音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 何を信じればいいのか分からなくなって
 かたちすら見失ったとしても
 消えてしまうまで、あなたの傍に居るから

 だから、また地獄で逢おう




NEMESIS

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械とも生物とも取れる四足歩行の巨神は、その長大な首を振りかぶりながら悠々と闊歩している。眼下に広がる遺跡を、ひいては、そこに命があろうとも、その巨神は気にも留めやしないだろう。

 

 その傍らに浮かぶ、背中に何かしらの機械を背負ったマスク姿の男が一人。アメジストの瞳にその姿を捉えたアテネは、どこからともなく白銀のスナイパーライフルを取り出して呆れたように一つため息をついた。

 

「皆、あの巨大なやつの近くに、誰か居るぞ!」

 

 アテネに次いで男の姿を捉えたのは障子だった。腕の先に複製された複数の目が注視する先に、その男は居た。

 赤黒い靄のようなものをその手に携え、黒いダイバースーツのようなものを身に纏ったその男は、確かな理性と知性をもってして視線を動かす。野望という名の欲に塗れたその眼の先には、真幌と活真の姿があった。

 

「……ようやく見つけた細胞活性B型も……今はもう、必要ない」

 

 男は興味を失ったかのように真幌と活真から目を離す。

 赤黒い靄に覆われたその手を翻し、何やら“個性”を発動させようとしたその男の行動は、

 

 

 

 

 パァンッ……! 

 

 

 

 

 

 しかし、紫色の弾丸に右肩を空気の壁ごと撃ち貫かれたことによって阻止された。

 

「……やっぱり理解出来ないなぁ、人間の価値観ってやつは」

 

 スコープ越しに男の姿を捉えてそう呟いたアテネの眼は、驚くほどに冷たい色を宿していた。

 

 伊達に永く生きてはいない。あの男がどういう目的を持っているのか、なんとなくであればアテネには分かる。

 流石に詳しいことはよく分からないが、人間にしては大きな野心……例えば、世界の王になりたいだとか、そういう類のものをあの男が持っていることくらいは容易に想像がつく。何せ、本人に隠すつもりが一切ないのだ。気が付くな、と言う方が無理があるだろうと、アテネは誰に対してでもなく言い訳じみたことを思った。

 

「貴様……邪魔立てするなら、例えキミデモ……容赦ハしない」

「……意識が呑まれかかってる。これじゃ、完全に乗っ取られるのは時間の問題だねぇ。ま、自業自得ってとこかな」

 

 憎悪と慈愛がごちゃ混ぜになった視線を跳ね除け、アテネは再びスナイパーライフルへと魔力を込める。

 

「さて、ひよっこヒーローの諸君。キミ達に一つ、依頼をしてもいいかな」

 

 アテネの視線が麗日達に向くことはない。返事を待たないまま、アテネは言葉を続ける。

 

「真幌と活真を護ってほしい。流れ弾から身を守るくらいなら、キミ達でも出来るだろう?」

「……なるほど、そのために俺達を呼び出した、ってわけか。ナメた真似すんじゃねぇか」

「ナメるだなんてとんでもない。子供扱いしてるだけさ」

「ハァ? ただナメるだけよりもよっぽど不愉快な扱いじゃねぇか」

 

 そう語る爆豪の表情は本当に不快そうなものだった。

 抗議の視線にも目を向けず、アテネはくすり、と笑う。

 

「だってキミ達は100にも届いてないんだろう? まだまだ全然子供じゃない。

 

 ボクにも、人間年齢に換算したらキミ達と同じか少し下くらいの子供が居てねぇ……」

 

 アテネの足元に円形の魔法陣が浮かぶ。紫色の淡い光が彼女の周囲を舞い踊る。

 アメジストの瞳が見据えるのは、赤黒い靄を纏わりつかせた男……ではなく、その男を「器」と為して顕現した、かつての親友の姿。

 

「親としては最低なことをしているって自覚はあるさ。

 だけどね、例えそうだとしても。

 時に、為さなければと魂が叫ぶのさ。

 自分でしたことのツケは、自分で払わなきゃね。

 そうでなきゃ、道理が通らないだろう?」

「……お子さんは、きっと寂しがってますよ」

「そうだろうねぇ、紅白君。

 だけどそれは、ボクに親友が苦しんでいるのを見て見ぬふりをしろと言っているのと同じだよ。血を分けた子供と天秤にかけるには、あまりにも大きすぎるものだった。大きすぎて……天秤が片方へと傾かなかった。

 

 だから、離れたんだ。

 自分のわがままを貫き通すだけの親なんて、子供にとってはいい迷惑だろうから」

 

 赤黒い靄は男の貫かれた傷に集い、その部分を修復していく。

 つむじ風のようにアテネの周囲を舞い踊る紫色の魔力光がその強さを増していく。

 

「それに、キミ達ヒーローだって似たようなものだろう? 

