かっちゃんの辛くなった過去はともかく、今戦ってる相手は百戦錬磨だからね仕方ないね。
爆豪は、確かな手応えを感じた。それ故に驚いた。
爆風と煙が晴れたその先に、アンジェラの姿がなかったのだから。
「なっ……!?」
驚愕は反応速度を鈍らせ、こと戦闘においては、それは付け入るスキ、大きな弱点となる。そして、その弱点を見逃すアンジェラではない。
その圧倒的なスピードで爆豪の背後に回っていたアンジェラは、爆豪の背中にキツめの拳を撃ち込んだ。
「ぐっ……!」
「後ろがガラ空きだぜ?」
すぐさま背後へ振り返り爆破を繰り出す爆豪だったが、その爆破は眼前に現れた青い防壁によって押し留められる。アンジェラの防御魔法だ。身を包む程度のサイズの防壁は、詠唱無しで発動させられる。
爆破をしても効果はなく、ただただ自分の視界を狭めるだけだと思ったのか、爆豪は爆破を使わずに普通に殴りかかってきた。その動きは速く精確で、
「Hahaha……オレと殴り合いで遊ぼうってか。面白い!」
しかし、アンジェラは普通の高校生などではない。
確かにアンジェラの魔法の本来得意とする戦法は中〜遠距離射撃、砲撃戦だが、アンジェラ本人が得意とするのは、近距離での格闘戦である。
アンジェラの一挙手一投足は「攻撃を見てから動ける」という特技を持つ爆豪を持ってしても、反応すら出来ないほど速い。爆豪も負けじと反撃するが、その殆どを躱されたり、防がれたりと、アンジェラへダメージを与えることはできずにいた。
どうすれば、ダメージを与えられるか。その考えに思考が寄りすぎたとき、爆豪は一瞬小さなスキを晒した。
「オラァっ!!」
「……っ!!」
その瞬間、アンジェラの蹴りが爆豪の横っ腹に直撃する。その衝撃で、爆豪はふっ飛ばされていった。
「っ……お前がそんなに強えなら、もう容赦はしねぇ……!」
立ち上がった爆豪は、右手の籠手をアンジェラへと向ける。遠距離用の武器だろうか。その籠手から高エネルギー反応を感じたアンジェラは、ソルフェジオを杖形態に変形させて構えた。
『爆豪少年、ストップだ! 殺す気か!?』
「当たんなきゃ死なねーよ!」
無線機によるオールマイトの静止も聞かず、爆豪は籠手に付いた引き金らしきものを引いた。すると、籠手から高密度の爆風が発射される。
《どうやら、籠手の中に爆破のエネルギーを溜めて、それを一気に解き放っているようです》
ソルフェジオが計算の果てに導いた予測を語る。アンジェラは慌てたりは一切せず、杖に魔力を集中させた。足元には、直径1メートルほどの魔法陣が現出する。
「
詠唱と共に魔法陣から放たれたのは、魔力で構成された激流。激流は大規模な爆風を飲み込むと、その場で掻き消えた。周囲がびしょ濡れていること以外に目立った被害はない。
アンジェラは苦笑いをしながら、驚いて棒立ちの爆豪に素早く確保テープを巻き付けた。
『爆豪少年、リタイア!』
「……!」
「オレの勝ち、だな」
殆どダメージを与えられずに負けた。
その事実に打ちのめされて呆然とする爆豪をよそに、アンジェラは麗日に無線を繋げる。
「麗日、爆豪確保した。そっちの状況は?」
『え、もう!? 凄いね、アンジェラちゃん……。あ、こっちはケテルちゃんと合流して、核と飯田君見つけたよ』
「OK。今からそっちに行くから、飯田を引き付けておいてくれ。奇襲を仕掛ける」
『わかった』
無線を切ると、アンジェラはなるべく静かに駆け出した。
「……変換のプロセスが入ると駄目だな……調整が上手くいかねぇ」
そんな小さなぼやきを、爆豪が聞いているとはつゆ知らず。
5階、核がある部屋にて、麗日はケテルと共に飯田と対峙していた。
とはいっても、ケテルは小さく軽いので、タックルしてもぷよぷよと押し返されるだけである。
