音速の妹のヒーローアカデミア   作:えきねこ

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 煌々と輝く貴女が其処に居るのだというのなら、
 為すべきことはもう既に定まっている。

 嗚呼、此の魂を縛り付けて離さない此岸の、なんと忌々しいことか! 




Star Light Nightmare

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、アンタは行ったことあるのか? 「遥か遠き約束の地」ってやつ」

 

 崖際に突き刺さった古ぼけた槍の前に立ち尽くす幼子の問いかけは、木陰で幼子の様子を伺っていた少女のかたちをした老術師に届いた。包帯で覆われた手で髪をかき上げたアテネは一瞬言葉を失った。

 

 機を見て暗くなる前に帰るように促しに来ただけのはずだったが、中々どうして、この幼子は面白いことを言う。

 

「まぁ……あるね。放浪の果てにとある星に定住する前に、一度だけ」

「ふぅん……そりゃ、さぞ有意義だったんだろうな」

「……他の何もかもがどうでもよくなるくらいには、ね」

 

 電脳空間に彼女が仮面の裏に隠していたことを曝されたのを、アテネは不公平なことだと考えていた。適任が彼女しか居なかったとはいえ、電脳空間と彼女の魂が直接触れることとなったのは、元はと言えばアテネが遺跡の完全な起動を彼女に任せたからだ。

 

 しかし、不条理ではあっても、決して不公平ではなかった。

 天秤にかけて釣り合うかなど分からないが。

 

 アンジェラもまた、電脳空間に直接触れたことで誰かの記憶を垣間見ていたのだ。

 

 それが誰のものかなど、言われなくとも分かっている。少し考えれば分かることだ。あの時あの場で、アンジェラの他に誰が一番電脳空間と触れ合っていたか。

 

 アンジェラが観たのは十中八九自分の記憶だろう。

 アテネには、そういう確信があった。

 

「これでおあいこ……には、到底できないか」

「貸一つ。これで済ませてやる」

「まあそれでいいけど、なるべく早くお友達の所に戻りなよ? 一人になりたいだろうからって先に帰らせたけど、皆凄く君のことを心配してたからさ」

「…………わかってるよ」

「ホントかなぁ」

 

 潮風が空色の髪を揺らす。

 自分がしなければならないことを明確に理解している幼子は、しかし今しばらく動くことなく瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 念の為にとクラスメイトで手分けして隅から隅まで見回った那歩島は平和そのものだった。先程まで電脳空間で繰り広げられていた戦いをまるで知らないと言わんばかりに穏やかな風景ばかりが広がっていた。せいぜい、電脳空間が広がる前に敵が暴れた名残りがあった程度だ。

 

 それを先の戦いが白昼夢であったという根拠にするには、彼らの記憶はあまりにも鮮明が過ぎた。

 

 事務所に戻り現状を報告し合う麗日達だったが、彼女らの顔には陰りが見えた。

 

「……一応、報告しておくけど……漁船何隻かと通信基地局が壊されて……家が何件か損壊していた程度だったよ。それも、殆どが電脳空間? に取り込まれる前に確認済みの被害だった。追加の被害は真幌ちゃんと活真君の家……だけみたいだね」

「島の人達も皆無事みたいだしな……」

「いや、敵が暴れたって考えれば十分すぎるくらいに被害は出てるんだけどさ……アレと比較しちゃうと……」

 

 彼らの脳裏に島を沈めるのではないかと思うほどの強大な巨神の姿が過る。脳裏を過る強大な力と比較してしまうと、島の被害はあまりにも小さく済んでいるように思えて仕方ない。実際に島の被害は最小限以下に収まっているのだから、ある意味では質が悪い。

 

「……あの包帯女が嘘をついていなかった、っつーことか。何処までが本当の話かは分からねぇが……少なくとも、那歩島の遺跡に関する話は本当だったんだろうな」

 

