神の絶望と慟哭によって生かされている
こうして、肉体が眠りについている間に精神世界に誘われるのは、果たして何度目のことだろうか。
星空が果てまで広がる深層意識の世界。今までと違う所を強いて挙げるとするならば、殺風景で無機質な部屋にこれ見よがしに設置された円卓だろう。9つの椅子が等間隔に設置され、そのうち誰かが座しているのはアンジェラのものを含めて3つ。他の6つの椅子には、人間の代わりに色とりどりに光る玉が一つずつ浮かんでいる。
そんな円卓の一つに、アンジェラはいつの間にやら腰掛けていた。なんてことはない。いつものように授業を終え、復帰の挨拶にとプッシーキャッツが寮を訪れ、いつものように床に就いた夜のはずだった。
そうして微睡みに落ちたはずのアンジェラは、今深層意識の中に居る。彼女の眼の前の席には、どこか申し訳無さそうな面持ちの与一が腰掛けていた。
「やあ、アンジェラさん。すまない、突然呼びつけて」
「別にそれはいいんですけど……誰ですか、そのスキンヘッドのおっさん」
「はっはっは! 初対面でおっさん呼ばわりたぁ、随分と面白い嬢ちゃんだな!」
円卓の一つに腰掛けた男が豪快に笑う。いつの間にか様変わりしていたこの空間といい、全く見覚えのないその男といい、精神世界というものはこうも短期間でガラッと変わるものなのだろうか。
「俺は万縄大悟郎。ワン・フォー・オールの5代目継承者さ。改めて、よろしくな、魔法使いの嬢ちゃん」
そう言ってその男、もとい万縄はニカッ、と笑った。
「ワン・フォー・オールの……地縛霊もどきか」
「そうそう、消えるに消え損ねた幽霊さ。嬢ちゃん、分かってるじゃないか」
「それで、本題は? わざわざ呼び出したからには、何か用があるんでしょう?」
「まぁまぁそう急くなさ。なぁ、初代」
万縄は与一にそう促す。若い見た目に反してどことなく老人のような視線(もっとも、数え年齢を考えれば年齢の通りの仕草とも言える)を二人に向けていた与一は、「そうだね」と前置きして語りだした。
「アンジェラさん。君の予想の通り、君の中で眠っていた万縄君の魂が目を覚ました。それの報告と……僕の考えを聞いてほしくてね。こうして呼び出したんだ」
「……」
アンジェラは無言で姿勢を正した。インペリアルトパーズの瞳がゆらり、と揺らめく。
「結論から言わせてもらおう。
今の僕らの状況……いや、そもそも、君がワン・フォー・オールを継承出来てしまったのは、君が「器」だったからだ、と僕は考えている」
与一がその結論に達したきっかけは、彼らの依代であるアンジェラが那歩島の電脳空間に触れ、一時的に魂が抜けた状態になったことだった。
今の与一ら歴代ワン・フォー・オールの継承者たちは、言わば魂の欠片が長い時間をかけて遺志を取り戻したもの。依代が電脳空間と繋がっていたのなら、彼らが電脳空間の情報を読み取れたことは何らおかしな話ではない。
しかし、与一には電脳空間から情報を抜き出す術はなかった。
ただただ一方的に流れ込む膨大な情報に呑まれ、理解する前に流し込まれる情報に身を窶すことしか出来なかった。
身体がないのに身を窶すとは、なんともおかしな話だが。
そうして、流れてくる情報にただ受け身になっていた与一の元に、一際輝く光が舞い降りてきたのだという。
与一はその光を、ただの光だとは思えなかった。直感的に「誰か」だと思った。
だから、話しかけた。
情報の濁流に呑まれた魂で、なんとか相手に言葉を伝えようとした。
『……君……は……?』
光が言葉を返すことはなかった。
その代わり、光は涙のような光の粒を与一の手元に落とした。
受け取って欲しい。渡して欲しい。
与一はその光が、自分にそう伝えたいのだと思った。
ぴたり、と与一に迫っていた情報の流れが止む。ちょうど、アンジェラが目を覚まして神兵と守護神を薙ぎ払い、巨神へ刃を向けていた時のことだった。
その時与一は初めて、その光の粒が誰かによって掻き集められた電脳空間の情報の結晶であると知った。
そして、それを誰に渡すべきなのかも。
与一は言った。かつて自分を救けてくれたヒーローたちがしたように。
『……わかった。必ず、彼女に伝えよう。名も知らぬ人、君がアンジェラさんを助けようとしてくれたことを』
その言葉に満足したのか、光は泡のように掻き消えた。
「預かった情報を精査していくうちに分かった。その情報は、電脳空間の深層……あの巨神が封じられていた層よりもさらに奥深くに眠っていたものだったと。その情報は、電脳空間を出た時には既に君の中にあったはずだ」
「……無遠慮に流れ込んだはずの情報にしては、やけに整理されてると思ったら……そういうことだったのか。その名乗るどころか言葉も発しなかった物好きは、一体何を考えてそんなことを……」
「……かつての僕らのように、言葉を持つことも出来ない状態だったのかもしれないね。その光からは、僕らと似た何かを感じた。残留思念……のようなものだったのかもしれない」
アンジェラはふぅん、と頬杖をついて与一に視線を寄越す。
