血で血を洗う地獄のような戦争
この二つの違いは、一体何処にあるというの?
どちらも同じ、「大義」と「大義」の殺し合いだというのに。
石室に巡った静寂を破ったのは、どこか疑心暗鬼な爆豪の声だった。
「……それで? その話が今回の件にどう関係するってんだ?」
「もしかして、単なる不幸自慢だと思ってる? 心外だなぁ、関係ないなら話したりしないよ。ま、前半の話はともかく、後半のボクの過去の話はする必要自体は薄かったってのは認めるけど」
爆豪の視線など意に介さず、アテネはクスクスと笑う。自分の故郷の話までする必要は確かになかったかもしれないが、それは、「情報」という論点だけに絞って目を向けた時の話。
「ただ、そういうものがあるって知っておいた方が、キミたちの心の負担が減るかと思ってね」
「はぁ?」
「人間の心は脆すぎるからねぇ。自分の常識外のことがあるとすーぐ発狂しちゃう。
……特に、自分達の常識が崩れた時なんか、絶対に認めようとしないんだから。意固地なもんだよ、ホント」
心底呆れたような声。もはや嘲笑とも取れるであろうそれは、再び反論しようとした爆豪の口すらも塞いだ。
「キミたちは、文明がこの星だけで完結していると、本気で思ってるわけ?
広大がすぎる宇宙に別の文明がある可能性なんてありえないと、本気で思ってるわけ?
……だとしたら、酷く想像力が足りないねぇ。
“個性”なんてチンケな力より強力で危険な力なんて、この宇宙にはごまんと存在する。
そもそも、キミたちが“個性”と呼ぶその力。この星の人間に、突然現れたその力。世代を経るにつれて強力になっていく、生まれ持った力。
おかしいとは思わなかったの?
“個性”と呼ばれる力がどうして、人間に発現したのか。
“個性”は本当に、人間の意思に従うものなのか」
「……あの、何が……言いたいんですか……」
麗日の声は、震えていて、しかし、真実を受け止めようとする覚悟が確かに混ざっていた。アテネは関心したかのように麗日に視線をやる。
「へぇ、子供だと思ってたけど、ちゃんと真実を見つめようとすることが出来るなんてね……いや、「子供だから」、かな。
…………過程をすっ飛ばして結論を先に言わせてもらおうか。
“個性”とは、この星の人間が発症した「病気」であり、この星の人間をいずれ滅亡に追いやる、「呪い」だよ」
「……へぇ、それじゃあ、長老様が言ってた「裁定者」を倒したんだ」
「ソニックが、な。
……オレは、近くに居ることしか出来なかったから」
《でも、お姉ちゃんも頑張ってたよね?》
「…………」
セージの頭の上にしがみついてゆらゆらと揺れながら、ケテルは無邪気に言う。
胸にちくり、と針が刺さったような痛みを隠しながら、アンジェラは曖昧に笑って話を変えるしかなかった。
「ところで……あれか? 起動させなきゃならないポータルって」
アンジェラが指を指した先には、石造りの台座のようなモニュメントが鎮座していた。鍵穴のような形をしており、赤い光のラインが走っている。スターフォール諸島にも、似たようなモニュメントがあったとアンジェラは記憶を脳の片隅から引っ張った。
「そう。万が一にも島の外の人間が遺跡を本当の意味で起動出来ないように、ポータルを起動させるにはポータルギアの他に私と活真の生体認証が必要なように、長老様がちょっとだけ手を加えたそうよ」
「どうして子供のあなた達が?」
「島の大人達じゃ負荷に耐えられないから。こんとんさまと会話が出来る私達じゃないといけないんだって」
「……鍵の役目は、代々こんとんさまと会話が出来る人間が受け継いできたんだ。島に眠る災厄を目覚めさせないために……遺跡を本当の意味で、起動させてはいけなかったから」
活真の言葉が真実なのだとしたら、おかしな話だとは思う。アンジェラ達がやっているのは、その遺跡を起動させる行為なのだ。
だが……
「起動させてはいけなかった……それは、過去の話。災厄が封印の中で目覚めたのなら、封印し続ける方が危険なの」
「それは、その災厄とやらが電脳空間に眠る巨神を乗っ取ってしまうから……違う?」
セージは疑問を投げかけながら、ポータルに手を触れる。真幌と活真は、音もなく頷いた。
「……この島の伝承には、対外的に伝えられるものと此処で生まれ育った人間だけが知る「本当の伝承」がある。
