本当の望みは叶わない
スタートラインの前に立つ
かつて夢見た、今はもう二度と叶わぬ夢の
それでも進むと決めたから
空気に冬の気配が混ざり、二学期終業が少しずつ迫ってきていたある日の午後、運動場γにて。
ヒーロー基礎学のこの時間。どこかそわそわと落ち着きのない様子のA組の生徒たちがコスチューム姿で集まっていた。
「ついにこの時が来たーっ! わくわくするねー!」
「葉隠、寒くないの?」
「めっちゃ寒ーい!」
「根性だね……」
葉隠の装いに、呆れ混じりにそう言ったのは耳郎だ。あの装い……とも言い辛い格好でジタバタと手足を動かす葉隠の姿は、確かに根性でもないと寒さを吹きとばせなさそうである。手袋やブーツは流石に冬用にしているのだろうが。
「私も冬仕様ー! カッコいいでしょうがー!」
「ええ」
「さすがに寒くなってきたからね」
「入学時と比べると、だいぶ皆のコスチュームも様変わりしてきたな!」
「飯田、それで夏耐え抜いたの凄いよな」
A組の面々の中には、コスチュームを冬仕様に改造している者も多かった。外套やマントを身に着け、“個性”に影響がない範囲で防寒対策をしている者も目立つ。飯田の場合は、夏場の方が問題ありそうである。その全身フルアーマーで、よく夏の間熱中症にならなかったものだ。根性だろうか。
「へー、爆豪も変えたのか。防寒発熱機能付きか?」
「俺の武器は汗腺だからな……って、お前」
その時、特に男子陣が驚愕の表情を浮かべた。
爆豪に陽気に話しかけた、ケテルを連れた少女のコスチュームが、彼らの知るものとはまるっきり異なるものだったからだ。
白いシンプルなワイシャツの上に、きっちりとボタンが留められた黒いジャケット、黒い長ズボン。そして、腰の部分の金色のベルト状の金属パーツと、裾の部分の蒼いライン以外は飾り気のない黒いコートは脹脛の辺りまでの長さがある。コートの内側の腰の辺りには、今までのウエストポーチの代わりだろうか、黒いベルトポーチが着けられている。ネクタイは今までのバタフライリボン状のものではなく、黒くてシンプルなレギュラータイになっていた。そんなネクタイには、赤と青のグラデーションカラーの蓮の花を模した宝石のネクタイピンが着いている。また、右手にはシンプルな黒い指ぬきグローブが着いていた。
首を囲う黒いチョーカーと首に下げた楽器とペンダント、足を覆うグラインドシューズ、右耳の赤いイヤーカフと左手の義手、右手、そして両足に着いた金色のリミッターはそのままだったが、逆に言えば、それ以外は全てが変わっていた。
「フーディルハイン……なんか、凄く変わったね、コスチューム」
「アタシらも更衣室でビックリしたの! フーディルハイン、もしかしてコス総とっかえ?」
「総とっかえ……かな。今までのやつはオレの“個性”を度外視した性能だったから。ま、コレもテイルス曰くまだ試作品、らしいけど」
アンジェラがいま纏っているコスチュームは、正確に言えばメリッサが提示した理論をアンジェラが文章化し、それを元にテイルスが設計して作ったものである。今までのコスチュームとは違い、最初から対魔法戦を想定して設計されており、防御力は
このコスチュームは、着用時に魔力のみならず活力も消耗する
なお、デザインのコンセプトになったものは「喪服」である。アンジェラの漠然としたイメージをソルフェジオが出力したものだ。閑話休題。
「前のも悪くはなかったけど、コレもカッコいいだろ?」
「うん、アンジェラちゃん、凄くカッコいいよ!」
「ケロ、前のコスチュームも似合っていたけれど、そのコスチュームも素敵ね」
「Thanks」
そんなふうに、アンジェラたちが談笑していると。
「おいおい、まあ、随分とたるんだ空気じゃないか。僕らを舐めているのかい?」
「来たな、わくわくしてんだよ!」
挑発するかのような不敵な声。A組を代表して切島がその声の主に応えると、その声の主は態度を崩さないまま続けた。
「ふん、そうかい。でも残念。波は今、確実に僕らに来ているんだよ」
姿を現したのは、ヒーロー科一年B組。挑発的な声の主は物間であった。物間はどこかわくわくした感情を隠せないような、しかしいつもA組に向けている不遜な態度は全く崩さないまま、アンジェラ達に宣戦布告をした。
「さあA組、今日こそ白黒つけようか!」
高らかにそう宣言したまではよかったものの、物間はどこからか一枚の紙を取り出してアンジェラ達に見せつけてくる。
「ねえねえ見てよこのアンケート! 文化祭で取ったんだけどさあ! A組のライブとB組の超ハイクオリティ演劇、どちらがよかったか、見えるぅ? 2票差で、僕らの勝利だったんだよねぇ! 入学時から続く君たちの悪目立ち状況が変わりつつあるのさ!」