何故天使が自分を生み出そうとしたのか。そもそも、「そうなった」ことに誰かの意思が介在しているのか。重要なことは未だに何も分からないままだが。
「ワン・フォー・オールは何人もの人間の極まった身体能力の結晶……八木君も君に言っていただろう? 「君の身体はとてもワン・フォー・オールに耐えうる肉体には見えなかった」って」
ああ、確かに言われた。ワン・フォー・オールを偶発的にオールマイトとから受け継いでしまった、その事実を知らされた時に。
自分でも疑問に思った。その時は、カオスエメラルドの力に身体が慣れていたから、似たようなものを感じたワン・フォー・オールにも耐えられたのだと思っていた。
否、無理やりそう納得しようとしていた。無意識下で理解を拒絶していた。触れなくてもいいと、その時はそう思っていたから。
「アンジェラさん。君がワン・フォー・オールの力に耐えられたのは、カオスエメラルドの力を扱えるのは、偶然でも、ただの生まれつきでもない」
だが、もう目を背けることは許されない。記憶の封が破られた今、触れなくてもいい理由はもはやない。少しでも自分を自分たらしめるために、アンジェラは知らなければならなかった。
そして、そうするだけの覚悟も、今のアンジェラにはある。
それを理解した上で、与一は告げた。
「君の身体は、力の依代になるべくして、意図的に創られたものだった。
恐らくは……何か大きな力を持った存在……俗に言う、「神」の器となるために」
アンジェラ・フーディルハインという少女の身体と魂は、大いなる力の器になるためだけに適合している。
普通の人間であれば肉体の中で拒絶反応が起こるような力同士であっても、ある程度の制限はあれど共存させることが出来た。ゆえに、本来は反発し合い、共存は不可能とされた魔力と“個性”「ワン・フォー・オール」を同時に保有出来ていた。カオスエメラルドの力を扱うことも出来るのだ。
力の「器」として。
肉体が新たに創り直された今も尚、その在り方が変わることはない。
器というのは何も、力だけに限った話ではない。
知識、技術、人格さえも。
彼女のそれは、彼女が「器」であったから形作られたものだった。
ゆえに、知識や技術の吸収は常軌を逸したレベルで早かった。
その性格はソニックの影響を強く受けて築かれた。
もちろん、彼女自身の生れ持った性格はあったが。自我と呼べるようなものはなかった。あったのは、自我になりかけの小さな欠片だけだった。
生れ持った性格でさえも、ソニックからの影響と深く深く混ざり合い、もはやアンジェラ自身でさえも何が生れ持ったものなのか、分からなくなっていた。
彼女らが、アンジェラたちが生れた本当の理由は分からない。
だが、アンジェラがどんな「運用」を想定されていたのかは予測がつく。
もしも、
天使の教会の崇高なる目的とやらが、「神」やそれに準ずる存在の顕現だったとすると。
そのための生贄か、
はたまた、
顕現した何かの器として生み出されたのだと。
ゆえに、彼女らは子供の姿のまま成長することはない。
生れてから死に至るその時まで、純真無垢の象徴たる「子供」のままなのだと。
「……そう。だからアンジェラは、私も使いこなすことが出来たのね。
生れながらにそう創られたから。
……彼女自身の意思を、綺麗に無視したままに」
アンジェラが座る円卓の横に、いつの間にかメリッサが立っていた。与一は困ったように眉をひそめて、「否定はしないよ。あくまでも僕の予想に過ぎないけれど」、と告げる。
「無個性なんてちゃちなものじゃない……アンジェラさんは本当の意味で「無垢」な存在だった。アンジェラさんがソニックさんに拾われて、自分の自我を持てたことは、本当に幸運だったんだと思う」
「そりゃ……オレ自身、ソニックに拾われなかった自分を想像することも出来ないし。
あの時、ソニックが手を差し伸べてくれなけりゃ。
オレは今頃、死んでたんだろうな」
あくまでも他人事のように、アンジェラはそうぼやく。
彼女にとって、ソニックと出会わなかった自分というのは本当に「他人」のようにしか思えない存在だった。死んでいたのは確実としても、どんな風に死んでいたかなんて想像もつかない。そもそも、興味すら湧かなかった。少なくとも、生きる意味は全く見出せないままだったのだろうが。
「……どちらにせよ。
オレのやることは変わらないけど」
トパーズの瞳がぎらり、と煌めく。
万縄の方へとその鋭い視線を向けて。
万縄はまいった、と言わんばかりに両手を挙げて言った。
「嬢ちゃん、俺はこれからもこれまでと同じように、嬢ちゃんがやりたいようにやればいいと思うさ。その過程で死柄木を倒してくれるなら、それ以上望むものは何もない。
頑張りゃ大抵なんとかなるさ。俺達もついてる」
アンジェラは心底興味無さそうに、「そうですか」、とだけ呟いた。
「アンジェラさん。本当に、僕らのことは気にしないでいいからね。
僕らはただの亡霊なんだから」
「……まいったなぁ……」
与一と万縄が姿を消した円卓で、アンジェラがそんなことを呟いていたことは、メリッサだけが知っている。