 爆豪が苦虫を噛み潰したように顔を顰めてそう言った。

 爆豪ほど敵意を剥き出しにしていたわけではないが、彼らはアテネのことを信用していたわけではない。ただ訳が分からないまま巻き込まれ、訳が分からないままに共通の敵と思しきものと戦っていただけだ。

 

 何を為せたかと問われても明確な答えを用意できないほどに、只管に巻き込まれただけだった。

 

 

 

 

 

 

「嘘も何も、あの婆さんは最初から本当のことしか言ってないぜ」

 

 がちゃり、とドアが開け放たれた。次いで響いたのはクラスで一番幼く、しかし何処までも響き渡る透明な声だった。

 先程まで一人になりたいからと麗日達の前から姿を消していた当人、アンジェラが戻ってきたのだと判断するのに時間はかからなかった。

 

「アンジェラちゃん……大丈夫なの?」

「それでオレが大丈夫だなんて言ったところで、お前らはそれを素直に信じるか?」

「……」

 

 その場の全員の脳裏に過った言葉が一致した。

「信じない」だろうと。

 

 アンジェラが何か大きな宿命のようなものを背負っているのだろうという認識が、神野の後からクラスメイト達の中に生まれていた。死穢八斎會の一件を共にした三人のその認識は他のクラスメイト達よりも深い。爆豪に至っては宿命云々以前に、彼女の出生の秘密を知っている。

 

 赤色の翼を、虹色に煌めく宝石の羽根を憎々しげに握り締めながらアンジェラはぽつりと呟いた。

 

「……口が滑っても、大丈夫だなんて言えるはずがないんだ。思考は明瞭なのに、頭の中がごちゃごちゃしているような感覚がずっと抜けないままなんだ」

 

 それは、嘘偽りのないアンジェラの本心だった。今までは無意識にでも仮面を被ることが出来ていたはずなのに、今はそのやり方すらも曖昧になっている。

 

「それは、アレか? 知られたくない過去を晒された反動ってやつか?」

「…………頼むから、ソニック達には話すなよ、絶対に」

「どうして……そんなに、苦しそうなのに……いっそ話しちゃった方が……」

「やめろ」

 

 アンジェラの瞳が鋭く光る。今まで聞いたこともない否定の声音に、思わず芦戸は肩を震わせた。

 

「オレの価値観だってのは否定しない。意固地だなんだって勝手に言えばいい。

 

 だけど、それと同じくらいに……「何が起こるかわからない」んだよ」

「あったはずの過去が書き換えられた……と言っていたな。にわかには信じ難いが……それが事実だとして、アンジェラ君は何を危惧しているんだ?」

 

 飯田がなるべく優しい口調でアンジェラへと問いかける。アンジェラは何かを考える素振りを見せた後、そっと口を開いた。

 

「……お前らはまだいい。あの出来事にとって「無関係な赤の他人」だから。だけど、ソニック達は「当事者」だ。何処から「綻び」が生じるか分からない以上、迂闊な真似は避けなきゃならないんだ。少なくとも、本当の意味で安全だって確信できるまでは」

 

 力強く言い切られてしまっては、麗日達に口を挟むことなどできなかった。彼女は自己犠牲をしようとしているわけではない。選択を誤れば周囲も自分も危険な目に遭うかもしれない。だからこそ、慎重になっているだけなのだ。

 

「電脳空間の情報を観てから余計にソニック達には話せないって思ったし。頼むから話すなよ、マジで。フリじゃねえからな」

「電脳空間の情報……?」

 

 アンジェラは「あー……」と虚空に目を向ける。

 ここまで知られてしまったのだ。話すだけ話さなければ彼らは納得しないだろう。

 

「……少し、昔話をしようか。この島の電脳空間の情報と、オレがスターフォール諸島で観たものを継ぎ接ぎして」

 

