「
……キミは、「契約者」なんだろう。疑問に思わなかったのかい? 何故、奇跡を呼ぶ宝珠に「混沌」の名が付いているのか、って」
アメジストの光がサファイアへと移ろう様は、まるで時間によって変わりゆく空のようだと、アンジェラは思った。
「マスターエメラルドはただの制御装置じゃない。カオスエメラルドを引き寄せたのさ。電脳空間に漂う古代人のログを見れば、その可能性が高いことくらいすぐに分かる。
その上で言おうか……マスターエメラルドは、制御装置であると同時に、起爆装置だよ」
カオスエメラルドを引き寄せ、その奇跡とも呼ばれる大いなる力を引き出させるための、起爆装置。
言い得て妙だが、どこか納得出来るような気もした。実際に、アンジェラは古代人の記憶で見たのだ。カオスエメラルドを動力源として動いていた方舟が、何かに引き寄せられるように地球に墜落した場面を。
「だから、古代人は神として祀り上げたのさ。カオスエメラルドを引き寄せる力を持った、恐るべきそれを」
「恐ろしいものなのに、神として祀り上げたの?」
「恐るべきもんだから、畏怖の念が昂ぶって信仰の対象になったのか」
「ま、そういうことかな」
純粋な疑問を打ち立てるセージと、あくまでも見識という形で口を開いたアンジェラ。アテネは遺跡の壁面に手をつけて、アンジェラの言葉を肯定した。
「彼らは知っていたのか、はたまた、単なる偶然か……いや、そこはさしたる問題にはならない。
重要なのは、古代人が祝詞を作り……それが、現代に至るまで継承されてきた、ってことさ。マスターエメラルド……一時期は古代人が管理していたようだけど、それ以降の所在はさっぱりだった。
キミは、その祝詞を知っているだけじゃない……マスターエメラルドの在処も知っているね?」
「……流石にその所在は黙秘させてもらう」
「いいんだよ、それが正解さ。ボクもマスターエメラルドの在処まで知りたいとは思わない。今もどこかで管理されている、という事実が確認できればそれでいいさ。
……キミが聞きたかったのは、そういうことだろう?」
「まあな」
恐らく、アテネはマスターエメラルドの現在の所在までは知らなくとも、
彼女が知りたいわけではないというのなら、アンジェラもマスターエメラルドの在処を話したりはしない。知りたいと思っていないことを無為に話してしまうなど、無遠慮に他ならない。
アンジェラが再び口を開こうとした、その時。
「長老様っ!」
「ま、待ってよ……お姉ちゃん……」
森の茂みの奥から、真幌と活真、そして水の生き物が駆け込んできた。アンジェラとセージの姿には目もくれず(というか恐らく視界にすら入っていない)、二人はアテネの方へと一直線に向かっていく。
その水の生き物を目にしたアンジェラの眉がぴくり、と動いたことには、誰も気が付かなかった。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「こんとんさまが、ヒーローに……それで……」
「お姉ちゃん、でも、こんとんさまはあの人たちは大丈夫だって言ってたよ!」
「うんうん、真幌、一回落ち着こうか。はい、息吸って、吐いて」
アテネに促されるままに真幌は深呼吸をした。駆け込んできた様子から見ても、かなり慌てているようだ。
「それで、何があったの? この子がこの島に来てるヒーローのヒヨッコの誰かに見つかりでもした?」
「そう、そうなのよ、長老様! まさか、ここにヒーローが来るなんて……あいつはこんとんさまのことを他のヒーローには話さないとか言ってたけど、信用ならないわ」