確かに、物間が見せつけてきたアンケート、とやらの結果を鵜呑みにすればそうなのだろうが。雄英高校全体の人数との母数の差といい、しれっと書いてある「ぼくしらべ」という文字といい、このアンケートの結果をちゃんとした結果として取り扱っていいものかは疑問が残る。彼の背後には、拳を握りしめた拳藤の姿が。このあと起こる事象をありありと予想出来たアンジェラは、物間の戯言を無視することにした。
「そして今日! A組VSB組! 初めての合同戦闘訓練! 僕らが……」
物間がそこまで言い、拳藤が拳を振り上げようとした、その時。
「黙れ」
相澤先生が捕縛布を使い、物間の暴走を食い止めた。
「今回、特別参加者が居ます」
「しょうもない姿あまり見せないでくれ」
事前の説明無しの特別参加者とは、雄英はサプライズが好きだったりするのだろうか。とはいえ、相澤先生が物間の暴走を止めた理由に合点がいったアンジェラは、その特別参加者とは一体誰なのだろう、という考えに思考を傾けていた。クラスメイト達やB組の面々も殆どが同じ考えのようだ。
彼らの注目を集めつつ、一人の男子が姿を現す。体操着に、首には相澤先生の捕縛布と同じようなものと黒いマスクのようなものを身に着けたその少年は、尾白とアンジェラにとってはよく覚えのある人物だった。
「ヒーロー科編入を希望している、普通科C組、心操人使君だ。心操、一言挨拶を」
『へぇ、心操君の“個性”って洗脳なの? どんな人間でも操れるなんて……』
『悪いことし放題じゃんか!』
『足つかないしね〜』
そんなことを言われるのには、とっくのとうに慣れてしまった。
自分の“個性”を知った人間は、誰しもがそう言った。
彼らと同じ立場であれば、俺もそう思っただろう。
他者を操る力なんて、普通の人間からしたらそんなものだ。
疎まれるのも、避けられるのも、怖がられるのも、慣れている。
それこそ、“個性”が目覚めてすぐの頃から言われ続けたことだったから。
中学に上がる頃には、もはや心が傷付くこともなくなっていた。
それが、自分がその評価を受け入れられたからなのか、はたまた、ただ感覚が麻痺してしまっただけだからなのかは、もう、分からない。
『その“個性”じゃ、ぜってーヒーローにはなれねーじゃん』
『洗脳なんて、悪者の“個性”だもんね』
『人を操る“個性”なんて、怖いなぁ』
それでも。
幼い頃は、何度も疑問に思った。
何度も心に傷が付いた。
胸の奥から……何かが零れ落ちそうになった。
耳を塞ぎたくなったことも、忘れたいと願ったことも、何度もあった。両の手の指では到底数え切れないほどには。謂れのない言葉が耳について、いっそ、耳を削ぎ落としたくなることも、何度もあった。
『……あなたたちはそんな使い方しか思い付けないのね。想像力が足りないんじゃない?』
……雄英に入る前。家族ですら疎ましく思った俺の力を良く言ってくれたのは、たった一人だけだった。
幼い頃。周囲の評価に一々傷付いていた頃に、たった一人。
『心操君の力は素晴らしいものよ。だって、誰も傷つけることなく敵を倒せる力だもの』
幼いながらに覚えている。
彼女の言葉が、俺の心を軽くしてくれたことを。
俺は、ヒーローを夢見ていいのだと、言われたような気がしたことを。
『えー、洗脳が?』
『どんな力も使い方次第よ。誰の“個性”だって、悪意を持って他人に向ければ痛いのよ』
『お前の言ってること、相変わらず難しくてわかんねー!』
『あら、理解してほしいだなんて思ってないわ。ただ、闇雲に心操君の“個性”を悪く言うだなんて、自分は頭が悪い、って言いふらしているようなものだと思っただけよ』
彼女は、他の子供たちよりも高い視点を持っていた。有り体に言えば、頭が良かった。他の子供たちと同じ視点に立てないくらいには。
だから、彼女も自分と同じように、周囲の輪から外されていた。明確に陰口を言われたりするようなことは……少なくとも、俺の知る限りではなかったが、同時に、彼女が誰かの輪に誘われている所も見たことがなかった。
『……はぁ。力で押し切ることだけがヒーローだなんて、浅い考えね』
他の子供たちが捨て台詞を吐きながら去っていくと、彼女は呆れたようにため息をついてそう言った。昔は分からなかったが、今は思う。彼女の言葉に込められていたのは、底知れぬ軽蔑だったと。
それが俺にも向けられていたと、今なら分かる。
『心操君、大丈夫? あんな頭の悪い連中の言葉なんて気にしなくていいのよ』
『……どうして、いつも救けてくれるの?』
