音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 心に溶け込んで自我を侵すようなこの感覚を恐怖と呼ぶのなら、恐怖を振り払うことは然程難しくないだろう。
 魂の奥底から聞こゆる無垢なる叫びを恐怖と呼ぶのなら、立ち向かうことと呑まれることは同義であろう。

 光が明滅する方向へ、深く、深く。
 恐怖を導に舵を取り、先へ先へと歩みを進めろ。

 それが、恐怖に立ち向かうということだ。





Face the Fear, Save your Future

 

 

 濁流のように唸り巨神を飲み込んで捕らえたカオスは翡翠色の瞳を爛々と輝かせながら、逃がすまいと不定形に姿を変えて巨神を抑えていた。

 

「あれは……一体……?」

「守り神とかなんとか、さっきから何が起きて……!」

「喧しいわね。今は疑問なんかどうでもいいでしょ」

 

 困惑を隠しきれぬヒーローのひよっこ達に軽蔑の言葉が向けられた。真幌は一切隠そうともせずにため息をつくと麗日達の方へと振り向く。活真も一拍置いてから顔を上げて瞳を開く。

 煌々と輝く魔法陣が刻まれた瞳からは翡翠色の光が涙のように溢れ出し、雫のように滴り落ちて消えていく。

 

 人間の常識を遥かに超えた状況に置かれていて、真幌と活真は誰よりも冷静だった。

 

「あなた達は、一体……」

「僕達は巫であり、伝達者であり、鍵を開く者達。

 イカロス島の虚神を器に封じ込められた災禍を、長老様と遺跡を楔として繋ぎ止め、厳重に掛けられた最後の鍵が巡り巡って僕らに預けられた」

「災禍ってあの赤黒い靄のこと? なんで君達みたいな小さな子にそんな重要な役目を……」

 

 巨神が放った赤い光線がカオスの身体を貫く。触手が何本か焼き落とされ、水の身体に落ちると再び一つに溶け合っていく。

 断続的に響き渡る銃声と轟音が波の音で掻き消されていく様は、まるで一つの無機質な音楽のように聞こえた。

 

「そういう運命だったからってだけよ。ヒーローみたいな崇高な意思なんかない。ただ、そうあれかしと生まれてきたってだけ」

 

 巨神は大きく頭を振りかぶりカオスの身体に穴を開けた。弾き飛ばされたカオスの身体は大きな水音を立てながら修復されていき、再び巨神を捉えようと水の触手が蠢く。

 

「……“個性”だってそうでしょう。

 ヒーロー向きな“個性”にそうじゃない“個性”、それは生れた時から決まっていることでしょう」

 

 突如、巨神が咆哮を上げた。隙間という隙間から赤黒い靄が溢れ出し、再び巨神の身体を拘束しようとしたカオスを近付けさせない。

 

 巨神の声に呼応するかのように周囲に円形のワープホールのようなものが現れ、そこから幾体もの神兵や守護神が姿を見せる。一様に赤黒い靄に取り憑かれたそれらは敵意を剥き出しに麗日達へと迫っていく。

 

 暫く何かを考え込んでいたセージは意を決したように飛び上がると、真幌に自身が持つ疑問を投げかけた。

 

「……真幌、電脳空間はまだ開かれている?」

「封印を解いた後だから開きっぱなしだと思うけど……あんた、何するつもり?」

「怨念を制御出来ずとも、巨神の動きを少しでも封じることは可能かもしれない。あの靄が巨神や神兵らに移ったのだとしたら、接続による侵食も起こらないはず」

「……長老様」

『安全性は保証しかねるけど、試す価値は十分にあるね』

 

 撃鉄を引く音が嫌に響き渡る。脳裏に直接響いた声にセージが驚いている最中にもワープホールからは神兵や守護神が溢れ出していた。

 

「何が何だかよく分からないが、この状況を打開出来る策があるのかい?」

「やれるだけやってみる。せめて、巨神の動きを封じることが出来れば……」

 

 そう言うと、セージは力強く頷いた。彼女の瞳に宿る強い意志を垣間見た飯田は一言「……そうか」と呟くと、意を決したかのように声を張り上げる。

 

 状況は芳しくない。

 敵の増援は無数に湧き出ている。あの巨大な敵に勝てるような算段も思いつかない。

 

 

 

 こんな時、彼女なら…………

 

 

 

 飯田は自我を揺さぶるような恐怖をなんとか脳裏に押し留めて息を吸った。

 

「皆! 疑問の解明は後回しだ! 