 憎々しい翼を引き千切らんばかりに力を込めた幼子の手に赤が滲む。

 その赤が血に見せかけた意味のない液体でしかないことを、彼女は正しく認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの婆さん……アテネが宇宙人だってことは言われたはずだよな。宇宙には様々な文明がひしめき合っているってことも。

 ……那歩島の遺跡が、元は外宇宙からやってきた古代人によって創られたってことも。

 

 アテネの言ったことは全部本当のことだ。

 

 宇宙人なんて荒唐無稽な話だと思うか? だけど、人間だって広義的に見れば宇宙人の一種だろう。何らおかしな話じゃない。

 

 ……そうして創られていった文明の中には、この星よりも遥かに発展したものも多い。古代人の技術を目の当たりにしたろ? 現実との境目が見えないほど精巧な電脳空間なんて、この星じゃ“個性”なしには到達し得ないものを、古代人は「技術」として確立させていた。それこそ、彼らがこの星に辿り着く、その前に。

 

 電脳空間は言うなれば、情報の海だ。知識や技術だけじゃない、感情や自我すらも情報化して保存しておけるシロモノを持っていた。やろうと思えば、時間すらも思うがままに操れたろうさ。それをしなかったのは、時間というものが崩れやすく綻びやすいものだということも彼らが知っていたからだ。

 

 

 

 

 

 …………そんな高度な文明が、どうして遺跡という残滓だけを残して滅びを迎えたか。疑問には思わないか。

 

 異常気象で奪い去られた? 

 内紛が起きて全滅した? 

 ……そのどれもが間違いだ。

 

 古代人の文明は、外から滅ぼされたんだよ。

 一度滅びかけた文明の生き残りが故郷の星を捨てて逃げ延びた先の星で、抵抗虚しく滅ぼされた。

 

 誰に滅ぼされたのか……ね。

 アレをそう云う「個」として認識することが、果たして正しいことなのか。個としての意識を持っているように言葉を紡いでおきながら、アレは個足り得ないただのシステムでしかなかった。宇宙そのものに刻まれた其れは、文明が発展した星に突如として現れては、文明を破壊してをその姿かたちを幾度となく変えて繰り返しているらしい。逃げ出したのなら宇宙の果てまで追いかけて、苛烈に……そして、徹底的に。

 

 外宇宙じゃアレを、「裁定」と呼ぶらしい。

 

 那歩島に遺されていた巨神たちは、元は裁定を打ち破るための兵器だった。それだけじゃない。スターフォール諸島には他の古代兵器も遺されている。電脳空間という名の、情報の海と共に。

 

 

 

 

 

 ……裁定に襲われたのは、なにもスターフォール諸島の古代人だけじゃない。アレは文明の在る星であれば何処にでも現れる可能性がある。自然災害や犯罪とも全く違う、事前に察知することの出来ない本当の意味での天災だ。

 

 アテネもまた、その裁定に故郷の星を還付なきまでに滅ぼされた一人だ。

 いや……あの婆さんの場合は、自分達が最後の引き金を引いた、と言ったほうが正しいか。

 

 宗教戦争の炎がかの星の全体を包んでいた頃、彼女とその友人二人は戦乱の炎を食い止めなければ、という強迫観念に駆られ過ぎていた。そうでもしないと、自分の心が壊れてしまうから。周囲が蒔き散らす信仰という狂気に抗うために、より大きな希望を求めた。

 

 ……それ自体は間違ったことじゃない。狂気に呑まれないとした、ある種の心の防衛反応だ。

 

 ……だけど、手を伸ばすモノを間違えた。

「機械仕掛けの神」……かの星に眠っていた古代の遺産であり、「裁定」そのものであったそれを、アテネの友は蘇らせてしまった。

 

 結果……確かに彼女らの望み通り、戦乱の炎は消え失せた。

 星そのものを滅ぼす裁定に塗り潰されるという形でな。

 

 何が正しくて、何が間違っているのかすら分からない中で、手繰り寄せたと思った希望は絶望だった。

 星そのものを滅ぼす引き金となった友をその手にかけ……あの時のアテネには、一体何が残されていたんだろうな? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そっか」

