音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 夢を夢のままで終わらせられたら、どれほどよかっただろうか
 在りし日の黄昏を
 今でもまだ、夢に見る




イカロス島

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂う赤色の魔力弾が神兵を一方的に破壊し尽くす。スターフォール諸島の護り人として造られたそれらの力を知っている真幌と活真は、眼の前で起きている光景がとても信じられなかった。

 

 神兵と対峙しているのがアンジェラであるのならば、まだ分かる。かの長老様からの直々のご指名だ。仮免とはいえヒーローとして那歩島に来ているのだから、それなりの戦闘力を有していることも予想がつく。

 

 しかし、実際に神兵と戦っているのはアンジェラではなく、彼女を「王」と呼んだ、二人と歳がそう変わらぬ少女である。二人は、自分の目を疑いたくなった。実際にはアンジェラも二人とそう歳が変わらぬ幼子なのだが、二人の知る所ではない。

 

 そんなことなど意にも介さず、壊理はルビーの瞳を好戦的に輝かせて、只管に魔力の塊を連射する。魔力弾の動きはアンジェラのものと比べると乱雑で、どこか力に振り回されている感は否めないが、完全な初心者と言ってしまうには統率が取れすぎている。少なくとも手綱は握れているようだ。

 

輝きの刃(シェーヴァ)

 

 弾幕の間を縫い、接近してきた神兵の一撃を魔法陣の防壁で防いだ壊理は、神兵の胸元を魔力の刃で串刺しにして投げ捨てた。一体、その幼い身体のどこに神兵を投げ飛ばせるほどの力があるのか疑問が湧く光景だった。

 

 しかし、壊理は決して戦闘慣れしているわけではない。

 撃ち漏らした神兵が飛び上がり、側面から壊理を斬りつけようとする。

 壊理に、対応するだけの時間はない。

 

「っ、しま──」

 

 壊理がそう声を漏らしたその時、水色の光に神兵が弾き飛ばされる。

 振り向くと、その右手に水色のデータ状の光を携えたセージの姿があった。

 

「黒い靄の解析が完了。コントロールは出来ないけれど、神兵を破壊するだけなら可能と判断。これより、殲滅を開始する」

「随分と手間取っていたようだけど、本当に大丈夫なんでしょうね?」

「あの靄は電脳由来のものではない。少し手荒くはなる」

「ふーん」

 

 興味なさげに壊理はそう返す。アンジェラと知り合いのようだが、壊理はセージのことをよく知らない。人間ではなく、電脳空間に詳しいということしか分からない。壊理から見たセージは、素性も分からぬ怪しい人物と言う他無い。いや、そもそも彼女は人ですらないが。

 

 だが、この状況で助太刀の手を振り払うほど、壊理は馬鹿ではなかった。

 

「しくじらないでよ」

「そちらこそ、足は引っ張らないでほしい」

 

 それ以上の言葉は必要なかった。

 魔導書を手に、赤色の魔力光をその身に纏った壊理は神兵の群れを見やる。

 セージもまた、翻した手に水色の光を纏わせ、神兵へ鋭い眼光を向ける。

 

 二人の眼に、不安の色など欠片もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥かな昔。自分がまだ、本当に子供だった頃。

「彼女」は、朗らかな笑みを浮かべる少女だった。

 世間のことなんて、その年頃の子供には分からない。

 ただ、皆が心のどこかで不安を感じていた。

 そう遠くないうちに、何かとても悪いことが起こるのではないか。

 そんな不安を、誰であっても多かれ少なかれ、抱えていた。

 

『宇宙の果てにはさ、遥かなる約束の地があるんだって』

『……それって、願いを叶える機械仕掛けの大彗星とか、「夢」を生む泉を造ったっていう、古代文明のことでしょ。耳にタコができるくらいには聞いたよ』

『キミ、そういう現実なのか夢物語なのか分からない話、好きだよね。宇宙の片隅にある、この世で最も美しい星の話とかさ』

 

 そんな世界にあって、「彼女」はいつだって未来を見ていた。

 漠然とした不安を、希望で覆い隠していた人だった。

 自分ともう一人は、いつだって呆れながら、それでもどこかワクワクしながら、「彼女」の話を聞いていた。

 

『私、いつか探しに行きたいんだもの。願いを写す鏡とか、妖精が住む星とか、全部!』

『……相変わらず、楽観的だなぁ』

『まぁ、ポジティブなのはいいことじゃん? こっちも元気になるよ』

 

