翌日も、雄英ヒーロー事務所ではひっきりなしに依頼の電話が鳴る。落とし物探しや怪我をした人の救助など、細々とした依頼を一つ一つ片付ける代わり映えのしない日常に、ある一つの電話が変化を呼んだ。
「はい、雄英ヒーロー事務所です。
……お祭り、ですか?」
電話に出た麗日が首を傾げる。電話をかけてきたのは村長だった。この那歩島でこの時期に祭りが開かれるなど、事前に呼んだパンフレットには書いていなかったのだが。
『お祭りといっても、若い人が楽しめるようなものじゃなくて、もっと厳格なものなんですけどね。その準備の手伝いをお願いしたいんですよ。何せ老人ばかりの島でして、祭りの準備の力仕事に駆り出せる若い者が少なくて。ぜひ、お手伝いをお願いしたいのです』
「なるほど……」
『引き受けてくださるのであれば、今日の午後一時に村役場にお越しください』
がちゃん、ツー、ツー……。
通話が切れた。麗日も受話器を戻し、このことをまず委員長に報告しようと立ち上がる。午前11時過ぎのことであった。
委員長と副委員長と麗日が話し合った結果、事務所を完全に開けるわけにもいかないので、クラスを代表した数人で村役場に行って話を聞くことになった。あまり多すぎても事務所に回す人手が足りなくなるので、三、四人ほどで。
各々が昼食を取った後の正午過ぎ。その時事務所に居たメンバーから選抜されたアンジェラ、飯田、麗日と壊理が談笑しながら村役場までの道を歩いていた。
「この島にお祭りがあったとは……その設営に携わらせてもらえるなんて、とても光栄なことだ」
「飯田君真面目やねぇ」
「お祭り……この間の文化祭みたいなのが、この島でも開かれるの?」
「いや、多分儀式的な祭りだろうな。そういう類の「楽しめるもの」はあんま無いと思うぜ。図書館で借りた本にはその祭り、かなり厳格なものだって書いてあったし」
壊理は少しだけ残念そうに「そっか……」と呟く。この前の文化祭がよほど楽しかったらしい。こればっかりは仕方がないと、アンジェラは壊理の頭をポンポンと撫でた。
「どんなお祭りなんだろう」
「詳しいことは村役場でって村長さんは言ってたけど……あ、ここやね」
事務所から村役場はそこまで離れているわけではなく、少し話しているとあっという間に辿り着いた。村役場の前では村長が四人を出迎え、挨拶もそこそこに役場の中へと案内された。
昔々、この世に“個性”なるものが生まれるよりも、人が那歩の島に住み始めるよりずっと昔。那歩の島には、水の化身が居た。いつの頃からか、同族と共に離れ小島の遺跡に住み着いていた。
やがて、人が那歩の島に流れ着いた。水の化身はこれまでと変わらず離れ小島の遺跡に住み着いていたが、人が不用意に離れ小島の遺跡に近付くと、同族を守るために人を驚かせて追い払うようになった。那歩の島に流れ着いた人々は水の化身を恐れ、やがて離れ小島に近付かないようになった。
それから幾年月が流れた頃、那歩の島に災禍が降りかかった。人は災禍に怯え、死を覚悟することしか出来なかった。災禍に対するには、人はあまりにも無力であった。
誰も彼もが絶望し、抗うことすら考えなかったが、水の化身はただ一人、災禍に立ち向かった。離れ小島の遺跡に暮らす同族を守るために、ただ一人災禍と戦った。
長く激しい戦いの末、水の化身は災禍を封じ、那歩の島に再び平和が訪れた。
那歩の島に暮らす人々は水の化身に大変感謝し、「こんとんさま」と呼び、守り神として崇め奉り、時折離れ小島の遺跡の近くにお供え物をしたり、年に一度、こんとんさまに感謝を示す舞と唄を披露するようになった。
こんとんさまとその同族たちはそれまでと変わらず離れ小島の遺跡に暮らしているが、那歩の島の住人の前には、稀に姿を現すことがあるのだという。
「……これが、この島に伝わる古い伝承の一部です。今度開かれるお祭りは、この島の守り神である「こんとんさま」に感謝を伝えるための舞と唄を披露する場が原型となった、と言われています」
