思ったことは口にしている。報告は仮説が立ってからでも遅くはない」
「せめて行き先くらい……って、オレが言えた義理じゃねぇな」
セージはアンジェラを一瞥すると、すぐにまた黒い円形の扉と向き合う。彼女と最初に出会ったのはスターフォール諸島だったか、と思い至り、アンジェラはようやく既視感の正体に気が付いた。
「ようやく気が付いた。スターフォール諸島だ。この島のあちこちにある史跡の多くは、スターフォール諸島のものとよく似てる。お前はそれを調べに来たのか?」
「あの島からアクセスした電脳空間の片隅に、万が一に備えて遠くの島に記録と一部の機能のバックアップを保存しておく、という内容の記録が存在した。古代人はスターフォール諸島そのものが破壊される可能性も考慮に入れていたの」
「それで、電脳空間に漂うログの情報を辿ってこの島に辿り着いた、と」
電脳空間にまつわることで一番優秀な人物を一人挙げろと言われたら、アンジェラは間違いなくセージを指名する。元々、エッグマンが古代人の電脳空間とそこに眠る未知なる技術を我が物にしようとして創り上げた人工知能だ。そこから身体を得た経緯をアンジェラは知らないが、少なくとも古代人の技術が何らかの形で影響したのだろうとは思う。
そうして、電脳空間に漂う情報をかき集めて、この島に、那歩島に辿り着いて。それだけでもセージの力がどれほどのものかを窺い知るには十分だろう。
しかし、セージの顔にはどこか陰りが見えた。
「杞憂に済めばそれでいい。だけど、私だとこの島の電脳空間に接続出来ないことを考えると……万が一、また……」
セージでも接続出来ないシステムの存在に内心驚きながらも、アンジェラはそれ以上に彼女の動機を茶化さずにはいられなかった。
「あー、ハイハイ。Dad思いの娘さんですこと」
親を持たないアンジェラに、セージの気持ちは理解出来ない。アンジェラが成そうとしていることはセージとは真逆だ。アンジェラは恐らく一生、セージの気持ちが理解出来ない。
それを理解するよりも先に、アンジェラはそれを理解する権利すら奪われていた。
「……Dad思いなのもいいけどさ、お客だぜ」
トパーズの眼光が森の中を射抜く。
「居るのは分かってるんだ。そろそろ顔を見せて欲しいところだな」
意図して低く放たれた幼い声。茂みがかさり、と音を立てた。腕の中でケテルが威嚇するのを義手で抑えていると、音の主は観念したのか、ガサガサと音をかき鳴らしながら茂みの向こうから姿を現した。
「気配だけで分かっちゃうんだ。最近の若い子って怖いねぇ」
現れたのは、アンジェラと同年代くらいの少女だった。肩よりも少し下まで伸ばした金色の髪を持ち、白いインナーと黒いハーフパンツ、黒い運動靴、くるぶし辺りまでの長い丈の黒い長袖のジャケットを身に着けた、かなり整った顔立ちだと思しき少女。
彼女の異様な点を挙げるとするなら、その服装で露出するであろう肌の殆どに巻かれた包帯だ。露出しているのは左の瞳と口だけで、それ以外の肌は包帯に覆い隠されている。
アメジストともサファイアとも取れる瞳がアンジェラ達を見据える。少女の身体から放たれた威圧にも似た何かがピリリ、と身体を駆け巡った。
「この島の電脳空間に接続しようと試みても、突破出来ない障壁があった。それを設置したのは、あなた?」
「ド直球だな」
オブラートに包むようなことも一切なく、ストレートにセージがぶつけてきた疑問に金髪の少女は「あはは」と笑う。
「三分の一正解、ってとこかな。ボクは必要に駆られてちょこっと手を付けただけだし」
「ほーん、電脳空間に手を付けられるだけの何かを持っているか……
はたまた、その身体から垂れ流している「魔力」のお陰かな」
ピシリ、と空気が凍った。少女から流れ出る魔力が強まる。
暫しそのまま睨み合いが続いたが、唐突にアンジェラが降参と言わんばかりに手をひらひらとさせて口を開いた。
