黒を黒で塗り固めたそれを、知らずのうちに手にしていた。
……そう、知らずに、ね。
「うぅ……ん……ここ、は……?」
頭が釘で打たれたかのような鋭い痛みと共に、麗日は目を覚ました。先ほどまで居た遺跡ではなく、緑色の光を放つ石造りの廊下に彼女は倒れ伏していた。
立ち上がり、ガンガンと痛む頭を抱えながら、先ほどまで自分がしていたことを思い出そうとする。
(そうだ、アンジェラちゃんを探しに離れ小島の遺跡に行って……包帯の女の子が、敵が来たって……それで……)
視界を埋め尽くす赤い光。アテネが遺跡に触れた瞬間広がったそれが何の光だったのかは分からない。アテネが言っていた「彼女」というのが誰なのか、島に来たという敵はどうしたのか、そもそもここはどこなのか。考えても、分からないことだらけ。
(……アンジェラちゃんなら、こんな状況ですら楽しむんだろうなぁ)
取り敢えず、今の状況を把握しないことには始まらない。
そう考えた麗日は、石造りの廊下を歩いて行った。
終着点は、割とすぐ近くにあった。
廊下を歩いて行った先にあった、一際広い石室。奥の壁に大きな黒い石版のようなものが鎮座し、緑色の光で満たされた部屋。
そこから響いてきたのは、聞き覚えのありすぎる爆発音に混ざった怒声だった。
「テメェ、いい加減に口を割らないと殺すぞ!!」
「今どきの子って怖ぁ……さっきから言ってるじゃないか、島に来た敵とボクは無関係だって。信じてもらえるとは思ってないけど……今のままじゃ、話すら出来ないよ」
「ハッ、現状、一番怪しいのはテメェなんだよ。敵が現れたかと思ったら、突然赤い光に包まれた。んで、気ぃ失って、目ぇ覚めたらこの状況で、しかもあの赤い光は自分がやったとご丁寧に自白しやがった。疑うな、っつー方が無理があるだろ」
「うーん、確かにその通りなんだけどさぁ、それにしたってもう少し対話を試みようとか思わないの? 言葉の通じない化け物相手でも、トチ狂った狂人相手でもあるまいし……」
困り顔のアテネに詰め寄る爆豪。包帯まみれのアテネが胡散臭いと思わないと言えば嘘になるが、流石に弁明も満足に聞き入れられないのはあんまりだと思う。
「おい爆豪、この状況で敵って決めつけることねぇだろ! ただ全身に大怪我してるだけかもしれねえじゃん!」
「爆豪君、対話の意思がある相手にそこまで食ってかかるのはやめないか!」
切島と飯田を筆頭に男子陣はなんとか爆豪を諌めようとしているが、爆豪がその程度で引き止められるはずもなく。アテネはどうしたものか、と思案に暮れた。
「あっ、お茶子ちゃん!」
「麗日、無事だったんだね」
「皆!」
石室には、クラスメイト達が集まっていた。麗日を出迎えたのは葉隠と耳郎だ。麗日は頭の上に疑問符を飛ばしながら、石室に入る。
「どうしてここに? それに、敵は?」
「分からない。目が覚めたら皆この石室に居て……あの包帯まみれの人が、あの石版みたいなものを操作? してた」
「それで、私達が気を失う直前、視界を埋め尽くした赤い光は自分がやったと包帯の方が仰り……あの状況です。包帯の方は、他にも何かを言おうとしていたようなのですが……」
八百万は呆れたように言った。爆豪のあの喧嘩っ早さはどうにかならないものか。対話の選択肢を自分からかなぐり捨てているように見えてならない。
だが、彼の言い分も理解できる。特に、アテネと全く関わりのない爆豪が、包帯まみれを筆頭に怪しい要素まみれの彼女を疑うのは無理もない話だ。
……それにしたって、少しは対話をするという選択肢を持つべきだとは思うが。
麗日は膠着状態をどうにかするべく、爆豪に声をかけた。
「爆豪君、その人は敵とは関係ないと思うよ」
「あぁ? 何の根拠があってンな事……」
「赤い光が視界を埋め尽くす前、私はその人と一緒に居た。真幌ちゃんと活真君……島の子達とも仲が良かった。それに、敵と繋がっているのなら、敵の存在に気付いていなかった私達にわざわざ敵が来たことを知らせたりしないはずなのに、その人は敵が出たことを教えてくれた。
……これだけじゃ、確かに根拠としては弱いかもしれないけど」
「…………私達……その場に、お前の他に誰か居たのか?」
「アンジェラちゃんと一緒だった」
