忘れられるというの?
私はずっと覚えているのに。
次の日から、雄英高校の通常カリキュラムが始まった。
午前は必修科目。国英数理社などの普通の高校で行われる授業。
この日の1限は英語で講師はプレゼントマイクだった。テレビで見るような有名プロヒーローの登場にクラスは沸き立ったが、プレゼントマイクのテンションが異様に高いことと、授業開始時にアンジェラとプレゼントマイクが授業そっちのけで全部英語で会話するというハプニング(?)以外はごく普通の授業だった。既に大卒のアンジェラにとっては、別腹どころかただのおかわりでしかない。ちなみに会話の内容はユーロビートについてだった。
昼休み。昼食は食堂にてプロヒーローでありプロの料理人でもあるランチラッシュの料理が安価で頂ける。メニューも豊富で、日替わりランチなるものもあるらしい。アンジェラは大好物であるチリドッグを5個とビーフシチュー大盛り、サーモンのカルパッチョ、デザートにプリンを頂いた。とても美味しかった。流石はプロ。一緒に食べていた麗日と飯田からは、そんなに食べるのかと言いたげな視線を向けられたが。
そして午後の授業。いよいよ、ヒーロー科最大の目玉とも言える授業、ヒーロー基礎学の時間である。今年からオールマイトが先生ということもあって、皆浮足立っていた。かくいうアンジェラも、少しテンションが高くなっている。
「わーたーしーがー! 普通にドアから来たー!」
赤がメインカラーに使われているシルバーエイジのコスチュームを身に纏ったオールマイトが、ドアをガラッと開けて入ってきた。感激からか、皆の顔に笑みが現れる。どこからか聞こえた画風が違うという言葉は気にしてはならない。
「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数も最も多いぞ。
早速だが、今日はコレ! 戦闘訓練!」
オールマイトは「BATTLE」と書かれたプレートを掲げた。戦闘訓練の言葉に、クラスは浮き足立つ。オールマイトが手元のリモコンを操作すると、教室の壁一画から、ライトグリーンで出席番号が書かれたアタッシュケースが収められた棚が出てきた。
「入学前に送ってもらった“個性”届けと、要望にそって誂えたコスチューム!」
テレビで見たようなヒーローのコスチュームを自分も着ることができる! そのことに、クラスの興奮は最高潮に達した。
「着替えたら順次、グラウンドβに集合だ!」
オールマイトの言葉にクラスメート達は一斉に行動を開始する。アンジェラも、自身の出席番号が書かれたアタッシュケースを手に取った。
女子更衣室でそれぞれが自身のコスチュームを手にとって着替え始める。
アンジェラが書いた要望は、動きやすさを重視すること、半袖かノースリーブにすること、写真で送ったリボン、チョーカー、ウエストバッグ、グラインドシューズ、リミッターに合うデザインにすることだ。
そして、そんな要望から産まれたコスチュームがコレである。
黒地に少しフリルの入った襟の大きいインナースーツの上に動きを阻害しない程度の深い青色のコルセット、胸元には青色の丸い宝石がついた空色のバタフライリボン状のネクタイ。空色の半袖のジャケットの袖はふんわりとしており、左右の腰の後ろあたりに太もも辺りまで伸びた燕尾服のようなパーツと、その先端にはエメラルドグリーンの宝石が左右に一つずつある。
青地のインナースカートに、青色で縁取られた空色のオーバースカートは動きを阻害しない程度にふんわりとしており、少しだけのフリルと、腰には黒い大きめのリボン型のベルトが巻かれ、後ろ側にあるリボンの結び目には青い円形の宝石が、オーバースカートの裾の辺りには楕円形のエメラルドグリーンの宝石のようなパーツが左右一つずつついている。
両手には甲の部分に右は赤の、左は青い宝石がそれぞれついたファンシーな黒い指抜きグローブ、右耳には小型通信機でもある赤いイヤーカフがついている。
アンジェラの要望を全て入れ込みつつ、全体的にクール系魔法少女のようなデザインに仕上がっている。アンジェラの“個性”届けに書かれた“個性”が魔術だからだろう。しかし、髪のリボンとチョーカーとウエストバッグはともかく、メカメカしいデザインのリミッターとグラインドシューズを身に着けていても、特に違和感は感じなかった。そこは流石プロといったところか。
性能については特に書かなかったが、説明書を見る限り強靭な防弾、耐火性能があるらしい。見た目によらず頑丈なようだ。また、伸縮性も見かけによらず高いようで、軽く動いてみた感じ、特に動きにくいとかそういうことはなく、むしろ動きやすかった。
