マスゴミ侵入騒動の次の日。学校は休校になることはなく平常通りに授業が行われていた。アンジェラは何かに引っ掛かりを覚えつつも、普通に授業を受けていた。
そして、午後のヒーロー基礎学の時間。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることに
見ることに
「ハーイ、何するんですか?」
「災害水難なんでもござれ、レスキュー訓練だ」
相澤先生はそう言いながら「Rescue」と書かれたプレートを掲げる。
「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー」
「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ? 鳴るぜ腕が!」
「水難なら私の独壇場、ケロケロ」
レスキューは敵の制圧と並び、ヒーローの大きな仕事の一つとされるものである。持てる“個性”を使って、災害から人々を救い出す。ヒーローの中には、敵制圧より災害救助を中心に活動している者もいる。
「おい、まだ途中」
ヒーロー活動をするなら絶対に外せない訓練にクラスメイト達は浮き足立つが、相澤先生にひと睨みされるとすぐに静かになった。相澤先生の教育が行き届き始めている証拠だった。相澤先生は話を続けながら、手元の端末でコスチュームケースが入っている棚を動かした。
「今回、コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には、活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始」
相澤先生の合図と共に、クラスメイト達も動き出す。
アンジェラは迷うことなくコスチュームケースを手に取った。
バス乗り場にて、飯田がフルスロットルで番号順でニ列に並ぼう、と指示を出していたが、飯田が予想していたような観光バスのような構造のバスではなく、市営バスのような構造のバスであったため、身も蓋もない言い方をしてしまえば、無駄な行動であった。
「くそぅ……こういうタイプだったか!」
「意味なかったな〜」
芦戸、それ追い打ちだからやめてやれ。
アンジェラは5秒くらいそう思った。
そんなことを考えていると、アンジェラの隣に座っていた蛙吹に話しかけられた。
「私、思ったことを何でも言っちゃうの。アンジェラちゃん、聞いてもいいかしら?」
「ん? どうした、梅雨ちゃん?」
「ケテルちゃんは、アンジェラちゃんの“個性”の一部なのかしら?」
蛙吹の視線は、アンジェラの膝の上でくーくーと眠っているケテルに向いていた。アンジェラは麗日達にはケテルについての設定を語っていたが、他のクラスメイトには話していないな、と思い出した。
「ああ、そうだぜ。ケテルはオレの攻撃の威力を一時的に上げてくれるんだ」
「そうなの。それに、アンジェラちゃん自身の“個性”も出来ることが多いみたいね」
「ま、世間一般で言う魔術っぽいことは大抵出来るかな。
絶対に出来ないことは時間に干渉することと死んだものを生き返らせること。それ以外にも出来ないことはあるけど、それはオレ自身の技量の問題だな。前には出来なかったことが出来るようになった、ていうことがザラにある」
「なるほど。アンジェラちゃん自身の努力次第で色んなことが出来るようになる“個性”なのね」
「ま、そういうことだな」
アンジェラはそう言いながら膝の上でまだグースカ眠っているケテルをそっと撫でる。ケテルはもぞり、と動いたが、目を覚ますことはなかった。
「しっかし、フーディルハインみたいに派手で出来ることが多いっていうのはいいよな! 俺の硬化は対人じゃ強いけど、如何せん地味なんだよなぁ」
そう語りながら腕を硬化させたのは切島だ。
「そうか? プロにも十分通用する“個性”だと思うけどな」
「プロな! でもヒーローも人気商売みてぇなトコあるぜ?」
確かに、現代ヒーローは人気商売の側面が強い。ヒーローのメディア露出なんかはその最たる例だ。メディア活動の方が中心になっているヒーローも居るらしいし、それはもうヒーローなのかタレントなのかどっちなのか分かんねえな、とアンジェラは思っていた。
「僕のネビルレーザーは強さも派手さもプロ並み」
「でも、お腹壊しちゃうのは良くないね!」
自分の“個性”を自慢する青山だったが、即座に芦戸に弱点を指摘されていた。
ヒーローにとって、活動可能時間は重要な問題だ。一定時間レーザーを射出すると腹を下すというのは、身体的にもそうだが時間という観点から見ても重大な弱点となる。
この弱点をどうするかは、今後の青山の努力次第だろう。
「やっぱ派手で強えといったら、轟に爆豪にフーディルハインだろ!」
この意見に、クラスメイト達は概ね賛成だった。
先日の戦闘訓練で、大規模な爆破を見せた爆豪に、ビルを丸ごと一つ凍らせた轟。その派手さや攻撃力は素人目から見てもかなりのものだと分かる。圧倒的な手数の多さを見せ、そんな爆豪を完封したアンジェラが2人よりも頭何個分以上飛び抜けているのは言わずもがな。
この短期間で、3人は1年A組のトップ3とクラスメイト達に認識されており、その中でもアンジェラはクラス最強だという評価を受けていた。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ、出すわ!」
「ほら」
蛙吹にキレやすい点を指摘され言い返した爆豪の顔は、どう見てもヒーローの顔には見えなかった。アンジェラは思わず吹き出してしまう。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格だって認識されてるってスゲェよ」
「テメェのボキャブラリーは何だコラ、殺すぞ!!!」
「いやそういうこと言うからそんな性格だって認識されるんだろ」
「低俗な会話ですこと」
「でもこういうの好きだ、私!」
そんなふうにワイワイと騒いでいたクラスメイト達だったが、訓練場が近付いてきた時に相澤先生からお叱りの言葉をいただくと静かになった。
ドーム状の訓練施設の前で待っていたのは、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだスペースヒーロー、13号だった。麗日は13号先生のファンらしく、クラスメイト達の中でも一際目立って興奮している。
13号先生に促されて中に入ると、そこにはまるでテーマパークのような光景が広がっていた。誰かがUSJかよ! と言っていたのは気にしたら負けだろうか。
「水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc……
あらゆる事故や災害を想定して、僕が作った演習場です。
その名も、ウソの災害や事故ルーム、略して、USJ!」
本当にUSJだった。気にしたら負けとかそういう領域の話じゃなかった。というか、その略称は多方面から怒らそうなのだがいいのだろうか。アンジェラは心の中でそう思った。
クラスのほぼ全員がそんなふうに困惑していると、相澤先生と13号先生が何やら話している。どうやら、本来ここに居るはずのオールマイトが来られなくなってしまったらしい。その会話を聞いていたアンジェラだったが、13号先生のある言葉が引っかかった。
(……制限ギリギリ? やっぱオールマイトって衰えてるのか?)
