「それでは対抗戦第5試合、本日最後の試合だ。準備はいいか!? 最後まで気を抜かずに頑張れよ!
スタートだ!」
ブラドキング先生のノリノリな合図で第5試合が始まった。
スタートとほぼ同時に、B組の本陣へと乗り込んでいく影がある。太陽の光に照らされた空色の長髪を揺らして、工場地帯の不安定な足場を軽々と移動していく小さめな少女の人影。
その人影がパイプに乗り移る直前、ドラム缶が彼女目掛けて飛んできた。
「……ッ」
その少女は慌てることもなく、飛んできたドラム缶を回し蹴りで蹴り上げる。蹴り上げられたドラム缶は、ひしゃげて上空へと吹き飛ばされていった。
少女が別の足場に着地しようとした、その時。
「キャアッ!」
麗日の悲鳴が周囲に響き渡る。少女があくまでも冷静に周囲を見渡すと、パイプの上に立つ物間の姿をその視界に捉えた。
「
少女が差し向けた右手に魔法陣が展開され、空色の魔力弾が一つ発射される。単発の魔力弾を躱して違うパイプに乗り移った物間は、そのまま着地した少女に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「あれぇ、見つかっちゃったか。爆豪君の活躍を見たあとで君を警戒しないわけがない。君みたいな動けて強い人間を警戒する、クレバーな人間はそう考える」
心操が何処かに潜んでいる可能性を考慮しているのか、はたまた、物間が心操の“個性”をコピーしている可能性を考えているのか。少女は物間の言葉に大した反応を見せることはなく、魔法陣を展開したままの右手を物間に向けて佇んでいる。
「その一方で、クレバーな人間はこうも考える。さっきの彼の強さは、他の3人によって引き出されたと。先に潰すべきはその3人だと。
わざわざ目立って居場所を教えてくれたねぇ。僕の仲間が今、早速3人を見つけたようだ」
物間の煽りを意に介した様子もなく、少女は感情を感じさせないような表情でただただ佇んでいる。物間は少女の感情を煽ろうと、再び口を開いた。
「3対4だぜ? 大丈夫かな? 心操君も居る。密なコミュニケーションは取れない。君はすぐにでも彼らの元へ駆けつけなきゃ。
……いや、待て? 仮に今の「キャア」が心操君の声だったら? まだバレてない3人の居場所を君が教えることになってしまうぞ。アッハハハ、困ったなぁ!」
少女は無の表情のまま、魔法陣から魔力弾を数発発射した。
「仲間の方を見向きもしないなんて薄情だなぁ!」
物間は懐に隠していた小さなネジを、柳からコピーしたであろう“個性”を使って何個も飛ばす。少女は更に魔力弾を発射して、飛んできたネジの束を破壊し、そのまま魔力弾を物間へと差し向けた。
少女の瞳の色がトパーズからサファイアへと変わっていたことに、物間は気が付かなかった。
「……解除」
その頃、麗日達はB組を嵌めるための罠を作っていた。アンジェラの
そんな彼女らの耳にも、先程の麗日の悲鳴が聞こえていた。峰田は怪訝そうな顔で麗日に確認を取る。
「さっきの声……」
「私じゃないよ」
「なら心操か? 近かったぞ」
「あの気怠い顔で「キャア」っつってるとこ見たい」
「三奈ちゃん、喋る時はちゃんと顔見て」
「あっ……」
心操の洗脳を警戒する以上、コミュニケーションを取る時は細心の注意を払わなければならない。その注意を怠った芦戸に麗日が軽く注意をしていると、峰田が持っている魔力の糸がふと重くなった。
「なんかくっついた!」
見ると、柳のポルターガイストで動いていると思しき物体の群れが麗日達に襲いかかる。第一陣は芦戸がアシッドベールで防いだものの、物体の弾丸は次から次へと麗日達に襲いかかる。
「柳さんのポルターガイスト!」
「当てずっぽうだぁ!」
小さくとも速度のある物体の群れはそれだけで脅威であり、麗日達は身動きが取れなくなってしまう。
更に、突如として飛び交う物体が大きくなり、その脅威度が増した。麗日が飛び交う物体を無重力にすることで一旦は難を逃れたが、何故か無重力にした物体が速度を上げて暴れ回る。
「伏せてろ、お前ら!