「アンジェラちゃんのそれって魔法少女?」
「らしいな。簡単な要望は書いたけど、大元のデザインは完全にデザイナー任せだよ。趣味ではないが……ま、悪くないな」
「うーん、ウチももうちょっと要望ちゃんと書いとけばよかったなぁ……」
そう言う麗日のコスチュームはパツパツスーツだ。機能の要望はちゃんと書いたようなのだが、デザインは完全にお任せにしたらしい。アンジェラは苦笑いだ。
「でもそれで言ったら、もっとヤバいコスの人居るし」
「……あー……」
アンジェラの目線の先には、ちょっとでも間違いが起こったら見えちゃいけない所が見えそうなコスチュームの八百万百と、そもそも衣服が手袋とブーツな透明人間の葉隠透の姿が。確かに、この二人と比べたら麗日のコスチュームはまだ普通である。前者は“個性”を使う際に衣服が邪魔になるから、後者は透明人間だからという真っ当な理由はあるにはあるのだが。
そんなことを話しつつ、アンジェラ達はグラウンドβに向かう。グラウンドβは入試の時に使った演習会場の一つである。
グラウンドβでは一足先に到着していたオールマイトが皆を出迎える。曰く、格好から入るのも大切なことなのだとか。
「さぁ、始めようか、有精卵共!」
オールマイトの言葉に、クラスメート達の心が一気に引き締まる。
「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!」
そう言いながら手を挙げたのは全身フルアーマー装備の飯田だ。その質問にオールマイトはもう2歩先に踏み込むと答える。
敵退治は主に屋外で見られるが、統計的に言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高い。アンジェラも、そんなデータをGUNが公開している資料で見たことがある。このヒーロー飽和社会では、真に賢しい敵は闇に潜むもの。表舞台に思いっきり出てきて派手に悪いことをする敵は小物か、エッグマンのようなアホ……もとい、バカと天才は紙一重を体現するようなやつだけである。そう考えてみると、エッグマンは敵としてはかなり規格外だろう。詰めが甘いけど。
今回のヒーロー基礎学の内容は、敵組とヒーロー組に分かれて2対2の屋内戦闘。基礎訓練もなしに実戦形式の訓練をするのかという疑問の声も上がったが、まず実戦をすることで自分に何が足りないのかということがわかりやすくなる、ということだろう。
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ぶっ飛ばしてもいいんすか?」
「また、相澤先生みたいな除籍とかあるんですか?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいのでしょうか!」
「このマントヤバくない?」
「んんん〜、聖徳太子ぃ〜!」
次から次ヘと投げかけられる質問(一人だけマントの自慢)に、オールマイトは困り果ててしまった。オールマイトはヒーローとしてはプロ中のプロだが、今年から新任ということもあり、先生としてはまだ半人前のようだった。
オールマイトがカンペを見ながら話した状況設定は、敵がアジトのどこかに核兵器を隠し持っていて、ヒーローはそれを処理しようとしている。制限時間は15分で、ヒーロー側の勝利条件は制限時間内に敵を全員捕まえるか、核兵器を回収すること。敵側の勝利条件は時間一杯核兵器を守り切ることか、ヒーローを捕まえること。やけにアメリカンな設定であるが、アンジェラは知っている。生きていればそんな場面に出くわすこともあるのだと。ステーションスクエアの爆弾騒ぎみたいに。
コンビ及び対戦相手はくじ引きで決める。オールマイトに促されてくじを引いたところ、アンジェラは麗日とペアでAチームになった。
「おー! 縁があるねアンジェラちゃん! よろしくね!」
「おう、よろしくな」
お互いに仲良しな相手と組めることを喜ぶアンジェラと麗日。対戦相手はDチームの飯田と爆豪で、アンジェラ達はヒーロー側。しかも、第1試合だ。
「…………」
アンジェラは対戦相手の一人である爆豪から、何か不安定なものを感じ取って、一抹の不安を抱えていた。
「この建物の見取り図、覚えるの大変だね……」
「そうだなぁ」
敵チームが先にビルの中に入って5分間のセッティングを行っている間、アンジェラと麗日はビルの見取り図とにらめっこをしていた。オールマイトから両チームが共通で渡されたものは、ビルの見取り図とコンビと話すとき用の小型無線機、確保用のテープだ。このテープを巻き付けた時点で、確保したという証明になる。他のクラスメート達とオールマイトは、ビルの地下にあるモニタールームに向かった。