公民館の待合室にて、お祭りの準備に携わるのならまずはその成り立ちを知ってもらおうと、紙芝居形式で村長より語られた那歩島の伝承。紙芝居の絵柄が何故かカートゥーン調だったものの、内容自体はよくあるタイプの昔話や伝承だった。アンジェラが図書館で借りた本にも、似たような内容の伝承が載っていた。
次いで、村長から雄英ヒーロー事務所への依頼内容が告げられた。
基本、祭りの準備の手伝いと、当日の警備協力。厳格な祭りとはいえ、毎年小さな子供の迷子や落とし物などはどうしても出てきてしまう。そのため、駐在警察官と協力して、迷子などの対応をお願いしたいそうだ。
「それと、祭りの間はヒーローコスチュームは着ないでほしいんです」
「ええっと、理由をお伺いしても?」
「この祭りはこんとんさまへの感謝を伝えるものであると同時に、災禍によって亡くなった方々を弔うためのものでもありました。今では解釈が拡大され、事故や災害、特に海難事故で亡くなった方々へ対する慰霊祭としても執り行われております。故人を弔うのに、ヒーローコスチュームは些か場違いかと思ったので」
ヒーローコスチュームは、悪く言ってしまえば超高性能なコスプレ衣装だ。魂を弔う場には些か、いや、間違いなく不釣り合いだろう。コスチュームによっては、そういう場に着てくるべきではない巫山戯た格好とも言えるものも多い。
いくらヒーロー社会でも、葬式にコスチュームなんぞを着てくる阿呆は居ない。居たとしたら、すぐに葬式場を締め出される。村長の話も、とどのつまりはそういうことだ。
「そういうことでしたか。確かに、慰霊祭でコスチュームを着るわけにもいきませんからね」
「ご理解いただけたようで何よりです。まぁ、厳格なのは当日だけで、後夜祭はごく普通の楽しいお祭りです。ただ、一応そちらでもコスチュームの着用は自粛していただけると……」
「一応、当日も後夜祭も「感謝祭」であると同時に「慰霊祭」であることには変わりないってことですか」
飯田が村長の話に相槌を打っていると、壊理がふと、口を開く。
「……楽しいだけじゃ、駄目なんだ」
「ま、ご冥福をお祈りする場だからな。多少堅苦しくても仕方ないさ」
意外だ、と言わんばかりの視線が突き刺さってくる。昨日もこんな感じの視線受けたなと思いながらも、アンジェラは反論をしようなどとは思わなかった。
村長から手渡された慰霊祭の資料を元に、アンジェラ達は当日までの段取りを決めていく。若干1名、素直に参加してくれなさそうな奴が居るが、那歩島に来てから特に何もしていないことを餌におど……お話をすれば何とかなるだろう。
話が粗方固まった頃、ある資料が麗日の目に留まる。
それは、村長が倉庫の奥の方から引っ張り出してきたという古文書のコピーだった。こういう古文書もありますよ、というサンプルのために持ってきたそうだ。翻訳されているというわけでもなく、古代に使われていたであろう言葉がそのまま記されている。
案の定、麗日達はちんぷんかんぷんといった感じで首を傾げていた。内容が全く分からないのだから当たり前だ。
「……アンジェラちゃん、これ読める?」
アンジェラは苦笑いをしながら麗日から資料を受け取る。麗日達は頭はいいが、あくまでもヒーロー志望。古文書が読めるはずがない。こういうのは専門家の仕事だ。そして、アンジェラはその専門家である。
受け取ったのは、古文書のコピーの1ページ。それに目を通し始めたアンジェラだったが、その内容を理解していくにつれて彼女の顔から笑みが消えていく。驚愕が感情の全てを追い越し、周りの音が聞こえなくなっていく。
「あ、アンジェラちゃ……」
明らかに様子の変わったアンジェラに、麗日が声をかけようとした、その時。
「……「行うもの 其は7つの混沌 混沌は力 力は心によりて力たり
抑えるもの 其は混沌を統べるもの」」
「……えっ?」