 今はヒーローとしての本分を全うするべき時だ! 

 このお嬢さんがあの巨神と言うらしい大きなやつの動きを封じている間、全力でここを死守するぞ!」

「そうですわ……生きてさえいれば、疑問は後からいくらでも解消出来る。今はこの場を全員無事に切り抜ける方が先決ですわ!」

 

 委員長と副委員長の号令がクラスメイト達の心に炎を灯した。

 根源的な恐怖で竦みそうになった足を奮い立たせ、拳に自然と力が入った。

 

 自分が何をするべきなのか。

 彼らにとっては全くの未知の存在である神兵と守護神の群れを前にして、湧き上がる恐怖を押さえつけることだ。

 それが、「立ち向かう」ということである。

 

 各々が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら構えを取る。刃状になった腕を振り上げた神兵の群れが、彼らのすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 筆舌に尽くし難い何かが段々と心の奥底に沈み込んでいく感覚があった。

 

 張り付いて深く深くに食い込んだそれを悟らせてはいけないという、確信めいた予感があった。

 

 生れながらにわずかばかり落ちていた欠片は芽を出して、炎を糧として少しずつ育ち、唄という名の慟哭が最後のトリガーとなって翼へと変わった。

 

 誰にも悟らせるつもりはなかった。

 偽りを貼り付けることは得意だった。

 悟らせたくはなかった。

 

 他の何を知られようとも、この心に食い込んだ黒い翼の存在を知られるよりは遥かにマシだと断言出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうしてひた隠しにし続けて、結果知られてこのザマか……はは、笑い話にもならねぇな』

 

 ふと気が付くと、アンジェラは光が全く見えない空間に立っていた。彼女の眼の前にはまるで鏡合わせのように黒い「自分」が立ち尽くしている。

 

 皮肉か同情か、ただならぬ感情を乗せた「自分」の言葉にアンジェラは睨みを返した。

 

 

 知られたくないことの二つや三つ、誰にだってあるだろう。

 触れられたくないものの四つや五つ、珍しいことでもあるまいし。

 だから、蓋をしていた。

 言うほどおかしなことじゃないだろう。

 

『いくら偽りの仮面で蓋をしていたって、魂そのものに触れられちゃ世話ないな』

 

 …………結局は、その程度だったってことだよ。

 外から入ってきた呪いに掻き回されて、乱されて、曝け出されてしまう程度の偽りなんて、虚言とも言えないだろう。

 乱雑に貼り付けられた偽りなんて、いつか剥がれて当然だった。

 

『ああそうだ。遅かれ早かれ、いつかはこうなる運命だった。

 ただ、自然に剥がれることはなかっただろうな。貼り付け直すことは得意らしいから。いくら綻んだところで、剥がれ切らなきゃそのままで居られたろうに』

 

 現実はもう手遅れだ。流石は古代人の技術。ヒトが知られたくないものですらお構い無しに全部拾い上げてくれやがる。まったく、ありがた迷惑って言葉を知らなかったのかね。

 

『その翼を恨めしいと思うか? お前の憎悪とも呼ぶべきではない何かの象徴であるその無骨な翼が』

 

 少なくとも、引っこ抜いて海に向かってぶん投げたいとは思う。

 そこに在るっていう事実を受け入れたくないほどには恨めしい。

 

 

 

 

 