そこにアンジェラが飛び込み、半円球型の防御膜を形成して迫ってきた物体の群れを受け止めた。左腕の義手を前面に出して魔力を放出し続ける。暫くすると、物体の暴走が収まった。
「大丈夫か、お前ら」
アンジェラは
「ありがとう、アンジェラちゃん」
「まさか本当にフーディルハインの言った通りになるとは……フーディルハイン
「勝手に実戦稼働テストも兼ねさせてもらってるんだ。その分の仕事はするさ。
ケテル、どうだ?」
アンジェラから話を振られたケテルは、その小さな身体を精一杯横に振る。それは、「何も見つからなかった」の意。
トパーズの瞳を輝かせ、アンジェラは喉をくつくつ、と鳴らした。
「そう、相手は「オレ」という脅威を無視することは絶対に出来ない…………オレが囮になることも織り込み済みだろうさ。
こっちがそれを前提に動いてるとも知らずに、な」
……試合開始直前。A組チームの自陣にて。
「それでよぉ、フーディルハイン。さっき言ってたアレだけど……」
まだ若干不安そうな峰田が、待機状態のソルフェジオを左腕の義手で握りしめたアンジェラに問いかける。
すると、アンジェラの義手から青白い光が溢れ出し、ソルフェジオに纏わりついた。アンジェラの手から離れたソルフェジオは自力で飛び、アンジェラから少し離れると直下に魔法陣を展開させる。ソルフェジオに纏わりついた光は拡散し、段々と人の形に成っていく。
光が霧散すると、そこにはアンジェラそっくりの少女が立っていた。
「Hey,buddy.調子はどうだ?」
「……駆体構成に問題なし。コミュニケーション能力は正常に作動。稼働時の負荷は未知数ですが、現段階での実戦投入は可能だと判断します。
……ご命令を、My master」
否、そっくりなんてものじゃない。その少女はアンジェラに瓜二つだった。
ただ一つの違い……そのサファイアの瞳以外では、見た目で判別が出来ないほどに。
「Cool! それじゃ発声機能のテストも兼ねて、麗日達にお前のことを改めて説明してやってくれ」
「かしこまりました」
少女は麗日達の方へと向き直る。サファイアの瞳は見ていると凍てつくような冷たい光を宿している。
事前にアンジェラからある程度は聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると驚くらしく。麗日達は少しポカーン、としていた。
「あ、えーっと……ソルフェジオ……だよね?」
「はい。こうしてあなた達と言葉を交わすのは体育祭の時以来ですね、麗日さん」
「うーん……やっぱり、フーディルハインの姿で敬語使われると違和感が半端ない……」
「それによ、目が違うぜ目が! なんていうか……冷たい、っていうのか? 入学したての轟みてーだ」
峰田の例えは言いえて妙だ、とアンジェラは思った。確かに、ソルフェジオの瞳は、入学当初の轟のような冷たさがある。彼女はアンジェラ以外のものにはあまり興味関心がない。だからだろうか。
話が脱線しそうだ、と判断したのか、ソルフェジオは一度咳払いをして語り始める。
「あなた達も知っているでしょう。オブシディアスとクリスタラックのことを。私のこの身体は彼らのデータとマスターの身体データを元にして創り上げたものです。流石に身体能力はマスターに劣りはしますが、マスターの補佐としては十分な性能があるかと」
ソルフェジオが今使っている肉体は、アンジェラとソルフェジオが創り上げたものだ。要領はオブシディアスとクリスタラックと同じ。アンジェラの魔力から構成されている上、動かしているのが魔法の杖であるソルフェジオなので、自分で魔法を使うことも可能である。
「ゆくゆくは遠隔で操作したいと思っていますが……」
「ま、それはおいおいってことで。実際、この駆体がどこまで使えるかは未知数な所あるし。実際、それを図りたい、ってのもあるな。状況によりけりだけど。
それでな……」
アンジェラは自身の考えを麗日達に説明した。
ソルフェジオは囮としてB組の本陣へ単独で向かい、その間にアンジェラ達は罠の作成。そして、アンジェラは飛ばせる限りの
B組チームは「アンジェラ・フーディルハイン」という強力無比な戦力を決して無視出来ない。だからこそ、アンジェラが単独で動いていると錯覚させる。それはB組チームに、状況の誤解と無視出来ない動揺を生むだろう。B組チームの作戦の要はまず間違いなく心操だ。彼をまず孤立させられれば、試合の流れは確実にA組チームに向く。
果たして、試合の流れはアンジェラの予想の通りになったわけで。
アンジェラ達がB組チームの攻撃をいなしていた頃、ソルフェジオはアンジェラの似姿の駆体で物間と対峙していた。冷たい瞳を物陰に隠れた物間へと正確に向けたソルフェジオは、展開したままの魔法陣から魔力弾を放った。物間は物陰に隠れて口を開く。
「心操君とこんな話をしたよ。恵まれた人間が世の中をぶち壊す」
ソルフェジオは一切表情を変えないまま、パイプを飛び移り物陰から姿を現した物間に狙いを定めた。
物間は彼女を煽る。思いつく限りの言葉で。
「ねぇ、教えてよ。何故君は平然と笑っていられるんだ?
