紐解かれすらしない残骸は、壊れたガラクタ以外の何物でもない。
崩れた残滓は、残骸にすらなれなかった骸は、今も眠り続けている。
「アンジェラちゃん、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だって……あの時はちょっとびっくりしちゃっただけで……」
「びっくりって、何に?」
「それは……うん、色々と……とにかく、大丈夫だから」
「アンジェラちゃんがこういう時に言う大丈夫ほど、信用ならない大丈夫も珍しいと思うの」
「おいそれ誰に聞いた」
「インフィニットさん」
麗日に詰め寄られ、大丈夫という言葉も信用ならないと言われてしまい、アンジェラは観念して事の経緯を麗日に語った。
とはいえ、マスターエメラルドのことをベラベラと話してしまうわけにもいかない。麗日を信用していないわけでは勿論ないものの、それとこれとは話が別だ。信用しているからといって、何でもかんでも話してしまえるかと問われたら、アンジェラは間違いなく「否」と答える。
「昔……そう、昔、別の場所で聞いた呪文と全く同じものが、この島の古文書に書いてあってな」
「それって、村役場で呟いてたアレ? 確か、行うもの、から始まるやつ」
「そうそう。よもやこんな場所で見つけることになるとは思ってなくて。心配かけて悪かったな」
アンジェラの言葉には、何一つ嘘は含まれていない。ただ、語っていないことが多くあるだけで。それは、あまりおいそれと語りたくないことであるというだけで。
あまり納得はしていないようだが、ひとまず詰め寄ることはやめた麗日が、アンジェラの瞳を見ていい笑顔で一言。
「……そっか。でも、無理はしちゃ駄目だからね」
「ああ、分かってるよ」
「ほんとに?」
「疑り深いなぁ」
麗日にそうさせる要因が自分にあると自覚しているアンジェラには、それ以上の言葉をかけることなど出来なかった。
「王様、調べたいことがあるのなら私もお手伝いする」
「あはは、ありがとな、壊理」
アンジェラの服の袖を掴んでそう宣言してみせた壊理に、アンジェラと麗日は微笑ましげな視線を向ける。
それに混ざって、アテネが麗日にどこか難しげな視線を向けていることに、アンジェラだけが気が付いていた。
「………………言いたいことがあるのなら、言葉にしたらどうだ、婆さん」
ゆらり、と顔を上げたアンジェラは、アテネを見据えて、皮肉をたっぷりと込めて口を開いた。アテネの視線がどこか難しいものであることに、一拍おいてから気が付いた真幌と活真は、不思議そうな顔をして首を傾げている。
アテネはサファイアの隻眼を麗日に向け、咥えていたタバコを手に取った。
「ああ……ま、いっか。
ねぇ、麗日。それに、壊理。
単刀直入に聞くけど、キミ達、人間ですらない黒い化け物と遭遇したこと、あるでしょ?」
「っ!?」
麗日は、思わず息を呑んだ。
アテネが何を持ってその発言をしたのか、麗日には全く持って推し量ることなど出来やしない。サファイアからアメジストへと移ろうその眼が、一体何を考えているのかなど、分かるはずもない。
黒い化け物……十中八九、
アテネがどこまで事情を察しているかは分からない。麗日達が
ただ、この時麗日は初めて、アテネが自分よりも圧倒的に歳上なのだと感じた。
「ああ、返答はいらないよ。事情を知ろうとも思わない」
「……じゃあ、何で……」
「麗日、その化け物にキミ達が対抗出来るようになる力があるとしたら、キミはどうする?」
ああ、試されていると、麗日は思った。
本能に揺さぶられ、荒れ狂うことしか出来ずに化け物を喰らい尽くしたアンジェラの姿が瞼に浮かぶ。肉体が溶け出して死の間際に居た少女に頼ることしか出来なかった自分が、酷く情けなく思えたことを思い出す。ヒーローに救われることを屈辱としか思わない少女が最期に放った、狂ったような笑い声が頭の中で木霊する。
本当に、どこまで察しているかなんて分からないが。
アメジストの瞳が、自分の全てを見透かしているような気がしてならない。
「…………あるん、ですか?」
「子供に勧めるようなものじゃないんだけど」
「じゃあ、そんなもん麗日に勧めようとするな」
冷たい光がトパーズの瞳に宿る。麗日はそれが自分に向けられたわけではないと分かっていながら、背筋が冷たくなるような錯覚を覚えた。
かくいうアテネはそんな視線など意に介さず、タバコを咥えた。
「そうも言っていられなくなるんだよ。一度狂った歯車は、もう元には戻らない。理解の外側から襲い来る濁流に、ただただ呑まれたくはないだろう? 抗うために力を望むことは、自然なことだよ。ボクに出来ることは「鍵を外す」ことだけで、手に入れるかどうかを決めるのは彼女自身さ」