なので、ケテルはその小さな腕(?)を前面に向け、そこから卓球のボールのサイズの光の玉を発射して応戦していた。かなり小規模なものだが、ケテルは魔法が使えるのだ。
ケテルが飯田の気を引いている間に、麗日は核の回収を試みる。しかし、流石はエンジンの“個性”を持つ飯田。麗日が核に触れようとした所で素早く核を回収し、離れた場所へ置いた。
「くっ……手強い……!」
《ちょこまかと〜!》
「グフフフ、かかってこいよヒーロー! 俺は、至極悪いぞ〜!」
「《…………》」
飯田の頑張っている棒演技に思わず吹き出しそうになる麗日だったが、これが訓練であることを思い出して抑える。ケテルは我慢ならずにクスクスと笑っていた。そこはまだ子供なので大目に見てあげてほしい。
「なんとかスキを作れれば……!」
麗日は自身に“個性”を使って張飛を行う。周囲にあったであろう物品は、飯田が麗日対策に片付けてしまっていた。飯田のようなスピードファイターに触れられるでもない麗日が、現状でできる唯一の対抗策。
しかし、如何せんスピードが遅すぎた。飯田にはすぐに対応され、核を回収されてしまう。すぐに受け身を取ったものの、このままではジリ貧だ。
飯田は麗日に確保テープを巻き付けようと、扉から背を向けた。
その時。
「……さて、選手交代だ」
やけに響く甘い声が3人の耳に届いた。
次の瞬間、飯田の背後から光の鎖が現出し、飯田の体に巻き付けられた。
「なっ!?」
飯田はすぐに後ろを振り返る。そこには、先程までなかった筈のアンジェラの姿があった。その手には、飯田に巻き付いた光の鎖の束が握られている。拘束魔法の
「あ、アンジェラ君、いつの間に!? それにこの鎖は……」
「飯田、音速はオレの十八番だぜ? 次からはもっと後ろにも気を配るんだな。麗日、今のうちだ」
「あ、うん!」
「させな……っ!?」
飯田が麗日を止めるために駆け出そうとするも、アンジェラに
「回収!」
「Mission complete!」
「あ────!!!」
演習用ビルの地下にあるモニタールーム。ここでは、先の訓練に参加していなかったクラスメート達がオールマイトと共に訓練を見学していた。そして現在、ここで訓練の講評が行われていた。
「さて、今回のベストはフーディルハイン少女だ!」
オールマイトの言葉に、周囲から自然と拍手が起こる。アンジェラは少し照れくさそうに頭をかいた。
「理由が分かる人は居るかな?」
「はい、オールマイト先生。それは、フーディルハインさんが一番冷静に行動できていたからですわ」
オールマイトの質問に答えたのは推薦入学者の八百万だ。
「フーディルハインさんは爆豪さんの奇襲にも上手く対応できていましたし、その後の戦闘でも大きく取り乱すようなことなく爆豪さんを完封していました。飯田さんに対する奇襲もそうですね。相手を傷付けず、なおかつ行動も封じるという、ヒーローが最も取るべき行動が取れていたと思います。
麗日さんも、陽動として飯田さんを上手く引き付けられていました。フーディルハインさんが放った偵察役の……えっと」
「あ、ケテルな」
「ありがとうございます。そのケテルさんとも上手くチームワークが取れていました。
飯田さんも、麗日さん対策に物を片付けたりと、状況に則した行動が取れていたのが良かったですね。
最後に、逆に言わせてもらえば爆豪さんの行動は、戦闘を見た限り私怨丸出しの独断。それに、今回のようなケースであれば、目立つ“個性”の爆豪さんは守備に回って、機動力の高い飯田さんがヒーロー組と対峙するべきでしたわ。フーディルハインさんの行動が功を奏したから目立った被害はなかったものの、屋内での大規模攻撃も愚策としか言いようがありません」
八百万の話にクラスメート達はおぉ……と息をつまらせる。オールマイトも思ってたより言われた、と内心で若干思ったものの、それは表には出さなかった。
