音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 ずっと、一人で抱えていたかった。
 抱えて、抱えて、そして沈んで肺腑から空気が抜け落ちて、それでもよかった。
 強くなりたいと、人一倍思っていた。




 強くなることが、怖かった。








幼き日に帰す赤炎のメフィストフェレス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い光が、視界を埋め尽くした。

 と思ったら、石造りの台座の上で、アンジェラが倒れ伏していた。

 真っ先に壊理が駆け寄り様子を伺うも、アンジェラはぴくりとも動かない。辛うじて呼吸はしているようだが、それ以外の反応が返ってこない。

 

「王様っ……」

 

 何が起きたのか分からず混乱している壊理に続いて、真幌と活真が駆け寄る。心配気にじっとアンジェラのことを見ていた二人だったが、何かに気が付いたのか目を丸くした。

 

「……活真……あの人……」

「うん……魂が、ここに無い……きっと、電脳空間に囚われてしまったんだ……」

「……あなた達には、見えるって言うの」

 

 羨ましい、と壊理は漏らした。先天的に鍵が外れていた二人とは違い、彼女は後天的に壊したから。呪いをそれ以上の呪いでもってして、破壊せしめただけだから。

 

 それゆえに、壊理には見えない。不完全な形である彼女には、魂のかたちが見えないのだ。

 

「あなたは、私達と同じだけど、違うのね。生まれながらじゃなくて、人の手で捨てたのね」

「私が、そう願ったから……お姉ちゃんは、やくそくを守ってくれただけ。だから、あなた達が持てないものがあって、あなた達が持つモノが無い。「目」だってそう。私の目は、そうやって(・・・・・)隠す必要がないもの」

 

 真幌と活真の瞳には、アンジェラが時折使う円形の魔法陣のようなものが浮かび上がっていた。生まれながらに外れていた鍵穴と力を隠すためのものだと、壊理にはすぐに分かった。

 

「……どうして、呪いを打ち砕くために呪われようと思ったの」

 

 言いえて妙だ、と壊理は思う。

 傍から聞いたら、意味のないことだとも思う。

 

「……理由は、色々あるけれど……」

 

 “個性”(呪い)を捨てたかった。

 自分のせいで家族が傷付くことが耐えられなかった。

 姉のように慕っていた人の力になりたかった。

 

 いくつかの理由が頭を掠めていくが、一番の理由となるとどれもこれもしっくりこない。

 

「私は……生れてからずっと、王様のためになりたかった」

 

 ごぽごぽと、こんとんさまの水音が強くなる。警戒と威嚇がその音に乗せられていることは、こんとんさまの言葉が分からないセージにも理解出来た。

 

 いつの間にやら、黒い靄のようなものを纏わり付かせた神兵の群れが、台座の周囲を取り囲んでいた。自分たちに刃が向けられようとしていることはすぐに分かった。一足先にそれに気が付いたセージが、自分の力で神兵をコントロール下に置こうとするも、セージの力は黒い靄のようなものに遮られてしまう。

 

「っ、あの靄は、電脳由来じゃない……? 

 まさか、あれって……」

 

 どうするべきか演算しようとしたセージだったが、彼女の前に立つ影があった。

 

「戦うとか……抗うとか……そういうことじゃない。世のため人のためだなんて、こっちから願い下げよ。

 ただ、私は王様のためになりたい。

 何度も何度も繰り返されてきたことだけど……それでも、この気持ちは誰にも邪魔させない。

 

 だって、私は「私」……代わりなんて居ないもの」

 

 セージの前に立ったのは、光と共に現れた、分厚い本を携えた壊理だった。左手の薬指には、きらりと赤い光を放つ指輪が嵌められている。

 

「下がってて……その「目」に戦う力は無いんでしょ」

「そうだけど……もしかして、私達が持っていないあなたにあるモノって……」

 

 真幌が言い終わるより前に、強い風が吹く。

 それがアテネの力と同じものによって発生したものだと、真幌と活真にはすぐに分かった。

 

 壊理は左手を突き出し、声高に宣言する。

 

「……不躾(ぶしつけ)な、王の御前よ。

 

 星の弾丸(ストライトベガ)

 

 幼い手の先に五芒星の赤い魔法陣が浮かび、赤色の魔力光が迸る。

 魔法陣から放たれた赤い弾幕が、神兵達に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……あはははははっ!!!」

 

 黒く哀しい笑い声と共に、アンジェラは黒く染まった魔力弾の群れを放つ。彼女が今まで包み隠してきたどす黒い感情を体現したかのようなそれは、無秩序に麗日達に襲い掛かって来た。

 

 その弾幕を各々なりの方法でなんとか躱し、防ぎ、反撃の隙を伺うも、黒い弾幕は止む気配がない。八百万が作った盾が限界を迎え始めた頃、このままでは防戦一方だと爆豪が飛び出した。

 

「っちぃ! 元々アイツの方が強えんだ! こっちは手数で押し切るしかねぇ!」

「らしくねぇけどごもっとも! 先陣は俺達に任せろ!」

 