「……ちっ」
爆豪は一応引き下がりはしたが、その視線はまだアテネを疑っていた。だが、彼女の話を聞く気にはなったらしい。アテネは若干ジト目で呟いた。
「……今時の子って、ここまで疑り深いものなの?」
「単に爆豪君が喧嘩っ早いだけだと思います」
「ンだとコラ!!」
「そういうトコだぞ爆豪!」
また爆豪が騒ぎかけたが、瀬呂の言葉に一応は口を閉ざす。話しを聞く態勢が整ったことを確認したアテネは、大きな石版のようなものに手を置いて口を開いた。
「……まずは、さっき言おうとしたことだけど……確かに、赤い光はボクがやった。だけど、それは最悪の事態を防ぐためであって、ボクは島に来た敵のことは何も知らない。そもそも、あいつらのせいで遺跡を起動させる羽目になったのさ」
「遺跡を起動……?」
「此処から先の話は荒唐無稽が過ぎる。だから、信じるか信じないかはキミたちに任せるけど、ボクは真実しか話さないことを先に宣言しておく。
……繰り返しになるけど、信じるか信じないかは任せるよ。取り敢えず、まずはボクの話を聞いてくれ」
そして、アテネは語り出した。
大前提として、スターフォール諸島という忘れ去られた島々があり、そこに文明を築いた古代人が居たこと。
宇宙の彼方から来た古代人は、「裁定者」と呼ばれる存在に襲われ、故郷の星を捨ててこの星にやって来たこと。
現代の科学でも明かせない高い技術力を持った彼らは、しかし「裁定者」に再び滅ぼされたこと。
その古代人がいざという時のために、スターフォール諸島から遠く離れた島に遺跡とそこから繋がる「電脳空間」のバックアップを取ったこと。
その島こそが、那歩島であること。
今、麗日達が居る空間は元居た空間ではなく、遺跡を起動させたことによって顕現した「電脳空間」にアテネの力が混ざった特殊な空間であり、那歩島の各地に散らばっていた1年A組の面々が「一人を除いて」この場に集まっているのは、電脳空間に取り込まれた彼らをアテネがここに呼び出したからである。
「那歩島の本来の名前は「イカロス島」。古代人がその軌跡を遺し、その末裔たちが守り続けた島。
……そして、「あの子」のゆりかごとなった島。
…………自己紹介をしておこうか。
ボクはアテネ。アテネ・ローナスフィア。
スターフォール諸島の古代人ともまた違う……キミたちが言うところの、「宇宙人」だよ」
アテネは元々、この星とも古代人の故郷とも違う星の産まれだった。
物心ついたばかりの時は、友達と外を駆け回れるような平和な星だった。
だが、その星にあった文明は、滅んだ。
その発端となったのは、宗教戦争。
その星に住む人々は、それぞれ神を信仰していたり、しなかったりした。アテネやその近くに居た人々は、神を信仰していない人々だった。
だが、一部の信者……この星で言うところの狂信者達は、神を信仰しない者たちも、自分たちが信じる神とは違う神を信仰する者たちも、認めることが出来なかった。
最初は酒の席での言い争いだったそれは、いつの間にか会議の席での罵声に変わり、武器を取った争いへとなっていった。
「自分たちの正義が絶対」だという根幹から間違った前提の大義を振りかざす戦いの炎は、全く関わりのない者たちにも苛烈に降りかかる。
少し前の穏やかな日常など影も形もない炎の中、積み上がるのは、元は誰のものだったのかも分からなくなった死体ばかり。
次の日に肉塊の一部でも残っていればマシと言える地獄の中。アテネは狂信者共に、家族を殺された。死体すら、見るも無惨に壊された。
涙は出なかった。
涙が出るほど、正気ではなかった。
正気ではいられなかった。
正気な奴から先に殺されることが、分かっていたから。
あの時、アテネは「終わらせること」しか考えられなかったのだろう。命がまるで紙屑のように燃え盛っていたあの場所では、別段おかしな話でもあるまい。
後のことを考える余裕なんかなかった。
そうするだけの理性は、かなぐり捨てる他なかった。
そうするだけの正気を保っている者など、あの星には残っていなかった。
……戦争の終わりは、その星の生命の灯が燃やし尽くされたことによって訪れた。
たった一人を除いて、その星で起こった惨劇を語れる者は残らなかった。
