未来を見据えて
USJが敵連合を名乗る一団に襲撃された事件……通称USJ事件から2日。
襲撃による臨時休校を経て、今日からまた通常授業が再開される。
……と、アンジェラは思っていたが。
「うーん……」
『我が主、どうかされましたか?』
「昨日くらいからなんか変なんだよなぁ……昨日は気のせいかって思ってたんだが……」
《変って、何が〜?》
登校中、アンジェラはしきりに手を開いたり握ったりさせていた。右腕の裂けた皮膚はオールマイトの応急処置を終えたあとに回復魔法で回復させてある。一応保健室にも行ったが、保険医のリカバリーガールにもリカバリーガールの“個性”による処置の必要はないと言われていた。
しかし、だとしたら昨日から感じる名状しがたいこの違和感は何なのだろうか。
痛みがあるわけではない。寧ろ昨日しっかり休んだおかげで身体の調子はいい方だ。
何か嫌なものを感じるわけでもないが、この違和感をなんとかできなければ動きに支障が出てしまう。アンジェラは昼休みにでも保健室に行ってみようかと考えていた。
『こちらで解析しましたが、我が主の中に何かが宿っているようです』
「何か……? 詳しいことは分からないのか?」
『我が主の魔力に隠れて、そこまで解析するには時間がかかりますが……』
「よし、任せていいか?」
『かしこまりました』
違和感についてはソルフェジオとリカバリーガールに任せることにしたアンジェラは、いつものように登校した。
教室に着いても、アンジェラの身に宿った違和感が消えることはなかった。アンジェラがしきりに腕を動かしたり、手を開いたり閉じたりしていると、前の席に座っている峰田が音に気付いたのか振り向いてきた。
「フーディルハイン、お前大丈夫か?」
「あー……なんかちょっと違和感が……」
「本当に大丈夫なのですか? もしかして、この前に受けた傷が……」
心配そうな声色でアンジェラに声をかけたのは、アンジェラの後ろの席に座っている八百万だ。アンジェラは手を握ったり動かしたりする動きは止めずに口を開く。
「いや、痛みはないんだ。嫌な感じもない。なんて言えばいいのか……少なくとも、傷がどうのこうのって感じじゃないんだよなぁ」
「そうなのか? にしてはしきりに手を動かしてるけど……」
「保健室には行かないのですか?」
「座学には支障なさそうだし、昼飯食ったら行くよ」
アンジェラはそう言うと机の上に乗っているケテルを一撫でし、周囲の話に耳を傾ける。皆この前のUSJ事件も話題でもちきりであった。
昨日受けた連絡によると、USJ襲撃を受けてGUNの方でもスケジュールの前倒しを検討しているらしい。詳しいことはまだ教えられていないが、雄英高校に特別講師の皮を被った捜査官を派遣する予定になっているそうだ。本来ならば6月辺りの予定だったものだが、遅くとも5月中に前倒しになるそうだ。
なんでも、アンジェラに縁のあるエージェントを送り込むのだとか……。
(……なんでだろう。嫌な予感しかしない)
アンジェラはこれ以上余計なことを考えないことにした。
「皆〜! 朝のホームルームが始まる! 私語を慎んで席に着け〜!」
「着いてるぞー」
「着いてねぇのお前だけだ」
朝のホームルームの直前、飯田は委員長としてフルスロットルでクラス全体に指示を飛ばすも、席についていないのは当の飯田本人のみであった。ものの見事にから回っている。
アンジェラは、飯田はもう少し落ち着くべきだと5秒くらい思った。
朝のホームルームの時間。予鈴が鳴ったと同時に相澤先生が教室に入ってきた。目に眼帯などを巻いていないことから、潰されていた視界は回復したようだ。相澤先生の無事に一息つくクラスメイト達。しかし相澤先生は、静かに言い放った。
「安心するのはまだ早いぞ……戦いは終わっちゃいねぇ」
戦いは終わっていない? なんのことだろうとアンジェラは首を傾げた。ちなみに峰田は「また敵が〜〜……!?」とビビり散らかしていた。
何だ何だと思っている人はアンジェラを含めてクラス内に結構居るようで、皆不思議そうな顔をしている。そんな中で相澤先生が言い放ったこの言葉は、クラスを色んな意味で沸き立たせた。
「雄英体育祭が迫っている」
『クソ学校っぽいのキタ──!!!』
雄英体育祭。アンジェラも話には聞いていた。この学校の体育祭は普通の学校の体育祭とひと味もふた味も違うらしいと。しかし、それ以上のことはあまりよく知らない。敵に侵入されたばかりなのに、体育祭なんかやって大丈夫なのだろうか。