歌うように、縋るように。
ある種の確信を持ってして紡がれた
ただ、アンジェラが隠しきれないほどの動揺を見せていることだけは、確かだった。ぶつぶつと「これは……いや、だとしたら……」と意味があるのかないのかすら分からない言葉の羅列を紡ぎ続けるアンジェラには、ある種の狂気すら感じる。
ゆらり、とトパーズの瞳が揺れる。その眼光に薄ら寒い何かを宿しながら、アンジェラははた、と口を開いた。
「……なぁ、村長サン。この古文書、どこで発掘されたもんだ?」
「えっ!? あー……は、離れ小島の遺跡……です」
アンジェラは心ここにあらず、といったふうに「……そうか」と一言呟くと、再び古文書のコピーに視線を落とした。
その後、何事も無かったかのように振る舞うアンジェラに違和感を覚えながらも話し合いは滞りなく進み、アンジェラ達は事務所へと戻っていった。
「……空色の髪にトパーズの瞳……やはり、彼女は……「あの方」の仰る……?」
夕日が沈みかけた森の中。セージはアテネにプロテクターの一部を解除してもらった上で、遺跡から電脳空間への接続を試みていた。
「……どう、君が望むデータは見つかった?」
「…………表層には無さそう」
「そっか。でも、深層に潜るのは本当にオススメ出来ないよ。ボクですら、自我を保てる自信が無いもん」
「そう。あなたの言う自我を破壊する要因は、電脳空間に接続した時に侵食してくる気配があった、「アレ」のこと?」
アテネの口から紫煙が吐き出される。
「キミの言う「アレ」がボクの思い描く奴と同じであれば、答えは「是」だね」
「……そう」
セージは遺跡の一部から手を離し、電脳空間との接続を解除する。
それとほぼ同時に、空色の風が吹き荒んだ。
「やぁ、老人の与太話に付き合ってくれでもするのかい?」
「…………当たらずとも遠からず。あんたに聞きたいことがあって来た」
トパーズの瞳がアテネを見据える。あらゆる感情を押し込めたような眼光に、アテネは思わず喉の奥からふふっ、と声を洩らした。
「へぇ。ちょうどよかった。ボクもキミに聞きたいことがあったんだ」
「何から何まで奇遇だな」
「ホント……奇遇、だよね」
カツカツと靴音を鳴らしながら、アテネはアンジェラに近付いていく。アメジストともサファイアとも取れる瞳が妖しく煌めく。
「そう……例えば、その義手はどこで手に入れたの、とか」
包帯まみれの手が、黒鉄の義手をそっと持ち上げた。
「知らね。いつの間にか着いてた」
「いつの間にか……ねぇ」
義手をくまなく見たアテネは、手に持っていたタバコをくしゃり、と握り潰し吸い殻をジャケットのポケットに突っ込むと、アンジェラの頬に手を添えた。
「じゃあ、ホントに贈り物なんだね。キミの何がそうさせたのか……興味深いなぁ」
「意味分からん」
「いつか、否が応でも知る時が来るさ」
妖しく煌めく混色の瞳、妖艶な笑みに、むず痒く感じる包帯越しの手付き。どこか歯がゆさすら感じるそれらを、アンジェラは知らない筈だ。
だが、同時にどこか懐かしさを感じずにはいられなかった。
「……ふむ、なるほど。キミ、やっぱり面白いね」
「何が」
「さぁて、何がかな」
アテネはくつくつと笑いながらアンジェラの頭を撫でた。のらりくらりとした様に居心地が悪く感じるも、アンジェラは特に抵抗することもなく受け入れている。
「それで、ボクに聞きたいことって何かな。老人の見識で役立てるといいけど」
見た目はアンジェラより少しばかり歳上程度の少女だが、アテネがアンジェラに向ける瞳は祖母が孫に向けるもののそれだ。アテネがどこまで事情を察しているかはアンジェラの知る所ではないが、自分とは違う意味で見た目と中身が一致しない幼子を面白がっているようにも見える。
「……この島で発掘された、古文書のコピーを目にする機会があってな。
単刀直入に聞く。
マスターエメラルドって、知ってるか?」
アメジストの瞳に、鈍い光が宿った。