「麗日、麗日の“個性”はその手の肉球で触ったものを無重力にする……でいいんだよな?」
「うん。自分を浮かせることもできるけど、そうしたら酔っちゃうんだ。あと、キャパオーバーしても酔っちゃう」
そういえば、入試のときも気持ち悪そうにしていた。あのときも“個性”によるものだと言っていたし、スポドリを渡したのは正解だったようだ。
「なるほど……触ってしまえば、相手が飛行能力を持っていたりしない限りは無力化出来るってわけだ。結構強いな」
飛行能力持ちの人物はかなり希少だ。それに、飛行能力持ちだったとしても無重力状態にされてしまえば動きに制限がかかることは間違いない。敵を殺さず捕らえなくてはならないヒーローにとって、麗日の“個性”は使い方次第ではとても強力だ。
「そういえば、アンジェラちゃんの“個性”は?」
「ああ、そういや言ってなかったな。魔術だよ」
「魔術って、ファンタジーの?」
「そう。超ざっくり言うと、体内に蓄積された魔力っつーエネルギーを組み替えて色々出来る。攻撃とか防御とか以外にも、物体に干渉したりな。その分、魔力の制御が難しかったり、ちょっと制御ミスったら爆発したりするけどな」
「それ……とっても強そうだけど、爆発って、大丈夫なの?」
「そのためにリミッターを着けてるんだ」
アンジェラはそう言いながら、麗日に両手を見せる。
「この金のバングルがリミッター。両足首にも着けてる」
「へぇ……かっこいいね!」
麗日の素直な賛辞に、アンジェラは若干恥ずかしく嬉しく思った。
「あれ? ケテルちゃんは?」
「ああ、ケテルは一時的に魔力を増幅してくれるんだ。マジック・ブーストって呼んでる。あと、オレと限定で短距離だけだけどテレパシーが使えるから、索敵役にもなってくれるな」
《まかせて!》
アンジェラの言葉に反応して、ケテルがウエストバッグの中から出てきてくるりと一回転して手(?)で胸を打つ。麗日はアンジェラのウエストバッグをまじまじと見つめた。
「ほえー……そのバッグどうなっとるん?」
「“個性”で中の空間を拡張してる」
「もはやなんでもありやね……」
「ま、出来ないことがないわけじゃないんだけどな」
そんな話をしつつ作戦を練っていると、あっという間に時間は過ぎる。オールマイトから開始の合図がなされ、アンジェラと麗日は窓からビルの中に潜入していった。
爆豪勝己。
彼は頭脳、体力、戦闘センス、そして“個性”。そのどれもが同年代と比較しても突出した才能の持ち主である。アンジェラという規格外中の規格外が居なければ、雄英一年で一番強い学生は彼だっただろう。
そんな彼には、幼馴染が居た。この世代では珍しい“個性”を持たない無個性の少女だった。彼女はオールマイトのようなヒーローになりたい、と言っていたが、無個性故にヒーローになる道は閉ざされていた。
爆豪は、無個性のくせにヒーローを目指しているその少女をうっとおしく思っていたが、同時に守らなくては、と思っていた。無個性だから、弱いから、自分が守らなくては、と。
子供じみた正義感と、少数を認めない幼稚な発想が入り混じった感情。それ自体は別に普通のことだった。誰に何が言えるようなことでもなかった。多少歪な関係だったが、少なくとも爆豪が少女に降りかかる他者からの悪意を振り払う防波堤のような存在にはなっていた。爆豪にとっても、少女は精神の拠り所のようなものなりつつあった。
しかしある日、唐突に日常が崩れ去る。
幼馴染の少女が、目の前で敵に攫われたのだ。
当然、爆豪は少女を救けようとした。しかし、全く相手にされることはなかった。ヒーローが捜査に尽力してくれたが、少女が見つかることはなかった。
世界は一人の少女が居なくても何事もなかったかのように廻り続ける。爆豪はいつの頃からか、少女との想い出がただの幻だったのではないかと思い始めてしまった。その度に、そんなことはない、あれは現実だったと、リボンを片手に自分に言い聞かせた。
爆豪がヒーローを目指すのは、昔憧れたオールマイトのような「勝って救けるヒーロー」になるためでもあるが、それ以上に少女の分も夢を叶えるためである。今となっては幻に成り果てていても、二人分の夢を叶えれば、あれは現実だったと信じられると。
…………そんな折だ。爆豪が信じられないものを見たのは。
「爆豪君、作戦を話し合いた……」
「……俺が出る。お前が守ってろ」
飯田の言葉を一蹴し、爆豪は核のある部屋を出る。飯田は出ていく爆豪を止めてはいたが、全く効果がなかった。
「……えぇ……」