『救けたつもりなんてないわ。ただ、謂れのないことを言われ続けて、あなたの“個性”が可哀想だと思っただけよ』
『“個性”が?』
彼女はふっ、と表情を軽くして、俺の頭を小突く。
『ええ。使い方次第でとても強力な武器にも、誰も傷付けない優しい武器にもなる素晴らしい力じゃない。それが宿主本人にも嫌われているだなんて、“個性”が可哀想だと思わないの?』
彼女の言葉の意味を、俺は捉え切ることが出来なかった。
それでも、初めて自分の“個性”が誰かに認められた気がした。
同級生たちも、先生も、親も……自分でさえ、認めていなかった、「洗脳」という“個性”を。
『他人の言葉を真に受けて、スタートラインに立つことも諦めるだなんて、その素晴らしい“個性”に謝ったほうがいいわ。
そうね……もしあなたが、私があなたを救けた、と思っているのなら、そしていつか、夢のスタートラインに立てた、と思えたのなら……真っ先に、私に教えなさい。祝福してあげるから。あなたの“個性”を』
今にして思えば、彼女は気付いていたのだろう。
俺が、ヒーローに憧れていたことを。
他人から向けられ続けた言の葉の刃で心を刻まれ続けながらも……それでも、ヒーローへの憧れを捨てられずにいたことを。
今でも思う。
あの時に、ヒーローへの憧れを捨てられていれば。どれだけ心は楽になっていただろうと。
そして……やはり、俺はどうあっても、ヒーローへの憧れは捨てられずにいたのだろう、と。
俺は彼女の……綾瀬の言葉に薄く頷いて、二人の間で小さな約束が結ばれた。
その約束は、二度と叶えられることはない。
「心操人使です。何名かは既に体育祭で接したけれど……拳を交えたら友達とか、そんなスポーツマンシップ掲げられるような、気持ちのいい人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です。俺は立派なヒーローになって、俺の“個性”を人のために使いたい。この場の皆が越えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません。よろしくお願いします」
ぱらぱらと、小雨のような拍手が鳴る。心操の眼には、これ以上引き離されまいとするような、ギラギラとした光が宿っていた。
「おお、ギラついとる」
「引き締まる」
「初期ろき君を見ているようだぜ……」
「そうか?」
「いいね、彼」
それは皆も理解しているようで、一気に空気が程よい緊張感に包まれていく。気を引き締め直した皆を確認してか否か、相澤先生はブラドキング先生に授業の開始を促した。
「じゃ、早速やりましょうかね」
「戦闘訓練だ!」
そうして、ブラドキング先生の口から今回の戦闘訓練のルールが説明された。
今回はA組とB組のクラス対抗戦。双方、くじ引きで4人組を作り、1チームずつ戦う。特別参加者の心操は今回、A組チームとB組チームに1回ずつ、計2回参加することとなる。つまり、5試合中2試合は、5対4の訓練となる。5人チームは数的有利を得られるが、心操は殆ど経験がない。つまり、ハンデということだ。状況設定は、「敵グループを包囲し確保に動くヒーロー」。制限時間二十分の中で、四人捕まえた方、もしくは、制限時間いっぱいまで試合が続いた場合は、捕まえた人数の多い方が勝利となる。
「うおおお! ヒーローであり相手にとっては敵!? どちらに成り切ればいいのだ!」
「ヒーローでよろしいかと」
飯田のよくわからない空回りに、八百万が冷静なツッコミを入れた。相変わらず、妙な方向にフルスロットルな飯田である。
「双方の陣営には、「激カワ据置プリズン」を設置。相手を投獄した時点で捕まえた判定となる」
「緊張感よ!」
根津校長をモチーフにしたであろうプリズンは、上鳴のツッコミの通り、状況設定と比べて全くもって緊張感のないものであった。
雄英は何故時に、センスがおかしな方向に爆発するのだろう。
アンジェラは、5秒くらいそう思った。
「自陣近くで戦闘不能に陥らせるのが最も効果的……しかし、そう上手くはいかんですな」
「4人捕まえたほう……ハンデってそういうことか」
「ああ。慣れないメンバーを入れること、そして5人チームでも、4人捕らえられたら負けってことにする」
相澤先生の説明を聞いた爆豪は、目に見えて不機嫌そうに顔を歪ませた。
「お荷物抱えて戦えってか。クソだな」
「ひでー言い方やめなよ」
「いいよ、事実だし」
「徳の高さで何歩も先行かれてるよ!」
爆豪の文句と心操の言葉を比べて、そんなツッコミを入れる上鳴。アンジェラは苦笑いしながら、確かに徳が高いのは心操の方だろうなぁ、と思った。
ちなみに。