 爆豪に続いて、切島、飯田などの近接“個性”持ちが駆け出す。アンジェラが放つ弾幕を躱しながらなんとか接近した爆豪が、爆破を纏った拳を放つも、見切っているとばかりに最小限の動きで躱されてしまった。切島の硬化された鉄拳も、飯田のエンジンがかかった蹴りも、アンジェラに届くことはない。

 

 また一筋、赤黒く染まった瞳から涙が零れ出た。

 

「っ、やっぱり、アンジェラちゃん、泣いてる……!」

「だが、このままでは近付くことすら……!」

 

 弾幕の嵐は止まらない。幼子が抱えていた闇を燃やし尽くさんとばかりに吹き荒れるそれは、麗日達が近付くことを許さない。

 

「だったら遠距離から……!」

 

 上鳴がポインターをアンジェラ目掛けて打ち出したが、魔力弾が軌道を変えてポインターを破壊する。芦戸が酸で、瀬呂がテープで、峰田がもぎもぎボールで、青山がネビルレーザーで、八百万が大砲を創造して多方向からアンジェラを狙うも、その全てが魔力弾に留められ、ないしアンジェラ自身に躱されてしまった。

 

「やっぱ、全部躱しちゃうかぁ……!」

「ボヤいてる暇があんなら手ぇ動かせアホ面! 攻め続けていれば、必ず何処かに隙が生じるはずだ!」

 

 魔力弾目掛けて徹甲弾 機関銃(A・P・ショット・オートカノン)を放ちながら、爆豪はとにかく素早く思考を巡らせる。僅かな隙をも見逃さないように、アンジェラの一挙手一投足に神経を尖らせ、活路を見出そうとする。

 

「フーディルハインっ……お願い、止まって! 話なら、いくらでも聞くからさ!」

「フーディルハインさん、頑張って、思い出して!!」

 

 その最中、ダークシャドウをその身に纏った常闇と、腕を幾重にも束ねた障子が、二人がかりでアンジェラに挑みかかった。

 

「合宿の時、お前は俺達を守って戦ってくれた……だが、俺達は、お前を助けることが出来なかった……!」

「あの時とは違う! 今度は俺達が、フーディルハインを助ける番だ!」

 

 何処も映さぬ赤黒い瞳のまま、アンジェラは常闇の黒き爪を、障子の拳をひらり、と避ける。

 

「っ、しま……!」

 

 気付いたときには、二人の眼の前に魔力弾が迫っていた。衝撃を最小限に留めようと、二人が防御姿勢を取った、その時。

 

 

 

 パァンッ! 

 

 耳を劈く発砲音。紫色の弾が、二人に迫っていた魔力弾を撃ち落とす。

 

「荒御魂に言葉の呼びかけは意味をなさない。あの子を助けたいんだったら、とにかくぶっ飛ばすことを考えな」

 

 射撃音の元は、アテネが構えているスナイパーライフルだった。銃口の先に円形の魔法陣を展開したそれは、アテネの魔力を受けてか紫色の魔力光を迸らせている。

 

「ボクに出来るのは、今みたいに攻撃を防ぐことだけだ。ボクの力じゃ、あの子の魂を消し飛ばしかねない。

 

 それに、あの子も今はキミたちの言葉を聞いている余裕なんて、無いんじゃない?」

「それって……」

 

 麗日達は魔力弾を躱しながら、アンジェラの様子を伺う。

 その目に光はなく、とても正気であるようには見えない。猟奇的な笑みを浮かべた彼女は、まるで暴力性に支配されてしまったかのよう。

 

 だが、よくよく見ると。

 彼女の顔は、時折歪んでいるように見える。

 まるで、抗うかのように。

 

「……ッ……」

 

 黒い瘴気が纏わりつく魂が、ほんの一瞬、動きを止めた。

 

「今だ!」

「ケロっ!」

 

 その一瞬の隙を突いて、蛙吹が舌でアンジェラを打ち上げて、轟が氷で拘束した。ノイズがかった魂が、冷たい氷に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、幼子の魂から赤い炎が吹き出し、その魂を包んでいた氷を壊し、溶かし尽くした。

 

「…………はは…………」

 

 憎き記憶の象徴たる赤炎は、冷たく笑う幼子の背に取り付くと、金色の火の粉を撒き散らしながらその形を変える。赤く長い、鳥の翼の骨のようなそれは、先端に3本ずつの鋭い爪を生やし、七色に煌めく宝石のような羽根を付け、アンジェラの背中に食い込んでいた。

 

「あ……はははっ……」

 

 逃さない、逃しはしないと、憎悪の翼はアンジェラの身体に食い込んでいく。彼女の最後の抵抗すらも呑み込むそれは、紛れもなく彼女自身が生み出したもの。

 

 抱え、隠し、覆い、育て続けたそれは、誰彼構わず見境なく、全てを焼き尽くす焔となる。

 

「あ……」

 

 近付くことすら困難なほどの熱が吹き荒れる。触れる者を焼き焦がし、その熱を奪う火の元が、眼の前にある。自分たちの友達がそれに呑まれ、その場の総てを焼き焦がそうとする。