「うーん、キミの気持ちは分からなくもないけど……そういう発言をする時は、周りにもう少し気を遣おうね」
幼子を諭すようにアテネは真幌の頭をぽふぽふと撫でる。真幌はどういうことだ、と疑問を一切隠すことなく顔に出していたが、アテネの影からアンジェラとセージの姿を見つけると、しまった、と言わんばかりに口を手で抑えた。
「あ、あんた……なんで、ここに……!」
「ただの趣味……と言えたらよかったんだけどな。ま、ヒーローとかは関係ない、個人的な興味であることに変わりはないか」
「…………」
「心配すんな、オレは何も聞いちゃいない。見ちゃいない。そう、なんにも、な」
そう言って、アンジェラはそっぽを向く。見なかった、聞かなかったことにしておいてやるという、彼女なりの遠回しなメッセージだ。まだ幼い真幌がそれに気が付けるかどうかは分からないが。
「……いや、あんたは……なんか、信用……うん、余所者ヒーローでも、あんただけなら、信用して、あげてもいい」
「珍しいなぁ、真幌がそんなことを言うなんて。明日は槍でも降るのかな」
「長老様、茶化さないでよ!」
頬をぷっくりと膨らませて講義する真幌だったが、アテネはどこ吹く風で紫煙を吐き出す。重ねた年齢が違いすぎるのだ。軽くあしらわれて当然だろう。
アンジェラはそんな二人の様子を面白そうに眺めながら、活真に声をかけた。
「よっ、昨日ぶり。ここらが遊び場だったりするのか?」
「うん、お母さんが死んじゃってから、長老様に面倒を見てもらってるんだ。島の人たちも色々世話を焼いてくれてるけど、お仕事があるから僕らにばっかり時間を使っている、ってわけにもいかないし……」
「小さいのに達観してるなぁ。人を思いやれるのは大変結構だが、小さいうちは駄々をこねるのも仕事のうちだぞ」
「心配しなくても、長老様には結構我儘を言ってる自信はあるよ」
様付けなのに我儘を言ってる自信はあるのか、という考えがアンジェラの頭を一瞬過った。しかし、そういう人物に限って我儘の程度が低いことが多いことを思い出し、微妙な顔を隠して頷くことしか出来なかった。
活真へ告げた言葉の半分はブーメランで自分に突き刺さるということに、アンジェラは全く気がついていない。自分のことにはてんで鈍感な主に、ソルフェジオはこっそりと呆れ返った。
真幌は一応落ち着きを取り戻したのか、アンジェラから視線を外してセージの方を向く。
「まったく……そこのあんた」
「……私のこと?」
「他に誰が居るのよ……いい、遺跡に妙なことをしたり、こんとんさまのことを少しでも余所者に……特に、ヒーローに告げ口してみなさい? その時は、容赦しないわよ」
「……心配しなくても、この島で得た情報をヒーローに共有してやるつもりはない」
「…………嘘だったら承知しないからね」
刺々しい真幌の態度に、世間知らずのセージは不思議そうな顔でアンジェラの方を向いていた。そんな顔をされても困る、とアンジェラは思った。セージ自身、どこか不思議ちゃんみたいな性格をしている。アンジェラの眼は、こういう時に扱いに困るのはこっちの方だ、と言わんばかりの眼だった。
「それに、この子達は大丈夫だよ。寧ろ、彼女はボクらと秘密を共有する側さ」
アテネはタバコの吸い殻をアンジェラに向けると、ぐしゃり、と握りつぶしてジャケットのポケットに入れる。
「……長老様がそう言うんなら、そうなんだろうけど……」
「それで、この子のことがバレたっていうヒーローはどうしたの?」
「え?