敵に捕まって、平和の象徴を終わらせた、張本人がさぁ!!」
ソルフェジオは思った。
この男をぶちのめしたいと。
あの時あの場所で何が会ったのかも知らない奴が、平和の象徴という愚者の象徴に今でも縋り付こうとする愚か者が、知ったような口を叩くな、と。
声高に叫びたかった。
それをしなかったのは、彼女が今、マスターの命令を受けて動いているから。マスターの命令が、彼女の理性を繋ぎ止める楔となり、ソルフェジオが湧き上がった衝動のままに動くことはなかった。
そして、物間がソルフェジオを煽ろうと放った言葉は、その場に留まることはなかった。
「……………………」
ソルフェジオはそのサファイアの瞳に隠しきれぬ怒気を湛え、魔法陣を展開した腕を物間ではなくその近くのビルに向け、魔力弾を放つ。ソルフェジオは見抜いていた。わずかながら、物間はそのビルを気にする素振りを見せていた。人間であれば気付けないほんの僅かな視線の揺らぎ。それを見抜いたソルフェジオは、そこに心操が居ると仮定した。
彼女の考えは正しかった。
その場所に心操は居た。
体育祭の時、ソルフェジオがマスターに強請ってまで一戦を交えたいと思った相手。
ただ、その瞳に、憧れに直向きに挑もうとする瞳に好感を持ったから。
何故そんなことを思ったのかは、分からなかった。
思考の隅にちらつく影に、彼女は気付かないふりをした。
「お前は……」
心操は気が付いた。彼女の瞳がサファイアの光を宿していることに。
彼女はアンジェラではなく、その従者だと名乗ったソルフェジオだといういうことに。
マスターの命令に従い、ソルフェジオは心操を捕らえようとする。心操も交戦しようと、捕縛布に手をかける。
しかし。
その場で彼女だけが、気が付いた。
「っ、心操さん、危ない!」
ソルフェジオの身体は反射的に動いていた。
心操を思い切り突き飛ばした。
衝撃で心操はえずくも、その行動と言動に違和感を覚える。
彼女がどちらであれ、自分を捕らえるつもりなら不用意に言葉を放ったりはしないはず。
抑えきれない違和感を抱えながら、心操は改めて捕縛布を手にしてソルフェジオに視線をやる。
「……あ……」
ソルフェジオの腹に、黒い棘が刺さっていた。
飛んできた形跡もない。
その空間に突然、その棘は現れた。
ソルフェジオが心操を突き飛ばさなければ、その棘に刺されていたのは心操だった。
「心、操……さん……逃げ、て……」
ソルフェジオは理解した。
これは、神野の時と同じだと。
如何なる感覚器官にも、“個性”にも、魔力の揺れにも感知されない、黒い黒い棘。
神野の時、彼女の
ソルフェジオの身体から血は流れない。
彼女の身体にはそもそも血が存在しないからだ。
しかし。
それだけで済まないことを、彼女は知っていた。
既にコアが侵食されている。
もう間に合わないことを察した。
「あんた、どうし……」
「……逃げ、て……」
胸元の肉を破り、ひし形のくぼみがついたナイフを心操に投げ渡す。
心操がそれを拾ったことを確認する暇もなく、ソルフェジオは自分が開けた穴から地面に落ちていく。驚きつつも、心操は捕縛布を飛ばしてソルフェジオを引き上げようとした。
しかし、心操が飛ばした捕縛布は、
ブゥン…………
「何、だ……アレ……」
ソルフェジオが腹部の棘から放った黒いオーラに押し戻された。