 ……だけど、自分から引き抜こうとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

『……それが、腐ってもお前の一部だからか?』

 

 ……忘れられるはずがないんだから、捨てられるわけがないんだ。

 この翼を捨てるということは、あの忌まわしい記憶すらも捨てるということだから。

 

 出来事そのものが歴史から消え去って、それでもオレの記憶に留まっている理由は分からない。

 それでも、そこに何か理由があるのだとしたら。

 

 其処にあるものすらも見落としたくはない。

 あの時抱いたものを捨てるつもりも更々ない。

 それが苦痛を齎すものであったとしても、今なら痛みも含めて受け容れられそうだから。

 

 だから、オレはあの翼を捨てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ははっ、確かに手遅れだな。イカれてやがる。結局はあなたも「こちら側」だったてか!』

 

 黒い「自分」は腹を抱えて笑っていた。

 アンジェラのトパーズの瞳に宿っている狂気にも似た執着を。

 自ら茨の路へと足を突っ込もうとしている彼女を。

 

 そうすることが、自分が自分であるために必要なことだと理解している壊れた子供を。

 

 

 

 

 

 

 

「……というか、いい加減にしたらどうだ? 「オレのフリ」するの。正直言って不快なんだけど」

『あちゃー、バレてたか』

 

 黒い「自分」はまるでいたずらがバレた子供のように笑う。

 黒い「自分」の形が崩れて空色の髪とエメラルドの瞳を持つ少女の姿になっていく。

 

『いつから気付いていたの?』

「最初から。何してんだろうなこの知らない人って思いながら小芝居に付き合ってやってたんだ。感謝してほしいね」

『知らない人……知らない人かぁ。別人だと分かっていてもその顔で言われるとちょっとキツいなぁ』

 

 そういえば、アテネも自分を見て何処か懐かしさを感じている素振りを見せたことがある。

 自分もまた、アテネと出逢った時に前にも会ったことがあるような不思議な感覚に陥ったことがある。

 

 今しがた自分の眼の前で少しだけ残念そうに俯いているこの亡霊にも、アンジェラは似たような何かを感じていた。

 

「オレは誰かに似てるんだな。それも、アンタ達が昔一緒だったヒトに」

 

 電脳空間を通してアンジェラが隠し続けていた翼が曝されたのと同じように、アンジェラにもまた誰かが持っている何時かの何処かの記憶が流れ込んできていた。

 

 今眼の前に立っている亡霊が誰なのか、彼女たちがいかにしてその魂を燃やし尽くしたのか、アテネが一体何者だったのか。

 今のアンジェラは知っている。

 

『髪の色以外は生き写しと言っても過言じゃない。

 ここまで純粋な「器」なんて今まで見たことないよ』

「なりたくてなったわけじゃないんだけどなぁ」

『「器」は総じて皆そういうものだからね。あなたはどうやら人工的な手が加えられているみたいだけど。

 だからかな、あなたが「無かったことになった過去」の記憶を保持していられるのは。

 

 なんてことはない、そういう運命だったってだけかもね』

「……心の何処かでその言葉が聞きたかったのかもな、オレは」

 

 アンジェラは何処か晴れやかな笑みを浮かべた。

 心の何処かに引っかかっていた刺々しい何かを上手く飲み込めたような気がした。

 

『……そろそろ時間かな』

 

 少女の身体が薄れていく。

 視界が段々と掠れていく。

 微睡んでいく意識の中、少女は幼子に問いかけた。

 

『廻り始めた舞台は完遂されなければならない。

 途中で舞台を降りることは、役目を失いそのまま永久の眠りにつくことと同義。

 歯に衣着せず言うのなら、それは即ち「死」を意味する。

 

 ……誰よりも舞台を降りることを許されない立場に立たされたあなたは、この星という名の舞台の上で一体どうするつもりなの?』

 

 

 

 

 

 

 薄れゆく意識の中、アンジェラは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そっか。それなら、心配するだけ無駄かなぁ』