対外的な伝承も、全てが間違っているわけじゃないけれど、本当の真実を覆い隠すための「ブラフ」でしかない」
アンジェラは台座に立ち、ポータルギアをポータルに嵌め込む。赤い光が滲み出た石造りのそれに、真幌と活真が手を触れた。
「……対外的な伝承は、最低限のことしか書かれていない。水の化身……こんとんさまが災厄を封印したとしか。
それは、間違っているわけじゃない。こんとんさまがその時から存在していたことは事実だし、災厄を封印するために戦ったということも事実。
だけど、実際には他にも災厄と戦った者達が居た。
実際に災厄を封印したのは、長老様なの」
「“個性”が……病気で、呪い? はは……最近、似たようなことを言う人を見かけましたけど……冗談、ですよね?」
「へぇ、ボクと同じような結論にたどり着いた人間が居たんだ。どんな人?」
「……極道の、若頭……」
「……やっぱり、そっち系なのか」
呆れたようなため息が一つ。アメジストの瞳が鈍く光を灯す。口を開いた当人である麗日は、どこかいたたまれない感情を抱いた。
「その極道君がどういう環境に身を置いていて、どういう状況でその結論にたどり着いたのかは知らないけど……その人が“個性”を病気であると言ったのなら、その言葉自体は何ら間違ったものじゃない。
例え、社会の片隅に追いやられて、肩身の狭い思いをして……その感情の出した結論なのだとしても。その結論にたどり着いた極道君とお話してみたいくらいだね」
包帯で包まれたその顔からは感情が読み取りにくいが、軽蔑の色が滲み出ていることは麗日達にも分かる。
「ボクは社会からはみ出されたわけでも、追いやられたわけでもない。自分からこの島に引き籠もってるだけだし、そもそもボクはこの島を出るわけにはいかないんだ。島の人達とも仲いいし。
だから、ボクがはみ出しものだからその結論にたどり着いた……っていう考えは間違っているにも程がある。研究に基づく結論がそれだったってだけさ」
爆豪を筆頭に数人がぎくり、と肩を揺らす。自分の考えを読まれているような奇妙な感覚が身体を伝い、痺れとなって神経を巡った。
「……ちなみに、研究ってどんなことをしていたか、とか……教えてもらうことは……」
「そんなに怯えなくても。
研究って言っても大したことはしてないよ。息抜きがてらの
「……“個性”が世界に現れる前に自分は生きていた、と?」
「そうだよ? この島に来て……もう500年にはなるかなぁ」
連続して、自分達の常識の外側のことを至極当たり前のことのように語るアテネに、A組の面々は脳みそがパンクしそうな気分になった。
アテネはそんなA組の面々のことは全く意に介さず、石版に手を当てて再び口を開く。
「人間は、最初からその事実には気が付いていたはずさ。超常黎明期とキミたちが呼ぶ時期でも、人間の技術力があれば“個性”=病気という結論には容易く辿り着けたはずだよ。実際、その結論に辿り着けた学者も居たらしいしね。
その結論が広まらなかった……いや、“個性”という病気が普遍なものになるだけに留まらず、人々がそれに陶酔するようになったのは、“個性”を誰が為に使う人々が「
……「
石室に冷たい空気が伝う。誰のものとも知れない心臓の音がバクバクと響き渡る。
「確かに、ボクが見てきた他の星でも、自分の力を他の人のために役立てて、迫りくる災禍と戦って、英雄視される奴は居たさ。
力を手にして、それを誰かのために役立てたいと思うことも、それを生業とすることも、決して間違っているわけじゃない。誰かのために手を伸ばすことを間違っているとは、とても言えたもんじゃない。
だけど、それを加味しても、この星は異常だ。
元々崩れやすい自我なくせして、その歪な価値観を元に社会を作り変えてしまった。オールマイト、とかいうヒーローが出てきてから、それは加速してしまった。
少しでもヒーローを批判するような発言をすれば、敵予備軍と疎まれ、ヒーローの犯した不祥事も、何事もなかったかのようにもみ消される……。泣き寝入りするしかなくなって、辺境に身を潜めるだけならまだマシだったかもね。
……これじゃ、カルト宗教と何も変わりがないって、誰も気が付かなかったのかい?