アンジェラと同じ考えを持った人は少なからず居たが、彼らがその疑問を相澤先生にぶつけたところ、相澤先生は警備は例年の5倍以上に増やすらしいと語った。逆に開催することで雄英高校の危機管理体制は盤石であると示す、という考えらしい。
「何より、うちも体育祭は「最大のチャンス」。敵ごときで中止していい催しじゃねぇ」
「いや、そこは中止しよう? 体育の祭りだよ?」
今回は峰田の意見が最もだとアンジェラは思った。敵の襲撃という前代未聞の事態に見舞われたばかりなのに、体育祭を開催するのは少しよくないのではないか。普通の学校なら中止する催しだろう。
しかしここは雄英高校。普通の学校ではなかった。
「うちの体育祭は日本のビッグイベントの一つ。かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ、全国が熱狂したが、今は知っての通り、規模も人口も縮小され形骸化した。そして日本において、かつてのオリンピックに代わるのが、雄英体育祭だ」
オリンピックがスポーツの祭典と呼ばれていたのはもう随分と昔のこと。そもそも、スポーツという分野が輝いていたのは“個性”がまだマイノリティであった時代までの話だ。
スポーツは選手自身の能力を公平な場で競い合い、得点を出す。しかし、“個性”が現れてからというもの、スポーツの公平性は失われてしまった。“個性”は人間の身体機能の一つだが、個人個人で全く違う性質を持つ。当然、スポーツの場に“個性”なんてものをもちだせば、競技の公平性やルールなんてものはぐちゃぐちゃになってしまう。スポーツのルールは、今となってはマイノリティと化した「無個性」が基準なのだから。
スポーツは“個性”が広まると同時に形骸化してゆき、今ではエクストリームギアなどの、“個性”持ちを想定したレースくらいしか大きな盛り上がりを見せていない。スポーツのお株は、“個性”を潰さないヒーロー稼業に掻っ攫われたようなものだ。
なるほど、そう考えてみれば合点がいく。雄英体育祭は“個性”を用いて競い合う場なのだろう。そういえば、体育祭は全国中継されると前に聞いたことがあった。
「当然、全国のプロヒーローも見ますのよ。スカウト目的でね!」
雄英は日本のヒーロー科のトップ。そんなエリート中のエリートたる人材は、なるほど、全国各地から引っ張りだこであるというわけだ。雄英体育祭は、言っちゃあ悪いが所謂売り込みと似たようなものなのだろう。
ヒーロー科の学生の卒業後の進路は様々あるが、プロ事務所にサイドキック入りするのが一番のセオリーだという。そこから独立しそびれて、万年サイドキックというヒーローも多いのだが。
「上鳴、あんたそうなりそう。アホだし」
「うっ…………」
事務所を経営するということは、当然自分で色々と考えないといけないわけで。耳郎の言葉も上鳴が今のままでいればあながち間違いでもないのかもしれない。
「当然、名のあるヒーロー事務所に入ったほうが、経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれれば、その場で将来が開けるわけだ。年に一回、計3回だけのチャンス、ヒーローを志すなら絶対に外せないイベントだ」
ヒーローとしての将来の活路を見出すという意味で、そして、ヒーローとして売り出す……目立つことができるという意味では、これほど最高な舞台はないだろう。クラスメイトは色めき立つ。
「その気があるなら準備を怠るな!」
『はい!!』
クラスが活気に満ち溢れる中、アンジェラは誰にも気づかれることなく口角を上げていた。
《すぴ〜……すぴ〜……》
ちなみにこれは大変余談であるが、朝のホームルーム中ケテルはずっとアンジェラの机の上でグースカピーと寝ており、目を覚ますことはなかった。
皆が一丸となったように大声で相澤先生に返事をしている間もグースカ寝ていたのだから、ケテルは将来大物になるかもしれない。アンジェラはそんなことを頭の片隅で考えていた。
「あんなことはあったけどよ、やっぱテンション上がるなオイ!」
午前の座学が終了し、昼休み。やはりといえばやはり、クラスメイト達の話題は雄英体育祭一色で染まり上がっていた。
「活躍して目立ちゃ、プロへのどでけぇ一歩が踏み出せる!」
「雄英に来た甲斐があるってもんだぜ!」
