魂のセレナーデ
那歩島の一件から数週間が経過した。
那歩島で発生した敵襲撃事件については、島民とクラスメイト達との綿密な話し合いの末、「記録を改変し上に報告する」こととなった。これにより、
当然、A組の面々は大なり小なり反対したものの、いざ記録に残そうとすると十中八九那歩島の遺跡について事細かに記さなければならない事実を前に強い反発は出来ず、更に、アンジェラの、
「何でもかんでも事実を残しておけばいいってもんじゃないぜ。しかも今回は、この星にとって禁忌に近しいものが関わっているんだ。迂闊に情報をばら撒けば、この島そのものが危ない。例えヒーロー側とはいえ、人間が持つものよりも遥かに進んだ技術を示唆する情報に目が眩まないとも限らないしな。オレは、ヒーローの上層部をあまり信用出来ないんだ。
時には情報を意図的に隠すってことも必要だ。一生潔白であれる人間なんてこの世のどこにも存在しない。1つ勉強になったな」
という言葉にぐうの音も出ず。結局は記録の抹消と改変を受け入れざるを得なかった。
「しかし、どうするつもりだいアンジェラ君。流石にこの規模の被害は単なる事故とは片付けられないのでは……」
「情報に関しちゃオレが信頼出来る所に任せるとして……筋書き自体は考えてあるから心配すんな」
アンジェラが考えた筋書きはこうだ。
那歩島に件の敵達が現れてA組と交戦状態に。しかし、戦闘中に遺跡を破壊されたせいで島に昔から住み着いていた野生のカオスが怒り狂い、そのまま敵達に襲いかかる。ヒーロー科生徒達の尽力のおかげで島民や観光客の犠牲はなく島そのものへの被害も最小限に収まったものの、最終的に敵達は消息不明、カオスもその姿を消した。
完全に嘘とも言いきれない筋書きだ。事実、カオスは彼らの前に姿を現し、その力を振るった。
……この島を護る護り神として。
「この島の護り神さまには責を擦り付けるようで申し訳ないが、事情を全く知らない外界の人間にとってカオスはまさに「災厄」そのものだ。ステーションスクエアの事件が記憶に新しい以上、別個体とはいえ同じ「カオス」に手を出そうなんてバカは流石に居ねえだろ」
「ステーションスクエアの事件?」
「平たく言うと、完全体になったカオスが街一つを水没させた事件だ。ま、条件が揃わない限りカオスは完全体にはならないし、それがなくてもこの島のカオスはかなり温和そうだったし、下手なことしない限りは大概大丈夫だろ」
それこそ、巫に手を出さない限りはな。
そう呟いたアンジェラに誰かが何かを聞き返そうとしたが、次の瞬間にはアンジェラはさっさとスマホを取り出して、何処かへ連絡を入れていた。
「[あ、もしもし、司令? ちょっと頼みがあるんですけど]」
那歩島での一件の後始末もつき、アンジェラ達は雄英高校に戻って再び学生としての生活を送っていた。
それまでと違う所を強いて挙げるとするならば、アンジェラの背には時々、赤色の翼と七色に輝く宝石の羽根が生えてくることだろうか。“個性”を応用させた変形だと無茶を通したアンジェラに、先生達も変に言及してくることもなく、学校では平和な時が流れていた。
……そんなある日の放課後。アンジェラは校舎裏の森に居た。木の幹に寄り掛かって瞳を閉じている彼女は一見すると立ったまま眠っているように見えるが、その実彼女の意識はハッキリと保たれていた。
「……魂、か」
既に魂の存在は疑うべくもなく、だからこそアンジェラは頭を悩ませていた。
スターフォール諸島でその可能性に気付き、I・アイランドと神野を経て確信へと変わり、そして那歩島での一件で確信は事実として完全に昇華された。
「魂」は、下手をすればこの世に存在するあらゆる“個性”、あらゆる能力、あらゆる兵器よりも、危険な力を秘めている。それはもはや疑いようのない事実だった。
今の人間の科学力では決して触れられない。古代人の技術でも介入そのものは不可能なのだろう。もし古代人の、異星の技術で魂に手を加えられるのであれば、アテネはもっと上手くやったはずだ。アンジェラはそう確信している。
「……なるほど。だから
黒鉄の義手でそっと胸元の楽器に触れる。
今までアンジェラはその楽器の力を勘違いしていた。
きちんと把握する時間も技術もなかった、とも言える。
ただ、大きな力には代償が伴うものだということは過去の経験から分かりきっていたことだったから、アンジェラは