「やめだ、やめ。ここで争ったって何の益にもならんし、そもそも争う理由もない。
それに、今のオレじゃ勝ち目なさそうだし」
アンジェラからしてみれば、感じ取れるだけの相手の力量と自分の力量を冷静に比べたうえで口にした言葉だったのだが、セージとケテルは驚いたようにアンジェラを見やった。
「何だ、そんなに意外か?」
「いや……あなたがそんな事を言うだなんて、思ってもみなかった」
《意外だよね》
「失ッ礼だな、勝算の無い相手に無策無謀で挑みに行くほど、オレはバカじゃねぇっての! そもそも、戦いはおろか、争う理由も無いだろうが。無益な殺生は好みじゃねぇよ」
「ヒトのことを何だと思ってんだ」と、アンジェラはぼやく。ケテルはともかく、セージの自分に対する印象が一体どうなっているのか、真剣に気になったアンジェラだった。
「あははっ、キミ、面白いねぇ。その身体から染み出した魔力も中々のものだ……あともう百年ちょい経ったら、ボクでも勝てるか分かんないかも」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。えっと……」
アンジェラが言い淀んだのを見て、少女は「ああ、そういえば」と苦笑いをする。
「名前言ってなかったね。ボクはアテネ。しがない魔法使いさ」
一度ピリついた空気を払い、落ち着いて話をしてみると、アテネは存外話しやすい部類の人物だった。敵意と魔力を纏ってアンジェラとセージの前に現れたのも、二人を遺跡荒らしか何かだと思ったかららしい。
セージは遺跡荒らしと言えなくもない(とはいえ、物理的に荒そうとしたわけでは決して無い)微妙な立ち位置だが、アンジェラに関しては完全に冤罪である。単に興味深い遺跡を見に来ただけだ。荒らすだなんてとんでもない。彼女はこれでも史学者の端くれである。よほどのことが無い限り、自分から遺跡を荒らしたりはしない。
「遺跡荒らしって失礼な。オレは寧ろ遺跡とかを保全する側だっつーの」
「だからごめんって。永く生きてると妙に疑り深くなっちゃうんだよねぇ」
「永く……あなたは、そこまで言うほど年老いたようには見えない」
「セージ、一ついい事を教えてやろう。見た目と実年齢が一致しないなんてこと、この世にはザラにある」
かくいうアンジェラも、中学生辺りの見た目で齢7つの幼子だ。見た目と年齢が全く一致していない。アンジェラの場合、実年齢と一致していないのは見た目だけではなく精神もなのだが、そこは華麗にスルーを決め込んだ。
そんなことあってもザラにはないと、アンジェラにツッコミを入れる者はこの場には居なかった。
「それで、結局アテネは何者なんだ? 観光客ってナリじゃあないよな」
「この島に住んでるよ。結構長いこと、それこそ、今この島に住んでいる誰よりも長く、ね」
懐から取り出したタバコを口に咥え、小さな魔法陣を指先に展開してマッチ程度の火を灯したアテネは、そのままタバコに火をつける。煙を吐き出す時にアンジェラ達の方を向かないのは、彼女なりの気遣いだろうか。
「ボクは那歩島の遺跡の管理者……とはいっても、壊されたりしないように見張ってるだけなんだけど。電脳空間に自由に接続できるわけでもないし、雀の涙ほどだけど、魔法でプロテクターを張る程度しかしてないよ。魔法由来のプロテクターだったら、この星のコンピューターじゃまず突破出来ないからね」
「それが、私が電脳空間に接続出来なかった理由……?」
「の、一つだね。ボクは機械関係に特別秀でていたわけじゃないからなぁ。アイツが居たら別だったんだろうけど……ま、無いもの強請りをしても、仕方ないか。
ああ、セージは電脳空間の情報を見たいんだっけ?」
咥えていたタバコを手に取り、アメジストが揺れる。
「今更だけど、初対面の奴にそんなにベラベラ喋っていいのか? 余所者に知られちゃヤバいもんとかあるんじゃ」
「キミたちはスターフォール諸島に行ったことあるんでしょ? あまつさえ、電脳空間の存在まで知ってるわけだ。だったら隠すだけ無駄かなぁと。
