音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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作られたモノ

 カオスはその姿をヒト型へと戻し、神兵や守護神はその姿を霞の中へと消した。

 

 今ここに戦いは終わりを告げた。

 ビャクヤカスミが咲き誇る花畑の上に堕ちたナインは僅かばかりに戻った自我を震わせて這い蹲る。

 

「あぁ……何故、何故だ…………」

 

 ナインは溶けゆく身体を捩らせながらそう呟く。焦点の合わない瞳がしきりに動く姿は下手な怪物よりも人間的で悍ましい。

 地に降り立ったアテネはスナイパーライフルを仕舞い、腰に手を当てて一つため息をつく。

 

「キミは、ボクらと同じ過ちを犯した。

 決して身の丈には合わない力をその手に収めようとした。

 …………僅かばかりでも自我が残っていることが果たして幸運なのか、それとも不幸なのか……ボクには測りかねるけど」

「おい婆さん、その男は……主犯格、ってことでいいんだよな?」

「うん。よくあの怨念の塊に呑まれながら自我と肉体をある程度保てたもんだよ」

 

 ナインの身体はみるみるうちに溶けていく。

 もはや言葉を紡ぐことすら不可能になったその肉体は、人間であると認識することすら困難なほどに崩れていた。

 

 麗日は喉元に引っ掛る熱いものを抑えながらアテネに問いかける。

 

「あの……その敵、もう助からないん……ですよね」

「手の施しようがないね。なに、キミ達は殺しに来た相手にも慈悲をかけるの?」

「……そういうわけでは。ただ……敵とはいえ人間ですから、ちゃんと法の下に裁かれるべきではないか……と」

「まぁそれはそうなんだけどね……極々稀にこういうケースも起こり得るのさ。頭の片隅にでも入れておいた方がいいかもね」

 

「こういうケースまみれだとそれはそれで大問題だけどね」とアテネは苦笑した。

 

 ナインの姿は完全に崩れ落ち、元の形が分からなくなっていた。死臭が漂ってこないのは此処が電脳空間だからだろうか。

 やがて、ナインは黒い塵となって跡形もなく消えていった。

 

「あの敵の目的は何だったんだろうか……」

 

 ふと、誰かがそんな疑問を呟く。

 彼らはあの敵が何を目的に那歩島にやって来たのかを知らない。

 何人かの仲間を引き連れていたようだが、その敵達は終ぞ電脳空間に現れ来ることはなかった。

 

 皆が疑問を頭の中で回していると、アテネがふと口を開く。

 

「…………あくまでもこれは予測だけど、喰われたんじゃないかな、あの男の仲間」

「喰われた……って……」

「怨念ってのは自身に近しいものから取り込んでいく。仄暗くて不安定なものに惹かれていく。

 あの男の仲間ということは、志なり忠誠心なり……「意志」が近しくて根幹が緩かったってことだ。怨念が捕食対象とみなして取りこもうとしても何ら可笑しい話じゃない。

 

 この島はボクにとってもう第三の故郷みたいなものだ。どんな理由があれ、そんな場所を害しようとした奴らにかけられる慈悲を生憎ボクは持ち合わせちゃいないもんでね」

 

 包帯越しの彼女の顔は、いっそ美しいまでに無慈悲なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アテネが遺跡の機能を解除させるとまるで夢から覚めるかのように電脳空間が消え去り、それと同時に麗日達の意識はぷつりと切れ、気が付くと、離れ小島の遺跡の前で転がっていた。

 

 島の様子は電脳空間が展開される前と何ら変わりはなく、穏やかな海の音が聴こえ、先程までの戦いは夢だったのではないかと錯覚しそうになる。しかし、肉体に蓄積された疲労と怪我が夢ではなかったと物語っている。

 

 彼女らの耳に誰かの話し声が聞こえてきたのは、未だに霞む視界の端に華を散らせた赤の翼と空色の髪を入れた時だった。

 

「考えないわけじゃない。どうしてオレが「こう生れてきたのか」ってことは。殆ど成長もせず、完全な人間とも、人ならざるものとも言い切れない歪な身体に疑問を抱かなかったわけじゃないんだ」

「この国にはあるでしょ、「子供は7つまで神の子」っていう言葉が。

 どんな種族であっても「子供」っていうのは彼の世に近い生き物として扱われる。穢れなき身だからこそ、大いなる力が宿せると信じられている。

 

 キミを造った奴の真意は分からないけど、その姿とさっきの戦いを見れば大体見当がつくよ。

 

 ……「器」だろ? 何らかの力を宿すための」

「……一体、どこまで分かってるんだか」

「最初から違和感はあったんだ。あまりにも純粋な「器」だったから。それはもう不自然なほどに」

 

 思えば、最初から疑問を持つべきだった。

 

 何故自分がカオスエメラルドの力を扱えるのか。

 改変された過去の記憶を保持したままでいられたのか。

「唄」の魔力を宿しているのか。

 魔力と“個性”を同時に宿せたのか。

 

 そのうちの幾つか……或いは、その全てが、最初から仕組まれたものだったとしたら? 