 自分も、もう一人も、彼女の話が好きだった。

 夢物語とも思えるそれが、自分たちの希望だったのは間違いないない。

 

 

 

 

 

 

 ……故郷の星で、その星の全てを巻き込む戦争が始まったのは、それから間もなくのことだった。

 

 身近な人が一人、また一人と死んでいく。命がそこら辺に落ちている塵と同じ価値しか持たなくなり、容易く失われていく狂った空間で、自分たちは身を寄せ合いながらなんとか生き抜いていた。

 

「彼女」は、希望を語らなくなっていった。それどころではなかったから。心に少しずつ余裕がなくなっていって、擦り減っていって。

 

「彼女」は、そこに在るにはあまりにも、純粋が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「彼女」が何かを抱えてきた。

「彼女」の母親の生首だった。

 眼を抉られ、頬の肉を削ぎ落とされたその生首を、「彼女」は壊れ物を扱うかのようにそっと、抱きしめていた。

 

 

 

 

『ふふ……お母さんったら、こぉんなに小さくなっちゃって……あはは、あはははは……

 

 

 ふふふふ……分かってる……殺さなきゃ……殺さなきゃ……全部、全部………………そしたら、全部が、元通りになる…………』

 

 

 

 ……「彼女」の心は、既に壊れてしまっていた。

 日が日がな、怪しい魔導書や古文書を漁るようになり、自分たちもそれを手伝うようになった。

 今にして思えば、自分たちもまた、その時には正気を失っていたのだろう。

 あの時のあの場所は、正気な奴から死んでいく場所だったから。

 生き延びるには、そうするしかなかった。

 そうすることしか、考えられなかった。

 

 

 

 

 

 そして、見つけてしまった。

「神」の力に、手を伸ばしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ……その結果、どうなったと思う? 

 

 

 

 それはね、簡単なことさ。

 

 本当に、簡単で、愚かな話だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕を除いて、みーんな、死んじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が神兵を倒し切るのに、そう時間はかからなかった。

 特別語ることもあるまい。一方的な蹂躙以外の何物でもなかったのだから。

 壊理が魔力弾の群れを放ち、セージが魔力弾を躱した神兵を薙ぎ払い、それの繰り返しだったのだから。これは力が云々というよりも、単純に相性の問題だろう。

 

「……それで、奴らに取り憑いていた黒い靄は何だったの?」

「それは、私よりも彼らの方が詳しいはず」

 

 セージはそう言うと、真幌と活真を見やる。活真は不安気な視線を真幌へ向けてオロオロしている。真幌は一度こんとんさまに視線を向け、一つため息を零した。

 

「私達だって、長老様から聞いただけよ」

「……長老様と同じ種族のとあるヒトの、成れの果てだよ。大まかにしか経緯は話してくれなかったけど……理由あって、肉体のない怨念の塊になっているんだって。

 それが、あの黒い靄の大元。昔々、この島に……いや、この星に降り注いだと伝えられている災厄の正体」

 

 日が沈み切った空に、光に満ちた月が顔を上げる。

 満天に広がる星々は、手を伸ばせば届きそうなほどに眩く淡い光を放つ。天球から零れ落ちそうな光が、魔法陣の刻み込まれた瞳に湛えられた。

 

「…………あなた達の言う長老様が、しくじった(・・・・・)末に倒しきれずに巨神に封印したっていうアレのことね」

「この島で、災厄を封じておける力を持っているのは長老様だけ。だけど同時に、長老様では災厄を……怨念を消し去ることは出来ない。長老様には、その力がないから。苦肉の策として巨神に封じて……500年もの間、他の方法がないか探し続けているみたい。封印がいつ解れてしまうか分からない以上、この島から動くことも許されずに」

 

 500年。

 それだけ長い時間があれば、人間の歴史は二転三転を繰り返すだけでは済まない。人間から見れば、気が遠くなるほどの長い時間、彼女は一人、この島から動くことも出来ずにいたというのか。

 

「長老様は、元はと言えば自分がまいた種だって言ってたけど……それって、あんまりだとは思わない? 