というよりも、そういうヒトたちにこそ、知ってもらいたくてね」
「その情報を、世界征服か何かに悪用されても構わない、と?」
「うーん、悪用したくても出来ないんじゃない?」
アテネはカラカラと笑い、再びタバコを口にする。夜の潮風が森を揺らし、小さな煙が立ち昇る。
「それ以前に知ることになるからね。それどころじゃないって。
ま、ソレに辿り着くまでに自我が保てば、の話だけど」
「……深淵を覗く時、深淵もまた人を覗いている、ってやつか? ま、古代人の記録ならあり得ない話じゃないか」
「知りたいのなら調べればいい。プロテクターも部分的に解除してあげる。アレ、この島の外側からの接続を跳ね除けて覆い隠すためのものだし、この島の中で電脳空間に接続する程度なら好きにすればいいさ。
ま、自我を保てるって保証はしかねるけど。何せ、ボクも表面上のとこしか見れないから」
「ご親切にどうも」
アンジェラは義手をひらひらとさせながらセージを見やる。アテネの話を聞くのもそこそこに、遺跡のあちこちを見始めた彼女がどこまでアテネの話を聞いていたのかは彼女自身にしか分からない。セージなら下手なことはしないだろうとは思いながらも、彼女のことは実の娘のように思っている宿敵が脳裏を過り、一つため息を零してアンジェラは口を開いた。
「おーい、あまり下手なことはするなよ。じゃねぇとオレがエッグマンに怒られる」
「危険だと判断したら直ぐに中断する。心配は無用」
「あっそ。ならいいけど」
のめり込みすぎるなというのは、流石にお節介が過ぎるだろうから言わないでおいた。セージは言葉足らずで無表情だが、踏み越えてはいけないラインを判別出来ない者ではない。そこまでの心配は、寧ろ余計なお世話になる。
「……とはいえ、そういうアレコレはまた明日にしてくれないかな。流石にもう夜遅くなってきたし。子供は寝る時間だよ」
「子供……ねぇ。どこまで見抜いていることやら」
スマホを確認すると、間もなく11時を回る頃だった。
「また明日来なよ。老人の与太話も、キミたちにとっては価値ある話かもよ」
「……ま、考えとく」
そう言って、遺跡の外に足を向けたアンジェラは、しかしそのまま駆け出す前にアテネに顔を向けて、「そういえば」と口を開いた。
「オレ達、前に何処かで会ったこと……無い、はず、だよな?」
どうしてそう思ったのかは分からない。
何故、そんな問いかけをしようと思ったのかすら分からない。
ただ、何となく。
何となく、アテネの姿を前に何処かで見たことがあったような気がした。
前に何処かで出逢ったことがある、ような気がした。
それがどこから来る感情なのかすら分からない。
そもそも、アンジェラの記憶には、アテネと出逢った記憶など無い。
確証も何もない、言ってしまえばただの感覚だ。
だが。
それは、最早意識をする前に。
自然と、アンジェラ口から吐き出されていた。
アンジェラにしては珍しく、酷く曖昧で不明瞭な声色で紡がれたその言葉に、アテネは数秒置いて答える。
その顔に、誰に向けられたものとも本人ですら分からない、慈愛のような色を乗せて。
「…………キミとは、はじめましてだよ」
水平線の彼方から、朝陽が昇る。海をキラキラと照らし出し、暗闇に覆われていた空に光を灯す。
潮風が吹く海岸線の崖の上、空色のビャクヤカスミが何輪か咲いているその場所に、古ぼけた槍が一本、突き刺さっていた。古ぼけてはいるものの、錆び一つない槍だ。
その槍の前にしゃがみ込み、タバコを吹かす影が一つ。包帯が服を着て歩いているような風体のその影は、突き刺さった槍にアメジストともサファイアとも取れる眼光を向けている。
「……あれからもう、どれくらい経ったか……長生きもしてみるもんだね」
その影の主は立ち上がり、水平線の彼方へと目を向けた。
「今の今まで止まっていたキミの時間が、ようやく動き出したみたいだよ」