 

 記憶が戻っているとはいえ、天使の協会が何を企んでいるのか、その全ては憶測でしか語ることができない。母が舞台装置に改造されたことも、自分達が造り出されたことも、その裏に隠された真意は未だに分からない。

 

 しかし、天使の教会か、はたまた母か、どちらかの、あるいは両方の意思が介在しているとすれば。

 嗚呼、なんと滑稽なことだろうか。

 

 幼き瞳に鈍い光が宿る。

 口角が自然と上がり、身体の震えが止まらない。

 散々其の心に叩き込まれていたはずの感覚に、しかし彼女が慣れることはなかった。

 

「あっははははは!!」

 

 やがて堪え切れなくなったアンジェラは腹を抱えて笑っていた。

 七色の結晶の羽根を煌めかせ、ばさり、と翼を震わせながら、何を笑っているのかすら分からないまま、笑っていた。

 

「邪魔くせぇこの羽根が……作り変えられたわけでもなく、添えられたわけでもなく、最初から其処にあったことに今の今まで気が付かなかった自分が心底腹立たしいッ!!」

 

 その翼はただの証だ。

 生やしても空が飛べるわけでもなければ、魔力が増幅されるわけでもない。せいぜい鋭い爪を武器として使える程度しか役に立たないくせに、一丁前に痛覚がある邪魔くさい綺羅びやかなその翼は、言わばマーキングのようなもの。

 

 遥か遠き宇宙の果て、嘗て栄華を誇った古の楽園。

 今はもう滅びたその楽園より始まった今に続く呪詛の末端に立つ者であるという印でしかない。

 

 なんと、なんと憎々しいことだろうか。

 結局自分は、因果に縛られたままだ。

 

「……はぁ……頭痛い……」

「そりゃ、一度魂と肉体が分離した状態になった上、戻った直後にあんな力をぶん回せばねぇ、頭痛くらい起こすのが当たり前でしょ」

「そりゃそうだけどさぁ」

 

 義手でこめかみを抑えながらアンジェラはまた一つため息をついた。思えば、身体を巡る魔力の総量がごっそり減っているような気がする。

 頭の片隅でこれが「魔力切れ」か、とどこか他人事のように思っていると、背後でがさり、と物音がした。

 

「……そういや、まだ礼も言ってなかったな」

 

 申し訳なさが滲んだ声が響き渡る。先ほどの物音は、なんとか立ち上がれるくらいに回復した麗日達が草を揺らした音だった。

 

「それどころじゃなかったし、仕方ないよ。アンジェラちゃんは大丈夫……なの?」

「……やけに思考が明瞭になってる。思いっきり感情をぶち撒けたせいかな」

 

 瞳を伏せながらそう言ったアンジェラの声音は、どこか言葉を探しているかのように聞こえた。全てを正確に記憶しているわけではないものの、結果的に暴走し友達に牙を剥いたことを彼女はしっかりと記憶していた。

 

 友達が自分を助けてくれたことも、彼女はしっかりと記憶していた。

 だからこそ、その言葉を捻り出すだけで精一杯だった。

 

「……ありがとな、皆」

 

 

 

 

 

「ちったぁスッキリしたかよ」

 

 意外にも、麗日が何かを言おうとしたその前に声を上げたのは爆豪だった。アンジェラは思わず目を丸くしてしまう。彼女が言葉に詰まっていると、クラスメイト達が口々に言った。

 

「外的なものが最後の原因とはいえ、あそこまでの暴走だったんだもの。いくらなんでも溜め込み過ぎよ、アンジェラちゃん」

「そうだぜ、神野の時から思ってたけどよ……そのうちお前、ポッキリと折れちゃいそうだ」

「抱え込み過ぎは良くないぜ。相談してくれよ相談!」

「アンジェラ君、君はもう少し周囲を頼るということを覚えるべきだ! そりゃあさっきは頼ってくれたんだろうけども、もっと周囲に頼っていいんだぞ!」

「えーっと……」

 

 矢継ぎ早にそれぞれに捲し立てられ、アンジェラは何と返答すべきか分からなくなってしまう。しかし、先程のアテネとの会話の内容を蒸し返されることはなかった。それどころではないのか、はたまた、認識しつつも敢えて口に出さないだけなのか。アンジェラはなんとなく後者かもしれないな、と頭の片隅で思いつつ、今自分が紡ぐべき言葉を探していた。

 

 そんな最中、流石にと思ったのかアテネが助け舟を出す。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。この子は多分、迂闊に周囲を頼れなかったんだよ。改変された過去の記憶なんざ、外に出したら何が起きるか分からないからね」

「……それもあるけどさぁ…………」

 

 歯切れ悪くアンジェラは口を開く。

 

「外に出していいもんじゃないんだよ、消えたはずの過去の記憶なんざ……それが、恨み辛みに直結するんなら尚更」

 

 未だに何を言えばいいか迷ったままの彼女が出した結論がこれだった。その言葉は良識がどうこうと言うよりも、アンジェラ自身の価値観によるものだった。

 

 自分で産み育てた恨みは他人に共有するべきものではない。

 その価値観こそが、彼女が黒く滲んだ憎悪をひた隠しにし続けた理由だった。

 

 改変された過去を不用意に口にして、世界に綻びが生まれることを危惧したことも決して嘘偽りなのではないアンジェラ自身の本心だったが、せいぜい理由全体の三割程度でしかなかった。

 

 短い時間に様々なことが起こり過ぎた。

 アンジェラは自分の感情がざわつくのを感じながら、申し訳無さそうに言う。

 

「……ごめん、少しだけ一人にしてくれ」

「あ、ちょ、アンジェラちゃん!」

 

 麗日の静止を振り切り、アンジェラは森の奥へと姿を消した。

 すぐさま追いかけようとした麗日だったが、アテネが柔く静止する。

 

「今は一人にしてあげて。あの子にも時間が必要だろうから」

「…………でも…………」

「キミだって、たまには一人になりたい時くらいあるだろう? 大丈夫、暗くなる前には戻るように言っておくよ」

「…………」

 

 諭すようなアテネの言葉に、麗日はほぼ反射的に頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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