ガキィンッ!!
金属と金属が擦れ合い、焦げたような匂いを漂わせながら火花が散った。槍と化したソルフェジオの右腕を義手で弾き返し、アンジェラは間髪入れずにソルフェジオの胸部に膝蹴りをかます。しかし、ソルフェジオはそれを分かっていたのか、即座に胸部に防壁を展開しアンジェラの攻撃を凌いだ。攻撃を弾かれ、アンジェラは一度バックステップで距離を取る。
ソルフェジオが右腕を空に振るった。すると、僅かに空色の光を纏った黒色の魔力弾が現れ、アンジェラ目掛けて撃ち出される。魔力の僅かな揺れから、その魔力弾が誘導性が無い代わりに威力が桁違いに高いことを見抜いたアンジェラは、魔力弾の動きを目と肌に感じる魔力でもって見切り、全てを軽やかな身の熟しで躱す。
魔力弾が着弾した地点から大きな衝撃音が鳴り響き、魔力弾が着弾した地点は抉られていた。もし人体に当たっていれば、この場に血肉が飛び散って紅いカーペットを作っていただろう。アンジェラは思わずボヤいた。
未だに「声」は鳴り止まない。
「……殺す気かよ」
「マスターこそ、殺してくれと頼んだはずなのに生温いんじゃありませんか」
「オレはそれに頷いた覚えはないんだけどな」
地面を踏みしめて軽く凹ませて、アンジェラは駆け出した。ソルフェジオも少し遅れて地を駆ける。が、ソルフェジオが反応して防壁を展開させるよりも早く、アンジェラはソルフェジオを横腹から蹴り飛ばした。勢いよく飛ばされていったソルフェジオは、右腕の切っ先を地面に擦り付けて体勢を立て直す。
「オレが傲慢で我儘なことくらい、お前なら分かっているだろう。なぁ、Buddy?」
「……諦めていないというのですか」
「オレがこの程度で諦めるとでも?」
ソルフェジオは右腕を振るい、再び駆け出した。在りもしないと分かっているはずの、アンジェラの心の臓を貫こうと、風切り音を鳴らしながらその右腕を突き出した。
ガキッ!
再び響く金属音。黒鉄の義手が黒い螺旋状の槍とぶつかった音だった。間髪入れずにアンジェラは右の拳を撃ち出す。ソルフェジオは咄嗟に右腕の槍で受け止めようとしたが、受け止めきれずに脚と地面が擦れ合いながら後ろに弾き飛ばされた。アンジェラはもう一撃入れようと拳を構える。
「っ!」
しかし、彼女の背後にいつの間にか魔力弾の群れが迫っていた。アンジェラは咄嗟にジャンプで回避するが、一部が顔に掠めて血のふりをした赤い液体が滲む。
「ああ、そうですね……あなたは、諦めが悪い人だ。どれだけその先に茨が撒き散らされていようとも、旅路の最果てには何もないと、最初から分かっていようとも……それでも、何かを掴もうと足掻いて、藻掻いて……決して、諦めはしない人だ。その場では退避を選ぼうとも、どれだけ心が折り砕けそうになっても……本当の意味でその心が死なない限り、全てを諦めてしまうことだけは、しない人だ」
咲き乱れた紫色の花が光を灯す。ソルフェジオを絡め取る茨が不規則に暴れ、周囲に瓦礫を撒き散らした。
「……諦めない理由があるというのですか。魂に囚われ、もはや自分の意思で肉体を動かすことすらままならない私を、どうして諦めないというのですか!」
彼女自身の慟哭は、黒い棘が
アンジェラはトパーズの瞳でしっかりとソルフェジオを見据える。彼女がそう言葉を紡ぐことを、アンジェラはとうに分かっていた。
「お前はまだ、自分の意思を持ち合わせられているじゃないか」
「私の意思など……所詮、全てを忘却していた頃の残滓でしかありません。
かつて、自分が人間であったことすらも忘れていた、私の」
行く宛もなく彷徨っていた私がそれに捕らえられたのは、決して偶然などではなかった。
後から分かったことだが、奴らは無個性の人間を狙って攫っていたらしい。無個性の私が狙われるのは必然だった。
白い装束を纏い、仮面でその面を隠した何者か。小さく非力な子供でしかなかった私に、抗う術があるはずなかった。
……正直に言うと、その時は僅かばかりに期待していた。
いつか読んだお伽噺のように、英雄が助けに来てくれるのではないか、と。
今にして思えば。
なんて愚かしい考えだったのだろう。
私はなんて、救いようのない愚か者だったのだろう。
そうやって、望みをかけた英雄が、両親を殺し、私をここまで追い詰めたのだというのに。
気が付いたら、暗くて冷たい檻の中に入れられていた。