 正義という名の大義のために、その外側にあるものを犠牲にし続けてきた。

 そうして呼吸をし続けた。

 犠牲になったものを認識しようとすらしなかった。

 

 いいのさ、それで。

 魂がそう叫ぶのなら、それに従えば良い。

 何を選んだって、結末は誰にも分からない。

 誰かが助かって、誰かが犠牲になった。

 結局、世界はそういうふうに創られている。

 ボクらに出来ることは、出来得る限り荒波に抗うことだけさ。

 

 ただし、呑まれないようにだけは気を付けなよ。

 呑まれたが最期……(ソウル)は、キミ達を離しちゃくれないだろうから」

 

 どういう意味だ、と誰かが問いかける前に、

 アテネは懐から取り出した一本のタバコに火を着けて口に咥えると、地面を蹴り、宙に舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに、ボクはどうあがいても「善い人」になんてなれないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械仕掛けの神だなんて、最初は信じてすらいなかった。

 

 誰が、何時、何のために。

 造られたのか、最初からそこに在ったのか、誰かが持ち込んだのか。

 

 何もかもが分からないそれに、あの時は縋るしかなかった。

 

 後悔や懺悔は、その結末を知っているからこその感情だ。

 少なくともあの地獄を知らなければ、いや、知っていたとしても、あの地獄の中に在る限り、その力に手を伸ばしてしまうだろう。

 

 誰が悪い、と言われれば、自分達を含めた誰も彼もが悪かった。

 誰のせいでもない、と言われれば、自分達を含めた誰のせいでもない。

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

「彼女」が何処からか巨大な古代の機械を発掘して来た頃には、まともな者など一人として残ってはいなかった。

 ある者は人形よりも冷たい眼差しで虚空を見つめ、またある者はオルゴールよりも機械的な声で言葉にならない唄を唄っていた。

 

 まともな奴から腐っていく。

 捻じ曲げなければ自分を保つことすら出来やしない。

 自分達を覗き込む現実は、何時だって冷たかった。

 

『……』

 

 何が正しくて、何が間違っていたのか。

 それすらも曖昧なあの場所は、まさに「地獄」と呼ぶに相応しいのだろう。

 それでも自分を見失わずに居られたのは、この目で「希望」を捉えることが出来たからだった。

 

 それが例え、崩れかけの脆いハリボテだったとしても。

 故郷を地獄に作り変えた奴らを皆殺しに出来るのなら、自分の魂すらも捧げられると。

 

 あの時は、本気でそう思っていた。

 

 

 

 

 機械仕掛けの神を動かすためには、神の「器」が必要だった。

「器」として機械仕掛けの神と接続した者がどうなるか、そもそも、機械仕掛けの神が本当に救いとなってくれるのか、その全てが不透明なままだった。

 

 ただ、機械仕掛けの神が自分達では到達し得ないほどの絶大な力を持っていることだけは、確かだった。

 

 その適格者が、自分と「彼女」の親友だった。

 それが判った時、彼女は白髪にほど近い空色の長髪をかき上げて言った。

 

『……私の命が、魂が、この世界を元に戻す礎になるんでしょ? 

 私達の願いの源泉となるんでしょ? 

 何も躊躇う必要はない。

 きっと……きっと、上手くいくよ』

 

 エメラルドの瞳が煌めく。

 

『…………「イリス」』

 

 自分は、そうやって親友の名前を呼ぶことしか出来なかった。

 それが最後であることも、なんとなく分かったままで。

 

 ……もう、後戻りなんて出来なかった。

 そうすることを、考えることすら出来なかった。

 詐りだと分かったままで、それでも、目に見える「希望」に手を伸ばすことしか。

 あの場では、選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 断続的に鳴り響く爆発音と、視覚に残る光の塊が空に現れては消えていく。

 

 男がアテネへ腕を向けると、その先から赤黒い光を纏った爪が銃弾のように発射される。アテネは臆することなく右手だけでスナイパーライフルを構えて紫色の魔力弾を発射し、迫ってきた爪を撃ち砕いた。

 

「貴様……邪魔を、スルなァ!!」

流星砲(スターストリングス)

 

 男が背中から放った赤い鱗を纏った龍のような2匹の使い魔を、アテネは大した収束もしていない速射砲の一撃で消し飛ばした。怯んだ隙に男へと飛びかかろうとしたアテネだったが、巨神が放った赤色の光線に進路を阻まれてしまう。

 

「キエろ……俺の、ワタシの前から!」

 

 男が手を翻すと、アテネの頭上に雷雲が現れる。大きな音を轟かせながら落ちた雷は、

 

忘れじの世界樹(エヴァーワールドツリー)

 

 地上に現れた円形の魔法陣から凄まじい勢いで生えてきた巨大なツルのような樹木が、避雷針代わりに受け止めた。よほど強い電撃だったのか、ツルのような樹木は直後に灰となり、バラバラと崩れて消えていく。

 

 男は血走った眼をアテネへと向ける。

 何故、あの病人のような子供一人に攻撃を当てることすら敵わない? 

