戦闘訓練の次の日。
ナンバーワンヒーローのオールマイトが雄英の教師に赴任したというドデカイネタを狙って、雄英高校の校門前には連日マスコミが押し寄せてきていた。
「オールマイトについてお話きかせてもらえませんか!?」
「うーんと、マッスルです」
アンジェラにもマスコミの質問は押し寄せてきたが、とりまなんか言っとけ精神で切り抜けた。変なことを言っていたことに関しては気にしないことにした。
「……そーいや、不思議だな」
何故、オールマイトはわざわざ雄英の教師になったのだろうか。今までずっと精力的に活動を続けてきたが、流石に寄る年波には勝てなくなってきた、とかが妥当だろうか。
しかし、アンジェラのカンは言う。全く違う、予想もつかないような理由があるだろう、と。
「……ま、いっか」
アンジェラの頭の中に疑念こそ残るものの、アンジェラ本人はさして気にせず教室へと歩いていった。
「Good morning〜……って、何だこの空気」
アンジェラが教室に入ると、それまで少数しか揃っていないなりに賑やかだった教室がシン……と静まり返った。アンジェラが不思議そうに席につくと、麗日が近付いてくる。
「あのさ、アンジェラちゃん。昨日の話なんだけど……」
「ん……ああ! オレが記憶喪失だって話か? いいんだよ全然。気にしてないし」
でも、と言葉を続けようとした麗日だったが、アンジェラが本当になんでもないように振る舞うので何も言えなくなった。
「忘れたってことはそれまでの記憶だ。今更クヨクヨしても仕方ないさ」
「……でも、寂しい、とか思わなかったの?」
「全く。周りに賑やかな連中が揃ってたし、退屈することも少なかったからな」
そう語るアンジェラの表情は、嘘をついているようには全く見えなかった。事実アンジェラは嘘を言っていない。
「それにさ、こんなふうに暗くなっちまう方が嫌だなぁオレは」
それは、紛れもないアンジェラの本心であった。
「折角こうして巡り会えたんだしさ、やっぱ楽しい方面で盛り上がりたいよ」
その言葉と共にアンジェラが見せた朗らかな笑みに、周囲は見惚れてしまった。アンジェラの魔性の笑みは、何度見ても慣れる気がしない。麗日はそう思った。
「……そうだよね。よし! このことを気にするのは終わり! アンジェラちゃん、今日のお昼も一緒に食べよう!」
「お、いいなそれ」
そのまま二人はきゃっきゃうふふとはしゃぎだした。それを聞いていた周囲も、考えすぎだったか、と自身の考えを改めた。
時間は流れて、朝のホームルームにて。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。VTRと成績見させてもらった。誰も大きな怪我がなかったところはよかったと言っておこう。ただし、爆豪、お前ガキみたいな感情振りまくな。能力あるんだから」
「……分かってる」
昨日の戦闘訓練は相澤先生から見ても概ね良かったようだ。爆豪は暴走について咎められてしまったが。
「さて、ホームルームの本題だ。急で悪いが君らには……」
相澤先生の言葉に、皆またテストか、と身構える。相澤先生ならやりかねないが、実際の所は──ー
「学級委員長を決めてもらう」
「学校っぽいの来たー!」
普通に学校生活に必要なものだった。アンジェラにとっては体力テストに次いで新鮮なものなのだが。なにせ、アンジェラは今まで学級委員というものを決めたことがない。ラフリオンの学校システムを鑑みれば、それは普通のことであった。
「委員長! やりたいです俺!」
「ウチもやりたいッス」
「ボクのためにあるや「リーダー! やるやる〜!」」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!」
クラスメート達は我こそはと手を挙げる。普通科などの他の科ならこんなことにはならないであろうが、ここヒーロー科において学級委員とは、集団を導くというヒーローの素地を形成できる貴重なチャンスの場である。皆やりたがる気持ちはわからないでもない。峰田だけは何故か自身の性癖を曝露していたが。
一方のアンジェラはというと、興味なさそうに欠伸をしていた。アンジェラはこういう多を導くという「面倒な」役職は苦手だ。家庭教師のバイトのように一対一で済めばまだいいが、学級委員ならそうもいかない。アンジェラは完全に空気になろうと考えていた。
「静粛にしたまえ!」
と、ここで飯田が発言を始める。皆、何だ何だと言わんばかりに飯田に注目した。
「多を導く責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれるものではないだろう! 周囲からのしんらいあってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら、これは、投票で決めるべき議案!」
飯田の考えはもっともだし、意見も的を得ている。