 だって、長老様は、身勝手な奴らに全てを奪われたのよ。家族も、故郷も、友達も、なにもかも!」

「お姉ちゃん、ちょっと落ち着いて……」

 

 酷く興奮してしまった真幌をなんとか諌めようとした活真だったが、その声に覇気はない。

 気の強い姉が相手だからか、それとも……

 

「私がもし長老様と同じ立場だったら……少なくとも、こんな世界とっととぶっ壊れてしまえ、くらいには思ってたわ」

 

 その言葉に、活真は反論することが出来なかった。

 それは間違った考えだと、思うことすら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 声が消え、その場に沈黙が残った、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 ポータルが赤い光を帯び、周囲一帯に波及した。

 

 

 光が晴れると、そこにはアンジェラを除くA組の面々とアテネの姿があった。A組の面々は突然のことに、各々何が何やら、といった表情を浮かべている。

 

「真幌ちゃんに、活真君? 一体、何が……そうだ、アンジェラちゃんは!?」

 

 真っ先に我に返ったのは、麗日だった。台座の上に見慣れた空色を見つけた彼女は、足早にそちらへと駆け寄る。

 そこに居るのは、倒れ伏して呼吸以外の反応を見せる様子が一切ないままの、アンジェラだった。

 

「……大丈夫、眠ってるだけみたい。魂は確かに身体に戻っているよ」

 

 アメジストの隻眼を煌めかせて、アテネは言う。状況が上手く飲み込めていないA組の面々だが、アテネの言葉に皆安堵の息を吐いた。

 

「そっか……ひとまず、よかったのかな」

「いや、麗日君。まだ全ての問題が解決したわけではなさそうだ」

 

 飯田に言われて、麗日は改めて周囲を見渡す。

 そこに、麗日が知る那歩島の景色はなく、あるのは自然と遺跡が調和した島の景色だけ。

 

「……これが、この島の本来あるべき姿さ。古代人が「イカロス島」と呼んだこの島の、ね。

 確かに、そこの全身アーマー君が言う通り、まだ全ての問題が解決したわけじゃないんだけど。

 

 

 寧ろ、ここからが本題さ」

 

 どういうことだ、と誰かが聞き返そうとした、その時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………来る」

 

 真幌と活真の瞳に刻まれた魔法陣が光を放つ。

 瞬間、ゴゴ……と大きな音を立てながら地面が揺れた。壊理とセージはその衝撃で地面に尻もちをついてしまう。

 

「な、何だ何だ!? 地震!?」

「いえ、地震というよりも……地面が、割れて……!?」

 

 彼らの視線は、赤黒い光を放ちながらばっくりと割れていく遠くの方の地面に向く。地面が揺れたから割れたのではなく、割れたから揺れたのだと彼らが理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

「……『器たり得る者が遺跡を壊し、放ったその時、

 イカロス島を護る巨神と共に、「彼女」は目を覚ます。

 その時、各々の信じる「神」への祈りは、総てが意味なきものとなる。

 そもそも、神への祈りなど、いつだって無意味なものでしかないが』」

 

 地面の底から、何か巨大なものがせり上がってくる。

 赤黒い靄を纏いながら姿を見せる、機械的ながらどこか生物的にも見える四足のそれに、近いものを見たことがあるのはセージだけだった。

 

「あれは……災厄を……怨念を、封じていたという……イカロス島を護る……巨神……?」

 

 スターフォール諸島にも、同じようなものが存在した。

 かつて、古代人が「裁定」に対抗するために作り出したものと同一であると、セージだけが気が付くことが出来た。

 

「『「彼女」は世界を恨んで居る。

 そこに在る総てを憎んで居る。

 星降る島々に遺された鎖を壊し、

 行き道に在る文明を蹂躙し、総てを燃やし尽くすまで、止まらないだろう』」

 

 一つ、明らかに異常な点を挙げるとするならば。

 スターフォール諸島の巨神にはなかった、赤黒い靄のようなものが、あの巨神に纏わりついているということだろうか。

 

 それは、スターフォール諸島由来のものではない。

 後からこの島に封じられた災厄由来のものである。

 幾重にも積層された、怨念の塊が生み出したものである。

 

「『もしも、「目覚めの時」が来てしまったのなら、

「彼女」を再び、微睡みに戻さなければならなくなったのなら、

 するべきことは、ただ一つ。

 如何なる混沌に呑まれようとも、自分は今、死ぬ運命にないと信じることだけだ』」

 

 人間一人の大きさが豆粒のようにすら思えるほど巨大なそれは、背中から赤黒い靄を噴き出しながら大地を踏みしめる。

 人間であれば本能的に押し潰されるような恐怖を感じるそれを前に、A組の数人は腰が抜けかける。

 

「「「『混沌は力

 力は心によりて力たり』」」」

 

 それには絶対に勝てない、圧倒的な力の差があると、本能が警鐘を鳴らすのを感じながら、この絶望的な状況をどう打開するか、麗日は思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……「彼女(NEMESIS)」を、お前如きで抑えられるとは思えないが』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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