 自分は力を手に入れたはずだ。

 敵連合の被検体になってまで、あらゆる力を我が物に出来る力を手に入れたはずだ。

 島に眠っていた怨念に囚われ、憎悪、憤怒、殺意……一言では言い表せないような感情に満ち満ちた力を、授けられたはずだ。

 

 それなのに。

 

「俺の……ワタシノ! 道を、ネガイを! 阻むナァ!!」

 

 自身の思考が何かに塗りつぶされていくような感覚に気付くこともなく、男は怒りのままに“個性”を発動させる。

 指先から爪を飛ばし、背中から使い魔を召喚し、電撃の塊を撃ちつけた。

 

 白銀のスナイパーライフルに紫色の電光のような魔力光が迸る。アメジストの瞳は動じることなく、男が放った力の塊を見据えている。

 スナイパーライフルの先に円形の魔法陣が浮かび上がる。左手でタバコを取って紫煙を吐き出したアテネは、迷いなく銃口を男へと向けた。

 

虚ろなるものの爆炎(レボリューションフレイム)

 

 引き金が引かれる度に、三つずつの火炎弾が円となるようにくるくると回りながら放たれ、爪弾に、使い魔に、電撃の塊に激突して、光を伴う大きな爆発を起こした。あまりの眩しさに男は思わず瞳を伏せる。

 

 眼前に火炎弾が迫っていたことも知らずに。

 

「なッ──―」

 

 空気の壁を展開する暇もなく、魔力で練り上げられた火炎弾が男に襲いかかった。男は爆発に巻き込まれて大きく仰け反り、服やマスクに守られていなかった顔や指先の一部が焼け爛れて赤い鮮血が溢れ出す。

 

「がッ……き、貴様……!!」

 

 赤黒い霞が焼け爛れた男の皮膚に纏わりつく。ぐちゃり、ぐちゃり、と嫌な音を鳴らしながら、男の傷が治っていく。

 

 自分の力では、「彼女」に傷を付ける事は出来ない。

 例え腹を貫こうが、バラバラに切り裂こうが、赤黒い霞がある限り、何事もなかったかのようにあの男は再び動き出すだろう。

 

 ……そんなことなど、とっくのとうに分かっている。

 

 アテネは男に憐れみ混じりの冷たい視線を向けた。

 

「……」

「許される……赦サレタ? 何時のコトダ。何のことだ、誰の……記憶だ? 

 分からない、ワカラナイ、解ラナイ!!」

 

 脳髄を喰い潰されるような不快感を振り払うように男は手を翻す。

 それに呼応するように、巨神がその巨大な頭部をアテネへと向ける。

 巨神が大きく口を開き、そこに赤い光が収束されていく。

 

 

 

 巨神の力がアテネへと襲いかかろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、何処からか幼い、しかしはっきりとした声が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「こんとんさま、こんとんさま。

 どうか我らをお救いください。

 ……あなたの力を、お見せください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力を放出しようとした巨神へと襲いかかる波があった。

 

 巨神を覆い隠せるほどに巨大なその波は、その真下に巨大な魔法陣を展開したかと思うと、大きな水音を掻き鳴らしながら巨大な口のある生き物のような姿へと変わっていく。

 

 身体から水でできた触手のようなものを何本か生やしたその波は、腹の部分と思しき場所と背中から頭部にかけて生えた何本かの棘に紫色の眩い光を迸らせ、エメラルドグリーンに輝く瞳を巨神へと向けて咆えた。

 

「グォオオオオオッ!!!」

 

 それこそが、この島の護り神の真の姿。

 古代においてカオスエメラルドの守護神として存在した、チャオの突然変異体。

 

「……やはり、あれはカオスだったの。

 ドクターから聞いた話と様相は異なるけれど、データ上は98%一致している。

 ……別個体が居たなんて……いや、あり得ない話ではない」

 

 セージは一人そう結論をつけると、手を組んで祈りの言葉を口にした真幌と活真に目を向ける。二人の視線は護り神へと向けられており、その瞳からは一変の揺るぎもない信頼が見て取れる。

 

 御子達の祈りをトリガーに内に秘めた力を解放させたカオスは、今の那歩島の護り神として、嘗てイカロス島を守護していた巨神へと牙を剥いた。

 

 

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