 

 厳かな雰囲気で電脳空間で観た過去の物語を語っていたアンジェラが、不意に何かを納得したかのように呟いた。

 

「古代の遺産は……それに纏わる物語は……都合のいい所だけを誇張され、人から人へと渡っていく……「素晴らしい、夢のようだ」って、甘い部分だけを齧り取った話が巡り巡ってこの星に流れ着いたのだとしたら…………」

 

 誰も彼もが固唾を飲んで見守るしかなかった。

 アンジェラの瞳に映る眼光が、誰かへ向けられた明確な殺意を伴い煌めきを増す。本物の宝石のような輝きを放つその瞳は、誰の目から見ても「危ういまでに美しい」としか形容出来ないものだった。

 

「……ふざけるな」

 

 ぐしゃり、と赤色の翼が己の手で手折られた。血液のふりをした赤黒い液体が背中から零れ落ちて床を汚していく。

 誰かが止めようとして伸ばした手は、しかしすぐに元の形に戻った赤色の翼に遮られて届くことはなかった。

 

「はぁー……もう、いいか。どうせ知られちまったんだ。今更取り繕う必要もない」

「……なんか、アンジェラちゃん雰囲気変わったね」

「今までガワ被ってただけだろ。存外性悪だなお前」

「否定しないけど、爆豪にだけは言われたくないね」

「んだとコラ!?」

「喧嘩はやめたまえ君たち!」

 

 何がおかしかったのか、アンジェラがぷっと吹き出した。今まで険しい表情を浮かべていた彼女が溢した偽りのない笑顔に、誰かが安堵の息を吐く。

 

「あー、でも、そうしたらこの一件どーやって始末つけよっかな……」

 

 悩むような口振りを見せながらも、アンジェラの表情は何かを決めたようなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 中々睡魔が来なかったアンジェラは事務所のベランダでオレンジジュース片手に涼んでいた。

 

 不意に、背後に気配を感じてそちらを見やる。そこにあったのは、壊理の姿だった。

 居心地の悪い沈黙が2人の間に広がる。それを破ったのは壊理だった。

 

「……私は、最初から分かっていたの。機械仕掛けの神を動かして……その結果、あの星がどうなるか」

 

 否、それは壊理であって壊理ではない。彼女の魂に眠る亡霊の言葉だった。

 

「あの時は……本当に、何もかも壊れてしまえ、って思ってた」

「そうしてヒトですらないモノに成り果てて……星の終わりを目の当たりにしてもその感情は消えなくて、最後には呪いに堕ちたってか。笑い話にもならねぇな」

 

 電脳空間で観た記憶の中に、自分に何処か似た容姿の少女と今の壊理のようにその少女を慕う誰かの姿があった。それも、何人も。

 アテネとイリスの友であり、機械仕掛けの神を起動させた張本人である「ネメシス」。アンジェラが電脳空間で対面した亡霊を核とするならば、壊理の魂はネメシスが死際に放った呪いそのもの。

 

 ネメシスの感情といくつかの記憶を保持したまま、その魂は転生を繰り返してきた。

「器」足り得る者を自らの「王」であると魂に刻み込まれながら、何度も、何度も。それがどれだけの期間であったかなど、考えたくもない。

 

「……でも、それは「壊理」じゃないだろ」

「だけど、「私」ではある」

「……らしいな」

 

 その感覚には覚えがある。自分も抱き続けているものだ。

 だからこそ、アンジェラは壊理に無理にどうこう言える立場になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……考えたくもないな」

 

 ヒトがヒトならざるモノに成り果てて、誰のものとも知れぬ血肉や悲鳴が飛び交って、その結果、星そのものが終わるとしても。

 

「こんな、悪夢みたいなことなのに、それがありふれたものでしかないだなんて」

 

 それでも、世界は動き続けるだけだった。

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