 

 

 

 

 

 

 その言葉を最期に残し、瞬きの間に亡霊はその姿を消した。

 まるで、最初からその場に居なかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 弾き飛ばされた体勢から麗日はなんとか受け身を取ってすぐに立ち上がる。

 

 セージがポータルから巨神にアクセス出来ないか試している間この場を死守する役目を引き受けた麗日達だったが、際限なく湧き出る神兵と守護神に苦戦を強いられていた。

 神兵だけならまだなんとかなったかもしれない。しかし、戦闘力の高い守護神も際限なく湧き出ることがそのまま苦戦へと繋がっていた。

 

「こいつら、倒しても倒してもすぐに別のが現れやがる!」

「このままじゃジリ貧だよ〜!」

「チッ! あの白黒女は何してやがるんだ!」

 

 一体倒したかと思えばすぐに次が現れる。終わりの見えない戦いに身を投じていた麗日もクラスメイト達も、体力と“個性”の限界がすぐそこまで差し迫っていた。

 

 蓄積された疲労と極度の緊張状態が長引いたことが重なった。

 それが、麗日の認知能力を僅かに鈍らせ彼女自身を危機に陥れる。

 

 麗日の身に、神兵が振り上げた腕が迫っていた。

 

「危ないっ!!」

 

 麗日の危機を真っ先に認識したのは壊理だった。咄嗟にケテルを呼び付けてカラーパワーを込めた魔法の弾丸を放ち、麗日に迫っていた神兵を弾き飛ばした。

 

 しかし、状況が好転したわけではなかった。

 

「壊理ちゃん!」

「お茶子さん、まだ近くに……!」

 

 車輪のような形をした別の神兵が麗日に迫る。今度は壊理が魔法を放ったところで間に合うこともなく、このままだと麗日は轢き飛ばされてしまうだろう。

 

 麗日がせめてダメージを減らそうと咄嗟に目を瞑って防御姿勢を取った、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュオォォッ!! 

 

「うわっ!」

 

 空色の風が吹き荒ぶ。

 瞬きの間にその場に現れていた神兵は薙ぎ倒され、守護神すらも姿勢を崩した。

 

 麗日は恐る恐る目を開く。

 風に靡く空色の美しい髪が彼女の視界に映る。

 その背中からは赤い骨のような翼と七色に煌めく羽根が生えていた。先のように食い込んでいるわけではなく、自身の肉体の延長としてその翼は存在していた。

 

「アン……ジェラ……ちゃん……?」

「王……様……」

「……悪かったな、迷惑かけて」

 

 ソルフェジオを槍の形に変形させてその手に携え、幼子は見据えた。

 巨神から溢れ出す怨念の塊をトパーズの瞳に捉えた。

 

 七色の翼をはためかせたアンジェラは魂の残響(ソウルオブティアーズ)を義手で握り締めて周囲に空色の魔力光をまき散らす。

 

「……どいつもこいつも、勝手なもんだ。大人が遂げられなかった役目を押し付けられる子供の身にもなれっての。

 

 残念だったな、ご先祖さま。アンタ達が思い描くような閉幕は多分訪れない。祈りはやがて永遠の絶望となって締め括られ、失われたものも二度とは戻らない。

 

 アンタ達から始まったモノが幾星霜を巡り巡ってオレに押し付けられたことを、せいぜいあの世で後悔すればいいさ。

 

 だから……」

 

 魂の音色が響き渡る。

 アンジェラの魂に呼応するかのように残響は奏でられ、白い光と共に魂華装束(ソウル・ブルーム)は咲き誇った。

 彼女の純然たる意思の下に。

 七色の翼が煌めいた。

 

 

 

 

 

 

「いい加減、眠らせてやるよ」

 

 

 

 













あつ森とロボトミとリンバスとホロナイやってました。
別ジャンルを書いてました。
充実したゲームライフでした。
リンバス六章素晴らしかったでふ。

かしこ。
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