そして、それは正解だったのだ。
「……
あくまでもまだ仮説だが、であればあの力にも納得がいく。そしてその仮説が正しいのなら、
「そして、使いすぎれば魂に呑まれて本当にソウル化する……か。ま、美味い話には裏がある、ってことか。よくあることだな。
ここまでがオレの仮説なんだが……どうだ、婆さん」
アンジェラが誰も居ないはずの背後に向かってそう問いかける。すると、何もなかった場所にスー……、と、半透明のアテネが現れた。
「奇遇だね、ボクも同じ結論を出したよ。ま、世の常ってやつだね。何の代償もなしにあんな強力な力を振り回せるわけがないもの」
「何かしら代償があってくれた方がストッパーにもなって寧ろ安心かもな。それなら、下手に使いすぎることもない」
半透明のアテネとアンジェラは普通に会話を続けている。アンジェラに驚愕などの感情は見受けられず、この状況を普通に受け入れているようだ。
この半透明のアテネはアテネ本人であり本人ではない。アンジェラの肉体を依代として顕現したアテネの自我の欠片。所謂、「生き霊」というやつである。那歩島の慰霊祭の儀式にて、アテネがアンジェラへと宿らせたものだ。生き霊なので当然戦闘能力があるわけではなく、そもそも何かに触れられるわけでもなく、アンジェラから触れられるわけでもなく。こうして言葉を交わすことしか出来ない。
「よく分かってるじゃん。その割に、魔法の使い方はかなり大雑把みたいだけど」
「仕方ないだろ、殆ど独学なんだから。というか、そもそも比較対象が居なかったんだよ」
「勿体ないねぇ」
生き霊はクスクスと笑う。一体何がそんなに愉快だというのだろうか。アンジェラには全く見当もつかなかった。
「にしても魂の楽器ねぇ……まさかこの星でお目にかかれるだなんて思ってもいなかった。数奇な巡り合わせとはまさにこのことを言うんだろうね」
「はっ、これが運命だって? 笑わせてくれる。ただの呪いだろ」
トパーズの瞳を鋭く細めてアンジェラは憎々しげにそう吐き捨てた。
「呪いと祝福と言うけれど、その両者は根元では同質のものだ。在り方一つで祝福は呪いに反転するし、その逆もまた然り。
まるで、今のキミみたいじゃないか」
「……食えない婆さんだ。一体どこまで把握していることやら」
「さあて、どこまでかな。少なくとも、全部ではないね」
半透明な身体をゆらゆらと揺らすアテネの姿は、まるで幼子をからかって遊んでいるようにも見えて。
アンジェラはせめてもの仕返しとばかりに半透明のアテネを睨みつけた。
生き霊の姿は、もうそこにはなかった。
「アンジェラちゃん」
掻き消えた生き霊と入れ替わるようにアンジェラへと呼びかける声が響く。麗日だ。アンジェラは授業が終わると同時にSNSアプリを使って麗日をこの場に呼び出していたのだ。
「悪いな、麗日。わざわざ来てもらって」
「それは構わないんだけど……どうして、ウチだけを」
「………………」
麗日はなんとなく分かっていた。自分が呼び出された理由を。
那歩島で怨念に囚われたアンジェラと対峙した時、麗日は自分の中で何かが目覚めた、ような感覚を覚えた。もう一度あの感覚を引き出そうとしてみてもどうにも上手くはいかなかったが、あの感覚……胸の内から何かが湧き上がってくるような感覚は白昼の夢ではなかったと断言できる。
誰にも、先生にすら相談しなかった。出来なかった。なんとなく誰にも言ってはいけない気がしたとか、そんな理由ではない。あの時、自分に起きた変化を形容するための言葉がどうしても思い浮かばなかったからだ。口にしようとすればするほど、その感覚に対する言葉は思考の海の底へと追いやられていってしまう。
「暴走していた時の記憶は本当に曖昧で、殆ど言葉にして説明することが出来ない。でも、これははっきりと覚えているんだ。
麗日、電脳空間でオレに一発入れた時……心の奥底から何かが聞こえてこなかったか?」
ああ、そういう形容の仕方もあったのか。
麗日は頭の片隅でそう思いながら口を開く。
「……やっぱり、アンジェラちゃんは何か知ってるんだね」
「知っているかいないかと言われれば、知っているな。全てかどうかは置いといて」
「他にはどんな秘密を隠しているの?」
「さあな、他にもあるかもしれないし、ないかもしれない。ひょっとしたら、オレはそれを別に秘密とは思っていなかったりするかもな」