ただし、一箇所だけツッコむべき所があるとすれば……
『って、そびえ立ってるじゃねーか!!』
飯田も思いっきり手を挙げていた、という点であろう。これではやりたいことはバレバレである。何でわざわざ発案したのだろうか。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ」
「だからこそ、ここで複数票を取った者こそが、真にふさわしい人間ということにならないか!? どうでしょうか、先生!」
「時間内に決めりゃ何でもいいよ」
相澤先生はそう言うと寝袋に入って寝てしまった。仮にも教師が仕事中に寝るのはいかがなものだろうか。そんなことを頭の片隅で思いながら、アンジェラは投票用紙にある名前を記入した。
投票の結果、アンジェラが3票、八百万が2票、以下一票と零票。何故票が入ったし。因みに、あんなにやりたがっていた飯田は一票入っていたことに感動していた。他に入れたらしい。何がしたいんだ、という声が出た。
「え〜……やりたくないんだけど」
「え、そうだったの?」
「面倒くさいし、やる気ないし、そもそも集団を導くってのは性に合わないんだ。っつー訳で、学級委員は辞退させてもらうよ」
アンジェラはそう言いながら手をひらひらさせた。
「んー……じゃあ八百万が委員長で、副委員長はもっかい投票し直しか?」
「でも皆自分に入れてるでしょ? じゃあ結果変わらないんじゃない?」
クラスメート達はわいのわいのと話し出す。その中で、麗日がふと口を開いた。
「……アンジェラちゃんが自分に入れてないとなると、誰に投票したんだろ?」
それは当然の疑問だった。そして、それに答えたのは話題の本人。
「ああ、オレは飯田に入れたよ。そういうの得意そうだったからな。メガネだし。八百万もよさげなんだけど、個人的には飯田が委員長で八百万が副委員長の方がいいと思う」
アンジェラの言葉に、教室内は静まり返る。
「え、その理由は?」
「んー……ぶっちゃけちゃうと勘だ。なんとなく、飯田は集団を導くのが得意そうだけど暴走しやすそうだし、八百万は導くっつーよりはサポーターの方が向いてそうって思ったんだ」
「……凄いね、アンジェラちゃん、そんなことも分かるんだ」
「や、本当になんとなくだけどな」
アンジェラは自嘲気味に笑う。アンジェラは確かな人を見る目を持ち合わせている。なんとなくだが、その人が得意そうなことを窺い知ることができるくらいには。
「じゃあ、それでいいんじゃね? もう一回投票する時間もなさそうだし」
「そうね。アンジェラちゃんの意見にも納得できるし、いいんじゃないかしら」
「そっか。八百万はどうだ?」
「そういうことでしたら、少し悔しいですが異論はありませんわ」
アンジェラの意見に概ね賛成の意を示すクラスメート達。そんな中、飯田は困惑気味に言った。
「あ、アンジェラ君、本当にいいのかい?」
「さっきも言ったろ。人を導くっつーのは性に合わないって。飯田なら上手くやれるだろ」
「……ありがとう、アンジェラ君! 君の期待に応えられるように、この飯田天哉、全力で職務に励ませてもらう!」
「おー、よろしくな」
そんなこんなで、学級委員長は飯田に、副委員長は八百万に決定した。
午前の授業が終了し、お昼時。アンジェラは麗日と飯田と共に食堂にてランチタイムと洒落込んでいた。雄英の全学部の生徒が一堂に会する食堂は今日も大賑わいだ。
「でも勿体無かったよね、アンジェラちゃん。折角票が集まったのに」
「ん? 学級委員の話か?」
「そうそう!」
「確かに、俺もあんな簡単に引き受けてしまってよかったのか?」
アンジェラは激辛ペペロンチーノを口に運びながら苦笑いする。その隣では、ケテルが蒸しパンをもぐもぐと頬張っていた。ちなみに、激辛ペペロンチーノの隣には分厚いハンバーグを乗せたプレートが置いてある。アンジェラはかなり大食いであった。ちっこいが。
「ああいうのは本当にオレには合ってないからな。そんな奴が学級委員なんかやっても務まる訳ないだろ」
「んー……務まると思うけどなぁ」
「そうだな。アンジェラ君の冷静さやカリスマ性は見事なものだ。だから君に投票したんだ」
「お前だったのかよ。やりたがってたのに、よくわからないことするな、お前」
それは、純粋な疑問だった。あのとき、手がそびえ立つほど学級委員をやりたがっていた飯田が、自分に投票しているとは思ってもみなかったのだ。飯田の票数が一票だったのには疑問を覚えてはいたが。
「オレはそんな評価されるような奴じゃない」
「そんなことはないさ。現に俺は君がふさわしいと思ったから君に入れたんだ。やりたいとふさわしいか否かは別の話。僕は僕の正しいと思ったことをしただけだ」
そういうもんかねぇ、とアンジェラはぼやいた。
と、アンジェラはある違和感に気付く。
「……ん? 僕? いつもは俺って言ってなかったか?」
そう、飯田の一人称である。クラスメートの前では、一貫して「俺」を使っていた筈だが、今飯田は「僕」と言った。