「ま、まぁ、飯田少年と麗日少女もまだ動きが固かったり、フーディルハイン少女も放った水の規模が若干大きすぎたりといった点もあるわけだが……まぁ、正解だよ!」
「常に下学上達、一意専心に励まねば、トップヒーローになどなれませんので」
そんなこんなで第一戦の講評も終わり、アンジェラ達はモニタールームで他のチームの訓練を見学する。
第二戦で、八百万と同じく推薦入学者である轟によってビルが氷漬けにされ、モニタールームにも冷気が入り込んできたが、アンジェラが温度調節魔法を使うと部屋の温度が正常に戻った。
「え、今のフーディルハインがやったのか!?」
アンジェラにそう聞いてきたのは切島だ。アンジェラの足元に魔法陣が現出していたからそう思ったようだ。
「ああ、そうだけど」
「すげぇなお前! 何でも出来るじゃん!」
「才能マンだよ才能マン……あ、女の子だから才能ウーマンか」
「水を出したり、鎖を出したり、部屋の温度調節をしたり……多彩な“個性”ね」
「オマケに超美人だし! 故郷じゃモテたでしょ!」
アンジェラに一気に詰め寄るクラスメート達。アンジェラは苦笑いしながら皆に授業中だと促した。
そんなこんなで、全訓練が無事終了した。
「お疲れさん! 皆大きな怪我もなし! しかし真剣に取り組んだ! 初めての訓練にしちゃ、上出来だったぜ!」
「相澤先生の後でこんな真っ当な授業……なんか、拍子抜けというか……」
「真っ当な授業もまた、我々の自由さ!
それじゃあ、着替えて教室に、お戻り〜!」
オールマイトはそう言うと、ダッシュで職員室へと向かっていった。その行動を不思議がっていた者もいたが、アンジェラはさして気にせず更衣室へ歩いていった。
放課後。ホームルームが終わると同時に、アンジェラの周囲には人が集まってきていた。今この場に居ないのは、真っ先に帰った爆豪と轟くらいだ。
「訓練凄かったねぇ! 私全然目で追えなかった!」
「というか、“個性”で出来ることの幅が大きくね?」
「名前からして留学生なんだろ? どこから来たんだ?」
「今度飯行かね? 何好きなん?」
「Wait,wait! んな一気に聞かれても答えられねぇって!」
一気に大量の質問を投げかけられ、アンジェラはタジタジになってしまう。授業開始時のオールマイトではないが、聖徳太子が羨ましくなってくる。
「あーっと、何から答えるべきか……取り敢えず、“個性”は魔術。魔術っぽいことができる。お察しの通りオレは留学生で、ラフリオンから来た。好きな食べ物はチリドッグ。飯一緒に行くのはちょっと……昼休み一緒に食うんならいいけど」
「スゲェ! この量の質問に全部一気に答えた!」
「魔術ってことは魔法でしょ!? だから魔法陣っぽいもの出てたんだ!」
「魔法陣っぽいものじゃなくてモロ魔法陣だぞ」
アンジェラはほら、と手のひらを上に向けて、そこに小さな魔法陣を現出させる。そこから小さな水を出してみせると、周囲からおお……と感嘆の声が聞こえてきた。
「訓練のときは大きな水の塊を出していましたわね。大きさは自由自在なのですか?」
「ん〜……一応な。大きくしすぎると調整が難しくなる。コレ、オレの体内に蓄積された魔力……エネルギーを水に変換してんだが、変換のプロセスが挟まるとどうも……」
「え、ってことはつまり、他のものも出せるってこと!?」
「そうだぞ」
「そういえば、訓練のときに鎖も出してたね!」
「変換とあの鎖は厳密に言えば違うもんだ。アレはエネルギーを圧縮して鎖の形にしてるだけだから」
アンジェラはそう言うと、魔法陣から電気を出したり、鎖を出したりする。その後、ちょっとした魔法ショーみたいなことになって大いに盛り上がった。