何処の誰とも分からぬ相手から、苦痛だけを与えられて、そして生かされていた。
投げかけられた「それ」に他の言葉が当て嵌まっていたのだとしても、幼い私には「苦痛」としか言い表すことができなかった。
私と同じように攫われて、閉じ込められて、苦しめられた者たちが居た。人は彼らのことを同胞とでも呼ぶのかもしれない。
だけど、私は彼らのことをよく知らない。
言葉を交わす前に、心を折られて死んでいった者たちばかりだったから。
ひたすらに与えられる苦痛に耐えられず、心を殺して何も感じないように。
それが一番楽で、賢い道だったのかもしれない。
後に知ったことだが。
その苦痛に、意味などなかった。
ただ、欲とストレスの捌け口として使われただけだった。
無個性だから。
ただ、それだけの理由を免罪符に、ヒーローを名乗る者たちは私たちを痛めつけた。
それでも、私の心は死ななかった。
どれだけ死にたいと思っても、どれだけ死ぬチャンスがあったとしても。
死んで楽になれる。そう思った瞬間に、生きたいと思ってしまったから。
そうして、いつしか時間の感覚すらも忘れた頃。
金色の髪を揺らす赤眼の少女が、私の前に現れた。
『……あなたは、子供の身に余る苦痛を受けながら、どうしてそこまで生きようとするの?』
……何故、死ねると思ったときに限って、生きたいと思ってしまうのか。
そんなこと、こちらが聞きたかった。
ただ、漠然と。
叶えたい願いが、見届けたい憧れがあることだけが、私の脳裏を過った。
だから、正直にそのことをその少女に伝えた。
『無個性だから、というだけの理由で、貶められ、苦しめられ、痛めつけられ、嬲られて……それでもなお、その憧れとやらを生きて見届けたいというのなら……ほんの僅かな可能性であれば、私が用意してあげられる。
ただし、もう二度と人間には戻れなくなるし、人間だった頃の記憶を失う可能性もあるけれど。それでもよければ』
……断る理由なんてなかった。思いつかなかった。
私が人間じゃなくなってもいい。最終的に、この魂が喰らいつくされても構わない。その過程で人間であった私を思い出せなくなるのだとしたら、寧ろそれは望ましい。
私が人間ではなくなるのなら、新しい「私」は何も覚えていない方が良い。
私は彼女に望んだ。
その僅かな可能性に、縋らせてくれ、と。
「……しかし、結局私は私のままだった。碎けた理想だけを抱えた私のままだった。その理想が、人間であったことすらも捨て去って、そこまでして見届けたかった憧れが……何であったのかすらも、曖昧なままだった」
黒い魔力弾の群れが降り注ぐ。迫りくる茨に進路を塞がれながらも、アンジェラは僅かな隙を冷静に見極めて躱す。
しかし、脚が地面と離れた所に、死角から魔力弾が超速で迫る。気が付いた時には躱せない所まで迫っており、咄嗟に腕を交差させて防御姿勢を取ることしか出来なかった。
「かはっ……!」
魔力弾に弾き飛ばされ、アンジェラは仰向けになって地面に落ちた。存在しないはずの肺腑の空気が無理やり口腔から吐き出される。対魔法戦用の喪服が衝撃を和らげるも、すぐに立ち上がることは出来なかった。
「マスター、これでも私は私の意思を持つことが出来ていると、言い切ることが出来ますか? 私が何者かであると……断言することが、出来ますか」
自らという存在に対する疑念すらも、他所から寄越された狂喜に塗り潰されていく。槍と化した右腕を差し向け、ソルフェジオは猟奇的な笑みを消すことが出来ないまま……涙を流していた。
アンジェラは口角を上げる。追い詰められたというのに、トパーズの瞳からは光が消えていなかった。
「全部を諦めて投げ出した奴は、涙を流したりしない。ソルフェジオ、お前はまだ、抗おうと、藻掻くことが出来ている。自分の脚で歩こうとしているじゃないか。
……それに、
「何を……っ!?」
突如、ソルフェジオの死角から何かが飛び出してソルフェジオに襲い掛かった。虹色に煌めく鋭い結晶の束だった。銃弾のように放たれた結晶の向こう側には、いつの間にそこに居たのだろうか、クリスタラックの姿があった。
茨を収束させて盾のように展開し、ソルフェジオはクリスタラックが放った結晶の群れをなんとか防ぐ。茨の盾に煌びやかな結晶が突き刺さり、そして、結晶がバラバラに砕けていく。