そのたった一人の者こそ、アテネである。
「……それで、肝心のポータルギアは何処にあるんだ?」
「村役場とか私達の家とか、色んな場所に居るって長老様が」
「いや……この状態で村役場とか家とか言われても」
アンジェラは辺りを見渡す。人間が建てた建物は一つとしてなく、自然と古代の遺跡が見事なコントラストを奏でるここは、間違いなく那歩島本島である。
別に、現れた敵の攻撃によってこうなったわけではない。遺跡から放たれた赤い光が無情にも文明を消し飛ばしたわけでもない。
これが、この島の本来の姿。人間が那歩島と名付け、人間の文明という皮で覆い隠し続けていた島の、あるべき姿なのだ。
ただし、古代人も想定していなかった力の介入によって、多少形が変わり、境目が曖昧になったりしてはいるが。
「ポータルギア自体は現実に存在するものなんだろ? 電脳空間と混ざったこの状態で、本当に実体を保ってるのか? 生き物でもあるまいし」
「ええっとね、長老様は「半分電脳化してるだろうけど、手に持つことは出来るはず」って言ってたよ」
「半分電脳化……ねぇ。元々、電脳空間と跨って存在してるものなのか?」
「古代人の技術にはまだまだ謎が多い。電脳空間に存在していたものに実体を与える技術の産物が、神兵や守護神、巨神なのかもしれない」
この状況には不釣り合いな子供たちと水の化身の守り神という一風変わった面子と共に、道なき道を行きながら、アンジェラは思案する。
アテネには、例え不都合な事実だとしても全て包み隠さず教えてやってくれと頼んだ。そこにはアンジェラがまだ知らないことも含まれているだろうが、それは「お使い」が終わったあとに教えてもらえばいい。
…………電脳空間を通じて、彼らに流されることになってしまうであろう「真実」も、一切包み隠さないように、とも言った。
自分もその場に居るべきだということは重々承知している。
しかし、今はそれどころではない。
言うだろう、命あっての物種、と。
「……って、おい待てセージ、お前何処行くつもりだ?」
「ちょっと……気になるものが多すぎて」
「うん、その気持ちはすっごく分かるけど後にしてくれマジで。この状況で好き勝手出歩かれて何かあったら、オレがエッグマンにどやされるんだよ!」
「問題はない。守護神になら対抗できる」
「そういう問題じゃねーし! ケテル、セージに引っ付いててやれ!」
《はーい》
セージは何かを言いたげにしていたが、そんなことは無視してセージの頭の上にケテルが乗っかる。真幌と活真はどういう反応をすればいいのか分からず苦笑いだ。
「はぁ〜……まだ何もしてないのに気疲れが……」
「王様、あれ」
壊理が指差した先には、巨大な白い水筒のような何かが鎮座していた。スターフォール諸島で同じような物体をよく目撃したものだ。セージが言うには、あれは「SHILVER HAMMER」と言うらしい。古代人達はあれと同じようにそれなりの大きさの神兵を総じて「守護神」と呼んでいたか。
それが巨神と同じく「裁定」への対抗策だったのか、はたまたただの防衛システムなのかはアンジェラの知るところではない。
何にせよ、アンジェラのやるべきことは。
「オラァッ!!」
SHILVER HAMMERの壁面を駆け上がり、その頭部を魔力を纏わせた脚で蹴り飛ばす。守護神は赤い靄となって掻き消え、その場には白い光を放つ歯車が落ちていた。それを回収し、アンジェラは一つ息を吐く。
「よし、一つ目」
「……強い……」
「確かに、これなら護衛としては合格も合格ね……」
歯車を回収した子供たちは、道なき道を再び歩み出す。
ごぽごぽと響く水の音が、どこか呆れたような声に聞こえた。
あの時の全てを、間違いだったと断ずるつもりはない。
あの地獄を終わらせたかった。
それでも、今にして思えば。
もう少しだけ、考えて、話し合うべきだったのかもしれない。
あの時に、そう行動できたかは別の話だが。
少なくとも、ボクは彼女に言うべきだった。
うっすらとだけど、あの時に気が付いていたボクは。
神の力に手を伸ばすな、と。
ココだけの話、アテネのキャラはアンジェラさんよりも先に完成していたり。アテネは元々、別作品の主人公として作ったキャラだったりします。