…………………………あっ!」
真幌が自分の犯した致命的なミスに気が付いた、その時。
「あっ、アンジェラちゃん見つけた!」
「王様……と、誰?」
茂みの向こうから、麗日と壊理がその姿を現した。
「あっ……ごめん、追いかけるつもりは、なくて…………」
「……ふんっ、どうやってその戯言を信用しろって?」
「いや、信用しろ、とは……言わない、よ」
「…………その発言そのものが信用ならないわね」
セージに向けたものよりも遥かに刺々しい……寧ろ、毒々しいとまで言えそうな態度で麗日をぐさり、と責め立てる真幌。アンジェラは流石に見ているだけでは居られず、真幌に声をかけた。
「真幌、そのくらいで勘弁してやってくれないか。麗日は多分……オレを探しに来ただけだから」
「……私は、もう失うのは、こりごりよ」
「そうか……なら、責めるのならオレにしてくれ」
「っ!?」
その場の空気が凍り付く。真幌なんか、その目を零れ落ちるのではないか、というほどに見開いている。アテネは、無表情で新たなタバコを咥えて火をつけていた。セージはそもそも気に留めていない。
「だって、麗日がお前の隠しておきたいものに触れる要因を作ったのはオレだからな。元はと言えば、オレが動揺を隠しきれなかったせいだ。麗日はオレを心配してくれただけだよ」
「…………それでも、あなたを責める気にはなれない」
「なら、麗日に変につっかかるのもナシだ。事情も知らないし、信用してやれとは言わないけどさ、せめて、少しくらい話は聞いてやってくれ」
真幌は考えるような素振りを見せる。そして、渋々、と言った感情を一切隠すことなく、頷いた。
「…………あのね、真幌ちゃん。私、あなたがヒーローを信用出来なくても、それでいいと思う」
「…………」
「だけど、私はこんとんさまのこと、誰にも言いふらしたりしない。信用しなくてもいい。ヒーローじゃない、ただの高校生の言葉だよ。あっ……いや、まだ仮免だし、ヒーローってわけでもないんだけど、えっと、だから、その、つまり…………」
伝えたいこと自体は頭の中にあるのに、それを上手く言語化出来ずに四苦八苦している麗日に、真幌ははぁ、とため息をついた。
「………………その言葉、嘘だったら許さないから」
「……! じゃあ……!」
「勘違いしないで。ヒーローは信用しない。ただ、その言葉だけなら、信用してやってもいいって話よ」
「うん、それだけでも凄く嬉しいよ、ありがとう」
麗日はそう言うと真幌に手を差し出す。真幌は戸惑いつつも、その手を取った。
その様子を、タバコを咥えながら微笑ましそうに眺めていたアテネが、タバコを一度手に持ち直して口を開く。
「……麗日って言ったっけ? あの子も随分と面白い子だね。キミのお友達?」
「ああ、クラスメイトで……日本に来て、最初にできた友達だ」
「王様が忙しい時、A組の人たちと一緒に遊んでくれる人……」
「仲良きことはいいことだねぇ」
ごぽごぽと、水の音が揺れた。
「ところで……あの、あなた達は……?」
麗日の視線が初対面の二人に向けられる。アテネは努めて朗らかな顔をしようとするが、やはり包帯のせいで分かりにくい。セージに至っては麗日の視線に気が付いてすらいない。
「ボクはアテネ。現地住民だよ、ヒヨッコヒーローちゃん。ああ、包帯についてはお気になさらず。怪我してるわけじゃないから」
「は、はぁ……えっと、未成年の喫煙は、よくないんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。こう見えて、キミ達よりも遥かに歳上だから」
「えっ!? あの、失礼ですがおいくつで……?」
「数えたことないけど、確実にこの島で一番歳食ってるのはボクだよね」
麗日は信じられないものを見るかのような視線をアテネに向ける。彼女の見た目はいくら高く見積もっても中学生以上には見えない。一瞬混乱しかけた麗日だったが、アテネがそういう“個性”の持ち主であると無理やり自分の中で納得をつけた。
「それで、そっちの子は……」
「…………」
「…………あの……」
麗日の言葉を丸っとスルーして、電脳空間と再び接続したセージ。興味がないことにはとことん興味ねぇなこいつ、と呆れながら、アンジェラは口を開いた。
「そいつはセージ。オレの知り合いだ。遺跡の調査に来たんだと」
「あ、そうなんだ……えっと……」
「悪く思わないでやってくれ。アイツ、世間知らずでマイペースなんだ」
「そうなんだ……」
麗日は苦笑いをするしかなかった。確かに、周りの空気を丸っと無視して自分の目的を優先する様は、マイペースとしか言えない。
「せめて、もう少し視野を広げてくれたらなあって、アイツに愚痴られるオレの身にもなれっての」
アンジェラは愉快な宿敵が時たま零す愚痴を思い出しながら、はぁ、とため息をついた。