しかし、結晶にばかり気を取られたのか、ソルフェジオは、結晶を完璧に防御しようと、自身を茨ですっぽりと覆ってしまうことをしなかった。その判断が、隙を生み出すことも知らずに。
「まだ進もうとするのなら、碎けたとしても、見届けたいものがあるのだということを覚えているのなら……それが、それこそがお前の意思だ。
お前の意思は、まだ死んじゃいない!」
「……あなたというヒトは……っ!!」
盾の守備範囲の外側から、オブシディアスが現れた。ソルフェジオが反応するよりも早く、オブシディアスはソルフェジオの身体を掴み、そして、宙に向かって投げた。
「今だ!!」
アンジェラは立ち上がり、投げ飛ばされたソルフェジオを追いかけながら叫ぶ。
体勢を立て直そうとしたソルフェジオの身体に、勢いよく紫色のオーラを放つもぎもぎボールが襲い掛かり、ロープのように巻き付けられた。柳のポルターガイストで操られた峰田のもぎもぎボールだ。
反応する暇もないまま、今度は上空から小さな缶のようなものが降ってくる。その缶のようなものは瞬く間にドラム缶サイズに大きくなり、かと思えば落下のスピードを急激上げて、ソルフェジオに伸し掛かって地面へと叩き落とす。小大が小さくし、庄田が衝撃を与えたドラム缶を麗日が浮かし、タイミングを合わせてそれぞれの“個性”を解除したのだ。
ドラム缶の重さと勢いに耐えかね、ソルフェジオは重力に従って落下していく。思考を回す暇すらなく。ソルフェジオが落ち行く先には、A組チームが試合用にと仕掛けた罠が設置されていた。
「かかった! 三奈ちゃん!」
「ガッテン承知!」
麗日が合わせたタイミングに従い、芦戸が周囲の建物の一部を溶かして瓦礫を降り注がせる。魔力の鎖が胴体に絡み付き、地面に設置されていたもぎもぎボールに足を取られ、瓦礫で進路を塞がれ、ソルフェジオは身動きが取れなくなった。
「……は、はは……マスターは、最初から、囮だったのですか……単身で私の所に来た時点で、気が付くべきでした。あの方が好みそうな戦術ですね……。
しかし……この程度じゃあ、私は止まれない」
腹に突き刺さった黒い棘から、無数の茨が噴き出した。周囲の瓦礫を吹き飛ばし、狙いすら付けずに暴れ狂う。飛び散った瓦礫を物間が柳からコピーしたポルターガイストの“個性”で操ってソルフェジオへと降り注がせるも、荒れ狂う茨がソルフェジオに迫った瓦礫弾き飛ばしてしまう。
「っ、あの茨をなんとかしないと、拘束した意味がないじゃないか! やっぱりA組の策なんかに乗るんじゃ……」
「物間、そんな悪態ついてる暇があるんなら、まず手を動かして!」
柳は悪態をつく物間を叱咤しながら、暴れ狂う黒い茨に“個性”を向ける。破壊力はあれど、質量は軽いのか、柳の“個性”を受けた茨は金縛りにあったかのようにその動きが鈍くなった。咄嗟にやった一か八かの策だったが、どうやら効果があったらしい。
「っ、ほら、物間も手伝って! あのウラメしい茨、思った以上に軽い!」
「あーもう! 仕方ないなぁ!」
物間も柳からコピーしたポルターガイストを茨に向けた。二人がかりで“個性”を使い、なんとか暴れる茨を抑え込むことに成功する。しかし、黒い茨もポルターガイストに抗う素振りを見せており、いつ彼女らの“個性”を振り切って再び暴れ出してもおかしくはない。
最中、茨のうちの一本に布が巻き付かれる。心操の捕縛布だった。
捕縛布に掴まって、まるでターザンのように宙を舞い、心操はソルフェジオの眼の前に飛び出した。
変声器は使わない。
洗脳というバックアップ向きの“個性”を持つ彼は、自分からは前線に来ない。その心理を逆手に取ったブラフなのだから。
心操には、彼女を確実に動揺させられる。そういう確信があった。
……いや。
それは、ただの確信ではない。
確信めいた、絶望だった。
「っなぁ、綾瀬!! お前、綾瀬なんだろ!?」
えー、この作品をここまで読んでくださった皆様。嬉しいお知らせがございます。
もう2,3話くらいで13章は閉幕となり、来たる14章は、クリスマス編を経てから…
なんと! 地獄の轟くん家スペシャルをお送りします!
どーせこれを楽しみにしてたんでしょう皆様! 私も今から書くの楽しみ! このエピソードはマジのガチの本気で構想練ってるから、期待してくれてかまへんで!
相変わらずマイペースに進めていきますので、生暖かい目で見守ってやってください。