アンジェラは飄々と笑みを浮かべている。まるで、手を伸ばせば何かに届きそうなのに、あとほんの少しのところで目眩ましをされたかのような奇妙さがそこにはあった。
「あまり大勢に知られちゃマズいことではある。別にクラスの奴らを信用してないわけじゃないが、どこにどんな耳があるか分からないから」
「じゃあ、どうして私には……」
「……お前はもう、無関係じゃいられないからだよ。
オレが引きずり込んだ。取り返しのつかない方に」
トパーズの瞳が金色に妖しく揺らめく。様々な感情を混ぜて煮詰めたようなドロドロとした一対の瞳。
場違いなことかもしれないが、惹き込まれそうな美しさだと麗日は思った。
「過程をすっ飛ばして結論から言えば、麗日があの時使ったのは「魂」の力だ」
「魂……の?」
「ああ。
前提として、肉体ってのは魂の容れ物で、魂ってのは自我の核だ。魂がなきゃいくら完璧な状態だろうが肉体は動かない。動いたとしても生き物らしさなんかそこにはない。世にいう植物人間ってやつも、半分は魂が欠けた状態なんだと。
……魂ってやつは、普段は肉体の内側で大人しくしているんだが、時に肉体の表側に出てくることがある。その時、人間は自分が更なる力を得たと
「……でも、あの時私は……」
「ああ、普段じゃ考えられない力を出していた。それは確かだ。
だけどな、それは単に
トパーズの光が揺らめく。ころころと鳴る声が冷たく空間を支配する。
「魂は言わば自我そのもの。魂の力を使うっていうのは、言い換えれば自我を垂れ流しにしているってことだ。
そうして自我を垂れ流しにし続けて、限界を超えてしまった時。何が起きると思う?」
アンジェラの声は心なしか震えていた。麗日は身体を震わせながら無言で首を横に振ることしか出来なかった。
「魂と肉体の在り方が反転して、肉体が魂に取り込まれる。那歩島に居た巨神に封じ込められていた怨念も、元々はそうやって肉体を失い、「自分」を見失ったものの成れの果て。
これを、「ソウル化」って言うらしいぜ」
ひゅ、と、喉元に冷たいものが通う。
吹き付けた風が空色の髪を揺らした。
「確かに、魂の力は上手く使えば強力な武器になるだろうよ。でもそれは、使えば使うほど人間から外れていく諸刃の剣だ。一度緩んだ栓を締め直す方法はないし、ひとたびソウル化したものはもはや手のつけようのない怪物に成り果てる。
……麗日がそうなる可能性を、オレが作った」
そうして幼子はひとつ息を吸った。
彼女が話した情報の殆どは、電脳空間で古代人の記録とアテネの記憶を観た時に手に入れたものだ。
つまり、その情報そのものが、この星の人間にとっては過ぎたものである。
それを理解しながら、アンジェラは麗日にそれを伝えた。伝えなければならなかった。既にどうしようもない域で巻き込まれてしまっている彼女には、真実が必要だと思った。
「……そっか。正直に話してくれてありがとう。おかげで色々とスッキリしたよ。
それで……アンジェラちゃんは、私にどうしてほしいの?」
「…………欲を言わせてもらうなら、その力を使ってほしくはない。自ら望んで人から外れて……その先に待っているのは、抜け出すことの叶わない地獄だから。
でも、麗日はきっと「誰かのため」だったら、その力を迷いなく使えるんだろうな。「ヒーロー」だから。
だったらせめて、オレがお前にその力を使ってほしくないと思っていると……それを、知っていてほしい。それが枷と迷いになってくれるのなら、もっといい」
「ヒーロー」。その言葉を吐き出す一瞬だけ、アンジェラの声がほんの少し刺々しくなった。瞳にある感情が一際強く煌めいた。
……麗日は、前から疑問に思っていたことがある。
アンジェラと接していく中で段々と濃くなっていったその違和感は、夏休みが明けてから一気に実体を持ったかのように強まり、那歩島の一件でアンジェラの魂に直接触れて確信へと変わっていった。他のクラスメイト達は誰も気付いていない、麗日だけが自力で辿り着いたであろうその答え。
「アンジェラちゃん、ヒーローって、好き?」
少しの恐れとある種の確信を持ってして、麗日はアンジェラへと問いかける。
アンジェラは今日一番の晴れやかな笑みを浮かべて、どこか嬉しそうにこう言った。
「これも、他の奴らには内緒だぜ?
……だいっきらい!」
その答えを聞いた麗日は、どこか満足げに、嬉しそうに、「……そっか」と呟いた。
遅ればせながら、ヒロアカ原作完結おめでとうございます。