ボクが知る
ハッキリ言わせてもらおうか。
この星のヒーローがやっていることは、幾重にも折り重なった洗脳でしかない。
下手な呪いなんかより、“個性”と呼ばれる呪いそのものよりもたちの悪い……積層された、「呪詛」でしかないのさ」
麗日はその時ようやく、アテネの視線が終始「ヒーロー」を軽蔑するものであったと気が付いた。
彼女から、家族も友も、故郷さえも奪い去った「信仰」を憎み、それとほぼ同じことしかしていない現代ヒーローを蔑視するものであると。
気が付いたところで、何かを言えるわけでもないが。
だって、こうして真正面から言われるまで、誰も気が付かなかったのだ。
この社会が、ヒーロー社会がどこまでも、歪であると。
「それとも……
その歪な価値観こそが、人間を内側から締め上げ殺し滅びに導く、この星に齎された「裁定」なのかな」
歯車を差し込み、災禍の真実を聞いた空色の少女は言った。
「そうか、あれは、「裁定」の一つに過ぎなかったのか」
鈍く光を放つ石版に手を置き、包帯まみれの少女は言った。
「もっとも、ボクにキミたちにどうこうしろと言える権利なんか無いんだけど」
世界とは、選択の連続で形作られている。
大きな選択を迫られつつある幼子と、大きな選択を誤った少女。
どれだけ思考を繰り返そうが、その場における最善が何であったかなんて、これからどうすることが最善かなんて、誰にも分からない。
誰にも分からないからこそ、今の状況が存在する。
「……あの子達が、ポータルを起動させたみたいだね」
アテネは周囲の困惑の視線を全く気にしないまま、そっと口を開いた。まるで予定調和とでも言いたげなアテネの態度は、しかし、次の瞬間に崩れ去る。
「……あれ? この反応……妙だな……
……っ! まさか」
彼女が何かを理解した、次の瞬間。
石版から赤い光が溢れ出し、あっという間に石室を満たしてしまった。
電脳空間は、思考を電子化し、保存した空間だ。
性質上、強い意思……とりわけ、後悔や執念、心に落とされた影と繋がりやすいのは、スターフォール諸島に点在していた
そして、歯車を通して電脳空間と繋がった幼子には、その心に影を落とす大きな出来事があった。
それは、決して母親のことでも、血の繋がった姉妹達に関わることでもない。
否、それでもあるが、彼女にはそれ以上のものがあった。
彼女が、誰にも告げずに墓場まで抱えて行こうと口を噤み続けたそれは、何の因果かはたまた偶然か、那歩島の電脳空間に拾い上げられた。
そして、現実と電脳空間が混ざり合い、溶け合った今この時。
歯車を通して彼女と電脳空間が繋がったことは、彼女が胸の奥深くに隠し続けていたどす黒いものを伝播させ、電脳空間に顕現させられていた者達は、それに触れることになってしまったのだ。
「…………ああ、くそったれ。
それは、それだけは見せたくなかったのに」
えきねこです。明けましておめでとうございます。2024年もマイペースにやっていく所存でございます。失踪するつもりは毛頭ありませんので、暇な時にでもお付き合いいただければ幸いにございます。よろしくお願いします。
ちなみに、投稿に間が空いたのは筆が進まなくなってしまったのと、風邪をひいたのと、Limbus Companyの5-30で詰まりまくってたからです。