まぁ、思ったところでオールマイトも結構長いことヒーローやってるから、流石に衰えくらいはするだろう、という結論に達してすぐに気にしなくなるのだが。
結局授業はオールマイトを待たずして始まるらしい。
「えー、始める前に、お小言を一つ、二つ……三つ、四つ、五つ、六つ……」
どんどん話すことが増えていく13号先生。どうやら、13号先生は話を纏めるのが苦手らしい。
「皆さんご存知かとは思いますが、僕の“個性”はブラックホール。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいま」
「その“個性”で、どんな災害からも人々を救い上げるんですよね!」
「ええ。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆さんの中にも、そういう“個性”が居るでしょう」
13号先生の言葉に、場の空気がぴしり、と固まる。
『“個性”とは、ヒーローの携行する防衛装置であり、敵の携行する殺人兵器である』
欧州でそれなりに有名な哲学者の残した言葉だ。
この超人社会、殆どの人物が“個性”という武器を携行しているような状態だ。それを人を殺すために使えという教育機関など存在しない。世のため人のためになるようなことをしなさいと言う者は多けれど、凶器に使えと説くような者は居ない。
そこにあるのが当たり前。どう使うかなど本人次第。
アンジェラの魔法だってそうだ。魔法と“個性”の違いなど、それが技術であるか、先天性の固有技能であるかくらいしかない。
とはいえ、日本は他国と比べて“個性”への抑圧が強いのは確かなのだが、それは超常以前からのお国柄なのだから仕方ない。超常以前も、アメリカでは銃の個人所有が認められていたのに対し、日本では銃はおろか調理器具や工具等以外の刃物ですら持つことに制限がかかっていた。アンジェラはラフリオンで育ったからこそ、日本の法律に対していやそこまで厳しくしなくても、と思うことがあるが、表には出さない。郷に入っては郷に従え、である。
「超人社会は、“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで、一見成り立っているように見えます。
しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる、行き過ぎた“個性”を個々が持っていることを忘れないでください。
相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練で、それを人に向ける危うさを体感したかと思います。
この授業では、心機一転! 人命のために“個性”をどう活用するのかを学んでいきましょう!
君たちの力は人を傷付けるためにあるのではない、人を救けるためにあるのだと覚えて帰ってくださいな。
以上! ご清聴ありがとうございました!」
話し終えると、13号先生は一礼した。その考えさせられる内容に、クラスメイト達から拍手喝采が巻き起こる。アンジェラとケテルも拍手した。
「よし、そんじゃまずは……」
相澤先生が授業を始めようとした、まさにその時。
「……ッ!?」
アンジェラは、直感的に何かが来る、と感じた。
そのことを先生方に伝えようとした、次の瞬間。
建物内の照明が突然消えて、セントラル広場の前に奇妙な黒い空間が、音を立てて現れた。
アンジェラは反射的にソルフェジオを杖形態にして構える。それと同時に、相澤先生が指示を出した。
「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」
相澤先生は指示を出しながらゴーグルを装着する。体力テスト後に調べたのだが、相澤先生はイレイザーヘッドというヒーローである。“個性”は抹消。見た者の“個性”を消すという、強力な“個性”だ。
すぐに動き出す13号先生と比べて、クラスメイト達は突然の指示に困惑しているのか動きが遅い。モタモタしているうちに、噴水の前に現れた黒い空間から、何十単位の人間が現れる。
「また入試の時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「違う。あれは、敵だ!」
黒い空間から現れるは悪意。プロヒーローが、常に対峙しているもの。
あの黒い空間はワープゲートのようなもののようだ。黒い空間は人のような形に集束する。
「13号に……イレイザーヘッドですか。
黒い靄のような敵の話からすると、先日のマスコミ侵入騒動は敵側の仕業だったようだ。
アンジェラは即座にテレパシーでソルフェジオに学校側に連絡を取るように指示を出すが、何かに妨害されているようでジャミングが酷い。ジャミングを解除できないか試したが、“個性”によるもののようで、しかもそのジャミングの出処も不明。
アンジェラは周囲に気付かれないように舌打ちした。
現れた敵のリーダー格と思しき、手のようなものが体中に着いた男が口を開く。
「どこだよ……折角こんなに大衆引き連れて来たのにさ……オールマイト……平和の象徴……居ないなんて……」
アンジェラは、ヤバそうなのはリーダー格の男とワープゲートの敵、そして、それ以上にヤバいのは人間かどうかも疑わしい脳みそ剥き出しの奴
しかし、それでも敵であることに変わりはない。
ついこの間まで中学生だったクラスメイト達が対峙するには、まだ早すぎることに変わりはない。
「……子供を殺せば、来るのかな?」
それは、奇しくも命を救う授業の時に、底しれぬ悪意を孕んでやって来た。
というわけで、USJ事件です。