「数少ない機会……ものにしない手はない」
雄英体育祭で上位に入った、または、上位に入っていなくても目立った生徒は、必ずと言っていいほど有名なプロヒーローになっている。個々の能力を見るのに雄英体育祭ほどちょうどいいステージはないだろう。
クラス中が雄英体育祭に向けて盛り上がる中、アンジェラはいまいち乗り切れなかった。
「皆盛り上がってるなぁ……」
「君は違うのか? ヒーローとなるために在籍しているのだから、燃えるのは当然だろう!」
アンジェラの呟きに反応した飯田はそう言いながらなんかくねくねしていた。アンジェラは一瞬これが日本式の燃え方なのだろうかと頓珍漢なことを考えていたが、蛙吹の「飯田ちゃん、独特な燃え方ね。変」という言葉で、あ、これはおかしいんだな、と思い直していた。
「いや、盛り上がってないわけじゃないけど……雄英体育祭のノリが分からん」
「フーディルハインは雄英体育祭見たことないんだ。珍しいね」
「逆に聞くがな芦戸、他所の国が国内だけでやってる祭典を中継するテレビ局があるとでも?」
「はっ……確かに!」
雄英体育祭は確かに日本ではかつてのオリンピックに代わる祭典だが、それは日本だけでのお話。当然、ラフリオンで雄英体育祭の中継なぞやっているはずもない。故にアンジェラは、雄英体育祭のノリをいまいち理解しきれておらず、乗り切れていなかった。それなりに楽しみにはしているが。
「アンジェラちゃん、飯田くん! 体育祭頑張ろうね!」
と、雄英体育祭のノリがどんなものなのかを考えていたアンジェラの眼の前で、麗日が全く麗日ではない表情でそう宣言した。女子がしていい顔ではない。
ちなみに、デリカシーに欠ける発言をしようとした峰田は蛙吹にシバかれていた。
麗日はその後もクラスメイト達に「私頑張る〜!」と決意表明を続けていた。アンジェラはふと、あることを疑問に思った。
しばらくして、アンジェラは麗日と飯田と共に昼食を摂ろうと食堂へと向かっていた。
「麗日はどうしてプロヒーローになろうと思ったんだ?」
そんな中、アンジェラが何気なく言ったこの言葉に、麗日は若干恥ずかしそうに答えた。
「……お金!? お金欲しいから、ヒーローに?」
「究極的に言えば……なんかごめんね!? 飯田くんとか立派な動機なのに、私恥ずかしい……」
「何故!? 生活のために目標を掲げることの、何が立派じゃないんだ?」
飯田の疑問はもっともだ。人はお金を稼がねば生きてはいけない。そのために目標を掲げて頑張ることは十分立派なことだ。麗日は恥ずかしそうに頭を掻きながら続ける。
「うちの実家、建設会社やってるんだけど、全然仕事なくてスカンピンなの……あ、こういうのあんま人に言わん方がいいんだけど……」
「建設……麗日の“個性”なら、どんなものでも浮かせられるから、コストかかんないな」
「どんなものでも浮かせられる、重機いらずだ」
アンジェラと飯田の言葉に、麗日はそれを昔父に言ったのだと反応を返す。
しかし、麗日の両親は麗日が夢を叶えてくれる方が、親として何倍も嬉しいと言ったらしい。
「私は絶対……ヒーローになって、お金稼いで、父ちゃん母ちゃんに楽させたげるんだ!」
アンジェラは麗日の心意気に感動した。親を思うその気持ちからお金を稼ごうと努力する麗日の、ヒーローになろうという動機は、全く持って不純ではなかった。
「ブラーボー!! 麗日君、ブラーボー!!」
飯田のこの反応は空気を若干壊しているが。アンジェラは苦笑いで言った。
「いいじゃねぇか、家族を支えるためにヒーローになるって! 十分立派なことだよ」
「そうかな……アンジェラちゃんにそう言ってもらえると嬉しいよ!」
麗日はそう言って、にかり、と麗らかに笑った。
「フーディルハイン少女が、居たああああ!!!」
そんな感じで談笑していたアンジェラ達の元に、いつも通りテンション高めのオールマイトが現れた。オールマイトはその体格には小さすぎるお弁当箱を持って、アンジェラに「ご飯、一緒に食べよ?」と言った。その仕草があまりにも乙女っぽかったからか、麗日は「乙女やー!」と言いながら吹き出していた。
「あ……はい。悪いな飯田、麗日、そういうことだ」
アンジェラは飯田と麗日に一言伝えると、オールマイトに着いていった。このときは、USJの事件でオールマイトの秘密を少し知ってしまったからだろうか、と考えていたが……
事態は、思わぬ方向へと動き出す。