「ちょっと思ってたんだけど……飯田君って、坊っちゃん?」
「なっ…………そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが……」
そう言われてしまえば気になってしまうもので。アンジェラと麗日は期待に満ちた視線を飯田に向ける。飯田は溜め息を一つこぼすと、自身の家庭事情について話し始めた。
「俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」
『え!? 凄っ!』
「ターボヒーロー、インゲニウムは知っているかい?」
飯田の口から放たれたヒーローの名前は、アンジェラにも聞き覚えがあるものだった。最近見たヒーロー番組で特集が組まれていたな、と記憶を引っ張り出しつつ、口を開く。
「あー……確か、東京の事務所に65人ものサイドキックを雇っている大人気ヒーローだったよな?」
「そう! それが俺の兄さ!」
飯田はそうドヤ顔で胸を張る。
「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー! 俺はそんな兄に憧れ、ヒーローを志した!」
「ほーん、そんなふうに自慢できる兄さんが居て良かったな」
それは、アンジェラの心からの言葉だった。同時に、アンジェラは飯田と自分に、ちょっとばかし似ている部分があるな、と思っていた。
思いっきり自慢できるような兄さんが居る、という点で。
「そういえば、アンジェラちゃんにもお兄さんが居るんだよね? どんな人なの?」
「んー……自由人と仕事人間。でもカッコよくて強いぜ」
「そうなんだ……なんか会ってみたいな」
「機会があれば会うこともあるさ」
そんな会話をしながら昼食をとっていた3人だったが、突然、校内にジリリリ! というけたたましい音と、「セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、速やかに屋外に避難してください」という警報が鳴り響いた。
突然の出来事に食堂内の生徒は我先にと行動を起こす。飯田が近くに座っていた先輩に話を聞いたところ、セキュリティ3とは校内に誰かが侵入してきたという警報で、この先輩が在席している間にこの警報が鳴ったことは一度もないという。それはそうだろう。雄英高校は、通称雄英バリアーというダサいネーミングだが世界的に見てもかなり高レベルのセキュリティシステムによって守られているのだから。
先の先輩に促され、アンジェラはケテルを腕に抱き、飯田達と共に食堂の出入り口へと向かう。そこは人、人、人でごった返しており、出入り口前の通路はすし詰め状態だった。
「流石最高峰! 危機への対応が迅速だ!」
「いやこれ単にパニックになってるだけだろ! って、うわっ!」
身長の低いアンジェラは、いとも簡単に人の波に呑まれて流されていってしまった。そのまま流されていって、運良く窓際で留まることができた。
「ったく、何が侵入したんだよ……」
そう悪態をつきながら窓の外を覗き見ると、そこに居たのは校内に侵入してきたであろうマスコミと、その対応に追われる相澤先生とプレゼント・マイク先生だった。
「……は?」
『ただのマスコミですね』
《ぼくしってる! ああゆうのって、マスゴミっていうんでしょ!》
「おいケテル、その言葉をお前に教えたのは誰だ」
《メフィレス!》
「よしやっぱあいつシバくわ。……って、そんなことはどうでもいい!」
こんな御大層な警報が鳴り響いたんだから、何が起こったのかと思えばただの報道熱心な報道陣が侵入してきただけ。先生達はおそらくそちらの対処に追われているのだろう。生徒たちにその情報が行き渡る様子はなく、皆パニックに陥っている。
どうしたもんかと思案に暮れていると、後ろからエンジンのブースト音が鳴り響いた。アンジェラがそちらを見ると、麗日の“個性”によるものだろうか。飯田が空中でグルグル回転しながら飛んでいる。そのまま出入り口の上にある窪みの上に立つと、大きな声でこう言った。
「皆さん、大丈ー夫!
ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません! 大丈ー夫!
ここは雄英、最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!」
よく通る声は後方にも響き渡り、ほぼ同時に警察が到着したことも相まってパニックが収まっていった。
アンジェラは飯田の姿を見て、学級委員長を飯田に任せたのは正解だった、と笑みを浮かべていた。
パニックを収めている時の飯田が、非常口にしか見えなかったことは、後の笑い話となる。
このあと、午後の授業は緊急の職員会議で中止となり、後日決める予定だった他の委員会や係決めの時間となった。
アンジェラさんは性格的にリーダーには不向きです。自由人なので……