普段のキャラが崩れるような反応をしてしまったが、飯田を責めるようなことは誰にも出来まい。飯田は憤りを感じながらも、今自分がすべきことをしようと気持ちを切り替えた。
ビル屋内に潜入したアンジェラと麗日。侵入と同時に、アンジェラはケテルを手招きした。
「侵入成功……!」
「ケテル、核のある部屋を探してきてくれ。核を守る役目の誰かが一人は居るだろうから、見つからないようにな」
《りょーかい、お姉ちゃん!》
ケテルは敬礼の真似っ子をしながら飛び立っていった。ウィスプは壁を擦り抜けるようなことはできないが、飛行能力が高い。悪い言い方をすれば逃げ足が速い。身体もかなり小さいので、こういう索敵要員にはうってつけである。
二人が死角に気を付けながらビルの中を進んでいると、アンジェラは剥き出しの敵意を感じた。
「っ、麗日!」
「あ、アンジェラちゃん!?」
咄嗟に麗日を抱えてその場からバックステップで移動すると、そこに響いたのは爆発音。間違いない。爆豪の爆発だ。
「機動力の高い飯田が来ると思ってたんだがなぁ……」
アンジェラはそう言いつつも余裕の表情は崩さないで、麗日を降ろし、ケテルとテレパシーを繋いだ。
《お姉ちゃん、1階から4階までには核はなかったよ!》
「っつーことは核は5階か……」
アンジェラは思考を巡らす。先程から、何やら爆豪の様子がおかしい。何か、深い思考にハマっているような、そんな感じがする。
麗日の“個性”は確かに強力だが、近距離に爆発させる“個性”と、突出した戦闘センスを持つ爆豪とは相性が
「麗日、5階に行ってくれ。核があるのは5階以上のフロアだ。ケテルが先に向かってる」
「え……、ちょ、アンジェラちゃんはどうするの!?」
「決まってるさ」
アンジェラはニヤリ、と笑いながら手をゴキゴキと鳴らす。その表情に、麗日はどことなく安心感を覚えていた。
「あのやんちゃ坊主と、ちょっくら遊んでやるんだよっと、
アンジェラはそう言うと、爆豪に向かって十数個の
……しかし、
「麗日、今だ!」
「……了解っ!」
そのスキをついて、麗日は階段へと駆け出す。爆豪が痛みを振り切った時には、もうそこに麗日の姿はなかった。
「さて、お前を戻らせる訳にゃあいかねえんだわ。ちょっくら相手になってくれよ」
アンジェラはそう言いながら拳を構え爆豪を見据える。
「……聞いていいか」
「……?」
「その頭のリボン、いつから持っていた」
爆豪からの突然の疑問に、アンジェラは首を傾げる。なぜ、今こんなことを聞くのだろうと思いながらも、別に知られて困るようなことでもないので正直に答える。
「いつからって……んなこと知らないよ。ってか、何でそんなこと知りたいんだよ」
アンジェラには、爆豪の意図が全く読めなかった。爆豪の望む答えも、全くもって分からなかった。
それは、誰にも責める権利はないことだった。アンジェラの疑問も、至極当然のものであった。
「……っ、ははは、憶えてねえのか、それとも人違いか……」
「は……?」
「でもなぁ……お前、似てるんだよ……特に、その目がよぉ……!」
ますます意味がわからない。目が、何に似ているというのか。爆豪は、一向に自身の言葉の意味を理解しないアンジェラに苛ついているのか、両手から爆発を発生させている。
「俺を、見下す目だ……!」
「はい?」
突然言い放たれた言葉にアンジェラが混乱していると、爆豪は右腕を大きく振りかぶって爆発を発生させた。
「っ、ヤバっ!」
アンジェラはその化け物並の反射神経で爆豪の爆発を躱す。簡易防御魔法を併用していたこともあり、アンジェラにダメージはない。爆豪は上手く攻撃が当たらなかったことに対して大きく舌打ちをした。
「本気でかかってこいや……捻じ伏せてやるからよぉ!」
爆豪の言葉には、呪怨にも似た何かが籠もっていた。
「Hehe……楽しくなってきたなぁ!」
アンジェラはつい笑ってしまった。アンジェラは元来スリルのあることが大好きだった。この状況を楽しむことは正しくはないとは分かっていても、今このときを楽しまずにはいられなかったのだ。手を伸ばし、魔法陣を現出させる。
「もっと上手なワルツの誘い方、教えてやろうか?」
その瞬間、爆音と閃光が辺りを包んだ。
UA2000突破、お気に入り登録18件、皆様御礼申し上げます。
序章は一日で全部投稿しましたが、ここからはストックが切れるまで一日2話投稿しようかと……たまに投稿しない日があっても、ああ、こいつサボったなと思ってください。
マイペースに進めていくので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。