「いや〜……出来ることが多いっていいなぁ。身体強化も出来るんだろ? あの超パワーとか」
「超スピードもな!」
「ああ、勘違いが発生してるみたいだから言っておくけど、あの超スピードは“個性”全く関係ないからな」
『…………え?』
それまでは大いに盛り上がっていた教室内だったが、アンジェラの爆弾発言にシン……と静まり返った。
「え……超スピードが“個性”関係ないって聞こえたんだけど……嘘だよね?」
「ところがどっこい、マジなんだよなぁ」
「ウソだろ!? 体力テストん時50メートル走0秒台だったじゃん! アレで“個性”使ってないってマジか!?」
「“個性”で身体強化も出来るけど、スピードに振ったら事故る」
「……マジか」
「マジだよ」
アンジェラは何で皆驚いているのだろうと首を傾げていた。普通の人間は“個性”無しで音速なぞ出せない。しかし、アンジェラの周囲に居たのは普通の人間ではなかった。寧ろ、“個性”なぞなくてもマッハで走れるようなバグスペック持ちばかりだった。それ故に、アンジェラの認識は少し周囲とズレているのだろう。
しかし悲しいかな、ここにそれを指摘してくれるような人物は居なかった。ソルフェジオでさえ疑問にすら思っていないのだから、大分毒されている。
教室内が妙な空気になってしまい、切島は軌道修正を試みた。
「それにしてもさ、なんかフーディルハインって爆豪に因縁つけられてるよな? 今日の訓練の時とかさ」
「あー……あん時の爆豪の顔、確かにヤバかったな。なにか心当たりないのか?」
「全くもってない。なんかオレのリボンと目が、知り合いのに似てたらしいぜ」
リボンはともかく、目は割とマジで意味わからん。アンジェラはそう言いながら水筒の水をガブ飲みした。これは、意味のわからないものを疑問に思う時の、アンジェラの癖のようなものだった。
「何だそれ。変な因縁の付けられ方だな」
「本当に何も心当たりはないんですか? 昔会った……とか。可能性は低そうですが」
「うーん、オレさ、旅が趣味なんだけど、実は日本には今まで来たことなかったんだよな。島国だし。だから因縁とかはありえないはずなんだが……」
それこそオレがソニックに会う前なら話は別だけど。
アンジェラの口から出てきた言葉に、周囲は違和感を覚えた。
「えーっと、アンジェラちゃん、それって、どういうこと?」
「……口に出てたか。ま、隠すようなことでもねぇからいいんだけどよ。
オレさ、記憶がないんだわ」
その言葉に、今度こそ教室は静まり返った。
……ああ、もう七年も前になるのかな。傷だらけで倒れてたオレをソニック……兄さんが助けてくれたんだ。それ以前の記憶はない。そっからはソニックに連れられて、世界の色んなところを見て回った。旅はすっごく楽しかったし、ためになったよ。そっからは生卵と小競り合いしたり、色々と自由に暮らしてた。今回わざわざ雄英に来たのは、知り合いに薦められたからだ。オカルト好きなオレにゃ丁度いいだろって。ま、それに納得しちまったんだよな。
……ああ、今まで記憶が戻ればいいって考えたことはなかったんだ。
「だって、今が物凄く満ち足りちゃってるから」
そう語るアンジェラの表情は、とても晴れやかで恍惚としていた。まるで、何かに恋をしているような、そんな表情だった。
知り合いに薦められたから雄英に来たわけではないこと、ヒーローになるつもりが毛頭ないこと、そして、依頼として来たことを語っていないことを除けば、アンジェラの言葉に嘘はなかった。彼女が満ち足りているという言葉には、何一つとして嘘など含まれていなかった。
アンジェラがあまりにも堂々としていたので、皆はなにも言えなくなった。あまりにも、恍惚としたその表情は、本人の意志とは関係なく周囲を見惚れさせた。
そして、アンジェラはそんな周囲の様子に首を傾げていた。