 

 

 

 

 

 それを前にして。

 麗日は、驚くほどに冷静だった。

 

「……………………轟君、あの熱を冷気で相殺することは出来る?」

「わからねぇが……やってみる」

 

 心配でないわけではない。

 寧ろ、この場で一番アンジェラを心配しているのは麗日だ。

 心配しすぎて、一周回ってこの場で一番冷静になっているのも大きいが。

 

 麗日には、何故か、今自分がどうするべきなのかが、手に取るように分かる。

 言葉にすることが難しい感覚が、自分を突き動かそうとしている。

 心の奥底から、魂の根底から、何かが湧き出ようとしている。

 

 

 

 

 …………それに手を伸ばせば、二度と後戻りは出来ないことも、麗日はなんとなく悟っていた。

 

「っ、凄い、あっつい……!」

「このままミイラになっちまいそうだ……!」

 

 轟は自らに出来る最大限で、右半身から冷気を放出する。熱から生み出された明けの空に舞う星屑(ヴエアハイドシリウス)の弾幕が襲い来る中、麗日は意を決したかのようにアンジェラに向き直る。

 

「お茶子ちゃん……どうするの」

「勿論、アンジェラちゃんを助けるの」

 

 どうやって、と聞く時間はなかった。

 麗日が何かを確信していて、行動を起こそうとしているのなら、それに賭けてみる他なかった。

 疑問を抱く余裕すら、なかった。

 

 白い熱の魔力弾を躱しながら、麗日はアンジェラに向かって一直線に駆け出していく。アンジェラ自身はその場で動く気配がないが、代わりとばかりに白色の魔力弾が一斉に麗日に襲いかかってくる。

 

「……」

 

 パァン、と、銃声が響く。迫りくる白色の魔力弾に狙いを定め、アテネは無言で引き金を引き続けた。紫色と白色の光球がぶつかり合い、小規模な爆発を繰り返している。

 

「……っ、目を、覚まして!」

 

 麗日は、自らの近くまで迫っていた白色の魔力弾を躱し、ノイズがかったアンジェラに向かって重い右ストレートを入れた。熱の発生源に近付きすぎて身体が焼け焦げるように痛む。麗日の拳は黒鉄の義手によって遮られ、アンジェラ自身に届くことはない。

 

 届くことはなかったが。

 麗日の瞳は、確かに捉えていた。

 赤黒く染まりきったと思っていた彼女の瞳が、わずかながらにトパーズの輝きを取り戻していたことを。

 

 そして、麗日は自覚していた。

 誰に教えられたわけでもなく、彼女の魂が叫ぶ。

 自分が今、何をするべきなのかを。

 例え、二度と戻れなくなるとしても。

 

 …………魂の叫びに身を任せることが、本当に正しい選択なのかすら、分からなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 麗日は、人々が喜ぶ顔が好きだった。

 彼女が幼い頃、喜ぶ顔をした人の視線の先には、常にヒーローが居た。

 だから、麗日はヒーローを志した。

「人々を笑顔にできるヒーロー」になりたかった。

 

 

 だが、彼女は知ってしまった。

 本当の意味でのヒーローなど、この世界に存在し得ないのだと。

 ヒーローが笑顔にしてきた人の数だけ、ヒーローに傷付けられ、追いやられた人が存在するのだと。

 

 誰かを笑顔にしたいという夢は、今も麗日の心の奥底に根付いている。

 だが、それはヒーローである必要など何処にもないのだと、知ってしまった。

 ヒーローは、本当の意味で救いを求めていた人の手を突き放し続けてきたのだと、否が応でも思い知らされた。

 ヒーローという概念そのものが、たちの悪い「呪い」でしかないのだと思い知らされた。

 

 狂気に満ちた断末魔が、喪失ゆえの慟哭が、今も頭から離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の真上辺りに、ジクジクと痛みが生じる。

 悪魔が魂を売り渡せ、とでも言っているかのように、執拗に痛む。

 

 赤色の翼が麗日に向けられる。

 先端の爪が鋭く煌めき、麗日の肉を削ぎ落とそうとしてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼き日に夢見た憧れの思いを、今はもう、思い出すことすら出来ない。

 魂の叫びに手を伸ばせば、わずかに残された残滓ですら、手放すことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、構わない!! 

 アンジェラちゃんを、返して!!」

 

 ヒーロー精神などではない。

 ただ親友を想うその感情が、叫びが、麗日の魂を揺さぶらせた。

 

 心臓がどくん、と一際大きく脈打つと、その真上辺りから白い光のようなものが溢れ出て、麗日の右手で収束すると、不完全なガントレットのような形に成る。内なる激情が駆り立てるままに、麗日は右の拳を振りかぶり、アンジェラの魂へと突き出した。

 

 

 

 

 

 光を纏った麗日の拳は遮られることなく、幼子の荒御魂へと届く。半透明な魂のノイズが一際大きく歪み、食い込んでいた赤色の翼が萎れていく。

 

「……ッ……!」

 

 

 

 

 瞬間、視界が再び光に包まれた。

 

 

 

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