「そういうことを言ってんじゃねぇ」
「……ああ、そうか。強い力にリスクはあって然るべき。キミはそういうことを言いたいんだね?」
リスクを隠して麗日を騙すつもりだったのかとアンジェラは思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。そもそも、子供に勧めるようなものではないと暴露している時点でそう言っているも同然なのだが。
「あの、そのリスクって何ですか?」
「それはね……………………………………
…………!」
先程まで朗らかな様子で話していたアテネだったが、突然目を見開いて森の外に目をやった。明らかに様子の変わったアテネに、アンジェラ達はなにかがあったのかと身構える。
「長老様?」
あまりに突然の変化に真幌と活真も戸惑うが、アテネは「大丈夫」、と言って、二人の頭を順番に撫でた。
「……事故か何かだったら、まだよかったかな……」
「あの、何があったんですか?」
「単刀直入に言えば……ああ、キミ達は
同時刻、那歩島本島の各地に敵が出没していた。
通信基地局は敵の攻撃により破壊され、漁港に停泊していた船も無惨な姿に解体されていた。商店街では赤い包帯に身を包んだ男が、海岸では青い二足歩行の犬のような男が暴れまわり、それぞれA組の面々と交戦していた。
多対一と数だけ見ればA組の面々に有利な状況だったが、相手はそれを覆せるほどの実力を持っていた。守らなければならない一般市民を背負い、数人は避難に専念しながらの戦いであったことも相まって、A組の面々は防戦一方に陥っていた。通信基地局を破壊されてしまい、外部に助けを求めることも非常に難しい。
唯一、赤い包帯の男は、爆豪の機転によりその場で倒すことに成功したが、海岸に現れた敵は轟達を軽くあしらい、現れた敵の親玉の男、そしてその男と行動を共にしていた女はヒーローに見つかることなく目的地へ足を進めることに成功していた。
親玉の男が向かっていたのは、真幌と活真の家だった。いや、家そのものは邪魔だと言わんばかりに、指先から爪を放ち粉々に破壊した。
……それが、運命の分かれ道であると、知らぬまま。
「……ここには居ない、か」
「目的」がそこに存在しないことに多少の落胆を見せつつも、この島のどこかには居るのだから探せば良い、と踵を返して「目的」を探そうとした親玉の男。
だが、次の瞬間。
親玉の男の足元に、大量の黒い手のようなものが現れた。
ヒーローの“個性”かと思った親玉の男は、慌てることもなく空気の壁で自身を保護する。
しかし、無意味だった。
「……っ!?」
空気の壁を
いや、男の攻撃もすり抜けていたのだ。奇妙なことに、この黒い手からの攻撃は受け付けるのに、黒い手への攻撃は全てすり抜けてしまうらしい。
それに男が気が付いたかどうかは分からない。
ただ、どうにかしようともがき続けて、そこに意味などなくて。
気付いた時には、男は黒い手に飲み込まれ、その場から消え失せていた。
「……最悪だ」
アテネは思わず舌打ちをした。この辺境の離島に、何故敵が現れたのかは彼女の知る所ではないが。現れた敵そのものがまずかった。
「おい、何が起きた? 敵が出たって、どこに……」
「……もう、行く必要はない。せき止めていた歯車は再び回り始めた」
アンジェラ達がその言葉の意味を理解する前に、アテネは遺跡の壁に手を当てた。瞬間、遺跡の黒い部分から赤い光が放たれ、周囲に凄まじい速度で広がっていく。
「「彼女」を今……この島から出すわけにはいかない」
「おい、それってどういう……」
「ごめん、説明は後でね」
アンジェラが再び問い返す、その前に。
那歩島全域が、赤い光に包まれた。
那歩の島の遺跡を壊してはならない。
那歩の島の遺跡を動かしてはならない。
那歩の島の遺跡を傷付けてはならない。
遺跡を壊してしまったのなら、すぐにその場を離れなされ。
遺跡を動かそうと宣う者が居たのなら、何としてでもそれを止めなされ。
遺跡を傷付けた者を目にしたのなら、こんとんさまに助けを求めなされ。
もしも、遺跡が壊れてしまったのなら、目覚めないことを祈りなされ。
那歩はゆりかご。
那歩は檻。
那歩は鎖。
眠りを妨げてはならない。
開け放ってはならない。
解き放ってはならない。
微睡んでいる間は、微睡みさえ妨げなければ、何を案ずる必要もない。
器がないのなら、地面が赤く染まらないことを祈りなされ。
もしも、器足り得る者が遺跡を壊してしまったのなら、その時は。
…………せいぜい、居もしない「神」とやらに祈ってみたらどうだい?
長い長い導入が終わりました。那歩島編はここからが本番です。
あと、勘違いされてそうなので、これは言っておきます。
ナインは死んでません。